| 背の伸びが少しずつ止まって、僕は通常の活動ができるようになった。掃除も、洗濯も、料理も、やっていて不都合はない。ただし、自分の背の高さが高くなって、時折戸惑う。鍋を取ろうとして手をのばすと、その上の棚に手が届いていたりするのだ。 「しっかし、背がのみてもそれなりに家事が様になるわねえ。」 とキャプテンが言う。 好きでやっていることは、自然と板につくものだよね。……だからかな。今日支給された軍服は全く似合わない。制帽はすぐに頭に被さってくるし、着心地も幼年学校の制服以上によくない。 昔、敵味方を表すために服装を統一したのが軍服の始まりだと思う。でも、今は、なんというか、権威の象徴とか、帰属意識の強化のために用いているような気がする。 僕の軍服姿を見たケイトさんはちょっと笑い、僕の手をひいて、資材部の人たちに“私の新しい恋人よ”と冗談で紹介した。そして“ベンジャミンと出会う前に、あなたが大人になっていたら、本当にあなたと結婚したかもね”なんて言う。おちょくりだとは判っていても、咳払いの二三回はしたくなっちゃう。そういう言われ方には慣れていないから。 僕とケイトさんが初めて会ったとき、ケイトさんは僕のことをほんの子供だと勘違いした。そして、僕にドロップ缶をおまけしてくれた。それが始まりだったんだ。でも、それで、僕はケイトさんの優しい気持ちがはっきり判ったんだ。勘違い万歳！ ケイトさんは、僕にまたドロップ缶をくれた。僕はその場で蓋を開け、オレンジ色のを口に入れた。ケイトさんは、レモン色のを自分で取った。 「ケイトさん。あらためてよろしく。ずっとずっと友達でいてくださいね。」 そしたらケイトさんは、僕に、“それを言うなら、ずっとずっと生きていてくれなくてはダメよ”と言う。僕とケイトさんが知り合ってから二年間、ケイトさんが知るだけでも30人のシークレットが死んでいるのだそうだ。 「うん、ずっとずっと生きてます。」 って言ったら、 「カイユン君が言うと、説得力あるわ。」 って言われた。帰って、この話をマリオさんにしたら 「そうだな、お前だったら一万五千年は生きているだろうな。」 根拠を訪ねたら、 「雰囲気的にそんなもんだ。」 だって。 僕は長生きしたいけれど、他の皆の死ぬのを見たくはない。僕の命の分を幾らか他の人に回してでもいいから、マリオさんも含めて、皆さんに長生きして欲しい。そんなことを考えて漢方茶を衝動買いしてしまった。あれは美味しくない！キャプテンは、苦笑いしながら飲んでたな。失敗失敗。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ カーテンを洗った。 少し、日に焼けたようだ。窓にかかっている訳ではないが、肉視窓から射し込む紫外線の影響だろう。(紫外線吸収ガラスもある程度以上は効かないのだ) 「次回かけるカーテンは、何色がよいですか？」 と、リクエストをとったら、マリオさんとキャプテンは、もう要らないといい、ロマノフさんはただ笑っているだけだった。ソーンダイクさんだけが、 「木綿地に花柄。」 と言った。 「カーテンかけるなら、本物の窓にかけなさいよ。何もない壁にかけるなんて、ただの誤魔化しじゃない。」 って、キャプテンに言われた。そりゃあそうだが、窓がない家の方がおかしいという発想はやはり変なのだろうか。まあ、アケルナルを家にしている限り、幾ら肉視窓を作ったとしたって、そこから風邪が吹き込んでくる訳じゃなし、庭が作れるわけじゃ梨、お隣さんと近所づきあいができるわけでもない。これは重大な問題だ……シークレットやってる奴が何を言うかと言われるかもしれないが、こういうことが、人生の根本ではないかと僕は考える。 夜、日誌を書いているキャプテンにコーヒーを持っていったとき、キャプテンの頭の上を通して出した(背がのびたからできることだ)。キャプテンはびっくりして、僕をにらんだ。こういう馬鹿なことやっているうちが花なんだろうな。今にきっとこういうことはできなくなるぞ。 ソーンダイクさんに、僕たちがシークレットを辞められる可能性はどの位か訪ねたら、データ不足だけれど、10％未満であることは確実だって。