| 108星を揃え、旅立たない選択をしたエンド後のハスワールさんとルクレティア主体の話です。クリアされていらっしゃらない方にはわけがわからない部分が多々あり、また、ネタバレともなっています。 更に、物語中での主要人物のおこした行動の真意などを読み違えているかもしれません。 それでも読んで下さる方、よろしかったら、どうぞ… 王子の名前はソルフェラートで、愛称はフェル。議会制移行後、ファレナ国内が一応落ち着いた時期です。 |
| 幸せに |
「斎主さ…」 大きく開け放された扉の奥を見、イサトは我が目を疑った。そこは、彼が仕えているルナスの斎主、ハスワールの部屋である。イサトが驚いたのは、いつもならハスワールが座っている場所に、彼の同胞で、幼馴染のエルフ、ウルダが座っていたからだ。ハスワールはというと、彼女の後ろに立ち、櫛を手にして上機嫌でウルダの金糸のように輝く長い髪を編んでいる。それだけならさして珍しいことではないかもしれない。彼の主は人の世話を焼くことが何より好きな人であるから。驚いたのは、そうやって嬉々として髪を結うハスワールの前で、ウルダが目を細め、柔らかく微笑んでいたからだ。 イサトが故郷であるエルフの隠れ里アイセルドを離れ、ここ、ルナスに来たのはハスワールの前の代の斎主のときであったが、彼はそのとき既に故郷を捨てて、この地に骨を埋める決心をしていた。まだほんの少女であったウルダは、旅立ちの日にはずっと泣きじゃくっていた。そして、彼を連れ戻すためにここにやってきてからは、眉を吊り上げた怒り顔しか見せたことがない。 （彼女のあのような顔を見るのは…三十数年ぶり……か？） 森の巡視から帰った自分に、“お帰りなさい、イサトお兄ちゃん”、と飛びついてきた幼い日のウルダの姿を思い起こしていたイサトはハスワールの声で我に返った。 「あら、イサト？」 その声でウルダもイサトが来たのに気付き、柔らかな微笑みは、いつもの不機嫌そうな仏頂面に覆い隠されてしまった。 「どうかしら？あんまりにもウルダちゃんの髪が綺麗だったから、結わせてってお願いしちゃった。似合う？」 黙っているイサトにハスワールは問い直す。 「イサト、どう？」 尊敬するハスワールに小首を傾げられ、イサトは少しだけ目を大きく見開いた。 「……あ……似合っています。美しいと思います。」 にぱぁ、とハスワールは相好を崩し、ウルダの髪に優しく触れた。 「よかったわ、ウルダちゃん。イサトが綺麗だ、って。」 ウルダの陶磁器のような肌理の細かい色白の頬に桜色がさしたが、不機嫌な顔はそのままだった。そして、立ち上がるとキッとイサトを睨んだ。 「何か用事があるのね？私は席を外すわ。……斎主さま、その……ありがと……」 傍らからいつも持ち歩いている弓を手にし、ウルダは大またに歩いて出て行く。イサトとすれ違う時、ちら、と視線を感じたが、振り返りもしない。ただ、ハスワールが“またお話しにきてちょうだいねー！”と声をかけたときには、ウルダは無言で一つ大きく頷いてみせた。 （斎主様はいつウルダとあのように仲良くなられたのだろうか） 冷静なイサトが多分に混乱していると、ハスワールがくすっと笑った。 「やっぱりイサトにとってウルダちゃんは特別なのね。」 「！いえ。そのようなことは。前にも申し上げましたが、付き合いが長いだけです」 くすっと笑ったハスワールは顔の前で指をひらひらさせた。 「あらあら、そうでなかったなら、イサトはすぐに用件のことをいうはずでしょう？」 イサトははっとし、深々と一礼した。 「申しわけございませんでした。メルセス卿とレレイ様がおいでです。」 「メルセス……？ああ、ルクレティアちゃんのことね？それに、あの、すらりとした素敵なお嬢さん。一体何の御用かしら？」 「内密のご用件だそうです。」 ハスワールは右手を軽く握り、口元にあてた。軍師殿とその愛弟子が一体何の用だろう。……ファレナ女王国での戦乱は終結した。王都ソルファレナも、崩御した先代女王アルシュタートの一人娘リムスレーア王女も、王位継承権を持たないリムスレーアの兄、ソルフェラート王子が率いる軍勢が彼の父母の命を奪ったゴドウィン家の手から奪還したのだ。