| 僕が、このノートを書きはじめた動機は、同じチームの人達のお茶やご飯の好みを覚えておこうと思ったためだった。 しかし、読み直してみると、ほとんど日記になっている。ご飯のことに絞るんだったら、毎日の献立を書いておいたほうが良かったのにな。もともと、僕は文章を書くのが得意ではない。初等学校の先生に、作文のあとに”もっと大人っぽいしっかりした文が書けるといいですね！”とコメントされていたくらい。 日記みたいになってしまったのは、あんまりにも非常識でびっくりしちゃって書いておきたいことがたて続けに起ったためだろう。いま思うと、シミュレーションセンターでも書いていたのにぞっとする。僕の正体、よくばれなかったもんだ。 さて、これからどうしようか。いっそのこと日記にしてしまおうかしら？いや、日記なんて決めると、プレッシャーになるよね。こんな風にしよう。 ＠ お茶のこと、好き嫌いのことで気付いたことはここに書く。 ＠ 調理法や献立は別のノートに書き出す。 ＠ どうやら、僕が医療責任者になりそうなので、健康管理についても書く。 ＠ その他、どうしても書いておきたいことは書く。 なぁんか、やっぱり日記もどきになりそうだなぁ。 それではここに、今までの観察からわかった皆さんの好みを書いておくことにしよう。 ジョセフィーヌさん コーヒー党。どちらかというと、やたらに濃くって苦いのがお好きらしい。とは言うものの、紅茶を出しても、レモネードをだしても、嫌な顔せず飲んでくださる。ただし、ココアや、ホットチョコのように、口のなかに残る感じのするものは良くない。（飲んだあと、すぐにうがいをしに行かれるのだ！）甘すぎるものも良くない。コーヒー、紅茶はブラック。前にもノートに書いたけれど、コーヒー党というのは信じられない。お酒はほとんど召し上がらない。でも、無理に勧めないことにしている。お酒飲んで酔っ払ったジョセフィーヌさんなんか見たくない。 出したものは全部食べてくださるけれど、中華ソバは苦手。味噌は苦手。要するに、僕の母星の料理でちょっと癖のあるものは敬遠されるみたい。かと思えば、クラげなんかお好きだし、ここらへんまだ新素材を使ってみてもよいだろう。ルノー家のシェフの様には出来ないだろうけど。 ロマノフさん マイルドコーヒーがお好き。僕のブレンドを”カイユンブレンド”といって贔屓にしてくださる。紅茶はいわゆるロシアンティー。（はっぱはダージリン）しかし、このロシアンティーというのは例外的なもので、甘い飲み物は疲れたとき以外は注文なさらない。この頃は、お昼のあとに烏龍茶を一杯というのが気に入られたみたい。お酒は程々。ちょっとだけ飲むのが好きなんじゃないかしら。好きなものを伺ってみたら、白葡萄酒と、ブランディーだそうだ。（でも、用意する必要などないよ、酒がなくては居られない訳じゃないから、と言われた。そういわれると僕は用意したくなる。） ロマノフさんに関しては、嫌いなものはただ一つ。甘いもの。例えば、ちまきの蜜煮。くだものの砂糖漬け。お汁粉。でも、やっぱり作っちゃうんだな。僕、お菓子作るの好きだから。御免なさい！あとは何でもござれ。僕のシチューが特に好きだと誉めてくださった マリオさん コーヒーをがぶ飲みする。この人の前では、豆の煎り方がどうだの、豆の種類がどうだの、考えるほうが阿呆らしくなってしまう。 「今に、カフェイン中毒症になりますよ！」 と忠告しても、 「今に、じゃなく、もうなってるぜ、坊や。」 と、とりつく島がない。 コーヒーのがぶ飲みはともかくとして、アルコールのがぶ飲みはやめてください！この間、マリオさんが好きだという”クラッキングダイナマイト”というお酒を舐めさせてもらったけれど、あれは人間の飲むものじゃありません。口から食道、そして胃へと刺激が伝わっていくのが判るんだもの。胃に穴が開くかと思った。 料理の好みも大雑把で、パスタ類、肉類はなんだって好き。でも、ことあるごとに”辛い”だの”食えるもんじゃねぇ”だの悪口いう。もしも僕がマリオさんのお母さんだったら許さないんだけどな。そういうとき、僕は意地悪して、あまぁいパンケーキを次の日の朝ご飯に焼いてしまうのだ。そう。マリオさんも甘いのは苦手なんだ。（この頃、自分の性格がどんどん悪くなってきているような気がする・・・・・） ソーンダイクさん わかんないよぉ！ 豆乳ベースの飲み物が気に入ったらしいことはわかった。でも、それが、美味しかったからなのか、栄養があるからなのか、そこのところがはっきりしない。 スープに塩が入りすぎちゃったときも、焦げが出来ちゃったときも、何にも言わずに黙々と食べてくださる。なんか悲しくって、ソーンダイクさんの食事の様子を見るたび、うつむいてしまう。 今までに、皆さんから良かったって言われたもの ＠ チキンのクリームシチュー（時間かかるんだよね。でも、美味しかったよ、って言われると、苦労だなんて思わない。） ＠ 子牛肉赤ワイン煮醤油風味 ＠ 雑多野菜炒め ＠ お芋の煮た奴 ＠ ブレンドコーヒー ＠ 疲れたときのミルクティー ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ソーンダイクさんは、顔色が悪い。ずっとコンピュータばかり操作しているせいだろう。人間、少しはお日様にあたらなければ良くない。