10％以下でも、可能性があるということはいいことだが、僕はそろそろシークレットとしてずっと生きていく心構えをした方がいいのかもしれない。もちろん妥協はしないけど。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日、僕が自分から射撃の練習を申し出たら、ロマノフさんがちょっと躊躇した。 もしも、ロマノフさんの子供が、射撃の練習をしたいと言ったら、ロマノフさんは親としては反対するそうだ。だから、僕が言ったときも少し考え込んでしまったのだって。 「しかし、なんでまた。射的の練習を？カイユン、君はいつも嫌がっていたじゃないかね？」 とも、言われてしまった。ロマノフさんは自分から軍人になったのではない。お父さんとお母さんが小さい頃に亡くなって、預けられた伯父さんがコスモアーミーの提督で、無理矢理士官学校に押し込まれたのだ。実は射撃も大嫌いなんだって！ 「でも、僕はシークレットなんですから……」 そういったら、付き合ってもらえたけど、相変わらず、僕は外してばっかりだ。途中から、マリオさんが口出ししてきて、 「ヘタクソ、お前、撃つほうじゃなくて、的になれ。」 と言う。腕、膝、胸、頭などに、光線を感知する的をつけ、逃げ回った。的になってみて、皆さんの銃の腕前がはっきり判った。マリオさんは、すべての的にあたるまでの時間はキャプテンとどっこいどっこいなのだが、撃つ回数も多い。キャプテンは無駄撃ちがない。ロマノフさんは、無駄がなく、しかも早い。これは性格を如実に表していると思われる。しかし……体中が穴だらけになった心境だったな。 キャプテンは笑った。 「撃つほうはともかく、逃げるのは格段にうまくなったわね。」 僕は、 「逃げるのがうまくなっても、他の人を守れなかったらしようがありません。」 と言い返した。そうしたら、キャプテンは、ただ微笑んでいるだけだった。これは、僕には期待してないよ、ってことなんだろうな。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日から、航路整備作業として、隕石爆破をすることになった。この間の船外作業のときと同じサイズの宇宙服を着たのだけれど、小さくなってしまっていた。爆発物の市のことで、キャプテンに怒られてしまったが、それは今日起きたことでは、小さな出来事だった。 船籍不明の宇宙船と接触し、コスモアーミーからは即時爆破命令が出た。しかし、キャプテンとマリオさんが司令を無視して突入して言ったら、積荷は生物工学関連の薬品だったのだ。 政府は何を考えているのかしら。僕も、そのうちのいくつかの薬品をつかったことがあり、全体の知識も持っている。 キャプテンが回収してきたアンプルに貼られていたラベルを詳しく調べてみたら、一つはＤＮＡの切断酵素、もう一つは優位の突然変異を起こさせる薬品、三つ目は、生物の発生に関連した異物認識反応を抑える薬品だった。 何か、とても怖いことを政府はやっているような気がする。ソーンダイクさんはコンピュータだけによって、人間を教育できるかどうかの実験体。アレックスさんは、クローン人間で、しかも、四肢を人工物に変えられている。……それはほんの端っこに過ぎないのかもしれない。 これは人間の命を弄ぶような行為だと僕は思う。確かに生物工学は、人類に貢献もしているけれど、人間が人間(あるいは、ほかの動物)の命を単に学術的興味だけから研究するようになったらおしまいだ。 化学は偉大だ。それは判っている。僕だって、研究者を目指していた。でも、化学では結論が出せないこと、いや、結論を出してはいけないことが、宇宙にはあるはずだ。人間は結論を出したがる生き物だ。でも、全部が判るほど利口じゃないはずだ。……書いていて、何か混乱してきちゃった。 でも、これは真剣に考えなくてはいけないことだと思う。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日、キャプテンが、本部へ呼び出され、かえってくると無言で部屋に引きこもってしまった。おそるおそる、濃い目に入れた甘いミルクティーを運んで行ったら、“ありがとう”とは言ってくれたが、その他のことは言って貰えなかった。 父さんが、こんな幹事になったことがある。