……王都には平和が戻り、先日、リムスレーア王女の戴冠式が行われた。今まで勢力の大きな貴族が牛耳っていた政には、この地に暮らすあらゆる種族、町の代表者による話し合いの仕組みが取り入れられ、“他国に婿に出す以外に役割などない”と蔑まれていた王子は、救国の英雄として、圧倒的な歓迎の意をもって女王騎士長に任じられた。本来、それは女王の夫が着任する役割であったが、新女王の治世の始まりに、新たな風が王宮を吹きぬけたのであった。 王子を助け、天才軍師の名を欲しいままにしていたルクレティアは、そこまでのお膳立てを自ら行った。ハスワールが最後に彼女に会ったのは、ソルフェラート王子の着任式の数日後であった。ルクレティアは、“もう私が王子にしてあげられることはないようですから”と、旅立つつもりであることを“内緒ですよ”といささかおどけたように言ってみせていた。 （軍師さんがいらっしゃるなんて…何か新しい火種が見つかったのかしら。あの子たちがこれ以上悲しんだり苦しんだりしなければいいのだけれど） ハスワールは、王子の母、アルシュタートの従姉である。女王位争いで徒に血が流されることを避けるため、ハスワールは、今は故人であるアルシュタートの妹サイアリーズと共に、結婚もせず、子供も産まない、という誓いをたて、そのように生きてきた。しかし、無類の子供好きである彼女は、ソルフェラート王子も、リムスレーアも赤ん坊の頃から愛情込めて育み、見守り、彼らが成長した今も尚、自身の子供の如く大切に思っている。 「すぐにお通しして。」 「御意。」 一度イサトは下がり、ほどなく旅装のルクレツィアとレレイを伴って戻ってきた。 「ルクレティアちゃん！レレイちゃん！また会えましたね！」 元軍人らしく、深々と礼をするレレイの横で、ルクレティアは、“ハスワール様、お元気で何よりです。ちょっと忘れ物をしちゃいまして”と笑ってみせた。レレイは師の顔を見、一つ頷くと、イサトに小さく声をかけ、揃って出て行った。石造りのひんやりした大きな部屋に、ハスワールとルクレティアだけが残された。ハスワールに椅子を勧められた元軍師は素直に腰掛けた。 「お茶を淹れましょうか？」 「嬉しいですね、ハスワール様のお茶は絶品ですから。…それに、少々長い話にもなりそうですし。」 湯を運んで貰い、ハスワールが濃い暖かい半発酵茶を茶器に注ぐと、ルクレティアは目を閉じ、湯気に顔を埋めるようにして香りを楽しんでから上品に一口飲んだ。 「言いにくいお話なの？」 「はい。少しばかり。……いいえ、私などが何もしなくても、時の流れに任せていればどうにかなるものだとは思っていたのですが、そうとも言い切れないと不安になりまして。」 「…それがあなたの忘れ物なのね？どうして、ここルナスへ？」 「はい。……私の懸念が現実のものとならないようにするためには、ハスワール様のご協力が必要不可欠なのです。」 二人はじっと見詰め合った。 「私は王家の血筋に繋がってはいるけれど、それほど大きな力を持っているわけではないですよ？ルクレティアちゃんのように頭がよいわけでもないし。」 「……とても頼みにくいことなのです。だって、これは、ソルファレナに嵐を起こす原因にもなりますし、王子たちがとても辛い思いをする可能性がとても大きいことですから。……私にはできない難しいことです。いえ、それをする資格があるのは、今はもう貴女一人のはず。」 ハスワールは首を振った。 「どういうご用件かは知りませんけれど、私はリムちゃんやフェルちゃんが辛い思いをするようなことは、例え、それがこのファレナの国のためであっても、一切する気はありませんわ。」 元軍師は、くすっと笑うような声をたてた。 「何かおかしい？」 「ええ、ちょっと。ハスワール様のお答えが予想通りだったものですから。でも、私、ハスワール様が私のお願いを絶対に聞いて下さるということを確信しているんですよ。」 どういったことだろう、と訝るハスワールに、ルクレティアは淡々と、あることを語って聞かせた。