| 「面倒臭いものだなあ。」 金 文仙は、客席の前方に書いてある、非常用宇宙服の装着方を熱心に読みながら呟いた。 スチュワーデスの簡単な説明のあと、乗客の殆ど・・・・・文仙を除いて、誰一人として宇宙服の装着法を復習しようなどという気はなく、めいめい自分勝手なことをしていた。しかし、文仙は、スチュワーデスが説明をしてくれたからには、装着方は完璧に覚えなくてはいけないのであり、他の者は理解が早いが、自分だけ、飲込みが遅いのだと一人で納得して孤軍奮闘していたのだ。 「ああ。こんなことならば、最初に考えたとおり、マーリナ２を離れるべきではなかった。重力が低くて、落ち着かないことこの上ないし・・・・・」 いかにも疲れたように文仙が言ったので、隣に座っていた文仙の三男の賢雄が、声を押し殺して笑った。 「宇宙服などうっちゃって置いてくださいよ、父さん。事故なんか、殆ど起こりっこないし、起こったら起こったで、なるようにしかならないんですから。”先のことはあまり考えるものじゃないよ。”って父さん言ってるじゃないですか。」 言いながら、賢雄は、”僕たちに合う宇宙服を見付けるのは大変だろうなあ。”と考えていた。彼らは、高重力星の住人で、通常の人間に比べ、筋肉が発達し、寸づまりのような格好をしている。 「第一、もうここまできて、帰るなんて言わせませんよ。父さんは納得して来たんですから。母さんと約束しましたよね、貰えるものなのだから、立派に胸を張って貰うって。・・・・・僕には責任があるんですからね。父さんを無事に式典に参加させて帰ってくるっていう。」 文仙は、肩をすくめて、柔らかなシートに深々と身を沈め、尚もぶつぶつと言っていた。 「母さんは、あれで中々の口達者だからな。私もうまく乗せられてしまったんだ。それに、あの時、お前が一緒に行ってくれるなどといわなければ、私は決して出掛けなかった。一人でだったら行くものか。お前、こんな所に居るより、マーリナでお嫁さんを探していたほうがよかったんだよ。お前がこんなだから、玉穂も呑気に構えていまだに嫁に行こうとしない。いいかね、お前の歳には、この、この金 文仙でさえ、母さんとその、まあ、つまり、なんだ・・・・・なんとかなってたんだ。もう、私は金輪際、マーリナ２を離れないからな！」 賢雄はまた笑った。文仙は、憮然としていたが、スチュワーデスがお茶を注ぎにくると、姿勢を正してカップを受け取った。 この旅行は、ただの観光ではない。金 文仙の、漢字に関する論文が、宇宙連邦第三区の学術アカデミーに認められ、表彰のため、ケロニア星へと向かう旅なのだ。 出発の際、文仙の妻、麗花は言った。 「いってらっしゃい、文仙さん。珍しいものに気を取られて転んだり、生水飲んで、お腹を壊さないようにしてくださいよ！」 彼女は、文仙には過ぎた女性だと、多くの者から言われていた。この注意といい、常識人の賢雄を同行させたことといい、彼女の行動は当を得ていると、文仙の人柄を知る者は誰もが思うだろう。 しばらくして、賢雄が文仙の方を見ると、文仙は非常に悲しそうな顔をしていた。 「父さん、どうしたんです？」 彼が聴くと、文仙は、スチュワーデスの方をちらりと見て、彼女たちに聞こえないように細心の注意を払いながら言った。 「・・・・・・薄いんだよ、お茶が。とっても！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ スチュワーデスは、ファーストクラスに居る奇妙な二人連れを観察し、待機室でおしゃべりの種にしていた。 「見た？高重力星の人ですって。話に聴いてはいたけれど、実際に見るのは初めてよ。」 「え？知らなかったの？あの人たち、それだけじゃなくって、亜人間が混ざっているのよ。」 「うそー！まさかぁ！」 その言葉を、直接聞いたのではないが、賢雄はスチュワーデスの抱いている感情を敏感に感じ取っていた。父親も、それは同じだろうと、彼が顔を覗き込むと、文仙は、心底悲しそうな顔をしていた。賢雄が、言葉をかけようとすると、文仙の方から言った。 「・・・・・今度のお茶は、濃すぎる・・・・・」 宇宙船は、事故もなくケロニア星へついた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 式典は見物だった。 