| 市場のおじさんが 「生きのいい魚が入っているから、尾頭付きで買っていけ。」 と僕に言った。でも僕は、魚のおろし方がうまくないので、 「わた抜いてください。」 とお願いしたら、 「そんなこっちゃあ、いい料理人にはなれねえぞ、坊や。」 だって。おじさんは、僕が料理人の卵だと思っているらしい。材料の目利きがいいんだって。そして、お手本を見せてやるからしばらく見ていけ、と、おじさんの横に座らされた。まあ、待機日だからいいよねって、おじさんの包丁裁きに見惚れていた。何人ものお客さんが来る。大半は常連さん。何人かは、僕も顔見知りだ。怖ず怖ずと来るのは、あまり市場の様子を知らない人。そんな人にも、おじさんは怒鳴り散らす。悪気じゃないんだ。丁寧な言葉を使うのに照れがあるんだと思うな。若い奥さんなんか、肩をすくめて三十センチも飛び上がった。 「お客さん逃げちゃいますよ。逃げるような奴に買ってもらいたくない、なんて言わせませんからね。お魚を食べたいな、っていう人、みんなが大事なお客さんでしょう。」 僕が文句を言ったら、おじさんは鼻の辺りを赤くして、長年の口調は今更変えられないし、魚屋は威勢が良くなくちゃいけない、って・・・・・ じゃあ・・・・・ってんで、呼び込み手伝っちゃった。色々な顔が居る。そっけ無い人、値切ろうとする人、世間話する人、調理方法を聞く人・・・・・みんな目的は同じ、お魚を買いにくるっていうこと。安くって新鮮なお魚を買って家族のためにお料理をする。一人で住んでいる人は、一日の疲れを食事しながら癒すんだろな。 僕は、市場の雰囲気が好きだ。荒っぽい所はいやだけれど。市場にくると、、僕は一人じゃない、たくさんの人が居る、大勢の中の一人になることで、ホッと息が付ける。みんな、働いて、ご飯を食べて、一日を一生懸命生きている。何だかとっても幸せになれる。 おじさんにも話してみたら、おじさんはそんなことを考えたことはないそうだ。おじさんは言う。 ”人間は、生きるためには食わなくちゃいけねえ。だからここに来るんだ。いちいち坊やみたいにテツガクするようなこっちゃねえ。” ”哲学”なんかじゃないのにな。 ”また手伝えよ。”と肩をたたかれ、大きな蟹をお土産にもらった。 ”どこで油売ってたのよ。”とひっぱたかれ、大きなお目玉をキャプテンからはもらった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ またまた仕事。今度は大掃除。部屋の掃除ならば得意なんだけれど、今度は宇宙ステーションの掃除。・・・・・船外作業は大っ嫌いだというのに。ケイトさんにこぼしたら、 「全く。私があなたの上官だったら、あなたを即刻馘にしてあげるんだけれどな。」 って笑われた。 考えりゃ、掃除って平和な仕事の一つだよね。どう考えたって、人の命はからんでいないもの。でもなあ・・・・・やっぱりいやだ。人間は、自分の足でしっかり立てる場所に居なくっちゃいけないよ。 コーヒーをいれるときの、ネルの袋に穴が開いた。もう寿命だなあ。資財部にはなかったので、生地屋さんに行って、ネル地を買って手で縫った。横からキャプテンが見てて、 「器用ね。」 って言った。 「キャプテン。セント・メアリ女学院ではお裁縫はやらなかったんですか？」 聞いてみたら、やるにはやったが、今は全部忘れた、ということだった。こんなことじゃ、キャプテンが結婚しても、旦那さんの洋服につぎあててあげられないし、お子さんのアップリケや刺繍だって出来ない。それは問題ですよ。ぶちぶちと言ったら、キャプテンは。結婚なんかしないし、未婚の母になる気もないと言う。 そして、 「あたしは普通じゃないの。いちいちつべこべ言うんじゃないわ。」 なんて、涼しい顔している。 僕は、キャプテンは、普通の人だと思うけどなあ。あきらめないぞ。僕は、キャプテンにアレックスさんと一緒になって、あったかい家庭を作ってほしいんだ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ アルテミス着。 ひどい！！！！！！ 掃除なんて物じゃないよ。あれは。場所は、アルテミスの外れのあまり使っていない古い区画。 表面パネルの状態を調べ、清掃し、必要があれば補修せよって言われても・・・・・ また地道な船外活動??僕がはじめてやった仕事のような？ 計器を表面パネルに押し付け、基準を満たさなければ、それを剥がして新しいものに取り替える。 「めんどくせえなあ。」 