また、アパートに帰って来た。お店で買ったござを床にしいたら、マーリナ２の僕の家を思い出した。床の上に、大きなござをしいて、栄光兄さん、飛龍兄さん、賢雄兄さん、僕、の四人で一つの部屋を使っていた。秋に一回、ござを替える。草の匂いがぷうんとして、そりゃあいい感じだったな。 しばらく、べたっとござになついていたけれど、突然肉まん、あんまんが作りたくなって、さっそく作ってしまった。 母さんの手伝いで覚えたとおりに、豚の背脂、ごまをたっぷり使ってあんにしたのだけれど、すりばちであたる時、ソーンダイクさんにも手伝ってもらった。 ソーンダイクさんは、アケルナルの計器管理プログラムの改良をやっている途中で、交替交替にごまをあたりながら、生活プログラムの改良の注意点について話し合った。 ソーンダイクさんは、仕事上のことは澱みなく話す。僕としては、日常の会話をもっとしたいのだけれどな。毎日挨拶してくれるようになったのは嬉しいけれど・・・・・ 予想より、皮が大量に出来てしまったため、肉まんも作った。あんまん二十八個、肉まん十五個。どう考えても、僕たち三人で食べられる訳がないので、アパートの人にお裾分けにいった。引っ越しして、挨拶に行ったときもそうだったけれど、アパートの人たちはびっくりしていた。マーリナ２とは違って、”近くに住んでいるから”どうのこうのってことがないみたい。 射撃練習のとき、ロマノフさんとキャプテンに食べてもらった。甘いものが苦手なロマノフさんも”コクがあるね”と言ってくだすった。 母さんの味が誉められて嬉しい。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 夕飯の後、通信機ででマリオさんに、”肉まん余っているんですけど、要りますか？”と聞いてみたら、意外にも”有り難くいただく”という返事だったので、真空パックにした肉まんを届けに行った。 僕が、一人で来るような安全な所ではない、ということで、待ち合わせたのだけれど、待ち合わせの場所もお世辞でも安全とは言えないような所だった。 やくざさんのような人が多かったので、道の端に寄ってバッグを抱き締めていたら、知らないおじさんが 「坊や、中々可愛いね。」 等と言って、笑いながら通りすぎて行った。 マリオさんは、時間ぴったりにきた。僕が帰ろうとすると、 「待てよ。今日は、お前に社会勉強させてやろうと思ってきたんだ。」 と、僕の手を握って放さない。僕は”夜更かしはいけないんですよ！”といったのに、否応なく引きずられてしまった。 初めに、いわゆる酒場に連れていかれた。お店は薄暗くて、息苦しい匂いがしていた。ぶつぶつ独り言を言う目を充血させたアル中のようなお爺さん、二人で陽気に騒いでいるおじさん、隅の方で静かにグラスを見つめている人・・・・・色々な人がいる。共通しているのは、僕が今まで付き合ったことがないような人ばかりだということだ。 僕は、マリオさんに飲むようにしつこく勧められたけれど、頑として断ってソーダ水を飲んでいた。少量のアルコールは確かに体にいいらしいけど、僕は、たとえ大人になったとしても飲みたくない。これは、父さんが一滴もお酒を飲まない人だったこともあるのかもしれない。 妙な煙草のようなものを吸っている人が居たので、マリオさんに尋ねたら、合法だけれど、軽い幻覚作用があると言う。”体によくありませんよ。やめた方がいいと思います。”と言いに行ったらなぜか殴りかかってきた。護身術の定石通りに一先ず逃げているうちに、マリオさんがぶちのめしちゃった。あそこまですることなかったと思う。 マリオさんは上機嫌で、 「次は、ダンスでも見に行くか。」 と、倒れた人を抱き起こしていた僕を、又も引きずって行った。 思えば、その時”ダンス”っていうのが何か聞いておくべきだったんだ。入った小屋は、赤っぽい照明がゆらゆらしていて、ファアンとした音楽がかかっていた。舞台には、綺麗な踊り子さんがいて、ステップを踏んでいた。酒場よりは健康的な場所だな、と思って僕は見ていた。 初めは、それが、そういう踊りだとは気付かなかった。踊り子さんは、着ているひらひらしたものを、一枚づつ客席に向かって投げていった。マリオさんは、口笛を鳴らしていた。それから後は混乱しているけれど、マリオさんによれば、”どうだ。お前も十八の男なんだから、こういうのが嫌いなはずねえだろ？”と僕の顔を見たとき、僕は瞬き一つせず、目から涙を滝のように流していて、踊り子さんが、最後の一枚を投げようとしたとき、声を上げて泣きだしたのだと言う。 僕の声は、まだ甲高い。そんな泣き声があがったので、踊り子さんもびっくりして、舞台から落ちて、場内は騒然となったらしい。 僕は、裏の方で、しくしく泣いていて、あまり泣いたせいか、気持ち悪くなって戻してしまった。 マリオさんはあきれ顔で、それでも僕のそばに立っていた。 「お前なぁ・・・・・感動のあまり泣いちまったのか、それともおっかさん恋しくて泣いちまったのか、それとも、亜人間っていうのはこういうものなのか、どうなんだ？」 僕は、その時にはなんで泣いたのか判らなくて、ただ泣いていた。そうしたら、舞台から落ちた踊り子さんが（ちゃんと服を着て）来てくれた。マリオさんを知っているらしく、 「馬鹿ね。ちっちゃな純粋な坊やをこんな場所に連れてくるなんて、どういう了見なの。マリオ。泣くの、無理ないわ。」 と言ってから、僕の頭を撫でてくれた。 僕は不思議だった。さっきまで、舞台の上にいた人とは別人のような、穏やかな感じの人だった。 「だがな。エレーヌ、こいつ、こう見えても十八だぜ。」 マリオさんが言うと、エレーヌさんは声を上げて笑った。 「マリオの言うことだから嘘じゃないでしょうけれども。この子はあたし達の世界の子じゃないわ。堅気の子よ。・・・・・マリオ、この子に余計なこと教えないほうがいいわ。どうせ、大人になれば、どんな奴でもここにくるような奴になっちゃうんだもの。無理矢理そうさせることないわ。・・・・・その子に構う暇があるならあたしと付き合ってね。今日は一先ず、坊やを連れて帰って。」 僕は、肉まんを一つ、エレーヌさんに渡した。 「あたしが、こんな女でなかったら、あなたに”遊びにきてね”っていうんだけど・・・・」 エレーヌさんは言った。僕は、”こんな女”なんて自分のこといわなくていいのに、と考えていた。 吐いたせいで、ぼくの顔が真っ青だったので、マリオさんが近くのホテルに担ぎ込んでくれた。 大きなベッドに座って、うつむいていたら、僕が泣いてしまった訳がはっきりしてきた。僕は、踊り子さんにジョセフィーヌさんを重ね合わせていたんだ。判ってもらいたくて、マリオさんに話したんだけど、 「いや。昔やっていたってことはあるだろうな、今度やってもらうか？」 なんてひどいこと言ったので、布団や枕を投げ付けてしまった。 「・・・・・お前な。ストリッパーや娼婦のこと、嫌いだとか、見るのもいやだとか考えてないだろうな。・・・・・俺は、女たちが好きだ。あいつらにはあいつらの生き方ってもんがある。それに、口出しは無用だぜ。」 そんなこと判ってるってば！ 夜遅くなって、グウグウお腹が鳴りだした。マリオさんは、肉まんを取り出して、 「こいつは加熱済みだろ？ならこのままでも食えるな。」 と、ムシャムシャやりだした。僕も分けてもらった。 ホテルで、手作り肉まんを食べた人って中々居ないんじゃないかしら？ マリオさんは、”大体の様子は判っただろ？また行こうな。” といったけれど、僕に、行く気はない。エレーヌさんの言うとおり、大人になったらみさかいつかなくなって行きたい行きたいって騒ぐかもしれないけど。 やっぱり、女の人くいものにするみたいで、あんなとこ、いやだ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ソーンダイクさんに、昨日あったことを朝ご飯のとき話したら、 「・・・・・需要と供給の相関関係・・・・・」 とかなんとかよく判らないこと言われた。 ロマノフさんは、マリオさんに一言言ってやろう、とうけあってくれたが、僕が、泣いてしまったことについては”自制心が足りないね”と注意された。 射撃練習で、的をマリオさんだと思って撃ったら、見事に命中した。複雑な心境だったなぁ。それでも、ロマノフさんが左手で撃つのよりずっと下手。 笑ってしまおう、ははははは。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ アケルナルの工作室で、爆弾の作り方の初歩をマリオさんから教えてもらっている。 その教え方というのが、とても変わっている。一応、コスモアーミー発行の”爆発物教本”を持っていったのだけれど、役に立たない。マリオさんの手書きの小冊子（僕が肺炎起こしたときのお見舞品）をネタに、いきなり実践から入る。いくつかの成分を調合して、その割合で、爆破力が、どう違うか。およそ何もないようなところで、爆破を起こすにはどうすればいいか。実験しながらやるものだから、指先、顔が煤けてしまった。マリオさんは、慣れているせいか、綺麗なもんだ。僕だって化学実験は何年間もやっていたんだけどな。さすが、プロは凄い。 マリオさんの爆薬講義［初歩編］は五日間で終わる予定だそうで、”本来は、受講料を取るところを特別にただでやってやる”お礼とはいわないけれど、お昼のカツサンドに、ビールをつけてあげた。 「マリオさん、いつから爆弾作ってたんですか。」 って聞いたら、 「そーだな。十歳前後だな。お前と違って早熟だったから。」 爆破の天才はにやりと笑って、おかわりを請求した。その手をぴしゃんとたたいて、オレンジジュースをついじゃった。 「でも、爆弾作りなんて、お家の人に叱られませんでしたか？」 「忘れたな。」 そうして、冷蔵庫に缶ビールを取りに行ってしまった。 結構遅くなったので、今日はアケルナルに泊まることにした。共有している部屋の僕のスペースに自然科学雑誌やお料理の本を大量に持ち込んだら、 「嵩張るから、ディスクに入れちまえ。うっとおしい。」 と、呆れられたが、僕は、本をぺらぺらめくるのが好きなんだもん。”家庭の友”という雑誌に可愛いティーコジィーの型紙と図案があったので、アルテミスで買ったポットに合わせて作ってみている。”お前、本当に男かよ？”というつぶやきは黙殺することにしよう。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 緊急呼び出しブザーが鳴ったので、飛び起きたら、ソーンダイクさんが船体の横に立っていた。 「どうしたんです？」 エアロックから入れてあげて尋ねたら、 「朝食をいただきにきました。」 昨日僕はこっちにいるって連絡はしたのだけれど、どういう訳かしら？ ともかく、ご飯は大勢で食べたほうがいいので大歓迎。 今日の爆破講義は、”いかにしてエレガントな時限装置の配線をするか”だった。 「どーだ。ここをこうやると美しいだろう？」 綺麗とか汚いとかで議論してほしくない。マリオさんの講義は、基礎的なこと、つまり、本を読んだだけで理解できるようなことは全くやらないから、とてもたいへんだ。でも、おもしろい。 「どんな先生に習ったんです？」 「我流さ。他人からインスピレーションを得ることはあってもな。」 「インスピレーション？」 「ああ。例えば、金髪の女と寝ているときは・・・・・」 僕は、その時、夕食のデザートを（マリオさんの苦手な）トライフル菓子にしようと決心した。 資財部から、注文しておいたフードプロセッサーと、宇宙船用一般調理ユニット（これで、ガスボンベとはさよならだ！）、食器戸棚が届いた。 ケイトさんの手紙が入っていて、”あなた、シークレットなんてやっぱり嘘でしょう？どこかの料理長の助手さんじゃない？”と書いてあった。 作業ロボットに据え付けをしてもらっている間、プロセッサーを試していたら、マリオさんとソーンダイクさんが興味を示し、いろんなものを刻んでしまった。これには僕も閉口して、 「責任取ってくださいよ！今日の夕飯、これを使ってお二人で準備してください！」 マリオさんが逃げそうだったから、 「逃げたら、ロマノフさんに、マリオさんの弱みを教えてもらいますからね！」 と、付け足した。 結局、二人は、刻んだ野菜をまとめて炒めものにしてしまった。味は・・・・・言うまい 僕とソーンダイクさんは、ぼくの焼いたトライフル菓子でお腹を充たした。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ソーンダイクさんが居着いてしまったので、ロマノフさんもやってきた。ロマノフさんは僕たちの面倒をみていてくださるために、お隣にいたのだものね。 「あーやだやだ、群れるのは。」 僕に洗濯任せて、掃除任せて、食事任せてこんなこという某氏は調子がいいとしか思えない。人間は群れるように出来ているんだからいいじゃないですか。 カーテンの洗濯をして、また貼り直した。外してしまおうという意見もあったけど、僕は、家というものには窓があって然るべきだと思うので貼っておきたい。決して某氏の言うような”手ぬぐいの代わり”ではありません。 今日の講義は”爆薬の無力化”真管抜き損ねて、六回ほど死んだらしい。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「男所帯に蛆が沸く」 とは、マリオさんの言葉だが、今日から男所帯ではない。ジョセフィーヌさんがいらしたのだ。 「待機だってのに、なんでこんなにそろっちゃってるのよ。」 いつもの黒いジャンプスーツ姿だけど、キャプテンが来ただけで、雰囲気が明るくなる。 キャプテンは、カーテンと、フードプロセッサーと、ティーコジーをみて、疲れたようだった。 明日から、命令でシエナ星域に行くそうだ。荷物は封印されていて、何が入っているか判らないけど、緊急だそうだ。 例のダンスの件もあって、キャプテンのことが気になったので、アケルナルのなかでやってほしいこと一覧表をお渡しした。 ＠ 体調悪いときはすぐ言うこと ＠ 部屋は閉めておくこと（特に、着替えてる時） ＠ シャワーの使用については、誰がいつ使うか確認しておくこと ＠ 共同洗濯篭には下着を入れないこと ＠ あまりラフな格好しないこと ＠ 部屋で、男の人と二人きりにならないこと 大笑いされた。 「僕たちだって、いつ狼にならないとも限りませんからね！」 といったら、 「やってみたら？カイユンみたいな狼だったら、逆に赤頭巾にたべられちゃうかもよ？」 そんなもんかな。 今日の講義は”じゃじゃ馬爆弾の制御法”なんのこっちゃ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ワープ前に、 「瀬戸物の固定、確認します。」 