ちょっと暇があったのでロマノフさんとクイズをした。ロマノフさんは、僕が苦手にしているのを知っているからコスモ・アーミー軍規のことばかり質問する。階級と、肩章の色なんて全然判らなかった。アレックスさんの軍服姿をよく見ているせいか“中尉”の階級章は知っているけれど、後は全滅。 ところで、僕たちは一応軍人なのだが、階級は貰っていない。コバルトブルー一色、模様無しの二等兵さんですらない。野菜で言えば規格外の曲がったキュウリというとこかしら。 元諜報部員のロマノフさんによると、通常の場合シークレットチームのリーダーは大尉待遇になるそうだ。変だなあ。 だって、アレックスさんは中尉だもの。あの人よりも偉い人って、ものすごぉく偉いって気がするのに。ロマノフさんに聞いてみたら、 「アレックスは本来どう見ても大佐以上だろうね。私でさえ大尉だったのだから。ただ、あの青年は普通じゃない。別格だよ。」 普通じゃない・・・・確かに普通じゃない所はある。あんなに運動神経がよくって、容姿がずばぬけて居て、暗い過去背負っている人はそうざらには居ないよね。 でも、その他は普通なんじゃないかしら。アレックスさんは優しい人だ。だからこそキャプテンのこと、ずうっと思い続けているんだよ。普通の人と同じように悲しんだり、喜んだり、決して異常な考え方なんかしていないよ。 いつかアレックスさんとスクリーンを通してでなしにお話してみたいな。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ お昼ご飯の時、マリオさんを呼びに行ったらヘッドフォン付けて寝転がっていた。珍しいな、と思って 「何の音楽ですか？」 ・・・・・聞いたのがまずかった。マリオさんはにやりと笑うといきなり僕の耳にヘッドフォンをかぶせた。 何だろ！あれ！後頭部をハンマーで殴られたような感じだった。何とかっていうジャンルの音楽で、若者なら誰でも愛好するはずだそうだけれど、あんなの音楽じゃないやい！ キャプテンに言ってみたら 「そう？あたしもあの手のは好きじゃないな。あたしは・・・・・聞いてみる？」 キャプテンの御推奨音楽はこれまた鼓膜が破れそうなとんでもない騒音だった。 ソーンダイクさんのはまだましだった。”チェンバロ”という楽器で奏でるナントカ平均律で、おもしろいな、と思えたけれど 「音形を解析してみると、人間の脳波リズムとはマーチン関数を形成しており・・・・」 との説明を聞いたら頭が痛くなちゃった。 ロマノフさんはとても美しいバイオリン協奏曲を推薦してくれた。ロマノフさんの人柄が滲み出ているような曲だった。聞いていると、生きる勇気が湧いてくるような、そんな曲。コンピュータからディスクに移してもらった。 夕食の片付けをしているときに、キャプテンが 「こういうのだったらあんた好きなんじゃないかなぁ。」 と、再生装置ごと持ってきてくださった。ピアノの曲で、とっても可愛らしかった。 「キャプテン、これ、実はキャプテンも大好きな曲なんでしょう？」 ・・・・・ひっぱたかれたのは言う迄もない。 濃いミルクたっぷりのココアを飲みながら、音楽を聞き、”家庭の友”を読む。ああ、幸せ。 あああ、後一週間くらい仕事が来ないといいなぁ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 町に買物に出掛けたら、珍しい人に会ってしまった。ドゥ・イト・ユアセルフのお店で手芸用品を見ていたら、後ろから肩を叩かれたんだ。そしたら！あのアイゼンシュタイン君が居たんだ。 アイゼンシュタイン君は趣味でやっている水彩画の材料を買いにきたのだそうだ。 彼によると、僕は”謎の下級生”として、今でも幼年学校の噂になっているんだって！ひどい子なんか”あいつはアンドロイドだったんだ”と言っているとか。アイゼンシュタイン君自身は、僕のことを軍のお偉いさんの子供と思っているらしい。彼も小さい頃、お父さんにねだって幼年学校に体験入学したことがあったんだって。 