と、マリオさんは怒鳴ったが、パネルを剥がすときには爆破を伴うので妙に嬉しそうだ。・・・・この人は爆破さえできればいいんだ。 一方・・・・・ 「なあに。四人でやりゃあ、結構早く終わるわよ。」 いとも気やすくキャプテンは言うけど、四人って・・・・・当然僕も入ってた。 パネルの状況を調べるための自動計測器の操作法を教えて貰ってから船外に出た。 もともと、船外に出ると緊張して体が突っ張っちゃうのに、今回は、大きな計器を肩から掛けてるし、目はじっとメーターを見ているし、物凄く疲れちゃった。 それは、キャプテンたちも同じだったみたい。キャプテンもロマノフさんも肩揉んだら、とっても凝ってらした。僕が、自分で肩を叩いていたら、ソーンダイクさんが揉んでくれたけど・・・・・意外と力が強いんですね！悪いけど、途中で逃げだしちゃった。 まだ、全体の作業の30％・・・・・あーあ。もうやだよぉ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 昨日の腕のこわばりが抜けなくて、ずっと右腕が震えていたが、それでも作業を続けた。時々、右腕の疲れを取るために、ぶらぶら振っていたら、キャプテンが 「先に戻って、コーヒーでもいれときな。」 とおっしゃった。 多謝、多謝。（はっきり言って限界だったんだ。その時。）僕は、帰ってすぐに、チョコレートをたっぷり入れたコーヒーを作った。（好評）ソーンダイクさんにも持って行ったら、 「作業しなくて、すみません。」 て、謝られた。 「僕、結局キャプテンたちに任せちゃったんです。最後まで、責任持ってオペレートしたソーンダイクさんの方が偉いですよ。」 思ったとおりに言ったら、ソーンダイクさんは”にこ”と笑った（ように見えた）。何か、僕までいい気分になっちゃった。マリオさんの作業は終わり。僕がシャワー浴びていたら、腰にタオル巻いて乱入してきたから、頭からお湯を掛けてやったら、掛け返された。びしょぬれの髪を、二人並んでタオルで拭いていたら、マリオさんはドライヤーをかけてくれた。僕はいつも自然乾燥だから、温風は、ちょっとくすぐったい感じがした。・・・・・はいいけど、右っかわの髪の毛が、立ったまま戻らない。 「愛敬があっていいだろう。」 無責任にも言い放つ、どこかのだれかさんには困ったものだ。キャプテンに”寝癖直し”（？）を貸してもらって、自分で直したらよけいおかしくなってしまった。みかねたキャプテンが手ずからブラシで直してくださった。 「カイユンの髪の毛は、素直なのに珍しいわね。」 っておっしゃる。 「そんなにですか？」 と聞いてみたら、 「少なくとも、あたしが付き合った男のなかじゃ、一番やわらかくって真っすぐな素直な髪よ。」 ですって。そういえば、母さんも、同じようなことを言ってたな。・・・・・髪の毛がやわらかくって真っすぐで素直だからっていいことあるかな。マグカップいっぱいのミルクを飲みながら考えたけれど、判らなかった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日は、マリオさんとペアを組んで作業の続き。この作業については、僕の方が慣れているので、僕の方からアドバイスできて、ちょっぴり優越感。 でも、マリオさんは、仕事が速い。ラフともいう。無理に作業して宇宙服が傷つくことは構わず傷ついたところに補強シートをさっと瞬間的に張りつけちゃう。僕は、二回しかシートのお世話にはなっていないのに、貼り付けの時間は僕の方が長かったみたい。そのことでのろい、とおちょくられたので、 「バンドエイド貼っているわけじゃないんですからね。僕はマリオさんとは違って、こういう仕事やり始めてからやっと一年経ったか経たないかなんですよ。」 なんて言っちゃった。そしたら、 「お前は、たとえ十年この世界に居たって、仕事に慣れっこないぜ。」 と、宇宙服のヘルメットを ”ばっこん” （あれは”ポコン”でも”コツン”でも”ぱっこん”でもなく絶対に”ばっこん”だ。） された。そしたら、通信機で”遊んでいないで作業しなさいよ。”と、キャプテンに注意されちゃった。あと、マリオさんに”幾らシート貼りがうまくても、宇宙服は大切に使え”とのお達し（わーい。怒られた！） 作業は今日で一応終わり。明日、細かな最終チエックを行なうそうだ。ジャガ芋のポタージュスープで夕食。体力消耗が大きいせいか、皆さんとってもよく食べてくれた。 夜、宇宙服の整備、僕用のを見ながら、 「大事に使っているようだね。」 と、ロマノフさんが誉めてくれた。”