| 2004夏の終わりの小ネタ ソーンダイク海に行く |
「僕、海に行きたいな！それでいっぱい泳いで、お魚やカニを捕まえて、ええっと、それから・・・」 お気に入りの“海の生き物図鑑”を掲げてパトリックは大人たちに言った。そのキラキラするような笑顔を見ると、これは連れて行ってやらなくては、とロマノフもカイユンもジョーも思ったのだが（あとの連中は不明）生憎この星の海はもうかなり冷たく、泳ぐには寒すぎた。 「ぎゃんぎゃん騒ぐな。泳ぎならいやっていうほどしたことがあるだろうが！」 爆破屋の言うことは正しい。・・・・・・行くだけなら行っている。・・・・・・但し、それは『追っ手から逃れるために十キロ以上も遠泳する』とか『水没する街から脱出するために泳ぐ』とかいうものであって、パトリックはごくふつうに海で泳ぐ経験をしてはいない。ジョーはずい、とマリオの前に出るとパットの頭を撫でた。 「もうここの海じゃ泳げないから。いつか泳げる海があってあったかかったら必ず行こうね。」 それでいいわよね？というように仲間達を見ると、ロマノフとカイユンは頷いた。ソーンダイクは首を傾げた。 「ソーンダイク、どうしたの？」 小さなパトリックはチーム一ののっぽの顔を見上げた。 「海はそんなに楽しいものでしょうか。」 ・・・・・・・ソーンダイクはカナヅチである。そしてまた、彼もパトリックと同じ経験をした。そして・・・・・彼の場合は文字通り溺れかけたのである。 パトリックは“海のいきもの図鑑”の中でもとくに気に入っているページをソーンダイクに開いてみせた。 「楽しいよ。こういう綺麗なお魚が海の中にはいっぱい居て、岩のところにはイソギンチャクやヒトデがいて。ほら、こういうヤドカリさんもいるんだよ。」 「・・・・・そうね。カンカン照り時じゃなくて、朝早く浜辺を歩くととっても気持ちがいいし。朝日が昇るのを見るのって私は大好き。」 ・・・・・・・・浜辺を歩いたことはあるが、あのときは尋常な状況ではなかった。 「泳がなくても浜辺で軽い運動をするだけでも気持ちがいいものだよ。」 ・・・・・・・・・この頃、すぐ息切れするような気がするのだが、運動した方がいいのだろうか。 「海はいいぞ。目の保養にもなるが、女に適当に可愛いとか何とか声をかけてお楽しみになだれ込むのはまた格別だ。」 ・・・・・・・・・話すだけで楽しいものだろうか。 ジョーがマリオのわき腹に強烈なエルボースマッシュをくらわしているのを視界の端に捕らえ、カイユンは冷や汗を流しながら言った。 「パット、とにかく今は駄目。一人でいったりしちゃいけないよ。どこに出かけるのだって、必ず計画はたてないとね。」 ・・・・・・・・・・・確かに計画をたてるのは重要だ。 ソーンダイクは海に行こう、と思った。 泳げない彼にとっては、水温が多少低いことなど関係はなかった。 彼はこの星のデータベースを検索し、綿密な計画をたてた。そう。計画は重要なのだ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 次の日、「夜までには帰ります」というメモを残し、ソーンダイクは皆が知らない間に麦藁帽子を被り、大きなリュックを背負って出かけていた。・・・・・特殊訓練を積んでいるわけではないが、気配を感じさせない男、それがソーンダイクなのである。 朝一番の路線バスを降りて所定の場所に向かう。腕につけた位置ナビゲーションで確認し、砂浜に着いた・・・・・そのとき、太陽が水平線から昇ってきた。ソーンダイクは砂浜に座って暫く日の出を観賞した。 綺麗だ、と思った。 ソーンダイクは楽しかった。 そしてあわてて靴下を脱ぐと、ひんやりした砂浜を歩いた。 ジョーの言ったとおり、気持ちが良かった。 ソーンダイクは喜んだ。 そして、波打ち際までいくと、しょっていたリュックをおろし、中からゴムボートと足踏みポンプを出した。すると傍らを貝殻が物凄い速さで動いていった。いや、それは貝ではなかった。以前にパットから教えられていたヤドカリという生き物だ。ソーンダイクが軽く手で弾くと、転がったヤドカリははさみで貝に蓋をしてじっとしていたが、彼がじいっと静かに見ていると、安全だと思ったらしく再びちょこちょこと移動を開始した。 ソーンダイクはちょっとわくわくした。 ポンプを繋ぎ、足で踏む。ソーンダイクはピョンピョン人形が跳ねるようにしてポンプを動かし続けた。かなり疲れた。でもボートは見事にぱんぱんに膨らんだ。 ロマノフの言うとおり、運動するのも悪くない。 ソーンダイクはにっこりした。 時間は設定した通りだった。ソーンダイクは救命胴衣をつけ、ボートにリュックをのせると海に向かって押し出した。もう少しで乗り損ねるところであったがなんとか自分も飛び乗った。 飛び乗ってからゆっくりとソーンダイクは日焼け止めを塗った。ちゃんと足の指の間にも塗った。サングラスもいつもより濃い色のものを選んできた。リュックから本を出す。「ロロと素敵な仲間達」。本棚にあった全４巻をパットから借りてソーンダイクは持ってきていた。普段超高速で工学書を速読するソーンダイクであるが、物語の本はゆっくりゆっくりと読む。 天気は快晴で、波も穏やかだった。ゆうらりゆらりとたゆとう感覚は心地よい。海鳥の声が聞こえ、陽射しはあっても海風が吹いて爽やかだった。喉が渇くとお気に入りの温度（45℃前後…マリオは生温くて気持ち悪いという）に保った豆乳をテルモス（魔法瓶）から飲む。太陽が真上に昇るとチョコチップクッキーとパウンドケーキを取り出した。カイユンは「お菓子はご飯になりませんよ！」と怒るだろうが、たまにはいいだろう。・・・・・ソーンダイクはカイユンの焼いたクッキーもケーキも大好物だった。 ソーンダイクは幸せだった。 潮の流れはソーンダイクの予測どおり、ボートを対岸の半島に流れ着かせた。そして、ボートが満ち潮にのって浜に漂着したとき、丁度「ロロと素敵仲間達」の最後のページを読み終えたのだった。 そこにはたまたま犬をつれた女の子が散歩に来ていた。ソーンダイクはその子に声をかけてみることにした。 「可愛いですね。」 女の子はにこにこ笑った。 「うん。ポトスはとっても可愛いでしょ！」 自分の名を呼ばれ、女の子に頭を撫でられた大型犬は激しく尾を振った。 「わ！おじちゃん、おじちゃんの持ってる本、私も持ってるよ！面白いよね！」 ソーンダイクはうんうんと頷いた。いや、本当に面白い本だった。 マリオもたまには本当のことを言う。 ソーンダイクは女の子に声をかけてよかったと思った。（なだれこんだりはしなかったが） さよなら、と手を振ってボートを畳みリュックに入れ、道に出ると、30分もしないうちに路線バスがやってきた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 約束どおりソーンダイクは夜にならないうちに戻ってきた。ときどきふらりとコンピュータの部品を買いにでかける彼のことであったから、特に追及もされなかった。カイユンだけはパウンドケーキの行方について少しばかり何か言いたそうだったが・・・・・ 夜寝る前にパソコンに向かったソーンダイクはいつもどおりに日記を書いた。 “今日は海に行った。大満足。” ソーンダイク、晩夏の一日の経験である。 之にて一巻のおわり・・・・・・・ |
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