※何時もにも増して全く内容がありません。とにかく内容がありません。うんざりするほどありません。
ラブコメ……というにはラブがありませんすみませんすみません
ごめんね
ちゅん、ちゅん、と小鳥の囀る声がする。おそらくはスズメだろう。一番鳥が夜明けを告げてから一度毛布を頭まで被って眠ったテオだが、この朝の小鳥のお喋りで、薄く目蓋を開けたものの、すぐまた閉じて更に毛布の奥深くまで潜ってしまった。 何せ昨日は、というか昨晩から今日にかけて人生で初めてのことをいくつもやって物凄く疲れたのだ。今日は護衛の仕事もないし、もう少し眠っていても許して貰えるだろう。 と、今度は「ドンドン」という音が聞こえた。 (あれは扉を叩く音だなぁ） ドンドン、ドンドン…… (下宿屋のおばちゃん、いつもは朝が早いのに、どうしたんだろうなあ。) ドンドン、ドンドンドンドン！ (第一、こんな朝っぱらからどういう客が来るんだよ。) 連続する音で次第に目が覚めていったテオは、頭がはっきりするに従って、状況をはっきりと認識し、とび起きた。 扉を連打していたのはゲルハルトであった。 「おーい！居ないのか？おーい！」 中からバタバタバタ、ドンガラガラガラ、ドシン、と派手な音が聞こえ、ゲルハルトは心配そうに叫ぶ。 「大丈夫か!?何が起こっている？」 閂をずらす音がして、ギイ、と扉が開く。 「お、お待たせ……」 上半身はベッドに入ったときの下着のまま、ズボンだけを慌ててはいた姿のテオが顔を出し、ゲルハルトは目を見開いた。 「お、お前、テオ、何で朝っぱらからお前がここに居るんだ。そしてその格好は何だ!?」 テオは「シーッ！」と口の前に人差し指を立てた。 「おっさん、静かにしてくれよ！何か急ぎの用じゃないのか？俺、猛ダッシュしてきたんだぞ？階段から思いっきり転げ落ちちまった。」 「ん、いや、俺は護衛の仕事を終えて城下に戻ったら、いつもは煙突から派手に出てる湯気が見えなかったんで、こりゃ、何かあったかなと心配して……って、あのなあ、それより俺の質問に答えろ！何でお前、ここに居るんだ？」 「静かにしてくれよ。とにかく中に入ってくれ。ゆっくり説明すっからさ。」 テオは階段の角にうちつけた側頭部をさすりながら、ゲルハルトを扉の中……リリーの工房……に招き入れた。 ゲルハルトが大またで工房に入っていくと、部屋の隅にこしらえられた小さなベッドに、手伝い妖精が１人すうすうと気持ち良さそうに寝息をたてていた。ゲルハルトは妖精さんを起こさないよう、大きな声を出来る限り落とし、テーブルにつくと、向かい合わせに座ったテオに噛み付くように言った。 「で、どうして、お前がリリーの家で寝ているんだ？……まだ俺で良かったんだぞ。これがヴェルナーだったりしてみろ。いきなり命が危険に晒されてたぞ？」 テオは大きく欠伸を１つし、目をこすった。 「なんで？……そういやこの頃ヴェルナーは不機嫌だったけど、商売がうまくいってなくて誰かれ構わずあたりちらしてたりすんのか？でもさ、いきなり命がどうの、なんて物騒すぎるよな。うーん、サシで戦ったら俺の方が強いと思うんだけど、隙をつかれたり、怪しいアイテム使われたりしたら、俺負けるかも……って、ええっと何の話だったっけ。」 ゲルハルトは机に上半身を預けて一度脱力し、むっくり起き上がってテオの目を見た。 「だから、どうしてお前がここに泊まっているのかと俺は訊いている。」 テオはああ、そうだった。と話し始めた。 「問題は昨日吹いた春一番だったんだ。」 「は？ああ、凄い強風だったな。」 「だろ？でさ、俺の下宿してる部屋、あそこの家が無理やり増築したとこだったろ。子供達が独立して空いたってんで格安で貸して貰ってたんだけど。あ、おっさんも一度来てくれたことあったよな。俺、茶出した記憶がある。薄い茶しか出せなくてごめんな。」 「……確かにあの茶は極限まで薄かった。