ものは大事に使わなくてはいけないよ。大事に使えば、道具の方でもお前に応えてくれるようになるよ。”と、父さんに言われて育ったせいかな。僕は、ものをむやみに捨てることは出来ない。宇宙服は手入れに時間がかかる。せめて、針と糸でつぎをあてるっていうような手入れだったらいいけど、表面分析計や気密計を使う整備ははっきり言って好きじゃない。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 午前中で作業完了。スクリーンに映ったアレックスさんも、僕たちがトラブルを起こさなかったせいか嬉しそうだ。今度の待機日にアップルパイを持っていきますと約束したら、喜んでくれたみたい。キャプテンは相も変らず仏頂面。 「キャプテン、笑ってくださいよ。大好きな人でしょ？」 自明のこと言ったら、ご両人とも顔色変えて、マリオさんからは殴られた。ロマノフさんは、ロシアンティーを飲みながら、 「あの二人のことは、放っておきなさい。どうなるか判ったものではないのだからね。」 と、僕に忠告してくれた。 うーん。僕の思い過しなのかな。 午後、買い出し（僕は食料品、キャプテンは機械類）のついでにキャプテンが喫茶店へ連れていってくれた。初めてのお店のように思えたので、キャプテンにも言ってみたら、”ここは、ナイジェルと一緒に行ったお店よ。”と、不思議そうな顔をされた。・・・・・あの時は、よほど緊張していたんだろうな。 僕は、クリームソーダを頼んだ。 「合成着色料の固まりじゃないの。」 キャプテンは笑ったが、自分が普段作らないものを飲みたい気持ち、わかってほしい。あの緑色、ちょっときつめの炭酸、アイスクリームをスプーンで突く楽しみ、紙を剥いて、フレキシブル（曲がる奴）のストローが出てきたときの胸の高鳴り（こう話したら、キャプテンに爆笑された）賢雄兄さんに初めてご馳走して貰ったことも理由の一つと思うけれど、僕にとって、クリームソーダは特別の飲み物なんだ。 しかし、こういう場所に居るときのキャプテンが僕は好きだな。御本人も意識してのことだと思うけど、普段の殺気や迫力がないから。黒いジャンプスーツ姿でも、醸し出す雰囲気が違う。 帰り道、洋装店のウインドーに、素敵なウエディングドレスが飾ってあった。ああいうの、キャプテンにいいな。顔を押し付けて見ていたら、 「着てみたい？たしか、あんたひらひらのドレス異様に似合ったわね。そういう趣味に走ったか。」 だって！その横を、軍服を着た、立派な人が、御供を従えて歩いていった。誰かな。って呟いたら、キャプテンが、人呼んでコスモアーミーの知恵袋、アルベルト アイゼンシュタイン中将だと教えてくださった。あの、アイゼンシュタイン君のお父さん。そう言や、どことなく似ていたな。世界は狭い。アイゼンシュタイン君は、士官学校で元気にやっているかしら。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日は完全休養日。嬉しいな。 昨日のウエディングドレスの話を皆さんにしたら、マリオさんはげらげら笑った。キャプテンがああいうものに興味を示すはずないって。百人を越す男の人とつきあってきたから、一人の男の人に縛られるのには耐えられないだろう、だって。僕が本気で怒鳴り返したら、 「ジョーは、いずれは誰かと一緒になるさ。」 と、ロマノフさんが応援してくれた。そしたら、 「そうかい？あんたが一緒になってやるつもりか？」 なんて言う。 「馬鹿な。私はあの子よりもずっと年上だよ。娘と結婚するようなものだ。」 「あんたの死んだ嫁さん、確か十も年下だったろ？あんましかわらねえじゃないか。」 「私は、死んだ妻を愛している。」 どうでもいいけど、マリオさんばっかし熱くなっていて、ロマノフさんは駄々っ子をあしらっているという感じだったな。 「ソーンダイクだってそうだ。お前、実はあのじゃじゃ馬が好きなんだろ。いっそ自分の物にしちまったらどうだ。」 「・・・・そういう”好き”ではありません。」 僕は、アレックスさんがやっぱり一番のお似合いだとは思うけれど、キャプテンの気持ち次第で、ロマノフさんだって、ソーンダイクさんだっていいんじゃないかなって思った。でも、マリオさんは駄目。だって、節操ないもの。口に出して言ったら、ぶん殴られた。夜、寝るときに、 「マリオさん。マリオさんはキャプテンのこと、好きなんですか？」 って聞いてみたら、 「冗談抜かせ。」 といわれた。そうだよね。あんなに喧嘩ばっかりしているのに、好きってことないよねえ。 