ハスワールは、驚き、目を細め、最後に心配そうに眉を下げた。 「あなたは、今でもやはり、その事が平穏を乱す元凶になるとおっしゃるの？ゴドウィンも、バロウズも…有力な貴族達が力を失った今でも？」 ルクレティアは大きく頷いた。彼女の目には強い力があった。 「確かに、二つの派閥は、消え去りました。貴族院はなくなり、市民議会制へと移行しました。しかし、貴族がいなくなったわけではありません。そして、今の状況を喜んでいない人々は貴族だけではなく、商人の中にもかなりいます。戦の前に比べて暮らし向きが悪くなった者たちは大きな不満を抱えています。彼らは、現王家に少しでも落ち度があれば、昔の制度の復活を声高に叫ぶようになるでしょう。……ですから、習わしを今以上に変えるということは、非常に難しいことなのです。王子が救国の英雄だといっても、女子のみが王位を継承するこの国の掟はこれからもしばらく続くでしょうし、私も敢えてそれに異は唱えませんでした。しかし……あなたにしていただこうとしていることは、女王制を壊すこととは違います。それよりも微妙な問題で……どうでしょう、やっていただけないでしょうか。」 ハスワールは真っ向から元軍師の瞳を射るように見る。 「もしも、私が、嫌だといったら、どうします？」 すると、ルクレティアはぽり、と小鼻の横を掻いた。 「どうしましょう。困ってしまいます。……私、ワガママですから、自分の思うようにならないと気がすまない性質なんですよね。」 ハスワールはクスクスと笑った。 「わかったわ。あなたがフェリド君で、私がゲオルグ君……そうなんでしょう？わかったわ。だって、うまくいったなら、それは素敵なことだし……うまくいかせなくちゃいけないことですもの。……あ、でも一つだけ条件をつけていいかしら。」 何です？という元軍師に、ハスワールは満面に笑みを浮かべて言う。 「私のお友達になってちょうだい。」 冷静沈着な元軍師はあっけにとられたように口をぽかんと開けた。 「……何とおっしゃいましたか？」 「お友達になって欲しいわ。……私の方が随分年上だし、サイアちゃんのようにはなれないけれど…」 ルクレティアは、“サイアリーズ様のようになられては困ります”と真顔で言ってから、“私などで宜しければ”と請けあった。そして、レレイを呼び、紙とインク、それにペンをもってこさせると、ハスワールに見えないところで何事かをしたため、大きな封筒に入れて封蝋をし、“事が起こせたなら王子に渡して下さい。そうでなければ燃やして下さい”とハスワールに託した。 ゆっくりしていって、とハスワールは勧めたが、ルクレティアはやんわりと断り、レレイと共にすぐにルナスを発っていった。ハスワールは、石造りの窓から外を見、一つぐん、とのびをしてから、机に向かって長い手紙をしたためた。 「イサト。」 いつも影のようにつき従っているエルフは呼ばれるとすぐにやって来た。 「ソルファレナにこのお手紙を届けて頂戴。あちらからすぐに返信があるはず。そうしたなら、ひとまずは東の離宮に向かうことになります。それからソルファレナに。」 差し出されたリムスレーア宛の封書を恭しく受け取り、そこに王家の特殊な封蝋印が押されているのに気付いたイサトは少し顔を強張らせた。この封蝋印は正式な、そして緊急を要する時にしか使用されないものだ。 「……メルセス卿は何か厄介なことを斎主様に依頼なさったのですか。」 ハスワールは、齢６０を越えるがエルフとしては青年にあたる長身のイサトに近づくと、下から見上げた。 「厄介なんてとんでもない。とってもやりがいのあるお仕事ですよ。」 「……ならば宜しいのですが。」 尚も自分の顔をじっと見ている斎主に、イサトは緊張した目を向ける。 「まだ何か他に……」 こくん、と子供のように頷いたハスワールは、鹿爪らしく言った。 「イサト、あなた、頭を剃るのをやめにして、髪を伸ばしてみない？」 あまりにもいきなりな質問にエルフの青年は肩をそびやかした。 「ここでは男の斎官達は頭を剃るのが慣わしですけれど、そもそもあなたはエルフなのだから、人間が作った掟などに縛られる必要などありませんよ。