と席を立ったら、キャプテンに怒鳴られた。 輸送が目的なものだから、容赦なく長距離ワープを連続でする。薬を飲んでいるせいか、そう苦しくはない。ロマノフさんは”慣れたんだね”という。 シエナは、この調子で、ワープを続けて二日かかる。 「普通の軍艦にはこんなハードスケジュール絶対にやらせないんだろ！この人非人！」 キャプテンは、時々スクリーンに現われて先をせかすアレックス ギダー中尉に噛み突いている。僕は、お二人の顔を代わるがわる眺めながら、”似合うなぁ。”と言ったら、マリオさんにどつかれた。 今日は、講義最終回”爆薬の愛と死”（爆弾不発の原因と再利用法）のはずだったけど、忙しいので、持越だ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ワープ、ワープ、ワープ！ ソーンダイクさんがついに倒れてしまったので、僕がオペレーター席に座った。ワープ機関も相当疲れているのじゃないかしら。 中尉さんに伺ってみたら、 「機械は疲れない。」 とかわされた。でも、ウインウイン唸っている音を聞くと、一生懸命頑張っているって感じがするんだ。 シエナに着いて、向こうの責任者に、預かった箱を渡して、皆倒れるように眠った。だから、これを書いているのは朝。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ”ウインウイン唸りながら働いたワープ機関は偉いですね！” と、帰りの航行プログラムを打ち込んでいらっしゃるキャプテンにお話したら、血相変えられて、点検にいらした。 ワープ機関は唸ってはいけないのだそうだ。あまり働かせすぎてなにかがずれたらしい。ずれによって発生した超音波をぼくの耳が受け取ったという訳。シエナで整備してもいいけれど、リマンに戻ったほうが何かあったとき便利であり、今すぐ壊れるということもないようなので、ワープ機関をなだめなだめ飛ぶことになった。 「ワープ機関も疲れちゃったのよね。」 キャプテンはおっしゃった。僕とおんなじ言い方してくださったのが嬉しい。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ シエナで仕入れたアルコールで正体を無くした某氏をたたき起こして延び延びになっていた講義をしてもらった。”少し酔っていたほうが口の回りがいい”というの、本当かなぁ。 ソーンダイクさんに、おかゆを煮て持っていったんだけど、眠ってたので、暖め直したら、糊になっちゃった。糊は僕が食べて、また煮なおした。 ワープ酔いの症状は、”ここがこういう風になっているからこういう薬を飲めばいい”なんてはっきりしたことは判っていない。栄養取って、静かに寝ているのが一番らしいけど、ソーンダイクさん苦しそう。 何にもならないけど、今日の夜付いていてあげよう。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ソーンダイクさんの代わりでオペレーターをやってると、アレックス中尉さんの通信はまず僕の所に入る。 「おはようございます。ご機嫌いかがですか。」 てなことを言うと、中尉さんは不機嫌そうだった。 「今日の夕飯は、ポテトグラタンなんですけど、中尉さん、お好きですか？」 夕食並べているとき通信があったので、エプロンかけたまま（だって、通信にはすぐ出なくちゃいけないって言われてるから）グラタン皿持って出たら、にっこり笑ってくださった。 「君、君はたいした坊やだね。」 中尉さん、笑った顔の方が素敵だな。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ワープ機関の唸りが大きくなったので、念のためざっと調整することになった。 といっても、ワープ機関に直接手を出せるのはキャプテン一人、ロマノフさんと、マリオさんが手伝いで、復活したソーンダイクさんが計器をチエック、僕はサンドウイッチを作ったり、アイスコーヒーを持っていったりするしか能がない。 アレックスさんに、調整していることを言ったら、 「それは心配だな。」 と言ってくれた。 アレックスさんは、コクピットに僕しか居ないときちょっと力を抜いて話しているような気がする。キャプテンや、マリオさんには、徹底的に嫌われているのが判っているせいかしら？ 高圧的態度に出ないで、気障なしゃべり方さければいいのに。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「リマンでもう一度整備したほうがいいけど、もう、唸らないでしょ？」 ワープ機関のそばで、キャプテンに言われた。たしかに唸っていなかった。それにしても、ワープ機関は、ちょっと変調起こしたら、全部取り替えるのが鉄則だと思っていたけど、キャプテンの腕は鉄則なんかものともしなかったことになる。 「熱いミルクティーかなんか欲しいわね。」 「・・・・コーヒー党じゃありませんでしたっけ？」 「あ、そうだわな。コーヒーならなおいいや。」 味覚も混乱してらっしゃるようだ。 ロマノフさんも、キャプテンの腕については、嘆息していた。 ともかく、早く帰れることになって良かった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ワープは順調に進み、少し暇が出来た。 ロマノフさんの部屋に遊びに行ったら、ロマノフさんは、ペンダントの３Ｄ写真を見ていた。いけないときに来ちゃったかな、と思って出ていこうとしたら、引き止められた。 奥さんと、娘さんの写真。奥さんは、ロマノフさんの肩に寄り添って、娘さんは、ロマノフさんに抱かれていた。奥さんのナターシャさんは、とても優しそうな人だった。アニタちゃんは、黒い目のくりっとした元気そうな子だった。二人とも、スパイ戦に巻き込まれて殺されてしまったのだ。 なんて言ったらいいのか判らなかったら、ロマノフさんの方から話してくれた。 「私には過ぎた妻だったよ。十歳も上の、諜報員なんかと一緒になったりしなければ、幸せになれただろうにな。可哀相なことをした。・・・・・私の生活をこの上もなく暖かいものにしてくれたのに。」 そうして、悪戯っぽく笑うと 「カイユン、早い所、ナターシャのような素敵なお嫁さんを見付けることだね。」 なぁんて言う！ 「僕、発情期まだだし、もしお嫁さんもらってもその人幸せにすることできないと思います。」 真剣に言ったら、ロマノフさんも真剣に、 「マリオに聞かせたいものだね。」 ところで、マリオさんは、自分で言うほどには、女の人と遊んでいないらしい。（特に最近） 「本当に好きな子でもできたんだろう。」 と、ロマノフさんは自信たっぷりに言う。 はてさて、そうなのかな。 マリオさんに聞いてみたら、 「余計なお世話だ！」 はいはいはい・・・・・ 夕ご飯の後、ソファーで雑誌を読んでいるロマノフさんの横に座った。小さい頃よく、父さんとこんな風にしてたな。父さんは、ご飯を食べるとすぐ”ああ、眠い。”と言って、わざと僕の方にもたれかかって来た。僕もわざと”重いよ！潰れちゃう！”と叫んで、二人でしばらく遊んだものだ。母さんが”いい加減にしなさいね。”と、食後のお茶を運んできてくれるまで。 懐かしいなぁ！ ロマノフさんも、アニタちゃんと遊んであげたんだろうな。きっと、とても優しいお父さんだったに違いない。