金 文仙が壇上に上がると、どよどよっというざわめきが起こり、フラッシュがたかれた。文仙が、目をぱちぱちさせているうちに、学術アカデミー会長が、観衆に向かって挨拶した。 「皆さん。これは、アカデミー始まって以来の素晴らしい出来事です。ご承知の通り、我々は、アカデミー創設以来、学術による宇宙の調和を目標として参りました。今日、ここに、高重力星の出身者であり亜人間との混血でいらっしゃる金 文仙博士をお招きできたことは、誠に意義がある宇宙的規模の快挙であります・・・・・」 その演説の間、文仙はずっと笑みを洩らし続けていた。 「では、、金博士、どうぞ。」 文仙は、トコトコと中央に進み出た。賢雄は、客席で、一週間かけて書いた原稿を、しどろもどろの口調ながらも文仙が立派に読み上げるのを信じて疑わなかった。だが、文仙は、まったく原稿に無い言葉、しかもマーリナ２の言語で講演を始めた。 聴衆は、何か含蓄のある言葉なのだろうと、意味が判らないながらも真面目な顔で聞いていたが、賢雄は天を仰いで目をつぶった。文仙はこういったのだ。 「”ああ。やっぱり来るんじゃあなかったなあ。そうだろう、麗花？私はこういう柄じゃないんだ。すぐ 帰るから、待っていてくれよ。” ・・・・・・・・・・さて、ご紹介いただきました金 文仙です。・・・・ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「やりすぎだったかね？」 ホテルに帰ってから、文仙は賢雄に尋ねた。 賢雄はすましこんでいた。 「・・・・・初めの内容を理解した人は誰も居ませんよ。母さんは、何にも言わないでしょうね。父さんのことを誰よりも理解しているから。春愛姉さんは、馬鹿ねえ、世間体を考えないのだから、って言うだろうな。飛龍兄さんは怒るな。玉穂は飛び付いてくる。」 「・・・・・で、お前はどうするね？」 賢雄は笑った。 「カイユンと同じことをしますよ。」 「・・・・・そりゃあ、どんなことかな・・・・」 賢雄は、持参のティーバックでお茶をいれながら答えた。 「あいつなら、こう言いますよ。”父さんったら！真面目に聞いている人のこと考えないんですか！そりゃあ、真面目でない人もいるかもしれないけれど、父さん言ったじゃない！カイユン、人をからかうことはいけないことだ、って。もう、しかたないんだから！”」 「・・・・・そうして、お茶を一杯持ってくる・・・・か。うん・・・・・しかし、あの子ももう大きくなっている。幾ら何でも、そういうものの言い方はしないだろう。」 「そうですね・・・・・もう何年になるかな。手紙を出しても返事が来ない。どこかで押さえられてしまっているんでしょうね。」 文仙は紙コップからお茶をすすった。 「ああ・・・・でも・・・・元気でやっているだろう。・・・・カイユンは私と約束したからなあ。帰ってくると。」 賢雄は、遠く離れた星にいる、弟のことに思いを馳せた。素直で気のよい子だった。実験個体とはいえ、リマン星の研究機関でしっかり勤務をしていることだろう。生物学者になるのがカイユンの夢だったのだから。 文仙はにっこり笑った。 「・・・・おいしくいれられたね・・・・」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 夕方、小さな集いに招かれた帰り、会場の入り口で、二人は一人の青年に呼び止められた。 「金博士！」 青年は、どちらかといえばみすぼらしい格好をしており、不精ひげを生やしていたが、文仙の論文をまとめたファイルを丁寧にしっかり装丁して、胸に抱き締めていた。 「お止めして申し訳ありません。こんななりですから、パーティーの方には出られませんで。貧乏学者ですが、先生と同じ漢字の研究をしています。正確には字体の変化が研究対象で、先生の御専門とは離れますが。もしも宜しかったなら、このファイルに御署名願えないでしょうか。・・・・いや、是非お願いします。私、ここの星からずっと離れたセブル星に帰らねばなりません。もうお目にかかることもないでしょう。」 