どのような姿をしていてもイサトはイサトなのですから。」 「……斎主様、斎主様のそのお言葉には、どういったきっかけがあったのですか。今までそのようなことは一度も…」 ハスワールはキラキラと目を輝かせた。 「さっき、ウルダちゃんから聞いたの。イサトの髪はウルダちゃんと同じようにサラサラで綺麗だって！ね、そうなさいな。長く伸ばしたら、ウルダちゃんとお揃いに結ってあげられるし。」 尊敬し、敬愛するハスワールからのものなら、どんなに困難な指示でも、御意、と言って従おうと心に決めていたイサトだったが、鼻のあたりを赤くしてコホン、と咳払いした。 「それは勘弁して下さい。」 ハスワールは、“あら、つまらない。でも私、あきらめないわ。”と楽しそうに微笑みかけた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ハスワールが、イサトとウルダを伴って、東の離宮に赴いたのはそれから十日後のことだった。イサトがいつものように護衛を申し出、“イサトが行くなら当然私も行くわ”とウルダがついてきたのだったが、実のところ、ウルダはハスワールと共に歩くことを嬉しく思っているらしい。 離宮に到着して二日、離宮の二階の部屋で寛いでいると、王都ソルファレナから、彼女の迎えがやってきた。それは、彼女が指定した通り、今は女王騎士長となっているソルフェラート王子と、彼の護衛を長らく勤め、今は女王騎士の一員であるリオンの二人だった。護衛であったころは王子の後ろにぴったりと付き従ってていたリオンであるが、今は王子の部下にあたる。そのせいか、昔よりも少し離れた場所に控えている。 「フェルちゃん！リオンちゃん！」 たたた、とハスワールが走っていくと、王子は参ったな、というように笑い、しかし、嬉しそうに駆け寄って、ハスワールを抱きしめた。 「ハス小母さま。お変わりないようで安心しました。」 「ええ、ええ。元気でしたとも。しばらく見ないうちにまた大きくなって。」 「最後にお会いしたときからまだ三月もたっていませんよ？」 「でも、背はまた伸びたのでしょう？騎士長服の着心地はどうかしら。」 「正直、まだ慣れていません。ミアキスからは『騎士長殿〜、かっこいいですけど、なんだか王子じゃないみたいでへんですぅ！服に着られちゃってるみたいですよぉ？』なんて言われていますよ。」 と、王子の肩越しにハスワールはリオンを見た。リオンは微笑む。 「ハスワール様、いろいろお世話になりました。王都までの護衛のお役目を頂けて嬉しいです。」 女王騎士の型どおりの礼をするリオンに不服そうな目を向けると、こちらに来い、というように手招きをし、リオンが来ると王子の背に回していないほうの腕で、ひしと抱きしめた。 「女王騎士になっても、あなたはいつまでも“リオンちゃん”それを忘れないで。そして、私はこうしてあなたをギューッとするのが大好きだってこともね。」 少し強張っていたリオンの表情が緩んだ。幸せそうに二人を両腕に抱え込んでいたハスワールは、騎士長殿と騎士殿がジタバタしはじめてからやっと解放し、二人を座らせた。 「ハス小母さん、リム宛の書簡には詳しくは書かれていませんでしたが、王都にはどのような用件で？小母さんなら、いつでも大歓迎ですが、とても大切なことだとか。リムは快く送り出してくれましたが、僕達二人を護衛に指名したのも理由があることに思われます。」 生真面目に自分を見つめる四つの瞳を前にして、ハスワールは立ったまま、少し大きく息をして、頷いた。 「ええ、とても大切なこと。そして、それはあなたたちが新しい戦いを始めなくてはいけななくなることなの。」 膝の上で手を組み合わせたソルフェラート王子は、視線を上に上げた。 「すぐにお話を聞かせて下さい。無辜の人々が苦しむようなことであるなら、すぐに手をうたなければ。」 嘗ての戦のときと同じ目、…まっすぐで力強いけれど、優しさをその青い目は湛えている。ハスワールはトントン、と王子の背を叩いた。 「落ち着いて。今すぐに血が流れるようなことはありませんよ。放っておいても……民が苦しむことはないでしょう。