嘘をつくのは嫌だったけれど、本当のことは言えないし、言っても信じてくれそうにないので誤魔化しちゃった。 カフェテリアで、ハンバーガーをご馳走になった。彼は、いよいよ士官学校に入学を許可されたそうで、とっても張り切っていた。僕は、アレックスさんの悲しみをまのあたりに見ていたから素直に喜べなかった。 「軍人さんになると、・・・・・つらいこと多いと思うなぁ。場合によっては人殺ししなくちゃならないんでしょう？」 彼は、僕のことを悲観的だと言った。僕は歩兵になる訳じゃないんだ、使い捨てられる訳じゃない、とも言った。 その時、僕とアイゼンシュタイン君の間に大きな溝が走ったような気がした。ハンバーガーの味もよく判らなくなってしまった。 彼は、僕の顔色が悪いといい、心配してくれた。優しいアイゼンシュタイン君。その優しさが余計に僕を混乱させた。 アケルナルに帰ると部屋でマリオさんが昼寝をしていた。考えてみると、マリオさんのような過激な性格の人が今まで人を傷つけたことはあっても殺した事がないというのは奇跡のようなものだ。 かと言って、僕はマリオさんのことを人格者とは思わない。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 愛用しているＶ字ネックのセーターを工作機の端っこに引っ掛けてほつれさせてしまった。なんとかしようといじっていたらますますほつれてきた。コンピュータから”編み物”についてのデータを引き出してみても、表現が難しいだけで肝心なことはちっとも書いていない。インプットした人は編み物を実際にしたことがないんじゃないかしら。 こんなことがあるととても困る。 何故って、僕よりも家事一般の知識がある人はここには居ないんだもの。 こりゃあ、セーターのお葬式をださなきゃいけないかしら、とどんより沈みこんでいたら、キャプテンが”駄目でもともと。恨みっこなしだ。”と言って直してくださった（機械を修理しているみたいに見えたなぁ）。 結果として、どうにかほつれは止まった。ありがとうございます。・・・・・でも、何故、後ろ身頃のゴム編の方は裾に伸縮性がないのかしらん？ ・・・・・ううう、キャプテン、このままじゃあいけませんよ。このままじゃ、お嫁さんになったときアレックスさんに悪いですよ。僕の父さんのような人と結婚するならともかくとしてさ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 仕事が入った。 それも、僕にだけだ。 「いい仕事じゃないの。」 キャプテンはおっしゃったけれど、（僕も、いい仕事とは思ったけれど）一人だけっていやだな。 仕事は、イルカの生態調査。大規模な海底牧場作るとかで、僕の手が借りたいのですって。荷造りして、一週間分の献立表を作って指示された海辺の研究機関へ向かった。キャプテンが、エア・カーで送ってくださった。 「いい人に会えるかもよ。」 キャプテンは、謎を掛けたが、何のことかしら。 ここは、海洋牧場付属の宿泊施設。かなり立派。夜遅くに着いたので、所長さん一人だけが僕を迎えに出てきた。少し、恐そうな人だ。目が鋭い。 書いているうちに、とろとろ眠くなってきた。そろそろやめにしよう。故郷のマーリナ２と同じ、懐かしい微かな塩の香がして今日はぐっすり眠れそうだ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 朝早く起きて、カーテンを開けたら、青い青い海が広がっていた。顔を洗って、髪をとかして、服を着たところで、昨日渡されたスケジュール表の時間どおりに所長さんが僕を迎えにきた。敬礼したら、変な顔された。・・・・・ここは、コスモ・アーミーとは関係なかったんだっけ。失敗失敗。所長さんは、僕を連れて、食堂におりていった。 おりていって、僕は、昨日キャプテンがおっしゃっていたことが何だったのか判った。 食堂の一つの椅子には、ベンが座っていたんだもの！ベンったら、惚けたような顔をしていた。僕は当然飛び付いていった。