文仙たちの後ろでは、接待役の職員たちがじりじりしていた。文仙は、ファイルに律儀な書体で署名をすると、ポケットから小さな箱を取り出し、青年の手に押し付けた。 「セブルといえば、リマン星のごく近くですな。」 青年は頭を掻いた。 「はあ、まあ。」 「いいですかな。これを、リマン星の金 開運に届けてください。・・・・極秘任務ですからね・・・・正規のルートではいけませんよ。」 青年は、憧れの人物から耳打ちされて、素直に箱を懐にしまった。文仙は、接待係に促されて宙港へ向かった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「父さん。何を渡したんです？」 帰途、賢雄は聞いた。 「これまでに、何回も旅の人にカイユンへの手紙を頼んだが、それが届いたかは判らない。さっきの若者は、そうたいしたつてもないようだし、あまり期待している訳でもないんだが、・・・・・あんまり高価なものは、途中で盗まれる。手紙では、破損する。・・・・・・・いやあ。そうたいしたものではないよ。・・・・うん。全くたいしたものではないよ。」 品物を具体的に聞いて、賢雄も”なるほど、父さんにとってはたいしたものではないですね。と言った。 「しかし、それじゃ、カイユンにも判らないのじゃないかなあ。」 賢雄が呟いたときには、文仙はこっくりこっくり居眠りを始めたところだった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ マリオさんに、 「部屋のなかのがらくたを片付けろ！」 って注意されてしまった。僕、マリオさんの領域には私物を置いていないのだけれど、マリオさんは、僕の机の上がごちゃごちゃしているのを見るだけで嫌なのだそうだ。本や、ストックしている雑誌の切り抜きの類はどうにか納得してくれたが、紐や、包み紙や、針金や、正体不明のネジは捨てろという。・・・・いつか役立つようになるのにな。使おうとすると、無いものなんだ、こういうものは。で、一応は片付けた。箱につめて重ねただけだけど。 尚且つ、文句を付けられた。メモ用紙用に切っておいてある、紙切れが整然としていなくて目障りだって。・・・・・もう。文句付けるのが好きなんだから。 確かに僕の机は、他の皆さんの机に比べるとごちゃごちゃしている。でも、無重力に突入するときは全部きちんと引き出しに入れられるようにはしてるのにね。 一番すっきりしているのはソーンダイクさんの机。中型コンピュータと、小型コンピュータと、ポケットコンピュータの他、なんにもない。引き出しも空っぽ。いつだったか、”何か入れたほうが楽しいですよ。”と、お話して以来、一番下の引き出しに紅茶のティーバッグがポツンと一個入っているけれど・・・・ロマノフさんの机は、一番機能的だろうな。マリオさんのも、工具類が見事に整頓されている。キャプテンのは、報告書を書くために、書類が多い。項目ごとにファイルで分類されていて、とても見易い。アランさんからの贈り物の薄桃色の貝殻がポイントだな。 結局、マリオさんの小言を無視して、メモ用紙はそのままにしてしまったが、適当なペーパーウエイトがほしいな、とは思った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 海に行かせて頂いて、ケイトさんと約束した真珠を探した。近海には、真珠を持っている貝は少なくて、だいぶ沖合までジェットスキーで出てしまった。 僕は、イヤリングにするには、どんな大きさの真珠が良いのか判らなかったので、キャプテンに相談した。その大きさのものを二つ揃えて探すのは、大変な苦労だった。 帰って、キャプテンに、耳のところで持って頂いた。なるほど、丁度いい大きさだ。金具は、ケイトさんに付けて頂くことにして、”裏”経路で送った。喜んでくれるといいな。 メモ用紙のペーパーウエイトにしようと思って、手ごろな重さの巻き貝を拾ってきたら、大きすぎて、マリオさんに嫌味を言われた。 「紙っぺらを貝で押さえているのか？貝の土台として紙を敷いているのか？」 