が、茶請けのペンデルは旨かったぞ。で、どうしたんだ。」 「前から嵐の時には壁がガタピシいってたんだけど、昨日の風で……壁と屋根がふっとんだ。」 そりゃまた壮絶な。しかし、あの安普請の部屋ではそういうこともあったろう。 「下宿のおばちゃんは謝ってくれたんだけど、他に空いてる部屋はなかったし、第一、おばちゃんがまたあの部屋をちゃんと増築するなんて余裕ないの、俺、わかってるし、荷物だけ預かって貰って新しい下宿探しに歩いたんだ。けど、家賃って結構高いんだな……こりゃあ、ひとまず知り合いに何日か泊めて貰って、根気よく探そうと思って「金の麦亭」に行ったんだ。そしたらねえさんにばったり会って、事情を話したら泊めてくれるっていうからさ。ほら、ドルニエさんが新しく建ったアカデミーで暮らすようになったろ。部屋がまるっと空いてるから丁度いいっていってくれて。」 ゲルハルトは「はぁ……」と息をついた。 「あのなぁ、何日かだったら俺のとこに泊めてやらなくもなかったぞ。」 「うん、実際、俺、おっさんのことを探しにいったんだぞ。でも、その前にねえさんに会って。」 「俺でなくとも、クルト神父に相談するとか、マスターに頼むとか、ヴェルナーだって力になってくれたはずだ。」 「うぇ？ヴェルナーとはあんまし親しくないんだけど……っていうか何故かよく睨まれるんだが。」 「それでもな、『ねえさんが泊めてくれるっていってるんだけど、俺は別のところを見つけたい』と言ったら、奴はあっという間にお前の次の下宿先を手配してくれただろうさ。……まあ、事情はわかった。で、お日様が昇りきったってのに、どうして寝静まってたんだ。リリーはどうした。小さなお二人さん達は？」 テオは寝癖のついた髪を大雑把に手櫛でとかしつつ答える。 「ヘルミーナもイングリドも、昨日からアカデミー。泊り込みで調合をやってるんだってさ。向こうにも泊まれる部屋を持ってて結構気に入ってるんだって。」 ゲルハルトはまた「はぁ……」と息をついた。 「お前な、てことは、一晩リリーと二人っきりだったってことか？」 「いや、妖精さんが居た。」 …………妖精さんは数のうちにいれるべきだろうかどうだろうか。 「……で、リリーはどうした。」 「ねえさんなら、まだ寝てる。疲れてるんだ、寝かせといてあげないと。いやぁ、俺もヘトヘトだよ。もう、腰が痛いのなんの。」 黙りこんだゲルハルトを怪訝に思いながらテオは続けた。 「頼まれてる仕事があるってんで、俺も部屋を貸して貰ってるから何か手伝いたいっていって調合の仕事をよっぴでしてたんだ。」 「お前、調合なんでできたのか。」 「いや、でもほら、採集で拾ってきた石をかち割って粉にして『研磨剤』だっけ？アレを作ってたんだよ。でも、石を粉にするなんて力さえあれば楽勝って思ってたんだけど、そうじゃないんだな。ねえさんに『腰がぜんっぜん入ってない!!』って叱られて……中途半端な前かがみで作業続けたら、腰にきちまって。あとは荷物を運んだり、鍋をかき混ぜたり、それも色々叱られてさ……ねえさんはフラムの凄い奴を作ってたようだったけど、夜明けちょっと前に完成させたはいいけど、そのまま寝ちゃってさ。仕方がないから俺、ベッドまで運んだんだけど、全然目ぇ覚まさなくてさ。それくらい疲れてたんだよ、うんうん。」 ゲルハルトは掌で額をぴしゃっと叩いた。自分もそうとう大雑把な男だという自覚があるが、この若造はそれに輪がかかっており……はっきりいって無神経だ。ゲルハルトはゴホンと咳払いをした。 「あー、テオ、今ここにヴェルナーが居たら確実にお前は殺されている。ま、聞け。お前は若い男だ。そうだな。」 「うん。ま、見りゃわかる。」 「リリーは女だ。それもわかるな。」 「ねえさんを男と間違える奴なんていないさ。」 「……でだ、いくら妖精さんがいるとはいえ、お前はリリーと二人っきりで1つ屋根の下一晩過ごしたんだ。」 