・・・・・そうしたら・・・・・変わんないなぁ、ベンってば、気が小さいんだから。気絶なんかしちゃって・・・・・ 「皆さん、僕、ベンジャミン シュミッツさんの友達のキム カイユンです。これから少しの間、よろしくお願いします！」 って自己紹介したら、所長さんは、大きな声で笑ってた。そんなに恐い人でもないみたい。 意識が戻ったベンに、所内を案内してもらった。（所長さんは、僕とベンが知り合いだと知っていたらしく、コンビにしてくれたのだ。） 僕の素性は、Ｄ級猶予でコスモ・アーミーの食堂の皿洗いということになっていた。ベンは、また僕に会えるなんて思っていなかったそうでとっても喜んでくれた。そして、僕の立たされている立場がどんなものか、心配してくれた。嘘ついてる自分が嫌になっちゃう！ ああ、嬉しいな。優しいベンにまた会えたんだ！一緒にプールに行って、牧魚イルカに会って、（みんな頭いいんだよ！）近くの海に潜った。気持ちよかった！そのあと、新しい海洋牧場の予定地の様子を３Ｄスクリーンで教えてもらった。さて、何匹くらい、野性のイルカが居るのかな。明日からいよいよ調査だ。 夜寝る前に、ベンが来てくれた。 「カイユンは変わらないなあ。性格も、身長も・・・・・」 もう、前もそうだった。昔も、”チビ”って言ってからかわれたな。ぶう。 「全くさあ。お前みたいないい子を、Ｄ級に落とすなんて、政府もどうかしてたとしか思えないよ。危ない仕事をさせられているのじゃないかって、気が気じゃなかった。」 危ない仕事・・・・・ねえ。 「イルカの言葉が判るなんて言うからだぞ。」 それ、本当なんだけど。 「明日から、超音波探査装置を使って調査だよ。政府も力を入れていうプロジェクトだから、うまくやれば、皿洗いから開放されるかもな。頑張ろうな。」 うーむ。 僕が、変な顔してたのかな。ベンは、僕の部屋で、一緒に寝てくれるって。ああ、平和っていいな。友達っていいな。字が乱れているけど、ベンがシャワーを浴びている間に急いで書いているから。 ああ、でも、今日はなんていい日だったんだろう！ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 政府が何故僕を派遣したかというと、ここのイルカが非常に用心深くて見つかりにくかったからだと思う。海へ潜って三時間。イルカのイの字も見えやしない！僕は、水圧や呼吸に関しては問題ないけど、ベンはそうじゃない。へとへとだ。がっくりしちゃったみたいだった。僕も、超音波で呼んでみたが、反応なし。 こうなれば、奥の手しかない。 僕は、牧魚イルカ、全員をプールから予定地の海に出して指示した。 「いいかい。きみたちの仲間がここら辺のどこに住んでいるか見てきて欲しいんだ。話はしなくていいからね。四時間後には帰ってくること。」 ベンは、イルカなんて放して、鬼所長に叱られるぞ、としきりと気にしていたけど、イルカには、発信機と、超音波を利用した呼び出し装置が付いているんだから大丈夫、と三十回位言ったら納得してくれた。 四時間後、イルカたちはたくさんの情報をもって帰ってきた。大雑把なイルカの分布地図が出来ちゃったくらい。心配性のベンも、一気に気が大きくなって、三十分ほど、僕と、イルカと一緒に遊んだ。 ”鬼所長”さんは、たしかに烈火のごとく怒ったけれど、分布地図をお見せしたら噴火は納まった。 僕とベンは、真っ赤になった所長さんの顔を思い出して、夜中までくすくす笑っていた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日は朝から大忙し。僕たちが動き回って、昨日の情報を確実なものにするベンも、僕も、牧魚イルカを一頭ずつ御供に連れて、あちこちともかく泳ぎ回った。 野性のイルカたちは、用心深いというよりは、恥ずかしがり屋の様だった。驚かさないようにして、優しく話してあげれば、よってきてくれる。今日一日で、二十人位の子と友達になっちゃった 。ここの環境は壊さないこと、魚を増やすために、協力してほしいことを説明したら、好奇心いっぱいの顔で、興味を持ってくれたようだった。 