・・・・・ロマノフさん、寂しいだろうな。でも、そんなことを自分から言ったりしない。皆さん、寂しさや悲しさを自分の中にとじこめているようなところがある。 僕なら、外側に出してしまうんだけど。 自分の中にとじこめる、ということが、大人ってことなのかしら。僕は、家族の写真をロマノフさんに見せた。そして、”寂しい、寂しい”って言ってしまった。それは、ロマノフさんが大人で、僕のことを受け止めてくれるからこそ出来ることなんだろうな。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 昨日、家族写真を見ていて、かなりぼろぼろになってきたのに気付いたので、補修することにした。（ああ、無理してでも、映像化してもらうんだった。マーリナって辺境だから、３Ｄは一般的じゃなかったもの。フィルムのネガは持ってるけど・・・・・） 例によって、マリオさんが嘴を突っ込んで、”お前の家族ってのは見れば見るほどがっしりして人間離れした体形だな。”なんて言う。 「人間じゃないんですから！」 少し強い調子で言ったら（だって、細かい作業していたのだもの。） 「ああ、悪い悪い・・・・・えー、で、なんて名前だったかな。俺の目から見りゃ皆同じ顔だが。」 ・・・・・これで何回めだろう。マリオさんに教えるの。何回教えても、 「俺の耳には皆同じに名前に聞こえる。」 といわれるので、漢字を書いて、名前の意味も言ってみた。すると、マリオさんはびっくりして僕の書いた紙をまじまじと眺めた。そして、 「これが文字か？なんちゅう不経済。複雑なだけじゃないか。こんなの使う奴の気が知れん。」 これはひどい。なんたって”漢字”は、父さんのライフワークなんだもの。口げんかになっちゃって、キャプテンたちが飛んできた。 僕のヴォルテージはかなり上がってたらしくて、マリオさんも閉口していたらしい。ほっとしていた。 そんなこんなで、今日の三時には文字、言語談義に花が咲いた。 ソーンダイクさんは、漢字に感心したらしく、僕に何回も書かせた。文字は、簡略化の方向にあって、その中で、古代的表意文字が生きていることは非常に興味深いことなのだそうだ。僕は、ソーンダイクさんに、マーリナで、文章を書くときは”略体文字”を使って、漢字はほとんど書かれていないことを話した。 「てぇことは、言語体系も連邦標準と違うのか？」 マリオさんの問いに僕は頷いて、マーリナ語でしゃべってみた。何か判らないけど感動されてしまった。五人のうちで、宇宙連邦標準語以外の言語を話していた人が居ないかららしい。小さい頃から習ってると違和感ないんだけども・・・・ でも、同じ連邦標準語でも、出身星によって訛りがある。マリオさんはドルガ星の出身なんだけれど、小さい頃使っていた発音で話してもらったら、大笑いしちゃった。ドルガは交易星で、宇宙の交差点といわれているから、いろんなものがごっちゃになって不思議な発音を作り出しているみたい。 ロマノフさんは、十年ほどグリーンヒル星で暮らしていたそうで、その星の発音はＲ音に特徴がある。 ソーンダイクさんの抑揚の無い話し方は訛りではないらしい。（よく判らない。） キャプテンは、リマンで生まれて、上流階級の教育を受けていらしたから、五人のうちでは一番綺麗な発音をなさっていると思う。（言葉遣いは悪いけど。ちなみに、学校で使っていた言葉には”恐怖のセントメアリ女学院訛り”と言うのがあるらしい。） キャプテンに、 「自分の星の言葉が標準語以外にあるって素敵ね。それと、あたしもあの漢字っての、気に入ったわ。」 といわれた。父さんに聞かせてあげたいな。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日は、いつもはグチャグチャになってしまうチーズオムレツが綺麗に出来たので嬉しい。 大体において、僕の料理はあまり見栄えが良くない。そして、優雅な名前も付いていない。さらに、一般に世間で呼ばれている料理を作ろうとしても、その名からかけ離れたものが出来てしまうことがある。 料理の本は参考にしているけど、”最終的に薄かったら塩を加え、辛かったら水で薄める”式の仕上げがいけないのかもしれない。 味さえなんとかなっていれば・・・っていう考え方もあるけれど、やっぱり形も伴わなくてはね。食事って、空腹を充たすだけのものじゃあないもの。 夕ご飯の後、グリーンティーを出してみた。すこうし冷ましたお湯を煎茶に入れてしばらくすると、まろやかな甘さがお茶にしみだしてくる。ちょっと出しすぎたかな。僕は大好きなんだけど、他の人は”たまにはいいかな”って顔だった。ちょっと残念。 夜、ワープ機関の基礎理論を勉強していたら途中で判らなくなってしまった。 「あああ、やっぱり僕の頭じゃ無理かな。」 と呻いていたら、マリオさんが助け船を出してくれた。（積極的でも優しくもなかったけど。） マリオさんは、高等教育を受けていないって話を以前していたようだったな。本当かな。だとしたらすごい。物理学全般に相当な知識を持ってるなって思う。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ あー。まだ生きてる・・・・・。 今日、リマンに帰って来た。 でも恐かったなぁ。まだ心臓がドキドキしてる。 なぜって、大気圏突入開始のその時になっていきなりキャプテンが操縦かんから手を離すんだもの！ いやな感じはしていたんだ。宇宙港官制に着陸許可の通信をするときに、”操縦法をしっかり見ておくためよ”とかなんとか言って、僕はパイロット席のすぐそばの補助椅子に座らされた。で、いきなり ”あー疲れた、カイユン、後頼むわね” だもん。 ゆらゆら揺れるレバーに飛び付いて、辺りを見れば、キャプテンはシートに寄り掛かって寝たふりしているし、ロマノフさんは”早くやりなさい”というように僕の目じっと見つめているし、マリオさんは ”なんとかしろ！死にてぇのか！” って怒鳴ってる。 なんとかって言ったって！ 計器を見て、角度を保って・・・・それは判っている。でも、僕はシミュレーションで何回も死んだ経験があるし、・・・・とにかく、余裕なんて全くない。 ロマノフさんの声に従ってとにかく機体を支持する。 「高度八万メートル。もっと絞れ！」 あわててレバーをさらに引く。 「もっとよ！しっかり！」 地表が近付くと、キャプテンが手を重ねてくださった。 「よーし、ナイスランディングだわ。」 宇宙港に無事に着陸した時点で、僕の手の上にキャプテンの手はなかった。ああ、やったんだな。僕、本物の宇宙船を着陸させたんだ。そう認識すると僕は安堵感から笑いだしてしまった。 マリオさんは、 「この船の性能が良かったからで、お前の腕のせいじゃない。」 といったが、僕は自分がまあまあよくやったと信じている。だって、ジョセフィーヌさんがにこやかに笑いかけてくださったんだもの。マリオさんとジョセフィーヌさんとどちらを信用するかと聞かれたら、迷う必要なんかないものね。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「十日間休暇よ。Ｃ級スタンバイ。コスモ・アーミーに目を付けられない程度に羽を伸ばしてきな。ただし、召集がかかったときは、速やかにアケルナルに戻ること。」 キャプテンはおっしゃった。 