「は？……で、でも、それは俺の下宿の部屋が壊滅したからで。」 「しかも、お前は眠っているリリーを抱き上げて」 「いや、俺、背負った」 「……背負ってでもなんでもいいが、ベッドまで運んだ。……俺は今お前の話を聞いて、なーんにも起こっちゃいないことがはっきりとわかった。だがな、ただ単にこのことを噂話で聞いてみろ。完全に誤解されるぞ。お前、『金の麦亭』でこのことは話したのか。」 「ああ、そこにいたお客は俺がねえさんのとこに行くってのは知って……あっ！」 テオは身を乗り出した。 「それって……ねえさんに迷惑がかかるってことじゃないか！それは絶対にダメだ！」 と、物音で目が覚めたのか、リリーが自室からパタパタと階段を下ってきた。机を挟んで何やら真顔で話している二人に目を見張った。 「おはよう、テオ、御免なさい、すっかり寝坊しちゃったみたい。ゲルハルトもお早う。で、何、何か依頼があるの？」 ゲルハルトは首を振り、テオと話していたことをかいつまんで話した。ふんふん、と聞いていたリリーだったが、話が終わる頃には頬を紅くしていた。 「ゴメンよ、ねえさん、俺、よく考えてなくて。俺の考えが足りてたら、ねえさんのとこに厄介になろうなんて思わなかったはずなんだ。ねえさんは宿無しになった俺を助けるタメに完全に善意から言ってくれたのに……俺、『金の麦亭』に行って、誤解解いて来る。そして、俺、ここから出て行くよ。」 「おい、お前が説明しても余計…… と言い掛けたゲルハルトをリリーは制した。そのとき、目配せされたように思ったのは、ゲルハルトの気のせいだったのか。 「うん、そうね、……手間を取らせてしまうけれどそうしてくれると嬉しいかな。でも、ここを出て行くことなんてないわ。……今、出て行ったらそれこそ『何かあったのじゃないか』って勘ぐられてしまうもの。それは嫌だから。テオと私は友達でしょう。友達が困っていたら手を貸すのは当たり前。だから、新しい下宿が見つかるまではここに居ていいよ。」 「あ……うん、助かるよ！俺、新しいとこ、一生懸命探すから。」 それからリリーは湯を沸かし、ゲルハルトはようやく起きてきた妖精さんも交えてペンデルを食べた。その後、リリーはテオに再び調合を手伝って欲しいと頼み、ゲルハルトはリリーに『アカデミーに行って二人の様子を見てきて頂戴』とペンデルの袋を渡された。 リリーに言われた通り、アカデミーへと歩を向けると、二人の神童は前庭の掃除をしていた。ゲルハルトが『よっ』と片手を上げると、二人は掃除用具を置いてパタパタと走り寄ってきた。 「「ゲルハルト、おはようございます。リリー先生とテオの様子はどうでした？」」 いきなりそう言われ、ゲルハルトが面食らっていると、二人はくすっと笑った。二人に見上げられつつあれこれ聞かされ、ゲルハルトは驚いたが、あっはっはと豪快に笑った。まったく、リリーも面倒くさいことをする。 「で、どうだ。おまえさんたち、あの能天気な坊やを認めたってことか？」 ヘルミーナがツンとしてそっぽを向いた。 「認めた、というとそれはちょっと違うと思いますけど。」 イングリドが微笑む。 「ただ、私達、皆でペンデル食べるのは好きですし、リリー先生があの人を見るときのふわっとした笑顔、私大好き。」 「ん。大好きな先生を取られるのが嫌じゃないのか。」 「私達、いつまでも子供じゃありません……あなたこそどうなんですの？ゲルハルト。」 ゲルハルトは笑う。 「こいつは参ったな。……そうだな、どっちかっつうと、俺は禿げたオヤジになる頃にリリーの茶のみ友達にでもなっていたいかな。」 「お互い、損な性格ですわね。」 ゲルハルトはペンデルの袋を差し出した。 「リリーからの差し入れだ。俺はさっき食ったが今日の出来は上々で旨かったぞ。いや、ちょっとばかし俺には甘かったかな。」 