「凄いな。これだったら、あとは、超音波発生装置だけで大丈夫だな。」 ベンは夜に言った。僕は、その時にがっくりと来てしまった。超音波発生装置だけで用が足りるようになったら、僕の役目は終わったことになる。おそらく、所長さんの報告を受けたら、政府から帰還命令がすぐに出されるだろう。 「カイユン。しょんぼりするなよ。きっと、Ｄ級は取り消しになるさ。」 僕は、ベンにすがってわんわん泣いてしまった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ やっぱりだ。 朝のうちに、所長さんが、僕に帰還命令が出たと知らせた。 分布地図の仕上げに、今日一日作業したあと、僕は夕方には帰らなくてはならなかった。 海に出たら、涙が出てきた。今度はいつ、海にこられるかしら。うんと息を吸い込んで、深く、深く潜った。僕のあとから、アクアラングを付けたベンがついてきた。 魚、サンゴ、貝、磯ギンチャク・・・・・しばらくさよなら。僕が、がむしゃらに泳いでいたので、心配したのか、ベンは、僕の体を後ろから抱き抱えて、海面に浮き上がった。 馬鹿だな。僕。ベンに、また心配させて・・・・・僕は、出来るだけにっこり笑ってベンを海中に引き込んだ。そして、大声で、イルカたちを呼んだ。 何匹ものイルカが寄ってきて、僕たちのまわりを囲んで踊るように泳いだ。ベンは、水中眼鏡の奥で、笑っていた。 コスモ・アーミーのエア・カーが迎えにきて、僕とベンはしっかり握手した。ベンは言った。 「暇になったら、コスモ・アーミーの食堂に面会にいくよ。」 ・・・・・それは駄目だってば。 ベンは、続けてささやいた。 「・・・・・本当だね。カイユン、君がイルカ語を話せるって・・・・・」 「亜人間との混血だもん。」 僕は、胸をはった。 「いいや。カイユン。君がカイユンだから、イルカ語を話せるんだよ。きっと。」 ベンは、細い目をますます細くして笑った。 僕は、市内に帰ってきた。 また会えるといいな。ベン。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 市内に帰ってきたはいいけど、アケルナルはいなかった。僕が仕事をしている間に、キャプテンたちは別の仕事に出掛けてしまったのだ。ロマノフさんが捜してくれたアパートで、お掃除して、お菓子作って、本読んで、・・・・・なんか落ち着かない。外に出て、買物して、お散歩して・・・・・やはり落ち着かない。ケイトさんに会おうとして、資財部にいってみたら、ケイトさんは休暇中。 「君、他に、友達はいないのかな？」 受付けにいた、伍長さんに言われてしまった。 えーと。市場のおじさん。踊り子のエレーヌさん。・・・・・でも、その人たちは、僕がシークレットだということを知らない。誰か、僕のこと、判っている人と話をしたい。かといって、セフト部長さんとお茶飲む気にはなれないし・・・・・あとは、・・・・・そう、アレックスさんが居るってことを僕は思い出したんだ。 で、僕は、アレックスさんを尋ねに官舎まで行った。行ってみたら官舎って、とっても大きな建物だった。色々な施設が付属しているから無理ないな。入り口の所では、恐そうな軍人さんが番をしていた。足がすくんじゃって、どうしても入れなかった。裏口みたいな所はないかな、と思って、官舎のまわりをぐるっと一周したけど、高い塀がめぐらしてあって、中の様子は覗けなかった。周囲は何メートルあったんだろう？行っても行っても塀ばかり。最後は走って、元の場所に戻ってきたのは二十分後だった。 そのあと、ずっと、入り口のとこでうろうろしていた。もしかしたら、アレックスさんが出てくるかな・・・・なんて思ったから。日が暮れるまで待ったけれど、アレックスさんは出てこなかった。あんまりうろついてたせいか、警備の人に、職務質問されちゃった。 「ここの人に、会いたいんです。」 素直に答えたら、変な顔された。 「だったら、面会用の書類を、受付に出せばいいことだよ、坊や。