まあ、マリオさんの不機嫌は、毎度のことなので、今日は、お酒を多めにしたコーヒーでご機嫌を取っておいた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ”裏”経路で、小包みがきた。しばらく留守にしていたアパートに帰ったら、”人差し指のサム”こと、サミュエルおじさん（今日、初めて本名を伺った。）が、僕の所に届けてくださったのだ。 急なことだったので、ろくなお構いも出来ず、月餅と中国茶でおもてなしして、出所を聞いた。 サムさんは、月餅三個とお茶五杯を飲んで（お茶菓子を買っておくんだったなあ）知っていることすべてを話してくださったけど、よく判らないことだらけ。 品物は、汚れた布でぐるぐるに縛ってあった。もとは、箱に入っていたらしいけれど、箱は無くなっていて、宛名すら書いていなかった。布をほどくと、かなり重い金属の固まりが転がり出てきた。灰色で、光沢がなくて、何か彫ってあったようだけれど表面は傷だらけで、おまけにひしゃげていた。 サムさんが帰ってから、僕と一緒にアパートに帰ってきたソーンダイクさんに相談したら、 「爆弾かもしれませんね。」 そんな馬鹿な！・・・・・でも、ちょっと気持ち悪くて、夕飯はその金属の固まりを二人で眺めながら、中華丼を床に座り込んで食べた。寝るときも、僕の部屋に毛布を運んで一緒に寝てもらった。 こんなものが送られてくる理由、思いつかないのになあ。僕が忘れていることがあるのかしら。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 例の金属塊、気味が悪いものだから、アケルナルまで運んで調べてもらうことにした。 マリオさんは一目見て、 「爆弾じゃあねえぞ、こりゃあ。第一、カイユン殺して何がおもしろいんだ。」 ・・・・・・・一言多い。 ソーンダイクさんが、精密分析してくださったところによると、これはもとは金メッキされていたもので、それはこそぎ落とされている。現在残っている部分はニッケル、亜鉛、銅の合金、彫ってあった文字は、破損が激しくて、さらに分析が必要だそうだ。とにかく、全く危険なものではない。それが判ると、昨日の爆弾騒ぎがとたんに馬鹿らしくなってしまった。 お昼は、アケルナルで、全員で食べることにした。ピラフをよそいながら、金属塊のことを話題に出したら、どうしてそんなにこだわるの、ってキャプテンに言われた。”なんらかの目的があって、誰かが僕に贈り物をしてくれた。だったら、その人が贈り物をした心情を受け取り主である僕が判ってあげなきゃいけないと僕は思うんです。”と、答えた。 キャプテンは、それはそうだ、とおっしゃって、ソーンダイクさんに、より精密な分析をするように言って下さった。 それにしても、何なんだろ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ リンゴの季節です。 一日一個のリンゴを食べていれば病気知らず、なんて言葉があるらしいけれど、栄養を度外視しても、リンゴはおいしいから大好きだ。とくに、小粒で酸っぱいリンゴは、焼きリンゴに砂糖漬けに、シロップに、ゼリーに・・・・色々なお菓子の材料に使えるから、この時期に大量に買い込んでおくのが宜しい。 旬のものを買い逃す手はない。 今日は、果実市場で五キロ買い込んで、アパートのコンロで砂糖煮を作った。ソーンダイクさんは、”無意識の”摘み食いが得意で、気が付くと、二個分ほど無くなっていた。もうっ！ 煮たリンゴを、熱湯消毒した二つの容器に密閉して、残りはアップルパイにした。三つ出来た。 一つは、アケルナルでのデザート用、もうひとつはアパートの人たちにお裾分け。あと一つは、（実は、これが一番出来がいいのだがっ！）アレックスさんにである。アレックスさんは一昨日他星での作戦行動から帰っていらした。直接持っていってあげるんだ。 ねっ。マリオさん、こういうときに、古い包み紙が役にたつんですよ！ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ やはり私服ではまずいので、幼年学校の制服を着て、アレックスさんの面会に行った。今日は官舎ではなく、コスモ・アーミーの本部。 