質問

　緑の濃い見事な森林に接して広々とした草原が広がり、きらめく小川が大きな湖水へと注いでいる。
　この公園はすべて人の手によって設計され、木が植えられ、草の種が蒔かれ、小川も湖も、そのすべてが人工物であった。だが、丈の高い草をさわさわと揺らす風は本物であり、ここに来る人々は天然の自然公園に来たような開放感と、緑がヒトに与える安らぎを享受している。
　今日のような休日ともなれば、遺伝子組み換えによって平地でも育つように改良された可憐な高山植物の花畑のあたりは、シートを広げた家族連れでそうとう賑わっている。

　一人の少女が、自分の前にある簡易コンロの鍋で、湯が沸かされていくのをじいっと見守っている。肩までのびた綺麗な栗色の髪はお気に入りの薄青のレースのリボンをヘアバンドにして止められており、このピクニックのために買ってもらった濃茶のキュロットスカートとセーラーカラーのベージュのブラウスがよく似合っている。ふつふつと水が沸騰してきてすぐ、女の子の目の前の男は無駄の無い動作で鍋から保温ガラスのポットへ湯を注ぐ。そして、大きな籐のバスケットから、来る途中で買った長いバケットパンを取り出すと、パンナイフですいっと切り、オープンサンドの具を拡げた横に置いた。準備が終わる頃に紅茶もほどよく抽出し、横に花模様のついた樹脂製の保温カップにとぽとぽ注ぎ、さら、と砂糖を加えて銀のスプーンでかき混ぜる。

　「さあ、できましたよ。いただきましょう。」

　男が言うと、少女は“いただきます”と可愛らしい声で言い、華奢な指でパンの上に具を載せ、男の鼻先に差し出した。
　男が戸惑うようにそれを眺めていると、少女は眉を下げた。

　「パーカーはスモークサーモンが好きだったのじゃなかった？ご、御免なさい。何が食べたいか聞きもしないで私、勝手に作っちゃって。」

　男は慌ててサンドウィッチを受け取るとぱくりと一口齧った。それを見て少女は満足そうに目を細めた。その輝くような表情に男は自身の目を細める。一介の使用人である自分をこの少女は家族同様に好いてくれている。でもね、お嬢様、そんなに気を使わなくてもいいんですよ。とパーカーは胸の内で言った。そして、さっと手を動かすと少女にパンを差し出す。

　「レタスにブリーチーズ、トマトの薄切り。はい、どうぞ。」

　少女はさらに顔を輝かせた。

　「パーカーは私が大好きなものが何かをよく知ってるのね！有難う！…わあ、美味しい。・・・そして、家で飲む紅茶も美味しいけれど、この紅茶もとっても美味しい。」

　少女は神経質で食が細く、屋敷では心配されていたが、こうして自分と外で食事するときは別人のように良く食べ、よく笑った。パーカーは知っている。この少女の小さな胸をしめつけているのがあの屋敷ののしかかるような冷たい空気だということを。

　用意したすべての具を食べ切ってしまうと、パーカーはリンゴを取り出して剥いた。まず８個に縦割りし、1つずつ剥いていくと

　「ああ、お願い、パーカー、私にやらせて！」

　リンゴに向かって少女は手を伸ばす。ナイフの刃を持って差し出すと、少女は受け取り、苦心惨憺しながらゆっくりゆっくりと皮を剥いていく。リンゴの皮むきを初めて教えたのはひと月ほど前のことだが、あれから随分練習したらしい。といっても、剥いた皮の厚さは相当なもので、パーカーは苦笑した。指摘されて少女はぷうっと膨れたが、次の瞬間には“もっともっと練習しなければね！”と照れくさそうに笑った。

　剥いたリンゴを少女は男に差し出した。男は素直に受け取り、二人は同時にリンゴを噛み締めた。少し酸っぱい味が口に広がる。草原を渡る風が後ろから吹いてきて少女の髪をなびかせる。と、少女と同じくらいの女の子が草原を走っていくのが見えた。姿を目で追うと、その先には男が一人居て女の子は父親とおぼしきその男に飛びついた。

　ぼんやり眺めていた少女が寂しげにぽつりと言う。

　「・・・・パーカーがお父様だったらよかったのに。」

　「お嬢様にはお父様のジャック様がいらっしゃるではありませんか。」

　「・・・・お父様・・・・・・旅行に連れて行ってはくださるけれど、こんな風にピクニックにきたことなんて一度もないの。」

　パーカーはこの親子の間にある様々な事情や感情を知っていたが、それをこの少女に理解しろというのは酷なことだ。自分としても、少女が本当の娘だったら・・・と考えたこともあるのだが、パーカーはさして感情を篭らせるでなくこう言った。