今日はもう遅いから、明日おいで。」 ・・・・・わかってるけど、恐くて入れなかったんですってば！でも、警備の人に声を掛けてもらえたから、明日は入っていけそうな気がする。 面会用の書類ってどんなのかなぁ。面会者との関係欄ってあるのかな。あったらなんて書こう。 友達なんて畏れ多いし、上官でもないし（僕は、キャプテンの部下だ）ただの知合いって書くのも何だし・・・・・いっそ、”ファン”と書こうかしら？それが一番近いと思うなぁ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 午前中の早いうちに、官舎へ出掛けた。警備が、昨日と同じ人だったので、僕はほっとして、会釈をして入り口に入っていった。中は、割合に広いホールになっていて、僕の他に外部の人が、何人かいた。小さな子供や、年配のおばさん。僕は、昨日恐がって入れなかった自分が馬鹿らしくなった。 僕は、用紙（マークシートだった）と、身分証明書を受付に出して待っていた。コンピュータで処理しているらしかったな。しばらくして名前を呼ばれ、男のひとが、僕に面会許可証とバッジを渡してくれた。キラキラ光るコバルトブルーのバッジで、左胸に付けると、何だか偉くなったような気がした。 許可証に、アレックスさんは自室に居るはずだと書いてあったので、僕はまわりの人たちに道を尋ねながらどんどん歩いていった。アレックスさんが暮らしている棟には、また別の受付があって、髭を生やした大きな人が口をへの字に結んで座っていた。 僕が、許可証を見せて通りすぎようとすると、 「民間人の面会は、面会室で行なう。帰れ。」 なぁんて言う。 「僕、軍属ですよォ！」 幾ら言っても信じてくれない。身分証を見せたら、詳しく照会されて、あげくに 「Ｄ級シークレットの分際で・・・・・」 だって。僕は、ほとんど泣きそうだった。 でも、アレックスさん本人、その人が、奥の方から歩いてきたんだ。アレックスさんは、僕の肩に後ろからフワッと両手を置いた。 「軍曹。この人は、私の知人だ。何かトラブルがあったのかね。」 とたんに、軍曹さんの態度が変わった。 「はっ！中尉殿のお知り合いでありましたか。坊や、それならそうと早く言いなさい。」 口の辺りがピクピク痙攣しているみたいだったな。頬の辺りを押さえていたことからみて、前にアレックスさんに殴られたことでもあるのかもしれない。 「トラブルがなければよろしい。・・・・・さあ。カイユン、来たまえ。」 アレックスさんは、手を引いて、廊下を曲がった所にある談話室に僕を連れていってくれた。中では、三人の士官がおしゃべりしていたが、僕たちが入っていくと立ち上がって敬礼し、そそくさと出て言った。 「誰に会いにきたんだ？」 「誰って、中尉さんにですよ。すみません。連絡もなしに。僕、中尉さんとお話したくって。」 アレックスさんは、ダークグリーンの軍服の上着のボタンを一つ外し、ソファーに掛けて、長い足を組んだ。この人は、何をやらせても格好いいなぁ。 「私は、ジェノサイト部隊の生き残りだ。君は、私の生き方については批判的な言動をしていたようだが、何故また会いに来た。」 「だって、中尉さん、いい人だから。」 僕が言ったら、アレックスさんは大声で笑った。 「私がいい人・・・・・か。」 僕は、何だか馬鹿にされた感じがして、ふくれていた。 「いい人ですよ。何となく判るんです。そりゃあ、僕、中尉さんが人殺しするの、とっても嫌だ。絶対やめてほしい。でも、父さんがよく言ってました。”人を一面だけから見てはいけない。悪い面とよい面を両方知って、初めてその人を理解する準備が出来る。そうして、悪い面があるからといって、その人を嫌ってはいけないよ。”って。・・・・・僕が来て、お邪魔ですか？」 アレックスさんは、首を振った。 「お客というものは、今まで来たことがないのでね。君が第一号だ。上層部も、君なら何の害もないという判断で、許可証を出したのだろう。そろそろ、私を外部の人間と接触させて心理状況の変化データでも取るのかな。