新しい資料がでてきて、研究がご破算になってしまったときだ。あの時は、“しばらく書斎に入らないようにしなさい”と母さんに言われた。部屋を出ていこうか、出て行くまいか迷ったが、キャプテンの部屋の前でじっと待っていることにした。 キャプテンは、一時間ほどしてから、僕たち全員を集め、何を言われたかを全て話した。それは、リマン星全体が、一種の遺伝子研究惑星だという、かなり衝撃的な話だった。階級制も、コロニー制も、研究の一巻だというのだ。……悲しいことだと僕は思った。それから、皆さんは口数が少なくなった。夕食も、いつもよりも残ってしまった。僕はあんなに真剣な表情をしているマリオさんを久しぶりに見た。一緒の部屋に居ると、なんだか胸が締め付けられるようになってしまって、ロマノフさんとソーンダイクさんの部屋へと逃げてしまった。お二人は、いつもとあまり変わらない穏やかな表情だったが、驚いたことに、“僕が来てほっとした”と言ってくださった。どうしてだろう。僕ほど頼りない人間はこのアケルナルにはいないだろうに。 僕たち三人は、台所に行って、ジャムのたっぷり入ったロシアンティーを飲んだ。もしかして、たまにはマリオさんもこんなの飲むかな、と、持って行ったら、“ブランディーを追加しろ”とは言われたが、いつもの表情に戻って受け取ってくれた。夜遅くになって、キャプテンもやってきて、その時はかなりおしゃべりになって、ストロングコーヒーを飲んだ。 表面上、皆さん平静に戻ったようだが、僕は内側には嵐が吹いていることを知っている。 たまたまワッチに当たっていたので、コクピットでこれを描いているが、自分の無力さにほとほと腹がたつ。 …………………………………… 今、キャプテンが来て、黙って僕の頭をかき回していった。いったい何のつもりだろう。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ しばらく、このノートには書かなかった。書くことがなかった訳ではない。ありすぎたのだ。 まず、キャプテンの実のお母さんが住んでいたというところにアケルナルが不時着したこと。その集落は、政府でも手をだせない超能力を持った人が暮らしているところだった。 平和な村だった。……でも、そこの人たちは、僕たちのアケルナルを手に入れ、政府への対抗手段に使おうとしていたらしい。 タニアって女の子がいた。 いい子だった。 自分にコンプレックスを持っていた。 僕を好きになってくれた。 キャプテンは、僕をその集落に置いていこうとした。僕のためだと思って。……僕ははっきり判った。その集落は、僕が思っていた理想の世界に近かった。でも、それは実際に求めていたものじゃなかったんだ。 それは、皆にいろいろ助けてもらいたいと言う、依存的な感情でもない。……問題は、まわりの環境じゃないんだよね。僕自身なんだ。僕自身の考え方、幼くとも、抜けていようとも、それを持たなくてはいけないんだ。僕は選んだ。だからまだここにいる。危険なほうの道に。僕に出来ることが、まだここにはあるんだ。……昔、父さんに言われたとおり。だから僕はそれをやる。ちょっと無理があっても。 キャプテンが、気遣って、僕をチームから抜けさせようとしたとき、キャプテンは自分の過去のことを何もかも曝け出した。キャプテンが如何に擦り切れているか、僕とは異質な生き方をしてきたか……そこまでしてくれたことに、僕は感謝する。そして、僕は他の人に……出来るだけたくさんの人に、キャプテンと同じように優しい心遣いをしたい。 いったんチームから抜け、また戻ったとき、僕は言った。 「おかえりなさい。」 そのとき、皆は唖然としたけれど、結局は受け容れてくれた。僕は、幸せだった。本当に幸せだった。 そのあと、砂漠でさまよっているアランさん夫妻を見つけた。アランさんたちは、娘のジョイスちゃんを政府に奪われ、決死の覚悟でコロニーを脱出し、ジョイスちゃんを助けようとして途中で道に迷ったのだった。 キャプテンは単身で乗り込もうとしていた。研究機関、そして遺伝子バンクを破壊するつもりだった。口には出さなかったけれど、僕にさえ判った。僕と、ロマノフさんとソーンダイクさんとマリオさんは、話し合った。結論は直ぐ出た。 