　「お嬢様のお父様はジャック様お一人だけです。ジャック様はお忙しいですが、お嬢様のことをいつだってお考えになっていますよ。」

　少女はしゅんとしたようだった。

　「・・・お父様にはなって貰えないの？」

　「ええ、私は執事ですから。」

　少女はますますしゅんとしたようだったが、急に頭をあげるととんでもないことを言い放った。

　「そしたら、私、パーカーのお嫁さんになる！」

　執事はカップに残っていた茶を飲み干そうとしていたが噴き出した。その背を少女は小さな手でさする。

　「大丈夫？・・・・御免なさい、パーカーは私のことが嫌い？」

　「そんなことはありませんが。」

　「だったら、私、パーカーのお嫁さんになる！」

　タオルで噴き出してしまった紅茶を拭い、深く呼吸して上がってしまった心拍数を平常に落としてから彼は言った。

　「私などとてもとても。お嬢様のような素敵な子のお婿さんにはなれませんよ。随分と歳をとっていますしね。」

　「どうして？パーカーはとっても素敵だわ！…いつものかっちりした白いシャツに黒い上着も素敵だし、今着ている縄編み模様のセーターも大好き。」

　「・・・・・・・・・」

　30以上も歳の離れた子からのお褒めの言葉をパーカーはくすぐったく思いながら聞いた。

　「それに、パーカーは優しいし、何でもできるし、上手だし。エアカーの運転も、トランプも、本を読むのも。ええっとお義母様からもお話して貰ったわ。パーカーは宇宙船の操縦もできるし、走るのも早いし、いざっていうときには銃も百発百中だし、何か爆発するものも作れるし、コンピューターを使って普通は入れないいろいろなところに入れたりするんですって？」

　ああ、奥様はいったい何をこの小さなお嬢様に吹き込んだんだ、とパーカーはくらくらしながら思った。ウラの稼業のことはこの少女には知られまいと頑張っているのに。

　「それに、パーカーはお茶を淹れるのがとってもうまいもの。私、パーカーのお嫁さんになったら、パーカーの淹れるお茶を朝も昼も夜も飲むの。眠れなくなるから今は夜は飲んではいけないって言われるけれど、大人になったら夜にお茶を飲んでもいいのでしょう？」

　パーカーは自分を見上げて一生けんめいに言葉を紡いでいる少女に向かってにっこりと微笑んだ。

　「お嬢様が私を好いて下さるのはとても嬉しいですが、私には物凄く好きなヒトがいまして。」

　女の子は不思議そうだった。内容が伝わっていないらしい。

　「ええっと。・・・そうですね、私にとってのお姫さまのような人がいるのです。」

　「・・・・そう。お姫さまなの。だったら仕方ないわ。・・・・・わかった・・・・私、パーカーみたいな人をみつけてお嫁さんにしてもらうことにします！」

　「光栄です。あの、でも、私よりも素晴らしい人は世の中にたくさんいるはずですから、私に拘らなくとも・・・・」

　「・・・・・・・？？？？パーカーより素敵な人なんているはずないと思うのだけれど。私、パーカーのような人が大好き。」

　「あ、いえ、そんなことはありませんよ。それよりお嬢様。」

　パーカーは言葉を切って1つの質問をした。

　少女は一生けんめい真摯に考えたが、その質問に答えられなかった。すると執事は穏やかな表情のまま“でしたら、それは宿題でございますよ。お嬢様の答がお決まりになりましたら、このパーカーめにお知らせ下さいね。楽しみに待っておりますから。”と囁いた。

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　妙な仕事を引き受けてしまったものだ。目的は新たに開発された惑星での生物捕獲。・・・・輸送とだけ聞いていたのだが、どうやら雇い主に騙されたようだ。割がいい仕事なのでそのまま雇われ続けているが、下手をすれば、ターゲットである生物にこちらが捕獲されかねない。…体長２メートル、体重1ｔという爬虫類。草食で温厚だといわれてもすぐに納得できるわけがない。

　コックピットのスクリーンには荒涼たる荒野の映像。先程からソーンダイクが雇い主の会社のデータベースに割り込みをかけていたが、結果によると、これ以上こちらを騙している気配は無い。傍らには古風だが相手を傷つけずに捕獲するのには定番である麻酔銃を整備するロマノフと、万一の時のために爆発物を用意するマリオ。ジョー自身もさきほど皆で立てた捕獲計画をシュミレーターで反芻している。と、目の前にコーヒーが差し出された。

　「どうぞ。」

　「ありがと。」

　白いカップに注がれた、深煎りの苦いコーヒー。

　トレイを持ってキッチンへとひきあげていこうとするカイユンにジョーは唐突に言った。

　「カイユン、あなたはいったいどういう人間になりたい？」

　家事担当の青年は、相変わらずの童顔を緩ませて花のように笑った。

　「みんなの役にたてる人間かな。・・・・僕、ドジだからそう思っても結局キャプテンたちに迷惑かけちゃうかもしれませんけど。」

　その笑顔をジョーはまじまじと見る。

　「な、なんです？」

　「・・・・・素ですらっとそういうことが言えちゃうのって、・・・・あなた、最強よ。」

　「は？」

　それきりジョーが何も言わなかったので、カイユンは振り返りつつもキッチンへと戻って行った。

　ジョーはあのときのパーカーの質問を思い出していた。

　（お嬢様、お嬢様がどういう人をお好みなのかはわかりました。・・・では、お嬢様はどういった大人になりたいのでございましょうか。）

　今の自分が“なりたい自分”でないことだけは確かだが、自分は一体どのような人間になりたいのだろうか。

　一口飲んだコーヒーは、苦く、胃壁を傷つけているようだった。体の内部からできた傷は外側からわからない分、程度もわからず、そして、もどかしく、不安になる。

　子供の頃に飲んだ、砂糖のたっぷり入ったパーカーの紅茶を飲みたいと思ったが、もうあの場所には戻れない。戻ってはいけないのだ。

　　答えはまだわからない。

　SF長編連載再会の目途がたちませんので、ひとまずは「挿話」のようなものを…
サブキャラクターのパーカーさんですが、実のところ主要登場人物のスキルをすべて持っているとんでもない人です。一応父親と和解したジョーですが、父親と認識しているのはこのパーカーだと思われます。

　いつか答え（もしくはそれが反映された状態の自分自身）をひっさげて再会させてあげられれば、と思っています。