でも、大嫌いってこともないんじゃないかしら。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ リマン本星に帰ってすぐ、僕の所にケイトさんから個人呼び出しコールがかかってきた。びっくりして訳を聞いたら、とにかく急いで来て頂戴と言う。キャプテンの許しを貰って、資財部に行ったらこともあろうにベンがいた。唇の端っこが切れていたので、理由を詳しく聞いてみた。 ベンは、僕が皿洗いになっているというのを信じ込んでいて、果敢にも、コスモ・アーミーの食堂に直接面会に行ったのだ。もちろん”そういうものは確かに居るが、面会させる訳にはいかん。”といわれ、でもベンが食い下がったので一発殴られたのだそうだ。ベンが、僕の名前を叫んでいたので、偶然そこを通りかかったケイトさんが保護してくれたのだ。 「無茶だよぉ。コスモ・アーミーって、堅いんだから。いきなり来て、面会させてくれるわけないじゃない。」 僕は、困ってしまった。このことで、ベンは、ある種のマークをされるかもしれない。うまく誤魔化さないと・・・・・ そんな僕の気持ちを察してか、ケイトさんは、ベンに話した。 「金二等兵補は、食堂で、ミスばかり起こし、今日付けで、この資財部に移されたんです。・・・・・それにしても本当に無茶ですね。民間人がコスモ・アーミーに楯突くなど。いいですか？彼はＤ級猶予者ですよ。余計な介入があれば、彼に不利になることが判らないんですか？彼のためを考えるならばコスモ・アーミーへは来ないことですね。」 ベンは、うなだれていた。僕が、ちょいちょいと頭を突くと、”御免よ、カイユン”と言ったきりだった。僕は、”いいんですよ。また会えて、嬉しかった。でも、無茶は絶対しないでくださいね。二回会えただけでもいいじゃないですか。パレの収容所に連れていかれたとき、もう会えないって思ったんだから”って言うのが精一杯だった。 ベンは、ケイトさんに促されて帰っていった。 ケイトさんは言った。 「いい人なんでしょう？・・・・・いい人だから・・・・・会っちゃいけないのよね。・・・・・軍人って、いやな商売ね。」 僕も、咽の奥をしょっぱくさせながら、ケイトさんの言うとおりだと思った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ アケルナルは、宇宙港のはずれに置いてある。あんまりはずれなものだから、肉眼では、宙港ビル付近の動きは判らない。でも、性能の良い超望遠カメラを使うと、それこそ一人一人の顔まではっきり見ることが出来てしまう。割り当てられた仕事を済ませ、”掃除機片手に銃戦車のごとくソファーを蹴散らし埃を一掃すべく部屋中を駆けずり回り”（これはマリオさんの表現だ。）そのあと、麦芽飲料片手にコクピットに座り、望遠カメラで風景を見るとなかなか楽しい。 今日は、かなり立派な客船が引っ張りだされていた。”ミラ”に勝るとも劣らない超豪華客船。軍人さんもいる。軍楽隊もいたし、華やかに着飾った軍人さんでない人もいる。宙港式（宇宙船の進宙式のこと）かしら。 ロマノフさんに尋ねたら、 「進宙式ではないよ。船体番号からして新船ではない。」 とのこと。一緒に画面を見ていたら、 「大物ばかりだね。アイゼンシュタイン中将を始めとして、軍のお偉いさんばかりだよ。私の直接の上司 だった人もいる。ＳＰも多いよ。�｢�｢�｢�｢ほー、政界財界の大物も、細君ご令嬢を連れてお目見得だ。一体何の騒ぎかな。」 さすが元大尉。情報通。 マリオさんもやってきた。 「俺の知り合いはいるわけねえや。」 それにしては、詳しく見ていて、ついに、いつぞや爆破したっていう商事会社の社長さんを発見した。キャプテンはアンナさんが居るか探していたみたいだけれど、居なくって、違う人を見付けた。セント・メアリ女学院の同級生お二人だそうだ。 「今となっては関係ないわよ。向こうは、あたしと違ってごく普通の生活しているんだから。」 僕は、そのお友達をじいっと見ていた。色々な人に挨拶をして、握手して、にっこり笑って、その繰り返し。僕が見ていただけで、三十分間は続いたな。あの人たちの生活に比べれば、キャプテンの方がずっと普通ですよ。 どうやら、官民合同で、新しく惑星開発をする、そのためのパーティーを視察を兼ねて宇宙船でするらしい。 「閑人のすることよ。」 僕もそう思うけど、どんなお料理が出て、どんな催物があるのか気になるな。僕、そういう場所には縁がないんだもの。遠くから見て、想像するくらい許してほしい。 