年相応に嬉しそうに目を輝かす二人の頭をゲルハルトはわしわしと撫でた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ さて、『金の麦亭』に現れたテオは、熱弁をふるったのだが、ゲルハルトの心配していた通り、誤解を解くどころか益々深みに嵌ってしまったようだった。『ねえさんと俺は何でもない、何にもしちゃいない。』いくら顔を真っ赤にして言っても『照れるな照れるな』『お幸せにね』『しっかりやれよ』とドンと背を叩かれ、クルト神父にまで『式はいつにしましょうか』と微笑まれる始末。下宿探しもうまくいかず、三日過ぎても見つからなかった。日が沈んでから工房に戻ったテオはリリーに深々と頭を下げた。 「ゴメン、ねえさん。俺、うまく話せなかった。余計誤解されちまったみたいだ。」 「頭を上げて。私は別に誤解されたっていいよ。」 「俺は嫌なんだよ……ねえさんのこと、好きだから、大切だから、ヘンな具合に誤解なんてされたくないんだ。」 俯いたままぎゅっと拳を握るテオの腕にリリーは手を触れた。 「……ゴメン、っていわなきゃいけないの、私の方だよ。」 「？……どうして？ねえさんは俺に嘘でもついた？」 顔をあげたテオと入れ違いにリリーは俯いた。 「嘘はついていないけれど……あのね、『金の麦亭』でテオが下宿を探しているって聞いたとき、私はテオが工房に来てくれたら、って思った。来て、ずっと居たらいいって思った。……私、テオが荷物を取りに行っている間、イングリドとヘルミーナに『アカデミーに出かけて』って頼んだわ。朝になるまで調合をして、私、疲れて眠ったふりをしたわ。本当はあなたに背負われているときにも目は覚めていたの。テオが『金の麦亭』で誤解を解くっていったとき、ゲルハルトは止めようとしたけれど、私は賛成した。……誤解されたままでいたかったから……ごめんね。 テオはあれこれ考えた。リリーのことが大好きだ、と(なしくずしだが)告白してから随分と経った。まだそのときではない、ねえさんには錬金術の研究もあるのだし、自分はまだまだ半人前だ、とそれ以上踏み込まないようにとずっと気を使ってきたのだが、その気遣いはリリーにとっては無用どころか寂しかったのかもしれない。 「ごめん。」 「どうしてテオが謝るの？」 「ねえさんに、そうさせたの、俺のせいだから。ごめん。」 俯いたリリーの頭に自分の顎を乗せる。 「そして、やっぱり誤解されたままなのも俺のためだよね。ごめん。」 リリーは囁いた。 「テオ、だったらあのね……」 「え？なぁに、ねえさん。」 「誤解されているのと同じことをすれば……あの……誤解じゃなくなるんだよね。」 テオの頭に血が上った。 リリーもぶんぶんと頭を横に振った。 「あ、あ！い、今の忘れて！」 「う、うん、わかった！俺、忘れるから！すっかり忘れるから！」 初めて視線を合わせた二人は狼狽する相手の顔を見て笑った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 一月たったが結局下宿は見つからなかった。(噂によれば、ゲルハルトが手をまわしたとかまわさなかったとか) 「ねえさん！じゃいってくる！」 「気をつけてね！街道沿いの護衛でも、魔物には注意するのよ！」 「ああ、もちろん！ねえさんのフラムももったしな。ねえさんこそ調合頑張ってな！五日後には帰るよ。」 ザールブルグ城下町の錬金術師の工房に住み着いた赤いシャツの冒険者と工房主が恋仲であることを疑うものなど城下で誰一人いないが、二人が清い関係のままであることを疑う者もまた誰一人居ない。 「結局私達が動くしかないのかしら。」 「リリー先生もいざってところで押しがたりないんだから……」 二人の神童達が行動を起こす日はそう遠くはない。 |
| 突発SS。何、この駆け出し初心者カップルは!! ゲルハルトのおっさんがかなーり好きであったりします。 |