ロマノフさんは、ナターシャさんのお墓へ行き、ソーンダイクさんは何やらおもしろい発想が浮かんだそうで、プログラミングに没頭している。 僕は積極的に、行くところもやることも無いので、アケルナルの留守番役を買って出た。もちろん、僕も外に出たいときもある。その時はキャプテンの持ってらっしゃる通信機があるから問題ない。（・・・別に留守番役なんか居なくても構わないいんだよね。） アケルナルに居ると、結構やることが色々ある。お掃除、備品検査、工作機械操作の練習ｅｔｃ．十日間なんてあっと言う間。 資財部に、洗剤や、薬品と一緒に、ロマノフさんから頼まれた弾薬を仕入れに行ったら 「やっとシークレットらしいものを頼むようになったのね。それとも、どういう理由からかお台所で銃を使うのかしら。」 とケイトさんに言われた。近くにいた他の職員の方も笑った。何かわかんないけど、僕はここでは有名人になってしまっているらしい。ケイトさんは今度はチョコレートをおまけにくれた。 三日して、キャプテンがワープ機関用の部品コンテナと共に帰っていらした。初めの二日間は点検、後の五日は整備と調整。髪の毛ぎゅっと縛って、白いつなぎに着替え、ほとんど休息を取らない物凄さ。栄養だってドリンク剤から取る。睡眠時間はどう見たって三時間以下。僕がいくら、 「少しは休んでください。体がもちません。」 と、勧めても 「あたしは短期集中型なの。休み休みやるほうが能率が下がるのよ。」 そうは言われても、僕だって引き下がる訳にはいかない。 「キャプテンが休まないなら、僕も休みません！寝ません！ご飯だって食べません！」 作業しているキャプテンのそばで、枕とお盆を抱えて出来るだけ恐い顔して頑張っていたら、ようやく折れてくださった。 最後の二日間はロマノフさんも加わってくださった。僕はお手伝いできない分コクピットの整備（と整美）に没頭していた。ソーンダイクさんはロマノフさんと一緒に来て、マリオさんはいつのまにか来ていた。そう、十日が過ぎたんだ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ お客様が来た。 キャプテンの義理のお兄さんのアンリさん。 あんまり急なものでろくな準備できなくて、急いでクッキーとスポンジケーキを焼いたんだけど、ケーキは例によってしぼんでしまった。どこがいけないんだろう。本通りにやっているんだけれど。 アンリさんは静かで優しそうな人だった。キャプテンは一回も話したことなかったけれどなぜかしら。カーテンや、コーヒーカップや船の中の雰囲気に驚いていらした。僕たちが危険な人間だっていう先入観があったんだろうな。その先入観が引っ繰り返ったことを祈る。 それにしても、キャプテンの態度は淡泊すぎる！折角来てくれたのに、ほとんど話さないなんて！マリオさんは重力装置いたずらしてあわてさせるし、アンリさん、本当に御免なさい。 アンリさんが帰ってしばらくしてから指令が来た。今度は、豪華宇宙客船を海賊から守る仕事。うへぇ。キャプテンはお客さんとして潜入するんだって。”ぞろっとした服着るなんて真っ平御免だ！”って腐ってたけど、なんでそんなにいやなんだろ。僕、キャプテンが長いフワッとしたドレス着たらとっても似合うと思うのに。 でも心配。キャプテンと離れて行動するのは。だってキャプテン、時々無茶なことなさりそうなんだもの。キャプテンと一緒に潜入するという軍人さんが慎重な人でありますように。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 一昨日のスポンジケーキの残骸が、冷凍庫にしまってある。あれ、なにかに使えないかなあ。 甘味が強いからお菓子以外に考えられない。 ”カリントウ”になるかな、と思って揚げてみたけれどやっぱり”ふくらみ損ねたケーキ”の味。面倒臭くなって牛乳をどぼどぼ加えてミキサーにかけてしまった。”牛乳に浸した凍りかけのケーキ”の味だった。とにかく責任はとろうと一人で５００ミリリットルくらい飲んだ。胃の中がぽったんぽったんしていた。 最後はヤケ。捨てたくないし、冷凍庫に転がしておきたくないから必死で飲んだ。そうしたら、ソーンダイクさんがやってきて 「一杯ください。」 悪いと思ったけれど飲んでもらっちゃった。 ありがとうございます。 キャプテンは機嫌が悪い。夜、頼まれてコーヒーをお部屋に持っていったときも怒ったような顔してらしたので、壁を伝って恐る恐る机の上に置いてとびすさったら、余計睨まれた。 なんで昔のような生活するのがそんなにいやなことなのかな。僕には判らない。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ コスモ・アーミーから、潜入用の通信機、武器、洋服などが送られてきた。キャプテンが、洋服ケースをほったらかしにしてらしたので、 「キャプテン。僕、どんなドレスか見たいんですけど。」 と言ったら、 「勝手に開けたらいいでしょ。」 と、睨まれた。折角だから、開けさせてもらうことにした。ソファーの上で、ひらひらしたとっても綺麗なロングドレスを広げていたら、 「何にやにやしてる？顔をピンク色にして。・・・・・いや、お前、ちょっと着てみろよ。」 ・・・・・乗せられて着てしまった。お部屋からでてきたキャプテンは笑い転げて、”業務用”とか言うヘアピースとハイヒールとを押し付けて、嫌がる僕を押さえ付け、お化粧までした。初めはそんな風に笑ってたんだけど、（ロマノフさんまで笑った！）全部済んだら、神妙な顔をされた。 僕、可愛いんだって！そうかなぁ。鏡を見たら変な感じだったけどな。マリオさんは、 「好みのタイプじゃないが、それなりにいい女に見える。」 と言っていた。 「どんな人が好みなんですか。」 お化粧落としてから、（お化粧ってなかなか落ちないんだ。キャプテンになんとかっていう洗顔料貸してもらっちゃった。）マリオさんに聞いてみたら、 「一口で言えば、容姿にも、性格にも魅力がある女だな。一筋縄ではいかないような奴がいい。」 「ジョセフィーヌさんみたいな人はどうですか？」 言ってみたら、マリオさんは”あんなの論外だ。”と言った。どこがどう論外なのか判らないけれど、マリオさんと、ジョセフィーヌさんが仲良く並んでいる姿というのは想像できないのは確かだ。 「そういうお前はどんな女がいいんだ？まだ一人の女も抱いたことがねぇだろうがな。」 嘲ら笑うようにマリオさんは言った。 僕は優しい人ならいい。容姿なんかどうでもいいな。でも、僕みたいなのでもいいって言ってくれる人ってなかなか居ないだろうなぁ。・・・・・・子供が好きな人がいいな。たくさん子供が欲しいな。僕は兄弟が大勢居てとっても楽しかったもの。・・・・同郷の人とじゃないとそれは無理なんだけど。 ”兄弟ってのはそんなにいいものか？” と、マリオさんは言う。マリオさんに真面目な目で見つめられると変な感じがする。そりゃあ、喧嘩もするけど、いざって時には兄弟っていいものだよね。 マリオさんには兄弟が居ないらしい。 ”居るかもしれねぇが、俺は知らんし、たとえそうでもお前の言うような兄弟じゃない。” ってのは、要するに一人っ子てことだろう。 ”そうなんでしょう？” と確認したら、 ”お前には理解不可能な状況なんだ。” だって。 ソーンダイクさんはおそらく一人っ子だと思っていたら、意外や意外、 「三人兄弟の末子です。」 