君も、私もモルモットだからね。」 やっぱり、アレックスさんは、悲しい人だ。僕、何かしてあげられないかしら。でも、その時は、なんて言ったらいいのか、判らなかった。気の利いた言葉って、僕は使えないもの。仕方ないから、持ってきたお土産をドンッとテーブルの上に置いて、 「食べてください。僕、モルモットでもいいや。僕にとっては、中尉さんは普通の人なんですよっ！物凄く普通の人なんですよっ！」 って言って渡した。持ちがいいようにパウンドケーキ。アレックスさんは、くすっと笑った。（とっても素敵な笑顔だった！）僕も、嬉しくなって笑った。その時、ガタンと物音がして、首をめぐらすと、談話室の入り口のところで、軍人さんが五人ほど、ぽかんとして僕らを見ていた。 アレックスさんは、仕事が入っているそうで僕と握手してパウンドケーキをだっこして出ていっちゃったけど、明日から完全休養Ｆ待機だそうで、遊びにくるように言ってくださった。（うわわぁぁい） そのあと、軍人さんに取り囲まれて、アレックスさんと僕がどういう関係なのか問いつめられた。アレックスさんの所に小さな子供（失礼しちゃうなあ）が来たのは初めてだし、あんなに穏やかな顔をして笑ったことも初めてだ。第一ジェノサイト部隊唯一の生き残りなんかと話していて恐いとは思わないのかね・・・・・等々。 僕、一緒に居て、恐いとは思わないな。キャプテンと一緒のときの方が、ずうっと緊張感がある。 さあて、明日は何をお話ししようかな。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 午前九時、面会時間開始と同時に僕は官舎へ行った。昨日の髭の軍曹さんは、売って変わって優しい言葉を掛けてくれた。 アレックスさんの部屋のブザーを押したら、三秒後にはドアが開いて、アレックスさんが顔を出した。白いシャツに、黒いスラックス。ばっちり決まってたなあ。 部屋の中は、机と椅子、ベッド、壁面に棚という構造で、嫌になるくらいさっぱりしていた。僕は、ベッドに座らせてもらって、二・三時間くらいおしゃべりした。 僕の故郷のこと、家族のこと、イルカのこと、今の仕事のこと、キャプテンのこと・・・・・アレックスさんは時折怪訝な顔をしながらも、熱心に聞いて下さった。なんでかきいてみたら、アレックスさんは、”大豆の煮方””兄弟喧嘩は仲の良い印””誕生祝いのケーキ””換気扇の油汚れを落とす方法”等、日常生活に密着したことをまるで知らないのだった。・・・・・だからって、掃除の仕方のメモを取らなくたっていいんだけどなあ。 他にも、意見が噛み会わないところがいくつかあった。育った環境の違いって大きいものだと実感。 さて、それからが大変だった。僕は、お昼にって思って、ポテトグラタンを持ってきていたのだが、アレックスさんの部屋にはオーブンがなかった。もとい、独身者用の部屋にはキッチンコーナーはないのだそうだ。共同の調理室にもオーブンはなし。アレックスさんには、お台所を貸してくれそうな家族持ちの人は居ないそうで、八方手詰まり。 「ブラスターのエネルギーを最弱にして、ビームを絞らず発散させ、グラタン皿に当てたらどうだろう？」 僕は、思いっきりこけた。ご本人は至極真面目なんだから余計に力が抜けちゃう。 結局、食堂のシェフに頼んで焼いてもらった。アレックスさんと向かい合って食べると、僕の作った料理でも、高級レストランで食べている気分になる。不思議だな。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ”日々是鍛練” お休みといえども、アレックスさんはトレーニングを欠かさない。四肢が人工物のため、人並み以上に健康に注意しなければならないのだそうだ。僕も、水泳用具一式を持ってきて、お伴した。官舎に付属して、物凄く大きなプールがあった。そこで、距離にして五キロほど泳いだ。 アレックスさんは、泳ぎがうまい。速くて、フォームも綺麗だ。僕は、速さこそアレックスさんに勝ってるけど、フォームはメチャクチャだもの（”真の意味での自由形だね”って言われちゃった。） 