「ねえ、新年ってどうやって決めるの？何をするの？」 仕事を求めて、開拓惑星の1つに着いてやっと一段落したところで、パトリックはいきなりそう言った。大人たちが作業しているときに、本を読んだりコンピュータで情報検索したりしていたから、そこで「新年」という言葉が出て来たのだろう。 パットの視線の先にいたカイユンは即答しようとして詰まった。 故郷の星での話なら話は簡単だが、宇宙のあちこちを飛びまわっていると、実はこの質問に簡単には答えられない。「新年」がいつかは星によって異なるからだ。 もちろん宇宙連邦標準時というのはある。宇宙連邦の最高議会が置かれたリマン星の原子時計によって刻まれる暦はどこの辺境惑星でも使用されているまさに基本となる時間である。 しかしながら、人間の生存に適しないような苛烈な環境の惑星でない限り、人は独自の暦を持っているものなのだ。 地軸が公転面に対して傾いていたり、地軸は傾いていなくても楕円軌道をとっている惑星には季節が存在する。公転周期がその惑星の一年であり、もっとも昼が短くなる日（または長くなる日）、或いは太陽までの距離が長くなる日がその惑星の“１月１日”となることが多い。または、その惑星が宇宙連邦に加盟したときや発見されたときが１月１日になることもある。そして公転周期の長さである１年の長さも様々だ。 要は、定住している者には明確だが、自分達のような流れ者にとっては新年の定義は複雑極まりないものなのだ。 カイユンは少し考えてから言った。 「あのね、星によって決め方は違うんだけれど、新しい年が始まるときを新年っていうんだよ。新年が始まってしばらくをお正月というところもあるね。」 かなり曖昧だが勘弁してもらうことにしよう。 「新年には何をするの？」 「ええっと…新しい年になって、『今年一年みんなで楽しく過ごせますように』ってお願いして、新しい年になってやりたいことや頑張りたいことを考えるんだ。そして、新しい年が迎えられたことを皆でお祝いしてご馳走を食べたりもする。…そんな感じかな。でも、やることは星によってだいぶ違うんだよ。」 最後の方は仲間達をちら、と見ながらカイユンは言った。 ロマノフとジョーは頷き、ソーンダイクはいつもどおり不動。マリオはソファーにもたれて詰まらなそうにしている。 「ふぅん。ねえ、ロマノフはどんなことをやったの？」 スナイパーは両親の死去によって幼年学校に叩き込まれる前の幸せだった新年を思いおこした。 「そうだね。カイユンの言うようにご馳走を食べて…それから家族で買い物に出かけたよ。そして、文房具屋に行って、気に入った表紙の日記帳を買ってもらった。字がかけるようになってからそれがお正月の決まりになっていたね。古臭いという人が多いけれど、自分の手で書いた日記はとても思い出深いものになったよ。」 ふうん、日記帳を買ったんだ、とパットは言ってから、ジョーの前にタタタ、と走っていった。 「ジョーは？どんなお正月だった？」 正直言ってあまりいい思い出はない。新年のパーティーに引っ張り出されて、大人たちの前で自己紹介させられたり、話の全く合わない同年代の金持ちの子女と交流させられたり…ああ、でも楽しいこともあった。あれはパーティーの翌日、リジーとパーカーとアンナとアンリだけの時間。 「皆で一緒にお菓子を作って食べたわ。うちは皆忙しくて揃うことが少なかったのだけれど、お正月だけは皆が家にいて。作ったお菓子を食べながら皆でいろいろ話すだけでとっても楽しかったわね。」 「そうなんだ。僕もカイユンとお菓子をつくるの楽しいよ。………ソーンダイクは…？」 パットは訊いた。訊いちゃいけないかな、と思いつつも訊いた。 意外にもソーンダイクは嬉しそうに口の端を上げた。 「正月は新しいコンピュータの導入がありました。」 パットはソーンダイクが言葉を続けるのを待っていたが、そのあとはなんにもこの寡黙な情報技術者の口から出てこなかった。パットは急いで言葉に反応してみせる。 「そ、そうなんだ。マリオは？」 「俺か？…まあ新年ってことで、それなりの何かをしたとき『ああ、考えて見りゃこれは今年初めてだ。』って思うことはあるな。」 「どんなこと？」 「んー。例えばだな…」 マリオは言葉を切った。その年初めて女性と某所にしけこんだ、とか、爆破したとか、何か失敬した、とか、パットの前で言ってはいけないことくらいはこの男にもわかる。…言ったが最後、投げられ、殴られる。 「まあ、いろいろ、だ。お前も大人になればわかる。」 「ふぅん。そうしたら僕が大人になったら教えてね！」 教えんでいいぞ… 「カイユンは？」 「僕かい？」 カイユンは満面の笑顔である。この青年の正月は楽しいことばかりであったらしい。 「まず、日付が変わる前に、御馳走やマットやお茶のセットやいろんなものをもって海岸に行くんだ。町のみんなが集まっててとっても賑やかだよ。そして日付が変わったら持って来ていた小さな懐中電灯に紐をつけてぶんぶん振り回す。赤や青のセロファンを被せている人もいて、見回すとそりゃあ綺麗なんだ。大昔は振り回すのはランプだったらしいんだけどね。それと同時に爆竹を鳴らす。」 「ばくちく？」 「ああ。音だけの花火。たくさんの小さな筒がまとまっているもので、その小さな筒ひとつひとつが小さな花火だよ。1つの爆竹に500くらいついているかな？