ロマノフさんは、笑いながら 「妹・・・・・が一人。」 キャプテンは、 「戸籍に入ってる兄弟は、アンリ兄さんの他に二人。ジャック ルノーが勝手につくった私生児は正確に数えたことないからわからないわね。少なくとも十人は居るでしょうけど。」 マリオさんの家族構成を伺ったら、本人が言いたがらないことをほじくり返さないほうがいいわ、とおっしゃった。それはそうだね。 そういわれたことを、マリオさん本人に話したら、 「お前にだけ、特別に打ち明けよう。実は、俺の母親は有翼人で、父親は地底人、兄弟は皆三つ目や四つ目の怪物なんだ。いいか、ジョー達には絶対内緒だぞ。」 ・・・・・・・・何はともあれ、この人は相当な大物だ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊ キャプテンは、ミラという客船に乗船しに、旅客用の宙港ビルへと出掛けていった。僕たちは、ミラの離陸を待ってその後を追い、護衛する。ギダー中尉さんの”スターファイアー号”も一緒に護衛するんだ。 キャプテンに、 「危ないことでくださいね。危なくなりそうだったら、コスモ・アーミーの人達に任せて逃げてくださいね。」 と言ったら 、”母さんみたいな事言うんじゃないわ。” なんて、言い返されちゃった。僕はキャプテンの義理のお母さんのエリザベスさんに会ったことはないけれど、一度お会いしてみたいな。キャプテンが、エリザベスさんのことをいう口振りからして、キャプテンにまさるとも劣らない、とっても強い、とっても素敵な人だって気がするんだもの。 ミラは無事、出発した。 僕は、離陸をさせてもらったんだけど、加速がむらでマリオさんに怒鳴られた。 その後、キャプテンに貰った全ページカラーのミラのガイドブックをぱらぱら見ながら過ごした。色々な設備が完備していてため息が出ちゃう。最高級の部屋じゃなくても部屋数が四つくらいあって、あれじゃ家族揃って住めちゃうな。いいなぁ。でも、シャンデリアとかたくさんあって掃除するのに大変だろうな・・・・あああ、こういう考えをみみっちいって言うんだろうな。 夕飯に、パンフレットに写真がのっていた”豚肉のフルーツ詰めクリームソース添えライナ星風”を作ってみた。 ソーンダイクさんに、 「豚肉の甘酢あんかけ風色は真っ白」 という名前を頂戴した。やはり、無理して気取ったものを作ると失敗するものだ。 今、これを書いている位置から肉視窓を通してミラの大きな船影が見える。 キャプテン、ご無事でね。お休みなさい。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日も一日ミラのパンフレットを眺めて過ごした。 いつか、こんな船に父さん達を招待してあげられるといいんだけどな。いまは、手紙の行き来すら出来ない状態だから、夢のそのまた夢なんだけど。あああ、手紙くらい許してくれたっていいのにな。リマンというところは、自分たちの押さえ付けが及ぶ範囲においては寛容だけど、その外側に出ようとするととたんに厳しくなるみたい。 一回ロマノフさんが、仕事のついでにクラッシャーに頼んでみてくれたけど、僕のふるさとのマーリナ２は高重力で豊かな海産物しか売り物がないもの。行ってくれる人なんか居なかった。 出す宛もなく書いた手紙の束だけがふえて行く。 でも、書く宛があるだけいいのかもしれない。僕に父さんが居て、母さんが居て、兄弟たちが居て、幸君が居て・・・・・そんな時間があったって言うだけでそれは素晴らしいことなんだ。会えなくたって、僕には母さん達の顔をすぐに思い浮べることが出来る。 ただ、それが六年前の姿だって言うのが寂しい。 宇宙はつながっているはずなのに、どうして行けないんだろう。 ・・・・・もっと楽しいことを考えた方がいいな。例えば、キャプテンが何してるかって事。 ダンス、とか晩餐会、とか音楽会、とか・・・・・連絡がないから何にも起こっていないのは確かだけれど、お元気かしら・・・・やだなぁ。また暗くなっちゃった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ スターファイアーから通信が入った。 肩幅の広いがっしりした軍人さんがスクリーンに映った。ムアヌ大佐さんという。 ロマノフさんに倣って最敬礼。大佐さんの威圧感で、一気に心搏数が三十ほど上がった。 アレックス ギダー中尉を見ていて、華麗な中にも一種の凄味があると思っていたが、大佐はまた違った意味で凄味がある。何か、こう、誰が何と言おうと動きはしないぞ！というような・・・・・ロマノフさんに険しさと、大きすぎるほどの自信と、あと、ほんのちょっとのお肉を付けたらあんな感じになるかしら。 大佐さんは、キャプテンと一緒に潜入した人が、何と、アレックスさんだと教えてくだすった。良かったあ。あの人なら大丈夫だ。 「なんで大丈夫なんだ。あの野郎が腕利きだって証拠がどこにある？」 マリオさんに言われてみると、僕はアレックスさんと直にあったことはないし、射撃や操縦の力を知っている訳でもない。 でも、僕はそう思うんです！ マリオさんは不機嫌そうだった。 思いっきり不機嫌そうで、だけどもいつもみたいに噛みついてはこなかった。案外マリオさんもアレックスさんのこと認めてるのかもしれない。 「でも、爆薬のことはマリオさんの方が断然上ですよね。」 言ってみたけど、相変わらず不機嫌そうだった。 なぜかしら。 ロマノフさんに聞いてもソーンダイクさんに聞いても 「放っておきなさい。」 「私にすら判るのに、判らないのですか？」 わからないったらわからないっ！ 身体の具合でも悪いのかしら。 時間的に大変だったけれど、マリオさんの好きなシチューを煮た。マリオさんは夕飯の時には良く笑って三杯も食べた。 一体何だったんだろう。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 妹の玉穂の夢を見た。 いや、玉穂だったんだろうな。僕には玉穂だって判ったんだけど、前のような玉穂じゃなかった。玉穂は大人になって母さんのように堂々としていた。 「玉穂！」 僕は叫んで追い掛けた。 玉穂は僕を避けるように逃げて行った。 飛び起きたら、寝汗をびっしょりかいていた。 家族のことは仕方がないけれど、僕はもう誰も失いたくない。 上の寝棚からマリオさんの規則正しい寝息が聞こえる。”マリオさんもですよ。”と心のなかで言ってまた目をつぶった。 キャプテンからはまだ連絡なし。”便りの無いのはいい便り。” ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 肉視窓から”ミラ”の船体を眺めていると、いつまでも飽きない。所々がキラキラしていてそりゃあ綺麗なんだもの。 「まるで餓鬼だな。」 マリオさんは言う。 しょうがないじゃあ無いですか。僕の精神年令は十三才なんですから。（半分強がり。） あそこにお客さんとしては乗れないとしても、船員としてなら乗りこめる可能性あったかしら？ 船長・・・・・とんでもない 航法士・・・・やだなあ オペレーター・お客さんの命預かっていてどじったりしないかしら？ 客室係・・・・身長が足りない ボーイさん・・これも身長が足りない 機関士・・・・技術がない コックさん・・素敵な名前のお料理が作れない 第一、超豪華客船の乗務員なんて柄に合わないよね。