アレックスさんは、一人だけで、階段からおりていらした。あとの人たちは、アレックスさんからちょっと離れて歩いていた。恐い人じゃないってこと、この人たちには判っていないようだ。 僕が、アレックスさんに飛び付いて行ったら、中の一人が、”坊や、危ないよ、この人は。”って間に入った。でも、アレックスさんの方が気を使ってくれて、僕をすみっこの方に連れていってくれた。アレックスさんの頬には、傷があったが、僕が心配したら、”すぐ消えるよ。”とのことだった。 ・・・・・今、僕は、アレックスさんは恐い人ではないって書いたけど、実はその時、ちょっと恐かったんだ。血の匂い・・・・実際に血の匂いがしたわけではないけれど、そんな感じがしたんだ。・・・・・戦争って、恐い。 「これ、いつだったか約束したアップルパイです。ようやくリンゴがおいしくなったので作ってきました。」 箱を渡したら、アレックスさんは受け取ってくれた。そして、 「お返しをしなければね。」 と、キラキラ光るメダルを胸のポケットから出して、僕の手のひらに乗せた。 「わあ。素敵だ。僕、こんなペーパーウエイトが欲しかったんです。」 って言ったら、くすくす笑われた。メダルは、戦場での功績を讃える勲章のようなものだったのだ。・・・・鳥がはっぱをくわえている柄で、金色に光っている。軍隊の勲章としてはちょっとそぐわない穏やかなものだった。いいのかな、勲章を貰っちゃって。アレックスさんは、たいしたものではないから、本当にペーパーウエイトにして構わないっていったけど・・・・ 貰った勲章を眺めているうちに、正体不明の金属塊のことが頭に浮かんだ。あれも勲章なのかしら。重さといい、大きさといい、そっくりなんだよね。アケルナルに連絡をとったら、分析はまだだって。 あれも、ペーパーウエイトによさそうだし。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 分析が完了。 柄は、鳥が、はっぱをくわえている図。アレックスさんからのものとは構図が違うけれど。でも、あとの文字は判読不明。 変だなあ。僕の知り合いは、軍隊には少ない。ケイトさんを始めとする資財部の人たち、アイゼンシュタイン君、セフトさん、シミュレーションセンターの食堂のシェフ。・・・・・メダルのメッキを剥がして送ってくるはずないよねえ。 ペーパーウエイトが欲しいな、って思っていたから、神様がくださったっていう訳でもないだろうし・・・・ 意識していたつもりはなかったのに、夕食はチキンの香草詰めになってしまった。 「そんな汚いメダル捨ててしまえ。」 マリオさんは言うが、捨てると、悪いことが起こるような気がする。迷信深いって自分でも思うけれど、気になるものは気になる。机の上に、一番綺麗なハンカチを広げて、アレックスさんから貰ったメダルの隣に置いておくことにした。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 僕が気にするものだから、皆さん面白半分だけど調べてくださる。 ”コスモ・アーミー勲章一覧””宇宙の記念メダル一万点””体育大会の表彰メダル””古代の宗教儀式における、図形の特殊性について”・・・・宇宙連邦で、何種類の金メッキメダルが作られたか、誰もその数を数えようなんて思わないほうがいい。はっぱをくわえた鳥だけで、何千点もあるのだもの！ 「葉をくわえた鳥は、平和の象徴だから、使いやすいのよ。」 アップルパイを頬張りながらキャプテンはおっしゃる。 「せめて、”バラの花をくわえたカメレオン”なんて柄なら、探しようもあるのにね。」 ・・・・。 結局、決め手がないまま、作業終了。このまま続けても迷惑かけるばかりなので、僕がやめてもらったのだ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「贈り物よ。」 アパートでアイロン掛けをしていたら、キャプテンが訪ねてきて、大きな水色のリボンのついた、紺色の包みをくださった。 誕生日でもないのに、どうしたんです？と聞いたら、 「別に理由はないけれど、気が向いたから。あたしの気が向くことは滅多にないのだから、つべこべ言わずに貰っときなさい。」 