定時報告の時、アレックスさんに、 「パーティーって、楽しいですか？」 って聞いてみたら、 「大体において、退屈なものだよ。・・・・・君と一緒だったら楽しくなるかな。」 ですって。誉められたのかな。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 買物の帰り、公園のそばを通りかかったら、ボールが転がってきた。男の子に向かって投げ返したら、 「ちょうど一人帰っちゃったんだ。やってかないか？」 僕よりもずっと年下の子たちだったけど、混ぜてもらった。野球なんて何年ぶりだったんだろう。エラーを何遍かしてしまったけれど、ちょっとは貢献できたらしくて”また遊ぼうな。”って何人かから言ってもらえた。・・・・・”また”ってこと、ほとんどあり得ないんだけどね。 男の子たちが帰ってしまってから、公園のベンチに座って、ぼーっとしていた。 風に吹かれて、スーパーマーケットの公告が足にからまった。三色刷りで、”超特価！三日間限り！”と、大書きしてあり、少し破けていた。僕は、それを丁寧に畳んで、ポケットにしまった。ここに貼ってあるのがそれ。・・・・・なんで持って帰ってきたんだろ。こんなもの。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 緊急事態発生。それと同時に指令が出た。指令を出すアレックスさんは、真剣な顔をしていた。 内容は宇宙船の事故の処理。 この間の、アイゼンシュタイン君のお父さんや、キャプテンのお友達の乗った船のワープ機関が異常をきたして、それも、並みの異常じゃない暴走で、付近全体の空間が歪む非常事態だそうだ。救助船も危険で近付けない。・・・・・じゃ、僕らも危険だってことじゃありませんか！ 乗客を救助し、ワープ機関の息の根を止めるか、直すかしなければならない。 人命がかかっていると、キャプテンはぐっと真剣になる。ワープにワープを重ねて、客船に追い付いた。（ソーンダイクさんは、また倒れた。もう少ししたら、ワイン入りの紅茶を持っていこう。） 今、目の前にある客船は、ゆらゆらしていて、幻のようだ。空間が歪むって、こういうことなんだ。まわりには、救助船、コスモ・アーミーの巡洋艦、病院船が取り巻いている。 キャプテンと、ロマノフさんは、コスモ・アーミーから送られた空間の歪みのデータを、実際と照らしあわせて、突入経路を検討している。 僕は、栄養剤、飲料、いやだけど、作業用覚醒剤を用意しよう。今回は、持久戦になりそうだから。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ふう。しんどかった。・・・・・いや、しんどかったのは、僕じゃない。キャプテンだ。 突入の際の不快感は何とも形容しがたかった。ワープなんて目じゃない。自動操縦のアケルナルで、キャプテンに揺り起こされたとき、五時間が経過していて、キャプテンですら、それまで意識を失ってらしたんだもの。空間の歪みはひどくなる一方だから、とにかくワープ機関をどうにかしようということになった。 幸いなことに、客船（グローリア号という）内部の空間の歪みはさほどではなく、船内放送でお客さんには待機していてもらうことになった。軍人さんには、乗客の皆さんがパニックを起こさないように指揮していただくことにして、機関部には近寄らないで貰うことになった。来てもらったのは、機関長さんを始めとする三人の技術者の方だけ。 ・・・・・だって、実際に暴走中のワープ機関に手を出せるのはキャプテンだけなのだもの。普通、こういう場合、強行突入して乗客を救いだし、そのあと反陽子砲でワープ機関に死んでもらうのが常套手段。乗客に万が一のことがあってはいけないってことで、キャプテンにすべてが任せられたのだ。 でも、こんなの理不尽だ。キャプテンは、暴走したワープ機関の修理なんてやったことないんですよ！ それこそ真剣勝負。僕たちは、横から工具を渡してあげるくらいしか出来ない。前、アケルナルのワープ機関が不調になって、キャプテンが修理したことがあった。でも、今回はタイムリミットがあるし、一つ間違えば、大事故になってしまう。 ”休んでください。””眠ってください。””食事をしてください。”そんなこと言えない。僕は・・・・・僕は、覚醒剤の錠剤をキャプテンの口に押し込み、栄養液を点滴した。右腕に針を打つと、手先の感覚が鈍るからって、止むを得ず、背中の血管から・・・・・僕、泣いちゃった。泣いて泣いて泣いてた。