泳ぎ終わって、さすがに疲れちゃった。（アレックスさんてば、本気で勝負するんだもの。）二人で、プールサイドの椅子に座っていたら、水着姿の女の人たちの視線が僕たち・・・・・いや、アレックスさんに集まっていた。気持ちは判る。僕だって、見取れちゃうもの。あーあ。僕ときたら、今だに大人になれないはみ出しものだもの。そう言ってため息を付いたら、 「僕は、今のままの君でもいいと思うけれど。可愛らしくって。」 とおっしゃる。 「背がないと、キッチンの上の棚から物を取るときに、踏み台を使わないといけないし、仕事のときも何かとキャプテンたちに迷惑を掛けるんです。一応、人並みに大人になってみたいですし・・・・・」 これが、僕の偽らざる想いである。 元に戻るが、僕たちの近くを歩いていた女の人達が、こんなことを言っていた。 「やはり、いつ見ても素敵ね。あの人。」 「駄目よ。彼は。」 「あら、どうして？」 「ほら、例のジェノサイトの・・・・・」 「でも・・・・・素敵っ 」 どうでもいいが、アレックスさんはキャプテンが好きなんだから！キャプテンだってアレックスさんが好きなんだから、割り込む隙なんか有りませんからね！ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日は、双六で遊んだ。アレックスさんは、やるのが初めてだそうで、 「単純だが、おもしろいね。」 六回も続けてやった。 アレックスさんの部屋には、監視用のカメラがあって、時折動いているような気がした。僕が、カメラに向かって、手を振ったり、ブイサインを出したりしていたら、アレックスさんが、 「君は、あまりここに来ない方がいい。この部屋に来ると、君まで監視されてしまうよ。」 と、気遣ってくれた。でもいいんです。僕は監視されるのに慣れているから。もっとも、海洋生物学研究所では、僕を監視することが馬鹿らしくなったとかで、二年で監視の人が辞めちゃったな。 双六のコマの一つに ”遊園地で遊ぶ。一回休み” というのがあった。アレックスさんは、遊園地に行ったこともないそうで、僕だって一回しか行ったことがないけれど”メリーゴーラウンド””ジェットコースター””ソフトクリーム”知っている限りのことを話したら、 「行ってみたいなあ。」 アレックスさんは、ちっちゃな子供みたいに瞳を輝かせていた。僕も行きたかったし、（この間は、キャプテンとナイジェルさんの様子を見るために神経張りつめていたから周りの状況が判らなかった。）とんとん拍子に話が進み、二人揃って、セフトさんの所に外出許可を取りに行った。その時のセフトさんの顔ってば！ 長い間、待たされたけど、許可がおりた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ お弁当持って、水筒下げて、ピクニックシートリュックに入れて、僕は官舎へアレックスさんを迎えに行った。出て来たアレックスさんは私服を着ているにもかかわらず、なんでだか軍人さんだということが判っちゃう。・・・・・内ポケットのレーザーガンは一先ず置いてきてもらった。（アレックスさんは、遊園地を何だと思っているんだろう。）そのあと、洋服屋さんにいって、水色のジャッケトを着てもらった。・・・・・あんまり変わらなかった。何着ても目立つんだ。この人は。 遊園地に入ってもそれは変わらないで、女の人が、何かに付けて僕らの周りをちらちらしてた。あんまりうるさくて、嫌になってたら、アレックスさんは、 「僕のことを、パパって呼んでご覧。」 とのたもうた。 効果絶大。女の人は消えた。（待てよ。僕がアレックスさんの子供に見られたって、どういうことかな。）ああ、でも楽しかったな！遊園地ってとってもとっても楽しい！乗り物や、パレードの素晴らしさもあるけれど、やっぱり僕は遊園地の雰囲気って物が、楽しさの源だと思う。そして、自分のそばにアレックスさんが居てくれるってことも。 