とおっしゃる。 でも、理由がないもの、貰えませんよ、と言ったら、 「理由を付けるとすればね・・・・あたし達は、いつもカイユンに色々と貰っているからよ。・・・・へんな贈り物で嫌になってるでしょ？げん直し。気に入るかはわかんないけどね。普通の男の好みなら、判っちゃいるけど、・・・・・カイユンは、カイユンだから。」 はて、僕は何か日常的に贈り物をしたことあったっけ。 箱の中からでてきたのは、僕の名前が入った便箋と封筒のセットと櫛だった。とっても素敵で使いやすそう。ありがとうございます。櫛は、もっと身だしなみには気を使ったほうがよいってこと。便箋は、大切な人用の大切な手紙に使えって。ケイトさんと、アレックスさんと、それから、父さん達に手紙を書いた。おそらく届かないだろう。出し続けて何十通目になるかしら。・・・・・でも、もしかして、届くかもしれないぞ。キャプテンが買ってくださったものだから、何かちょっと魔法みたいなものがかかっているような気がするんだ。 書き上げてすぐ、サムさんに渡した。サムさんは運び屋ではないけれど、あの、妙なものはサムさんから来たから、サムさんに渡せばどんな所にも届くような気がするんだ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 金 文仙は、自宅の書斎で、いつものように椅子の上に胡坐を書いて座り、古人の暮らしに思いを馳せ、天井を向いて思索していた。先程まで、遊んでもらいたくて、孫の一人が部屋に紛れ込んでいたが、諦めたらしく、今は庭の方で声がしている。 静かな夕方だった。 そこへ、先ほど大学から帰ってきた玉穂がやや乱暴に書斎の戸を開け、中に飛び込んできた。頬は紅潮し、目は輝いている。しかし、文仙は、それにはちっとも気づかず、相も変らず天井を向いていた。玉穂は、焦れったそうに本が一メートル程も積み重なっている文仙の机の、奇跡的に何も乗っかっていない部分をこつこつと叩いた。尚も反応がないと、後ろにまわって、父親の背中を突いた。 文仙は、飛び上がるほど驚愕し、しかし、娘の興奮した様子を見て取ると、口の利けない玉穂の口元に注目した。玉穂は、 ”父さん！読んで！” と、口を動かし、一枚の手紙を父親に手渡した。何気なく受け取った文仙は、差出人の名前を見ると、座っていた椅子から転がり落ち、振動で落ちた本の山の下敷きになった。 本の山から這い出した文仙は、急いで封を切り、何度も読み返した。玉穂も後ろからじっと見ていた。買物から、文仙の妻の麗花が帰ったときも、まだ文仙は散らばった本の山のなかで手紙を読んでいた。麗花は、手紙を受け取り、一回じっくり読んで、文仙を見た。文仙は、腕組みをして、うん、うん、と一人でうなずいているところだった。 「文仙さん・・・・これはたしかにカイユンの字ですわ・・・・昔と同じ癖があります。・・・・でも・・・・ああ、何といって良いやら。この内容をどんな風に受け取ったらいいのかしら。」 �｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢ 父さん母さん兄さん姉さんそれに玉穂。これは、みんなに書く五十五回目の手紙です。今まで、僕が書いた手紙がそちらに届いたとは思えませんけど、届いていたら、内容の重複は勘弁してね。父さん達からの手紙は、どこかで差し押えられているらしくって、僕の所にこないんだ。 色々知らせたいことがあるのですが、書き切れません。とりあえず、僕はとっても元気です。ご飯は好き嫌いせずきちんと食べていますし、運動もしています。残念なことに僕は生物学を研究するところからは追い出されてしまいました。不適格と判断されたのです。でも、心配はしないでください。新しい仕事を貰いした。コスモ・アーミーのシークレットになったのです。（父さん！信じられる？僕、いまだに信じられない！） 初めはかなり大変でしたが、今は大体慣れました。もちろん、僕には不向きなこと（不向きなことが、あまりにも多いのだけれど）をやらされることもありますが、自分なりにベストを尽くしています。同じチームにいる方々が、非常に善い方たちで、僕を助けてくださいます。