泣き声は邪魔だから、声を押し殺して泣いた。覚醒剤、栄養液、目薬、また、覚醒剤・・・・・マリオさんですら、目の下に隈を作りながら 「すげえ女だよ。人間とは思えねえ・・・・・」 何度も何度も繰り返していた。 作業完了は、三日めの朝。 「終わったー！」 キャプテンの第一声はこうだった。因みに、ワープ機関は分解を免れた。壊さないようにしたわけではないのだけれど、やっているうちに結局は修理になっちゃったのよね。ってキャプテンは言った。疲労の極にあるにしてはお元気そうだった。 乗客は、救助船に収容されていった。不機嫌そうだったけれど、船内設備は正常に機能していたので、皆さんヒステリー症状を除いて、病気になった人はなかったそうだ。みんな、列を作って出ていった。キャプテンのクラスメイトの一人で、とってもきらびやかなドレスを着た人は、キャプテンの顔を見て首を捻ったけれど、そんなはずないわ。と、口の中で言って、出ていった。最後まで残っていたのは、そばかすのある、可愛らしい感じの女の人と、軍人さんたち。女の人は、壁ぎわに立っていた僕たちのそばまで来ると、眼鏡をきゅっきゅっと拭いて、まじまじとキャプテンを見た。 「・・・・・あなた、ジョーでしょう？ジョセフィーヌでしょう？」 キャプテンは、顔色一つ変えなかった。 「私、あなたが何をしていても気にしない。私、ジョーのこと、信じてる。元気でいでくれればいいの。」 女の人は、振り返り振り返り、シャトルへと向かった。シャトルへの入り口からやってきたのが軍服に身を固めたアイゼンシュタイン君。僕の方は、顔色を変えずに居ることなんかできなかった。アイゼンシュタイン君は、僕の顔を穴の開くほど見つめ、お父さんに敬礼して、でも、やっぱり僕の方を見つめてた。 すると、突然キャプテンが、 「にっこり笑ってＶサイン出せ。」 有無を言わせぬ口調だったから、無理遣り笑って、キャプテンと一緒にＶサイン出した。 果たしてそれがどういう効果をもたらしたのかは判らない。女の人の方は、Ｖサインを返してくれたけど、アイゼンシュタイン君は、余計に怯えたみたいだった。（僕に怯えるなんて、変な話だ。） 収容が終わって、僕たちも引き上げることになり、キャプテンの手を引っ張ったら、そのままパタンと倒れちゃった！無理ない。ロマノフさんが抱っこして、アケルナルの医療室まで意識のないキャプテンを運んでくれたけれど、回復には時間がかかりそう。疲労と、薬剤中毒に、リマンで流行っていたインフルエンザも重なっているみたい。徹夜で看病・・・・・したい所だけれど、誰一人として、元気な人は居ないので、医療機に任せることにする。 お休みなさい。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ キャプテンは、朝からひどい咳、熱は三十九度を超えた。覚醒剤を抜く薬を用いたので、強い薬が使えない。 「どうにかしてやれ。」 と、マリオさんに言われても、頭を冷やす以外どうしようもない。食欲が出れば、安心なんだけど、朝にスープを少し勧めたら、戻してしまった。オレンジジュースだけ、咽を通った。 「あたしは大丈夫。コクピット行きな。」 これを、咳を百回くらいしながら言われても、説得力ない。僕が病気の時に、母さんは何をしてくれたかって考えて、枕元で子守歌を歌ったら、熱が四十度を超えた。これは、まずかったかな、と思い、キャプテンの手を両手でしっかり握ってお祈りしていたら、 「気遣いは判るが、これって、今にも死にそうな病人にやることじゃない？」 って、咳を二百回くらいしながらおっしゃる。 それだけ文句を付ける気力があるなら、 ”今夜が山です” ってことにはならないだろうな。 夕方に、アイスクリームを作っていったら、サーバーに一杯食べてくださった。これで、明日になって食が進めばしめたものだ。ロマノフさんが、夜の看病を替わってくださった。 部屋に帰ると、マリオさんにキャプテンの様子を根掘り葉掘り聞かれた。 「やっぱり、マリオさんはキャプテンが好きなんですか？」 半分真面目に聞いてみたら、 「ああ、一度くらいは寝てみたいと思ってる。」 布団蒸しにしてやった。（協力：ケイン ソーンダイク） ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 朝、抗生物質を使ったら、熱が下がった。でも、三十八度台。果物の砂糖煮を朝ご飯にした。 キャプテンがこんなふうにぐったりと寝込んでいることは初めてだ。いつも、頼ってばかりだから、こんな時くらいは、完璧にお世話してあげたい。 