（父さんなら頷くところだ） しかし、シークレットの方がもっと柄に合わないはずだ。 将来の仕事・・・・もしも、僕があと十年先まで生き残っていられたとしたら、どんな仕事をしているのかしら。 シークレットであってほしくないものだ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 大佐から”ミラ”で軍人さんの一人が殺されたという知らせが入った。 やっぱり事件が起こってしまった。キャプテンはどうなさっているかしら。 「大丈夫だよ。」 ロマノフさんは言ってくれたけれど、僕はオペレートしながらも身体が冷たくなっていくのを感じた。その感じは今も変らない。 何回かシークレットの仕事をして、命に危険があったことはある。しかし、僕たちが居るすぐ近くで人が死んだことは一度だってなかった。 心配で、恐い。 なんだって人殺しをする人なんか居るんだろう。それがいいことだなんて思っている人なんて居ないのに！・・・・・そう思いながら、自分のことを考えてみる。僕はそんな偉そうなことが言えるのだろうか。 僕は、自分用の銃を持っている。爆薬の作り方も教わった。もし、身の危険を感じたり、僕の大事な人達の命が脅かされたり、命でなくとも、自分の欲しいものがそれで手に入るとしたら、人殺しをしないという自信はない。 キャプテン。早く帰ってきてください。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ロマノフさんが銃の手入れをしていた。 恐くなって部屋に帰ったら、マリオさんが爆薬の点検をしていた。 ソーンダイクさんは、オペレーター席で平和にコンピュータ点検をしていた。僕は、オペレーター補助椅子を迫り上げてソーンダイクさんにくっついて座った。 ソーンダイクさんは、いつもの通りで、濃いサングラスの下の顔はどんな表情なのか判らなかったけれど、逆にそれが僕の心を鎮めてくれた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 夜遅く、二番目の殺人があったという通信があった。お願いですから、僕たちからキャプテンを取らないでください。僕、キャプテンが好きなんです。 いまから百回書きます。 ジョセフィーヌさんを守ってください ジョセフィーヌさんを守ってください ジョセフィーヌさんを守ってください ジョセフィーヌさんを守ってください ジョセフィーヌさんを守ってください ジョセフィーヌさんを守ってください ジョセフィーヌさんを守ってください ジョセフィーヌさんを守ってください ジョセフィーヌさんを守ってください ジョセフィーヌさんを守ってください・・・・・・ （以下略 著者記す） ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ”ミラ”の情勢に変化はない。 ・・・・・ということは、ジョセフィーヌさんが無事であると同時に、殺人を行なった人も捕まっていないということだ。 胃が痛い。 昨日からしくしくしていたんだけれど今日は本格的だ。胃の薬を、沸かした牛乳で飲んだ。 ご飯の支度をしているだけでむかむかしてきてしまった。僕ってこんなに神経が細かったかしら。 これじゃいけない。僕は、安全な場所に居るんだ。その僕が参っちゃいけないよ。 そんなことを思いながら工作室でこれを書いている。 誰も居ないって事は時にはいいものだ。 他の人に、いらぬ心配をかけないで済むから・・・ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 胃の調子はどうにか良くなった。 ”ミラ”も異変なし。 気がもめる。 肉視窓からミラを見ていると切なくなってきちゃう。マリオさんじゃないけれど、アレックス ギダー中尉さんに任せておいて大丈夫かなぁ、なんて考えてしまった。 ワッチに立っているロマノフさんにもう少ししたらコーヒーを持っていこう。いつもなら、とっくに寝ているはずの時刻なのだけれど、この所どうも眠れないのだ。さっき、少し疲れたなら眠くなるかと思い、トレーニングルームで運動してきたが、目は冴えきっているのだ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 夕方、ミラが突然ワープした。 スターファイアーに続いて、サザンクロスとアケルナルもワープしたけれど、スターファイアーの姿はなく、ミラはぼろぼろの残骸になっていた。 僕は、キャプテンが死んでしまったものと思って目の前が真っ暗になってしまった。 「ジョーは死んだりしない。きっと。」 「絶対に俺が見付けてやる。」 そんな言葉も空々しく感じられた。 だから、救助した人のなかにキャプテンの妹さんのアンナさんが居て、キャプテンが、少なくともアンナさんを助けるまでは元気だったと聞いたときにも素直に喜べなかった。 でも、アンナさんはキャプテンが生きていることを信じて疑っていない。理由なんかない。ただ、キャプテンがキャプテンだから、死ぬはずなんて無い、って・・・ 僕も信じてみよう。そうだよ。キャプテンは僕よりずっと強いんじゃないか！ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 常時、レーダーに二人がついてキャプテンを捜している。僕は、レーダー手とオペレーターを替りばんこにやっている。 アンナさんは、僕たちが疲れるとレーダーを見てくれているが、交替しても目をレーダーから放そうとしない。ロマノフさんが何度も休むように言っても動こうとしない。 気持ちは判るけれど、経験がないんだから、僕たちに任せておいていいんだよ！ロマノフさんの指示で、お茶のなかに睡眠薬を入れ、無理遣り休んで貰った。 暇を貰ってはサンドウィッチを作り、栄養強化の高蛋白飲料と一緒に配る。皆、黙っていると食べてくださらないので耳のそばで食べてくださるまで大声で怒鳴る。 ソーンダイクさんがダウンし、しばらくして復活して、僕は休むように言われ、ここでこれを書いている。時計を見れば、五十時間以上起きていたことになる。 キャプテンが見つかりますように。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ これから二百回書きます。数え間違ったら御免なさい。 ジョセフィーヌさんが見つかりますように ジョセフィーヌさんが見つかりますように ジョセフィーヌさんが見つかりますように ジョセフィーヌさんが見つかりますように・・・・・・・・ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ほっとしたと同時に色々考えてもいる今日一日。 昨日、事件はすべてが終わった。 有り難いことに、キャプテンは生きていらっしゃるし、僕の身近に大きな怪我をした人は居ない。 でも、たくさんの人が死んだし・・・・・僕は、アレックスさんを初め、マリオさんもソーンダイクさんも大きな悲しみを背負って生きてきたことを知ってしまった。 何だか、皆の顔をまともに見られない。 何か言おうとするたびに涙が出てきそうになってしまう。そんな僕のだらしなさが頭にきたのか、キャプテンは僕を機関室の方に引っ張って行った。 キャプテンは、その前にちょっと泣いていらしたらしい。