皆微笑んでいた。 ……乗り込むってことは、当然のことながら命の危険を意味する。シークレットになったときから、予想はされていたけれど、遠いことと頭の中から故意に追い出していた“死”それが、本当に身近なこととなった。怖い。とっても怖い。でも、爽やかな気持ちなんだ。なんでだろう。僕なんかには、何もできそうにない。僕は何事にかんしてもそう思って来た。そして、何もしなかった。……何もしなければ、それ以上悪いことにはならないかもしれない。でも、何も変わらない。何かすれば、何かが変わる……それが、……気取った言い方だけれど、僕自身を生きるってことになるんじゃないかなって思う。 キャプテンは、僕たちが一緒に行くことに、むきになって反対した。でも、忘れないで欲しい、僕には僕の人生がある。キャプテンにはキャプテンの人生がある。でも、それはもうごった混ぜに絡まって、ほどきようにもほどけないんだ！“この人は、って思う人が居たら、どんなことがあってもとことんついていけ”って父さんが姉さんに言っていた。キャプテンもその他の皆さんも、僕にとっては“この人は”って人なんだ。だから、ついていく。ずっとついてく。 うーん。何か、とっても硬いことを書いてしまったようだな。死ぬか生きるかってときが迫っているから仕方ないかしらん？楽天的なところが僕のとりえなのにこれじゃあ駄目だな。 正直言うと、怖いことは怖いけれど、死ぬ気がしないんだよねえ。死ぬとしても、がーんと一発頭に食らって、目の前が真っ暗になったかと思うと、神々しい光が射してきて、神様が“やあ、随分と早く来たねえ”とかおっしゃって、地上じゃ父さんが、“……全くお前らしくもない死に方をしたもんだなぁ。”って嘆息している光景しか想像できない。全身血塗れの死体、なんてものは、僕には似合わないような気がするんだ。僕は、馬鹿な死に方をするのがあってるんだ。そのくらいは運命の決定者も承知しているのじゃないかな(……と、マリオさんに言ったら、馬鹿笑いされた)。 「じゃあ、マリオさんと抱き合ったまま、こと切れる、なんて、劇的なのがいいのかなあ。」 って言ってみたら、僕と一緒じゃギャグになるだって。第一、僕とマリオさんとは行動が別なので、あり得ないってさ。僕はキャプテンと、ロマノフさんと一緒に行動する。 「キャプテンと抱き合ったままこときれる、なんてしたら、アレックスさんに殴られるだろな。」 と呟いたら、マリオさんに殴られた。ここまで来てアレックスさんに対抗意識を持つとはこの人やはり只者じゃないな。……僕、死んだら海に落っこちたいな。それで、魚の餌になるの。僕の体の構成成分が分解されて、それがプランクトンに取り込まれ……(ちょっと気分が悪くなった。死に方の話はやめよう)。第一、キャプテンと一緒だったら、死ぬ確立がぐっと低くなる気がする。 さて、こういう行動って、一般に反政府テロって言うのかな。そんなつもりは全然ないんだけどなあ。キャプテンに話したら、 「あたしとしては“史上最低の作戦”とでも言ってほしいわね。」 気持ちはよく判ってますよ。 今、これを描いているのは、海辺の小さな子や。行動の日は明後日だ。海がとても綺麗。キャプテンのお母さんのエリザベスさんが連れてきてくださったホワイティーが遠くで跳ねている。ふう……ところで、このノート、どうしよう。アケルナルから持ってきたはいいけど、ここでぶつっと切らしていいものかな。もちろん、生きて帰ってくれば、続けられるけど、パラパラめくってみて、今のままじゃ“ここで一応おわり！”ってわけにはいかないと思うなあ。第一、これはお茶の入れ方のノートで、こんなこと書くはずじゃなかったんだい！(自棄だ、もうこれは！） もう、なんとかして、お茶と結びつけちゃうからな。でも……やっぱり僕を支えてきてくれた人たちのことをもっと書きたい。いいや。両方やってみよう。 ベンジャミン……僕のこの星での最初のお友達。僕、何度も何度も一緒に泣いてもらった。悲しいことを半分受け取ってくれる人、それがベンだと思う。気弱だって皆言ってたけど(僕も言っていたけど)、僕、弁は強い人だと思うよ。お茶で言うなら、胃を壊したときのうすい、でも甘い紅茶。 ケイトさん……僕のお姉さん。