でも、それじゃ駄目、このファレナは変わらなくてはいけない。アルちゃんやサイアちゃんや…たくさんの人たちの頑張りに、応えていかなくちゃいけないわ……私にもお手伝いさせて頂戴。そうすることで、頭のとても固い人たちも、少しは受け入れやすくなるでしょうから。」 そして、剣だこができて硬くなっているリオンの指をやさしくとった。 「あなたを私の養女にさせて？」 状況が汲み取れず戸惑っているリオンは、助力を請うように王子の方に首を巡らせたが、彼とて何も把握できてはいなかった。ハスワールは続けた。 「王家に繋がる者という身分があれば、フェルちゃんのお嫁さんになるときの障壁はぐん、と低くなるわ。」 すると、リオンの顔色が紙のように白くなった。 「ハスワール様…そ…んな。違います。私は…私は王子の護衛で、今は部下です。……そんな気持ちは私には…」 冗談は言わないで下さい。と彼女は笑おうとしていた。 「私は幽…･･･それに、王子もそのようなことはお考えには…」 しかし、彼女は笑えなかった。“申し訳ありません、失礼いたします”と部屋を飛び出していくリオンを寂しそうに見送ったハスワールは、叱責するように王子に向き直った。 「フェルちゃん！追いかけて！」 ハスワールは王子の背をどやしつけようとしたが、それより早く王子は走り出していた。 ルクレティアの懸念した通りであった。生真面目で、己のことより他者のことを第一に考えるこの幼い二人は、お互いを何より大切に思っているのは、誰の目にもあきらかであるのに、愛の言葉を一切口になどしていなかった。時折繋ぐ手の温もりが、そして、短い言葉のやり取りがあれば幸せだった。二人は今以上のことを望んでいなかった。穏やかに歳を重ね、互いが互いの傍にいること、一生それが続くことだけを望んでいた。“犠牲になる”そんな言葉は浮かばなかった。しかし二人とも、自分自身を投げ打つことが当然のことだと思っていた。 だから心の中に芽生えた思いは封印した。気の迷いだと片付けた。独りよがりな考えだと恥じ、その結果、自分たちでは想いに気付かなかった。 新たな火種… 幼い頃より暗殺者としての技を叩き込まれた幽世の門の一員であった娘 女王家の男子としては異例で、自国に残り騎士長に就任した王子 女王家の血筋を引くのは王子とリムスレーア、そしてハスワールの三人のみ。代々女王が継いできた権力。リムスレーアの次に玉座に就くのは誰なのか。 サイアリーズとハスワールは、結婚せず子を成さない誓いを立てた。その誓いをこの二人はどんな思いで受け取っていたのだろう。 窓から見下ろすと、リオンが逃げるように走っていくのが見えた。後ろから王子が駆けて行く。共に在るため、今までずっとリオンと同じ速さで走ってきた王子は、駿足の限りを尽くし、すぐに彼女の肩を捕らえて止まらせた。 何を言い合っているのか、ハスワールにはわからなかった。ただ、二人とも懸命に何かを互いに訴えているのは確かなようだった。 と、王子はしっかりとリオンを抱きしめた。戦を始めたときよりも随分広くなった胸に、逞しくなった腕で。娘もそっと青年の腰に手をまわした。やがて王子は優しく髪をなぜ、見詰め合うと…微笑んだ。王子とリオンは最上の笑顔で微笑み合った。 （サイアちゃん。きっとあなたが一番見たかったものを、私、見てるわ。フェルちゃんは腕を精一杯外に向かって拡げ、全ての人を守り、全てを取り戻し、与えられる限りのこと、奮えるだけの力を他の人のために使い続けて来た。腕を差し伸べてきた。今、その腕であの子の一番大切なものを自分の中に抱きしめているのよ。ねえ、サイアちゃん…） はらはらと自分の頬を塗らす涙をハスワールはごし、と指で拭き、二人が戻ってくるのを待った。 手を繋いで入ってきた二人を、ハスワールはまとめて抱擁した。 「しっかり繋いだその手、太陽宮に戻ったらすぐにリムちゃんに見せて報告してあげなければね。きっと喜ぶわ。」 王子はリオンに笑いかけてから、母親によく似た銀の髪に手をやった。 「はい。リムから『わらわはリオンのような姉上が欲しいのじゃ』と頻繁に言われていたんですが、今を思えばこういうことだったのかと。