ジェットコースターで、しがみつける人、射撃場でちっともあたらなくてしょげている横から、大きな縫いぐるみを渡してくれる人、ソフトクリームや、メリーラウンドに歓声をあげる人、僕のお弁当を誉めてくれる人・・・・・アケルナルの人たちと同じに、優しい人・・・・・僕は、ますますアレックスさんが好きになってしまった。でも、ショックなことを知ってしまった。アレックスさんは、作戦行動以外で外出するときには、体に爆薬をセットされるんですって。腕時計に似た金具。何ですかって聞いたら、 「ただの爆薬さ。」 ・・・・・僕、泣いてしまった。その僕をアレックスさんは慰めてくれた。 「泣けるのはいいことだよ。僕は、もう滅多に泣けなくなってしまった。」 僕は、泣かなくて済むものなら、泣きたくないんだけれど・・・・・泣けなくなるってどういうことだろう？ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日は、アレックスさんのＦ級待機最終日。僕のアパートに来てもらった。 冷蔵庫の中身を引っ繰り返して、五目炒飯でパーティーをしようって、昨日の帰りに決めたんだ。 「僕は何をしよう？」 エプロンをかけながら、アレックスさんは言った。（エプロンかけてても格好良かったなあ。） 「冷蔵庫の物、適当に微塵切りにしてください。具が多いほど美味しくなりますからね」 僕は、刻むのをアレックスさんに任せて、食後の杏仁豆腐を準備した。 次に、中華鍋に油をしいて、ニンニクと卵を炒めた。そして、アレックスさんに、刻んだものを入れてもらった。その瞬間、僕の目は真丸になっていたに違いない。 アレックスさんの入れたもの 長ネギ、ハム、シイタケ、サヤインゲン、ハクサイニンジン、タマネギ ここまではいい。普通だ。 キュウリ、トマト、リンゴ、タカノツメ 百歩譲ってここまでもいいとしよう。 福神漬け、チーズ、牛乳、オレンジピール・・・・・ 駄目だあ。アレックスさんは、料理に関して何にも判っちゃいないんだ！士官学校って、戦場での食料調達法はやってるってロマノフさんに聞いたことがあるけど、げてものばかり調理してきたに違いない。 「いや、御免。カイユン、君の期待に添えなくて・・・・・」 御免じゃ済まない！そのあと、調味料を工夫して何とか食べられる味にしたけれど、炒飯というより、ドリアになってしまった。 それでも、楽しい食卓になった。僕は、キャプテンがここに居たら、もっといいのになと思った。夜、遅くなるまで話をしていたんだけど、僕はとろとろ眠ってしまったらしい。 おぼろげに、アレックスさんが僕の頭を膝に乗っけてくれたことを覚えているが、目を開けたら、僕は布団に寝ていて、アレックスさんは居なかった。そして、ロマノフさんがにっこり笑ってお早ようと言った。アケルナルが帰ってきたんだ。僕も、お早ようと言った。 ロマノフさんに聞いたら、昨日の夜遅く帰ってきて、僕の様子をみにきたら、アレックスさんが居たので、ソーンダイクさんも呼んで、残っていた炒飯を肴に三人でお酒を飲んだのだそうだ。起こしてくれれば良かったのにな。さて、三人で、何を話したのかしら？ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ アケルナルの台所は、メチャクチャになっていた。今日で掃除三日めだ。 「誰が悪いんです？」 僕が聞くと、 「ここに居なかったカイユンが悪い。」 と、マリオさんは言う。 僕としては、責任の半分以上はマリオさんにあるとにらんでいる。カンビールの蓋が異様に散らばっていたんだもん。 今日、キャプテンに、私室に呼ばれた。一人で居た間、どうだったか質問されたのだ。キャプテンは、ロマノフさんから、アレックスさんと会ったことを知らされていたらしく、気になったのだと思うな。 僕は、ベンや、アレックスさんと何をしたか、逐一報告した。キャプテンは、涙を出して笑っていたが、 「あたしも、その炒飯、食べたかったな。」 とおっしゃった。 僕は、本当は、 「会いたかったわ。」 っておっしゃりたかったのだと思う。ね。キャプテン |