ロマノフさんは、”アレックスがとても不幸だということを知ってしまったから”と言ったが、僕の前に立ったキャプテンはさっき泣いた人とは思えなかった。 「あんたねー。あたしが帰ってきてからベソかいてばっかしだけど、あたしが戻ってきたことについて不服でもあるの？」 これはあんまりだ。 「違います！僕、キャプテンが無事でとっても嬉しい。だけど・・・皆さん可哀相なんですもの！アレックスさん、マリオさん、ソーンダイクさん、それに、キャプテンだって、ロマノフさんだって・・・・・」 泣いたら、殴られた。 「可哀相なんて言うんじゃないわ。・・・・・いい？あんたの方が可哀相よ。あたし達には、最初からごく普通の家族なんか居なかったのよ。失う家族ってのがあって、普通の生活してきたのにこんなことしてるなんて、あんたは可哀相よ。」 「可哀相じゃありません！僕なんか、僕なんか、幸せです！僕、亜人間との混血体です。はっきり言ってはみ出しものですよ！それなのに、僕にはキャプテンたちがいる。・・・・・僕、皆さんに裏切られたことがまだありません。でも、・・・・・皆さんは・・・・」 後が続けられ無くて、また泣いちゃった。 今度は殴られなかった。 「皆疲れているわ。濃い、甘いミルクティーをお願いね。」 その時のキャプテンの顔は本当に優しい顔だった。 僕は、ふと母さんを思い出した。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 家族の写真を眺めていたら、マリオさんが横から覗き込んでいた。家族の居ないマリオさんに悪いことしたと思って素早くしまったら、ご本人はいたってさばさばしたものだった。 「俺は親というものの概念なしに育てられたから親を恋しいと思う気持ちなんかねぇんだよ。」 それは、寂しい考え方だと思うけどな。 それは、ソーンダイクさんも同じで、 「母の名はスーザン ソーンダイク、父の名はスティーブ ソーンダイク。二人は私にケイン ソーンダイクという名をくれました。それだけです。」 僕が今ここに生きているということは、僕のご先祖様たちが結婚して、命を伝えてくれたからこそだ。だから、僕の命は両親の愛情にささえられて存在しているわけで、僕は僕の命を直接的な形にせよ、間接的な形にせよ伝えていかなくてはならないと思っている。 ”なんで人間は生きているのだろう。” 僕だってそんなことを考えるときがある。 もちろん、はっきりした答えは出ない。でも、”生まれさせられてしまった”なんて事は思わないし、父さんや母さんのことを思うだけで、何か暖かな答えのようなものが心に浮かんでくる。 自分の存在、それが、誰かの利益のため、誰か第三者の打算的な考えによって裏付けされているなんて、とても悲しいことだ。 マリオさんは、ドルガ星の未来を担う技術者として生まれさせられた。ソーンダイクさんは、コンピュータによる教育の被験者として育てられた。・・・・・アレックスさんは・・・・・最高の軍人として生まれさせられて、しかも人殺しを教えられ、手足を切断され人殺しの道具となるような義四肢を接続された。、行動の自由なんて無かった。 寂しいよ。 だのに、皆さんが表面上であるにせよ明るいのはなぜかしら。あんなにひどい身の上のアレックスさんも、今日の定時報告では笑顔を見せていた。 僕の感覚の方がおかしいのかしら？ ステーションまで送っていく途中のアンナさんに聞いてみたら、 「私には家族がありますから。本当の父と母はどんな人か判りませんけれど、両親と兄弟、揃っていて、姉さんとは違ってごく普通の生活していたし・・・・・家族っていいものですよね。・・・・私、ここの皆さんのようには生きていけないみたい。」 僕はちょっとだけ安心した。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ アンナさんと一緒にご飯をつくった。 上手だ！ 盛り付けがとっても綺麗だ。 「すぐお嫁さんに行けますね。」 って言ったら、ぽっと頬を染めて、 「女の子はこのくらいはできなきゃ・・・・」 そんなもんかしら。じゃあキャプテンはどうなんだろう。 「姉さんだってその気になれば・・・・・作ってあげようって気になれば出来ると思います。」 作ってあげようっていう気になる人居るのかしら。僕はアンナさんに聞いてみた。 「・・・・そうですね。アランさんのことは聞いているでしょう？それに、家を飛び出したとき、助けてもらった人が居て、その人のこと一生忘れないっていっていましたけれど。・・・・・でも、姉さん、いまの所は・・・・・姉さん、そういう人だから・・・」 後者はアレックスさんのことだ。 「どう思います？」 マリオさんに聞いたら、 「お前はどうしてもジョーとアレックスの野郎をくっつけたいのか？」 その時、僕は、マリオさんがむきになる理由を一つ思いついた。 でも、そんなことがあるかしら？ ある訳ないよね。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日、ステーションに着いて、アンナさんとお別れした。遠くてよく判らなかったけど、キャプテンの話では、アンナさんはアンリさんの胸のなかに一直線に飛び込んでいったということだ。 良かったな。 アンナさんはとても優しい人だもの。きっと幸せになれるよ。・・・・・お父さんのジャックさん、お義母さんのエリザベスさん、お兄さんのビクトールさん、アンリさん・・・・・そしてジョセフィーヌさん。 僕たちみたいに、家族がなかったり、別れていたり、どういう訳だか憎んでいる（キャプテン、お父さんと仲直りしたほうがいいですよ！）ということがなくて。あれが本当、普通だと僕は思う。 ステーションのドックに入って、一息ついたところでクッキーと紅茶で休憩した。（お砂糖を控えて作ったらマリオさんに誉められて、ソーンダイクさんは物足りなさそうな顔をしてた。難しいもんだなぁ。）五人揃って同じ柄のカップでお茶を飲んでいて、”この人たちと僕の関係ってどんな関係だろう？”と考えてしまった。師従関係ではないだろうし、友達という訳でもない。一緒にご飯食べて、寝て、仕事して、危険なときには助け合って、少し行き違いがあっても最後にはなんとか判りあえる・・・・・家族関係に近いのじゃないかしら。そうだよね、僕は父さん達の他にもう一つの家族を持っているんだよね。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 昨日のことをまだ考えている。 僕たちが家族だとしたら、僕にとって皆さんは何にあたるのだろう。 ロマノフさんはしっかりもののお父さんだな。マリオさんソーンダイクさんはお兄さん。キャプテンはお姉さん・・・・ ・・・・・でもやっぱり・・・・僕の本当の父さん母さんはマーリナ２に居るんだよね。そして、キャプテンたちと一生一緒に居られるということもおそらく無いだろう。 僕は、生きているということ、この宇宙に生まれたということが嫌になったことなんか一度だってない。でも、そのことを重圧に感じたことは何度かある。今もそうだ。このアケルナルの中で他の皆さんほど役に立っていないことは判っている。 人間が生きていく上での人と人との繋がりって何だろう。 僕は、本当にここでこうしていていいのだろうか。 リマンの宇宙港に帰って、窓からの風景を見ながらこれを書いている。 僕がここにいる意味って・・・・なんだろう・・・・ |