ミアキスからも『そうですね〜リオンちゃんと姫さまのきょうだいというのはばっちりですね〜』って。」 王子の鈍感ぶりに噴き出しそうになるのを辛うじて堪えたハスワールだったが、『ええ、本当に。何のことを言われているのか私も全く気付きませんでした』と真顔で言うリオンの言葉に堪えられなくなりクスクスと笑った。しかし、居住まいを正す。 「でも、これからあなたたちの進む道は険しいものとなりますよ。リオンちゃんが幽世の門の一員だったことを陰で噂する人も出るでしょう。今でさえ、フェルちゃんがこの国に残ることを快く思っていない人たちは、お嫁さんまで貰ったことで、さらに不愉快に思うでしょう。あなたも、リオンちゃんも狙われるようになるかもしれない。」 王子は頷き、娘の手を握る力を強くした。 「でもね、危険を承知で、思うんですよ。こればっかりは神様の思し召しですから、人の考える通りにはならないけれど、フェルちゃんとリオンちゃんのところには、可愛い女の子が生まれるといいなぁ〜って。」 「「そんな、まだ、はやすぎます」」 と赤面し、唱和するように叫ぶ二人にハスワールは続ける。 「……だってね、あなたたちに女の子が生まれて、全ての人から祝福され、王位争いなどに翻弄されずに生きたとき、それが、このファレナ女王国が本当に平穏になったときですもの、それがサイアちゃんも望んでいたことですよ。だから・・・あら、なんだかしんみりしちゃったわね。で、どうかしら、リオンちゃん、養女に来てくれるかしら？」 「は、はい、喜んで！」 答を聞くがはやいかハスワールはリオンにほお擦りする。 「やった！私、これでリオンちゃんのお母さんね。」 「なんだかくすぐったいです。でもとっても嬉しい。」 抱き合う二人を王子はまとめて抱擁する。 「リオンとハス小母さんが親子なら、僕とハス小母さんも親子ということになりますね。ああ、リムも。リムは小母さんのことを大好きだ、とよく言っていました。僕達、四人家族になるんですね。」 胸に熱いものが込み上げてきて、ハスワールは目頭を押えた。そして、後ろを向くと、棚からルクレツィアから預かった封筒を取り出した。封を切り、中に入っていた“王子とリオンさんへ”と流麗な文字で書かれたもう一つの封筒を取り出す。それを見て、おやっという表情を彼女は見せたが、すぐに微笑んで差し出した。 「軍師さまから、預かったものです。おそらくはお祝いの言葉。あとは…困った人たちを撃退する方策でも書いてあるかもしれません。二人で一緒にお読みなさい。それと…ソルファレナへ出発するのは明日ですから、今日はもうその重たい騎士服を脱いじゃって二人っきりでどこかをまわっていらっしゃいな。護衛のことは大丈夫。私にはイサトとウルダちゃんがいますからね。…見えてましたよ！フェルちゃん！ちゃんと告白したのなら、どーんと接吻くらい、してあげなさい！…ったく、カイルちゃんに、こぉんなこととかあぁんなこととかもっといろいろ教わっているのかと思ったわ。小母さん、ちょっと心配。」 「みみみみみみていたって小母さんあのそれは」 慌てる王子と茹蛸のように赤くなっているリオンを部屋の外に押し出し、“じゃあ、頑張って〜”と軽やかに手を振る。リオンの手をひきぎくしゃくした足取りで去っていく王子を見送り、ハスワールは、ルクレティアから預かった封筒の中を覗き込んだ。先程、王子に渡した封筒の宛名の字は、ルナスでルクレティアが使っていたインクの色と違っていた。とすれば、あれは前もって書いてあったものなのだろう。そして、封筒の中にはもう一通の封筒が…宛名はハスワール宛になっている。これがあのときに書かれた手紙なのだ。 ハスワールは急いで封を切った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ このような手紙は書かずに去るつもりでしたが、あなたにはこれからも働いてもらわなければいけないので、やっぱり書きますね。 これを読んでいるということは、首尾は上々だったわけですね。