ケイトさん自身が淋しかったってこともあるだろうけど、僕にとっても親切にしてくれた。一缶のドロップ、一枚のチョコレート、ベンと仲良くね。……優しい感じのジャスミンティー。 アイゼンシュタイン君……互いを分かり合って話をしたわけじゃないのに、忘れられないんだよなあ。君って素敵だよ。素敵だけど、もっと色々考えて欲しい。僕、君の事好きだよ。……ウィンナ・コーヒー。 ベイザー君……君のことも忘れられない。君、僕に似ているところがあるよ。でも、僕よりずっと現実的だ。それが君にとってどういう結果をもたらすかは判らないけど、僕、君に幸せになって欲しい。……レモンを入れすぎたホットレモン。 市場のおじさん……おじさん、おじさんは僕の招結局知らないままだったね。僕がいなくなっても、悪態つきながらお魚売るのずっと続けてよ。おじさんって職人だよ。僕、尊敬してる。……ジンジャエール……かな？ サムさん……スリはいけないと思うけど、僕はサムさん悪い人じゃないと思うよ……煮出しコーヒー。 アンナさん……芯の強い、可憐な人。僕にスポンジケーキの作り方を教えてくれた。キャプテンのことを、本当によく、理解してる。ちょっと羨ましいくらいだった。……レモンを浮かせたアイスティー。 アランさん・カレンさん……アランさんはキャプテンの初恋の人。瞳の色がとっても深いんだ。カレンさんはその奥さん。ちょっと神経質そうだけれど、僕は好きだな。この人たちは、自分達の生活を堅実に守っていく努力をしている。僕は、それは見習わなくては、と思う。……大きなポットにはいっているあったかいミルク。 エレーヌさん……僕、この人はマリオさんと付き合わせるにはもったいない人だと思う。自分がぎりぎりの生活をしていて、(だからなのかもしれないけれど)赤の他人の僕のことを心配してくれた。……濃い紅茶、真上から見ると、金色の輪ができる奴。 タニア……素直な人だと思う。真っ直ぐな心だから、戸倉もタニアの言葉が判るんだと思う。僕知ってるもの。動物は人間の真の姿を敏感に見抜くって。もっと明るくなってね。村の人だって、タニアのこと、好きになってくれるよ……玉露。 エリザベスさん……僕、幾ら齢をとっても、この人の様にはなれないと思う。僕、この人は、現実をよく見てきて、尚且つ自分の道を着実に歩んでいるって思う。とっても素敵。また、お会いしたいなあ。……最高級の紅茶、一口飲んだらにっこり笑いたくなる奴。 パーカーさん……この人のいれてくれたお茶、とっても美味しかったんだ。一回、視線が合ったとき、僕の目の中をじっと見ていた。僕、心の中まで覗かれたような気がした。でも悪い気はしなかったな。……僕もあの人のようなお茶がいれられるようになりたい。……暖炉の前で飲む、濃いココア。 あと、まだまだ色々な人がいる……アンリさん、ディードさん、ジナさん、ブッカさん……セフトさんだって……(セフトさんは、いつもキャプテンが飲んでいる苦いコーヒーって気がするなあ)同じ軍人さんでも、 アレックさん……僕の憧れ。僕のお兄さん。僕の友達。人を殺した分、悲しいことを経験した分、アレックスさんの心は逆にとても真っ白に、とても優しくなっているんだと思う。キャプテンがこの人を好きになったのも当然だよね。だから僕はこの人に軍人をやめてほしいのだ。そして、キャプテンを幸せにしてあげてください。アレックスさんなら、僕は任せられる。そりゃあ、世間知らずのところもあるけど、それはだんだん判っていくものでしょう？僕、アレックスさんの隣に座って、一晩中星を見ていたい。何も言ってくれなくっていいんだ。僕、居てもらうだけでいいんだ。……甘み・苦味・酸味、三拍子揃ったコーヒー、真っ白なカップで飲む。 ソーンダイクさん……僕、いつもそばにいるのに、ソーンダイクさんとはあまり話をしていない。ごくたまにしか会わないアレックスさんとの会話の方が多いんじゃないかって感じる。 初めて会ったとき、この人は甜菜肌で、いつも凄いこと考えているんだぞ、だから無口なんだって思ってた。でも、それは違ってた。ソーンダイクさんは、小さい頃、人と話すことがなかった。だからどうやって話していいのかが、判っていなかったんだ。でも、話さなくたって、僕、この頃、ソーンダイクさんの言いたいことが判るときがｔる。