| 2004夏の終わりの小ネタ マリンリゾートって何？ |
「何、それ？」 シルは椅子に座っているランのうしろから、旅行社のパンフレットの表紙を覗き込んだ。 透明感あふれる青い海、白い砂浜、そして砂浜にはビーチチェアとそれにかざされたエキゾチックなパラソルが置かれていた。チラシの上部には 『ワンランク上のマリンリゾート。非日常体験があなたを待っている。』 シルはページをめくろうとし、それが一枚の紙であるのに気づいてやれやれ、という顔をした。 「本体はどうしたの。」 「しょうがないだろ、表紙だけ千切れて飛んできたよ。・・・・写真が綺麗だったから拾ってきたんだ。・・・・・ねえ、シル。マリンリゾートってどんなところなんだろう。」 尋ねられてもシルにわかるわけがない。子供の頃は研究所でずっと育てられ、逃亡し、あとは生活するのに精一杯。ランたちと行動を共にするようになってからもリゾートと名のつくところには全く行った事などない。 ランは写真を指で弾いてぼそっと言った。 「海があって浜辺があって、椅子があって、傘があって・・・・ってだけじゃリゾートっていわないよね。いや、辞書では調べたけどさ・・・・ワンランク上っていうんだからきっとリゾートの中でも特別なんだよね。」 「・・・・・・うーん。非日常っていうんだから、夢みたいなところ？」 「そんなに凄いのかな。」 そういった会話を通りかかったチェイスはしっかりと聞いていた。 彼は「おとうさん」として子供の質問には特殊な理由がない限りは答えるべきだと考えていた。マリンリゾート、などという場所に自分が行った事がなくとも。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「あれ？」 夕食が終わり、自室に帰った二人は、そこに小さな箱があるのに気づいた。ランが箱を開けるとそこにはホロビデオの（三次元立体映像）記録装置がはいっており、紛れもないチェイスの字で 「マリンリゾート！非日常！凄い！」 と書いてあった。 「・・・・・・見ろ・・・・・てことだよね、これ。」 「ああ、おっさん、昼のこと、聞いてたんだよ、きっと。折角だから見てみようか。」 またとんでもない恋愛映画だったら殴りにいく、と思いながらも、マリンリゾートに興味しんしんのシルはさっそく再生装置を引っ張り出すと床に据えた。 映像が再生され始めると、そこは浜辺だった。ホロビデオの特性を生かし、カメラは360度のパノラマを映し出す。 「わー、綺麗！」 普段意識して低い声で話しているシルは、本来の高い可愛らしめの声が出てしまったのに気づき、ごほん、と咳払いした。そんなシルには気づかず、ランは画像に見入っている。 浜辺には一人の男が居た。パンフレットの椅子と同じような椅子にすわり、同じようなビーチパラソルが立っている。よく日にやけた筋肉質の細身の体。茶がかった金色の髪。サングラスを外すと青い切れ長の瞳が見えた。かなりの美青年だ。 「リゾートにいる人ってみんなあんな感じの逞しい奴ばっかりなのかなあ？ああいうんじゃないと行けないところ？」 「まさか・・・・それに、逞しけりゃいいってもんじゃないさ。うん。」 虚弱体質にコンプレックスを持っているランの心の動きに気づかないシルではない。 「あ、ほら、誰か来た。」 遠くから女性が歩いてくる。深紅のマイクロビキニに身をつつんだ妖艶な美女だ。左手に持つ氷で冷えたカンパリソーダを入れたコップは汗をびっしょりかいている。 女は男ににっこりと笑いかけ、男は座ったまま両手を広げた。女はコップを男の頬につけ、男は冷たさに頬をぴくりとさせながらも女にキスし・・・・女はビキニの背中側に挟んであったレーザーガンを右手で持つと・・・・・・男のこめかみを打ち抜いた。男の苦悶の表情が大写しになる。 ランとシルは悲鳴をあげた。 自分の肩口に少しだけついた男の血液を人差し指で女は拭い、水着でふき取った。そして、死んだ男の死体に向かって軽く手をあげにっこり微笑んだ。そしてそのままずんずんと海に向かって歩いていった。大きな波が押し寄せ・・・・波がひくと女の姿は見えなくなっていた・・・・・・ ランとシルは抱き合ってがたがた震えていた。文で書くとなんということもないが、ホロは臨場感が半端ではないのだ。ランは自分の体には血がついていない、と確認した上で小声で言った。 「シル・・・・・・・マリンリゾートって、怖いところなんだね・・・・・」 「・・・・・・・・・・・た、たぶん違うと思うけど・・・・・そ、そうなのかな!?・・・・・・」 「僕はリゾートなんかじゃなく、ただの海がいいや。」 「・・・・・・私もそう思う。」 ランとシルの悲鳴に気づいて部屋に入ったロコは、すぐにコクピットに行くと椅子によじ登って検索用コンピュータのモニタを見た。モニタは点いており先ほどの映像をダウンロードしたままだと見て取れた。 検索語：マリンリゾート 非日常 凄い ドキドキワクワクｖ ロコは深く長いため息をついた・・・・・・ そのあとかなり長い時間がたったあと、チェイスたちは「マリンリゾート」に行く機会があったのだが、二人は青ざめ行くことを拒否した。結局は行くことになったのであるが・・・・それはまた別の話・・・・・ おわり |
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