病人食と、他の皆さんの食事の両方を作ると、時間がかかる。だから、今日のコーヒーは、インスタント。すみません。 夕方、気持ちが悪そうだったので、”病人用 水を使わないスプレー式シャンプー（？）”というので、髪を洗ってさしあげた。キャプテンは、”自分で湯沸かしに行って洗うわよ！”とおっしゃったけど、風邪ひいていてるときの洗髪は絶対いけないって母さんが言っていました、と、お話したら、”カイユンの母さんの言うことには逆らえないわね。”って納得してくだすった。 ついでに、ブラッシングして緩く三つ編にした。その方が、汗かいても不快感なさそうだから。キャプテンは、抵抗しなかった。怒る元気もないのかな。 僕は、キャプテンの長い髪が好きだ。とても綺麗なんだもの。 故郷のマーリナ２の童話に、海底の宮殿に住んでいるお姫さまの話がいくつかある。どれも、判で押したように、長い髪のお姫さまだ。お姫さまは、みんな長い髪と相場は決まっているらしい。キャプテンも、僕にとってはお姫さま、いや、女王様だ。ぜひともこれからも切らないで欲しい。 でも、変だな。キャプテンは、女の人らしいものが大っ嫌いで、スカートだって滅多にはかないのだもの。なぜ切ってしまわないのかな。 しかし・・・・・言っちゃ悪いけど、マリオさんの言うとおり、ダウンしているキャプテンは、普段の一千万倍くらい可愛い。（わー。書いちゃった！） ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日は、キャプテンに起こされた。あーあ。だらしない僕。キャプテンの体温は三十七度五分。 「もう平気よ。」 って、くるっと一回転すると、床に倒れる程度の回復度。（キャプテンって・・・・・意外に重い・・・・・） あともう一日、静かに寝ていること、って約束して、キャプテンは布団のなかで、軽い事務的な仕事、僕は向かい合って、スリッパに縫い取りの刺繍をしていた。僕は、宇宙船で会った、そばかすのある女の人はどういうお友達だったのか伺ってみた。 「ドロシー。理由は忘れたけれど、あたしがピーピー泣いてたとき、あたしのそばで一緒に泣いてくれたことがあったわね・・・・・目立たない子だった。」 僕は、キャプテンの表情から、ドロシーさんはいい人なんだろうと推測した。 他にも、忘れられないお友達ってたくさん居るんだろうな。もしも、家出をしなければ、キャプテンは、財閥のルノー社のお嬢様として、何一つ不自由のない生活をしてらしたんだ。その生活と、昔のお友達を、キャプテンはなげうってまで、体制に反抗する危険な生活に飛び込んだのだ。 僕には出来ない。幾ら社会に不満があっても、僕は与えられた環境で”それなりに”生活することしか考えない。 「普通の生活したくありませんか？」 生意気にも言ってみたら、即答で 「したくない。」 ・・・・・返答にも凄味がでてきた。・・・・・回復力の素晴らしさには敬復のいたり・・・・・ 花模様のスリッパは、気に入ってもらえなかった。でも、受け取ってはくださるそうだ。・・・・・何の柄ならいいのかな。宇宙船柄とかは、難しくって出来ないよぉ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ キャプテンは、朝からオムレツを卵三個分食べて、トレーニング室に篭もった。・・・・・あれで病み上がりなんだろうか？ 「筋肉落ちたし、体形的にも、体を張った仕事をするにはちょっとね・・・・・」 だか何だか知りませんけれど、健康管理するこっちの身にもなってくださいよ！ロマノフさんに訴えても、笑ってらっしゃるだけだし・・・・・シークレットって皆こうなんですかあ!? 午後、五人の強盗が人質をとってどこかのビルにたて篭もったので、ロマノフさんとマリオさんが呼び出された。夕食で、どうだったか尋ねたら、 「行ってみたらよ。ビルに十七個爆薬が仕掛けてあって、いやあ、不細工な作りだったが解除するのにちょっとばかし手間取った。最後の奴を外していたら、あいつらレーザー乱射しやがって・・・・・ま。ロマノフ御大将が一気に片付けてくださりましたけどね。カイユンが心配していた人質は全員無事だったぞ。なかの一人が、すこぶるつきの美人で、犯人が洋服引き裂いていたので少しばかり目の保養になった。」 ロマノフさんは、咳払いして、 「楽だったよ。単純な仕事で。」 キャプテンは、 「そう、よかった。」 