ソーンダイクさんは、とってもとっても細やかなひとだ。僕、ソーンダイクさんと居るとほっとする。それは、ソーンダイクさんが、余計なことを言わないからではなくて、無言でも、僕のことをじっと見守っていてくれるからだと今改めて思うのだ。コンピュータが教育したから、こんな立派な人が出来たのじゃない。ソーンダイクさん自身が、そういう人だからなのだ。……豆乳。 ロマノフさん……僕の、もう一人のお父さん。思えば、このシークレットという仕事に、僕が何とかついてこられたのは、この人のおかげだと思う。マリオさんも、キャプテンも、ソーンダイクさんも、僕とは随分違った世界の人だった。ロマノフさんも、諜報員だった。でも、ロマノフさんは家庭を持っていた。僕がいつまでもしがみついている、絨毯や、カーテンや、あたたかい夕食やそういったもの……そんなもの、シークレットには要らない雰囲気だ。でも、ロマノフさんは、そんな雰囲気を僕に与えてくれた射撃音痴の僕に、銃を教えてくれたのもこの人だ。暖かい人だ、ロマノフさんは。僕は、この人に、何のお礼も出来ていない。本当に心残りだ。……僕は飲めないんだけど、ちょっとブランディーの入った紅茶。 マリオさん……恐怖の無節操人間。酒は飲む、夜遊びはする。女の人は功徳。どこかに連れ込む。それもいつも同じ女の人ではない。派手好きのけんか好き、仕事に無責任で気に入らないことにはへそを曲げ、自分の弱点を人に指摘されると怒りまくって殴りかかる。第一、爆破の専門家ってなんなんだろ。ものを壊してどこが面白いんだ？ ……しかし、この人、なんでだか嫌いになれないんだ。僕に、時折みせる笑顔に僕が参っているっていうわけでもないし(そうだったら大変だ！)嫌いになれたら楽だなあって思うことだって多いんだけどな。多分、 「お前なんか死んじまえ。」 なんて言うとき、それが本気ではないって、判っているからなんだろうな。マリオさんの口から出る言葉が心で思っていることそのままだとしたら、僕は三十回ほど自殺をしなけりゃならないもん。僕、マリオさん大好きだ(……って書いておこ）。……もちろん、クラッキングダイナマイト。僕、それ以外の飲み物は思いつかない。 キャ……あ、いいよね、ここにいたっては、“ジョセフィーヌさん”で。 ジョセフィーヌさん と……………… うーん 何て書いたらいいんだろう？ 何て書こう？………… お茶だったらかける。ジョセフィーヌさんは、ご本人は怒るだろうが、上品な甘さのミルクティーだ。だって、そうなんだもの。これは、僕の感じ方だから仕方がない。あとは……もう、箇条書きにしちゃえ。 ジョセフィーヌさんは凄い ジョセフィーヌさんは綺麗だ ジョセフィーヌさんは(色々な意味で)強い ジョセフィーヌさんは優しい ジョセフィーヌさんは優雅だ ジョセフィーヌさんはコーヒーが紅茶より好きだ ジョセフィーヌさんは素敵だ ジョセフィーヌさんは可愛いなってときがある ジョセフィーヌさんは本気で怒ると怖い。 ジョセフィーヌさんは歌劇だ ジョセフィーヌさんは料理が下手だ ジョセフィーヌさんはワープ機関の専門家だジョセフィーヌさんは腕利きのパイロットだ ジョセフィーヌさんは中華ソバが苦手だ ジョセフィーヌさんは人の命を大切にする。 はて？これらのことを組み合わせると、ジョセフィーヌさんの実像に迫れるだろうか？いや、それじゃあただの多重人格者になっちゃうよね。うーむ。 要するに、この人は、僕にとって、どうしようもないほど大切な人なんだ。きっと、そうなんだ。 もし、父さんや母さんが、ここにきて、キャプテンの振る舞いを見たら、腰を抜かして、“カイユン？この人が、お前の敬愛するジョセフィーヌさんかね？”って言うだろうな。考えりゃ、ジョセフィーヌさんは、マリオさんと似たようなことやってるんだもの。 (仕事とはいえ)男の人を引っ掛ける。自分の体は打っちゃう。喧嘩はする。銃も撃つ、言葉は荒い、のっとりはする……こりゃあ、とんでもない人だよ。そんな人を、僕は普通の人だといって、普通の生活をさせてあげたいなって夢みてる。これは、僕がおかしいのか、ジョセフィーヌさんがおかしいのか、どっちかな？(マリオさんなら“両方だ”って言うぞ、きっと) 出会いって不思議だな。