身も蓋もなく“焚き付けて一緒にさせろ”的なことをお願いしましたが、私の予測が正しければ、あなたはきっとリオンさんを養女となさったのではないでしょうか。まだでしたら、そうなさい。王子も、リオンさんも、そしてリムスレーア様もきっとそれを望んでいます。 あなたは幸せにならなくてはいけない。幸せを求めなければならない。あなたが幸せになることが、ソルファレナの平穏と繁栄に繋がります。 これだけキッパリ断定しとけば大丈夫ですか？（正直、私は国そのものの繁栄にサッパリ興味はないのですけれど） もう一度言っておきます。幸せにおなりなさい。誓いなんて、時には邪魔になるだけですよ。もしも意中の方がいらっしゃるのならば、結婚なさいませ。いないのならば出会いをお待ちなさい。あなた方が幸せでいること、それが肝要です。 何故ならそれで私の気が済むからです。 あなたのお友達より 追伸：王子やリオンより、貴女のほうがよほど手強そうです。きっとサイアリーズ様とよい勝負でしょう。でも、これだけはお約束下さい。あなたはずっと生きて、王子たちの傍に居るということを。暖かに柔らかく見守ることで、王宮という場所での静かな冷たい戦いで、王子たちを助けるということを。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ハスワールは、紙とペンを用意すると、ルクレティアに返事の手紙を書いた。この手紙をルクレティアが手にすることはないだろう。何故なら、彼女は旅立ってしまったのだし、彼女がここに戻ってくるということは、ファレナが新たな脅威に遭遇した時以外にはあり得ないからだ。…… （そんなことは絶対に起こっちゃいけないわ） それでも、ハスワールはきっちりと手紙を書き終え、署名をして結んだ。 “あなたのお友達より” |
| ハスワールさん＆ルクレティアの短編です。幻水小説を求めてネット巡りするうち、ハスワールさんが大好きな管理人様の小説を拝見し、同志発見とばかりに読み漁り、更に、「ハスワールさんとリオンが母娘になったら…」という主張に大きく頷かせていただき、ゲームをクリアした勢いで、幸せになる可能性がある人はとことん幸せになって欲しいとそれだけで書き進めていったら、上のようになりました。 ハスワールさんは、ルクレティアのように軍を動かすこともなく、サイアリーズのように自ら武器や紋章の力をふるって戦うこともしません。でも、彼女には彼女の戦い方、力、があり、もしかしたらそれは脆弱に見えて、たおやかながらこの世で最も強い力なのかもしれません。 ゲームの最後、108人の仲間のその後が簡単に紹介されますが、ハスワールさんは「結婚しない、子供を持たない」と誓いをたてていたのに、『電撃結婚して周囲を驚かせた』ことになっています。 「だ、誰と!?」と、驚き、ついで「何故!?誓いは!?」と考えているうちに話はどんどん長くなり… 探偵のオボロさんによれば、ハスワールは王家の血が王子兄妹と自分にしか残っていないことを心配しているということですから、きっと王子の幸せのためなら、身体をはって若い二人を守ろうとすると思います。そういった思いを、ハスワールに対しても誰かが示してくれればいいな、ということで、軍師さま登場とあいなりました。 自分の心に忠実であるためには、雇い主を裏切ることも辞さなかった今回の軍師は、彼女が常に守ろうとしていたものが何であるかを考えると、今までの軍師たちの中で最も優しい軍師であったのではないかと私は思います。 （蛇足）イサトとウルダが登場するのは趣味です。ウルダはイサトを奪還するためにルナスに通ってくるわけですが、いつの間にかハスワールさんと話すのが楽しみになってくれるといい。あのツンツンしたエルフ娘が、ハスワールさんの前ではいつも花のように笑っているといい。その笑顔を何度も目にしたイサトが（自分で意識できないものの）斎主様に嫉妬してくれるといい。でもって、ハスワールさんが還暦に達する頃に、彼女の仲人で華燭の宴をあげてくれれば嬉しい。そのまま二人してルナスに居ついてくれると心強いです。（故郷アルセイドはどうした？） |