ソーンダイクさんは、 「・・・・・・・・」 僕は、ブランディー入りの紅茶を配りながら、 ”これ、家族団欒っていえるのかしら??????????” と悩んでいた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ロマノフさんが、”Ｘ線ジャーナル”という、３Ｄ超低俗週刊誌を買って帰ってきた。（ゴシップとか、女の人の裸ばかり載ってる。時々マリオさんの机の上に乗っているのを見かけた。）普段は、堅い雑誌ばかり読んでらっしゃるのになのに、珍しいな、と思ったら、六ページにわたって、アンナさんとアンリさんの婚約発表の記事が組んであった。 怒ったぞ。 何だ、あの見出し。 ”財閥令息と令嬢、禁断の愛” 丁度キャプテンがいらしたので、隠したら取り上げられた。キャプテンもきっと烈火のごとく怒るだろうと思ったら、そうはならなかった。 二人にはルノー社長と血の繋がりがなく、お父さんだという意識もない。兄妹というほうが可笑しい。見かけはひ弱な二人だけれど、こんな雑誌に叩かれたくらいでへこたれはしないとキャプテンは信じているそうだ。 僕も、アンナさんの芯の強さは判っている積もりだけど・・・・・ キャプテンは、むしろ喜んでいた。ドレスを着たアンナさんと、スーツをきたアンリさんの立体映像がいつでも見られるって・・・・・ 僕は、婚約祝いに、パウンドケーキを焼いて、アンナさんに届けるように（秘密の経路があるそうだ）仰せつかった。さっそく、パウンドケーキを焼いて、花模様のすかしの入った紙で包み、箱に入れて、大きな赤いリボンをかけた。序でに、僕らが一言ずつ書いたカードを添えた。 ”婚約おめでとうございます。幸せになってくださいね。スポンジケーキもうまく焼けるようになりました。機会があったら（無いほうがいいとは思いますけれど）お茶にきてください。” �｢�｢�｢�｢これは僕。 ”人生は、つらいことが多いものだが、二人の協力と、愛情で乗り切っていきなさい。” �｢�｢�｢�｢これは、ロマノフさん。 ”婚約は目出度いものだそうです。一種の儀礼ではありますがそれなりに” �｢�｢�｢�｢これはソーンダイクさん。 ”色々なことは、結婚してから覚えろ。（今から覚えても構わん。） �｢�｢�｢�｢・・・・・・。 キャプテンは、たった一言。 ”あんた達ならいいコンビよ。” この一言に、どれだけの思いが篭もっているか、僕にははかり知れない。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 下町のレオさんにパウンドケーキを頼んだ。（といっても、ステーションの片隅で手渡し）お礼にって、別に焼いたパウンドケーキを持って行ったら、おいしそうだといってくれた。 レオさんは、僕をじろじろ見ていたが、 「あの子もこんな子供を引きずりこむとはな。」 と、嘆息された。 帰り道、資財部によって、薬品の消耗分を注文したら、ケイトさんが、もう勤務が終わるから待っていて、と声をかけてくれた。一緒に歩いていて、ケイトさんがふといった。 「私、結婚するのよ。」 びっくりして、ケイトさんのまわりを跳ねまわって、どんな人ですか、って尋ねたら、僕も知ってる人だっていう。ふふふ・・・・・ばんざあい！・・・・・ベンとなんだ！どこでどうなったかは別として、僕は大感激、だって、二人とも、僕の大好きな人なんだもの。 「でも、あの人と一緒になっても、私はカイユンくんのことをベンジャミンに話すことは出来ないのよ。軍の機密事項を洩らしたら、私はもとよりベンにまで当局の手がのびてしまうから・・・・」 ケイトさんは、寂しそうに言った。 そんなこといいのに！僕、ちっとも気にしないのに！どこでどうしていようと、僕は僕なんだもの！ ケイトさんは、僕にキスしてくれて、キャンディーの箱をくれた。僕は、お返しに、イヤリングにするような真珠を二個送ると約束した。 ケイトさんと別れてから市場に行った。魚屋のおじさんに、大きな海老を安く売ってもらった。夕食はクリーム煮にした。あとはヒレステーキ。メロンのシャーベット。食卓には花を飾って、マリオさんには、クラッキングダイナマイトまでサービスした。皆さん、腑に落ちない顔をなさっていたけれど、僕は理由を言わなかった。 ”楽しいことがあった日には、ご馳走を作りたくなるものなのよ。”って、母さんは言っていたっけな。 僕はシークレットだけど、ここは普通の家のようにしたいから。 そして、皆さんは(マリオさんはともかくとして）普通の人だと思うから。 たまたま出会った５人だけれど僕の幸せを皆に分けてあげようと思う。 |