僕は、マーリナ２からこの星にやって来て、色々あって、ジョセフィーヌさんをリーダーとするチームに入った。 何て素敵なことなんだろう！ 感謝します。この人たちに会わせてくれたことを。たとえ、この僕が、あと少ししか、この地上に存在できなくても、僕は……僕は感謝しています。 僕の大好きな人たちへ。僕、最後まで、美味しいお茶をいれますね。僕にできることはそれ位だから。 僕、皆さんのことが、本当に好きでした。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 生きて帰ってきちゃった！(死に掛けたけど)皆さんも無事。僕らは皆揃って、アレックスさんのクローンであるパトリック坊やを加え、開拓域のクリア・ウォーター声域へのたびをしている。 いやあ！お目出度いな！嘘みたい！ しっかし……こうなってしまうと、この間このノートに書いたことっていうのは気恥ずかしい以外のなにものでもない。絶対に、他の人には見せないからな！思い出しただけで、顔が真っ赤になってくる。 心残りは、キャプテンがアレックスさんと一緒にいかなかったってこと。ま、いいか。いつか僕がもっと宇宙船の操縦がうまくなったらキャプテンをアレックスさんのいるミランダ声域に送っていくんだ……でも、いったいなんでキャプテンは僕たちとこっちにきたのかなあ。 かわされる、とは思ったけれど、尋ねてみたら、やっぱりかわされた。 「あんたたちと居るほうが面白そうだもん。アレックスはたしかに好きよ、大好き。だからどうだっての？それだったらカイユンのことだってロマノフのことだってソーンダイクのことだって大好きよ。(マリオさんについてはキャプテンは何もコメントしなかった)好きってだけで一緒になんなきゃならない法ははいでしょう？それに、ここにはアレックスのミニ版も居ることだし……」 ここで、僕は尚も食い下がった。そうしたら、 「あと、強いていえば、カイユンのいれるお茶が絶品ってことかな。アレックスにはあんなお茶はいれられないわよ。」 ……と、いうことは、僕が美味しいお茶をいれてきたことが、キャプテンを生かせない原因になったってことなのか？ 他の皆さんにこの話をしたら、マリオさんが 「よーし、いいか、カイユン、これからも研鑽を積んで、うまい茶をいれろ。万一アレックスが美味しい茶のいれかたを権威給してきても負けないようにな。」 異常に力をこめていった、マリオさんの気持ちが手に取るように判っちゃったので、僕は噴いた。研鑽なんて積めないですよ。これからは開拓域、お茶の葉だってあるかどうか……せいぜい、パトリックの好みに合った飲み物を見つけることくらいですよね。 そうしたら、意外なことに、ソーンダイクさんも口をはさんできた。 「いや、研鑽を積んで下さい。」 「いやだな、そしたら僕、一生お茶汲みですかあ？」 冗談めかして言ったら、 「そうです。」 ……ソーンダイクさん、あんまりじゃないですか？ そしたら、ロマノフさんまで、あの、常識人のロマノフさんまで言うじゃないか！ 「カイユン、まあ、頑張ってくれ。」 パトリックまで、何も判らないくせに 「がんばって。」 だって！ キャプテンが、 「コーヒーいれて。いつものうんと苦い奴！」 と、顔を出したから、敬意を話して、僕はずっとお茶汲みですか？といってみたら、 「まあね。」 って言う。 「いつまでです？」 ときいたら、キャプテンはニヤリと笑ってこう言った。 「ずっとずっとずっとよ！カイユンがここを出て行くまで！」 ずっとずっとずっと……か。ということは、僕がここに居るかぎり、キャプテンはミランダにいかないのかな。僕が出ていけば、キャプテンはミランダに行くんだろうか。……ま、いいや、どうせ冗談だろう。お茶が理由で人生を選択する人なんていないよね。 実はまだ、今日は皆宴会をやっているんだ。パトリックは寝たけど。 もうちょっとしたら、四人分のコーヒーを持っていかなくちゃ。 ずっとずっとずっと……か。さあて、ずっとっていつまでかな。 なぜか、僕の頭に、父さんの笑い顔が浮かんでいる。 “お前のいれるお茶はなかなか美味しいぞ。お母さんのいれるお茶の次くらいに美味しい。” おいしいお茶のいれ方……ひとまずはおしまいｖ |