だから安心してください。リーダーのジョセフィーヌさんを初めとして（この人は、綺麗でとても優しい人です。）ロマノフさん、ソーンダイクさん、マリオさん、この四人の方は、僕の苦手な宇宙船の操縦、格闘、射撃、爆破、コンピュータ操作などの専門家ですから、僕は、皆さんの仕事がしやすいようにお茶をいれたりお料理を作ったり、身の回りのことをしています。本当に善い人たちで、父さん達に一度会ってほしいです。宇宙広しといえど、あんなに善い人たちは、そうざらにはいないと思います。（もちろん、好きになれないことをすることがある人もいますけど。母さんに、意見してもらいたいなあ。） ここの人たちは、”最後までずっとついていける”人たちです。僕は、抜けていて、まごまごしていると置いていかれそうなので、しっかりしがみついていきたいと思います。 皆元気ですか？僕が留守の間にみんな大人になったかしら。僕はまだチビ助のままです。嫌んなっちゃってます。 父さん、机の上は、相変わらずでしょうね。玉穂がしつこく言っているとは思いますけれど、僕からも言います。積み重ねるのは五十センチ以下にして下さい。崩れて下敷きになったとき、それくらいならあまり痛くないでしょう。 母さん、父さんのことを頼みます。母さん、母さんのポタージュスープが飲みたいな。僕も工夫して作ってはいるんだけれど、母さんのようにうまくは出来ないんだ。ああ！懐かしい！帰りたいけれど、帰れる見込みは全くありません。でも、どうにかして帰ろうと思います。（いつか、きっと！絶対！） 父さん、母さん、春愛姉さん、栄光兄さん、芳明姉さん、飛龍兄さん、恵陽姉さん、賢雄兄さん、そして可愛い玉穂、僕はいつも、皆のことを忘れません。距離が隔たっていても、いつも皆さんの幸せを祈っています。 追伸 この便箋は、ジョセフィーヌさんがくださったものです。ちょっと洒落ているでしょう？ 皆さんの息子、弟、兄である、金 開運より �｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢ 「シークレット・・・・・か。」 麗花が答えた。 「ええ。でも、あの子はまるで変わらないようですね。」 「ま・・・・・なんだ・・・・・・カイユンはカイユンらしくやっているらしいね。・・・・・・・・・・・・・・・・・これだけでは、具体的に何をやっているのか、さっぱり判らないが。」 それから、文仙は、腕組みをしたままうなっていた。麗花が、”あなた、あなた？あなた！”と呼ぶと、やっと返事をし、こういった。 「・・・・うん、まあ、なんとか・・・・なるだろう。」 麗花は微笑んだ。 「ええ、あなたがおっしゃるなら・・・・カイユンはカイユンなんですし・・・・」 玉穂は、二人の様子を不思議そうに見ていた。 麗花は、そのあと台所に行って、茶をいれた。昔、カイユンが作っていった、マールウの茶だ。もう、茶筒の底の方に残っているきりだ。 夫婦はお茶をすすりながら見つめあった。 「あの子はお茶を入れるのがうまかったねえ・・・・・」 「ええ。」 久しぶりに飲むマールウ茶は、殊の外うまかった。 「カイユンが帰ってくるまで、これが残っていてくれるといいねえ。」 「ええ・・・・」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「汚い金属塊など捨てちまえよ。」 またマリオさんが言った。 「ものを大事にしない人は、いつかものに不自由するようになりますよ。」 誰が何といっても、僕はあの固まり、気に入っちゃったんだ。父さんでも言うと思うな。”ペーパーウエイトにぴったりの重さだ”って。 どこの誰だか知らない人、どういうつもりかは汲んであげられませんでしたけれど、僕は大事にしています。よかったら、もう一度、今度は、手紙をください。僕は必ず返事を書きます。心をこめて。 僕の名前の入った、素敵な便箋があるんです。どうか、お手紙をください。 （補記） 学術アカデミーの表彰メダルは、ハトが月桂樹の葉を運んでいるデザインである。金は、メッキで使われているだけだが、ずっしりと重く、 丁度ペーパーウエイトにはうってつけの重さである |