そして一人が最低1つその爆竹を鳴らすから、100人いたら最低50000回のパンパンパンパンって音が… それはさぞかし凄い音だろう。 「爆竹が鳴り終わったら皆でわーって海に入って…僕の星のお正月はいつも満月だから真っ暗じゃないんだ。１キロくらい先に小さな島があるんだけどそこに成っている木の実をお正月にとってくると幸せになるっていわれていて、泳いでとってきて、知ってる人たちと分け合って。そしてお日様が昇ってくると皆でお日様にお願いするんだ。お正月の日の出にお祈りをすると、その一年いいことがあるんだよ。初日の出、っていうんだ。」 その他にもいろいろと新年の行事の話が続いた。お参りだのおみくじだのお正月独自の遊びだの大人から子供への贈り物だの… パットは熱中して聞き、マリオでさえもだらしなく寝転がりながら耳だけはしっかり傾けて居た。 全部聞き終わるとパットは大きく頷いた。 「うん。お正月って本当にいろいろなんだね。でも楽しいことがたくさんなんだ。ねえ、明日は僕達何をするの？」 大人たちが「ん？？？」と不思議そうな顔をするとパットは笑った。 「さっきコンピュータで調べたらこの星の新年は明日だって！」 ひとまず急いでご馳走の用意をしなけりゃ、とカイユンは思った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 深夜、ワッチ（当直）にあたり、コクピットで仮眠していたジョーはカイユンに遠慮がち揺り起こされた。瞬間的に頭をしゃんとさせて相手の顔を見る。深夜だというのに、彼はきっちりと着替えていた。 「何？トラブルでもあった？」 「そうじゃないんですけど・・・」 カイユンの後ろからパットがひょっこり顔を出した。 「ジョー、僕、初日の出が見たい。見て、お願いがしたいんだ。」 「…僕もさっきパットに起こされたんです…また寝なおすのも中途半端ですから行ってきていいですか。今日は天気も良いですし、宇宙港から30分ほど歩いた高台からだったら宙港施設に遮られずに日の出が見られそうなので。」 ジョーは立ち上がった。 「寒くないかしら？」 「あ、もちろん完全装備で行きます。マフラー巻いて、帽子被って。」 「どうしようか…」 「駄目ですか？」 「ううん。あたしも行きたくなっちゃった。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 結局、その後どやどやと起きてきたメンバー全員でカイユンの言っていた高台へと歩いていくことになった。時折ちら、と落ちてきてはすぐに融けていくほどの粉雪が舞う中、パットは岩だらけの道を軽やかに歩き、大人たちの間を行きかって“皆は何をお願いするの？僕はね”と嬉しそうにいろいろと喋っていたが、目的地について突き出した岩の上に立ち、口元に白く息を吐きながら昇ってくる太陽を静かにじっと待っているうちに次第に無口になった。 そのうちやっと赤い太陽が草木ひとつない灰色の地平線から顔を出した。パットははっとしてぎゅっと目をつぶり、小さく口を動かして懸命に何事かを祈っている。その呟きが凛、と冷え込んだ空気を通して大人たちの耳に入る。 「ずっとみんな一緒にいられますように、ずっとみんな一緒に居られますように…」 カイユンが解けかけていたマフラーを巻きなおしてやり、ガタガタと震えているパットを抱きしめると少年はかじりついてきた。 「もっと違うことをお願いしようと思ってたんだ！でもここにきたら寒くて、向こうの方がとても遠くに見えて……僕、一人ぼっちになっちゃったらどうしようって思って・・・・皆と離れたくない、離れちゃうのは嫌だ、って思って…」 マリオは言った。 「ば〜か。物事には順番という奴があるんだ。この中で一番に追い出されるとしたら俺、お前は最後の最後だ。ん？わかってるか？それにお前は『一緒に居たい』と願ったんだろうが？願ったら叶うんだろうが？願うために来たんじゃないのか？」 パットはうん、そうだね、といって微笑んだ。 「よーし、じゃ、あたしもお願いしようか！」 「キャプテンも、皆一緒ってお願いするんですか？」 若い娘は即座に首を振る。 「いいえ。パットのお祈りが通じるのなら、あたしたちは好むかどうかに関わらず、これからも一緒だってことじゃない？だからあたしは別のことを願うわ。」 「そうだな。じゃ、俺は酒と女のことを気合いを入れて願っておくか。」 マリオが無表情のソーンダイクにぼこ、と殴られ、ロマノフが笑った。 初日の出に願いをかける。それは行事の一つ。昔からの、ある意味形骸化した慣習。しかしカイユンはパットを腕に抱いたまま真剣に願いをかけた。 “初日の出さん、頑張って下さいね” アケルナルの乗員一同。この星での新年は平穏にスタートしたようである おしまい |
| 2005年年賀メールから派生した話です。 恋愛というのではなく、「甘い」話です。彼らは擬似家族のようなものですが、持っている能力や前歴を考えるといきなりとんでもない境遇へと導かれ、一気に離散しかねない可能性を多分に持っています。パットは「自分がどのようにして生まれたのか」ということを知らないでいます。が、出自に対してそこはかとない不安を感じているのかもしれません。私は彼らの行く末を知っている（いや、作者ですから）わけですが、皆が共にいられるうちは幸せに過ごして欲しい…と思って止みません。 （2005年） |