僕、健康管理の責任もあるしね。 僕はそう思って、 「ね、ね、ソーンダイクさん、行きましょう！行きましょう！」 と、ソーンダイクさんを引っ張ってハイキングに行った。 歩く時間が四時間くらいの軽いハイキングの筈だった。僕たちはＢ級市民の身分証をキャプテンに用意してもらってリニアカーに乗り、市内から一時間の丘陵地帯に着いた。 秋のハイキングシーズンとあって、ハイキングコースは人、人、人の列だった。僕が、 「仕方ないけど、やんなっちゃいますね。」 というと、ソーンダイクさんは地図を片手に横道の方にずんずん入って行った。物凄い速度だったので、僕は息を切らして二十数分小走りにおいかけた。すると、ソーンダイクさんが地図を前にして、ほとんど踏み跡も見えない道に座り込んでいた。とっても嫌な予感がして、 「どうしました？」 と聞いたら 「迷ったようです。」 ・・・・・。一瞬で背筋が寒くなった。ソーンダイクさんは、人が沢山いたから地図にあった脇道にそれた。そして、それが廃道になっていたなんてことは全然考えていなかったらしい。僕は、地図の制作責任者を恨んだ。振り返ってみると、今まで歩いて来た道は、薮がかぶさっていて何が何だかよく判らなかった。僕は、半べそをかきながら磁石と地図を頼りに歩き回った。ソーンダイクさんは、僕に着いていけばもとの所に戻れると信じていたらしく、僕の後からついてくるだけだった。 そのあと、僕たちは、崖を下り、沢を昇り、結局十時間後にハイキングコースに戻れた。 アケルナルにどろどろになって転がり込むと、 「士官学校の行軍訓練では、そのくらいの歩行訓練の後に五キロは走らされたものだったよ。」 と、ロマノフさんが、笑いながら介抱してくれた。 僕は、士官学校に行かなくてよかったと思った。 キャプテンは、黙ってサロメチールの特大チューブを放ってくださった。 サロメチールが目にしみる・・・・・・ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 筋肉痛でベッドから下りるのが苦労だっていうところに、マリオさんが朝帰りしてきてわざと笑わせた。 僕は、マリオさんの人間性を疑う。 ソーンダイクさんが、顔の辺りがかゆいといってきたので、見てあげたら、なにかにかぶれたみたいだった。昨日のハイキングのせいだろう。何かのアレルギーだといけないと思って、一応抗原検査をしたら、花粉にやや陽性とでた。顔のかゆみはかぶれだけれど、春の山にはソーンダイクさんを連れていかないほうがいいかもしれない。 医療室に来たついでに、薬品の整理をした。変な薬品が減っていたので、それを使ったらしいキャプテンに話をした。ホルモン剤の一種で、月経（人間は月に一回発情期がくるんだよね。僕たちは春だけだのに）を停めるための注射用アンプルだ。 抗生物質や、ホルモン剤はむやみに使わないほうがいい。まして月経は、正常な女の人ならないほうがおかしいんだから停めてしまうのは危険だ。そのあとの異常が恐い。赤ちゃん生めなくなるかもしれない。 「でも、うっとおしいし、あたしはあんなもの無くても構わない。子供なんか作る予定もない。」 キャプテンは不服そうにおっしゃったが、悪いものは悪いんだもの。無理矢理、”月経痛を軽くすませるための体操”というのを医療用コンピュータからプリントアウトさせて押し付けてしまった。それでも聞いてくれそうじゃなかったので、夕食のときにも、 「女の人が赤ちゃん生まなくってどうするんです？いいですか？月経は必要なんです！うっとおしくたってとてもつらいのは月に二日くらいでしょう。我慢しなくちゃ。僕、男だからすべて理解しては居ませんけれど、停めるなんていけません。」 と、力説したら、ロマノフさんに”食事どきにそんな話をするものじゃないよ。”と諭された。 へんな話題じゃないのにね。僕は、ここらへんの感覚、よく判らない。 とにかく、キャプテンの神経を逆撫でしたらしく、明日はアケルナル内で護身術の訓練だそうだ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 昨日に続いて、ソーンダイクさんの体調が悪い。赤い顔をしていたので、咽を覗き込んだら真っ赤。僕が慣れないハイキングなんかさせてしまったのでリズムが狂ったのだろう。（御免なさい、僕、無理させちゃった。） 食欲も無くなってしまったので、体が暖まって栄養のあるものは・・・・と考えて、とんでもないものを作ってしまった。 牛乳と卵を混ぜ合わせ、紅茶の葉をいれ、よくかき混ぜながら煮、茶こしでこしたあと蜂蜜と、ホワイトリカーを少々、おろししょうがを大匙二杯、刻みネギと、ミントの葉を浮かす。 味見の結果、これは骨の髄まで震撼させる飲み物だと判明した。捨てるのも勿体ないので、自分で全部飲んでしまった。その時は、アルコールを入れたことをすっかり忘れてしまっていたのだ。気が付いたら、洗面所にいて、キャプテンに衿を掴まれ顔を冷たい水に突っ込まされていた。 今も頭ががんがんする。台所でうたたねしていたので、僕も少し風邪気味だ。おまけにキャプテンにしごかれて、関節の節々が痛む。 結局、ソーンダイクさんには、卵酒を作った。 マリオさんは、 「酒で正体を無くすなんざぁ修練の足りない証拠だ。これから毎日練習しろ。」 等とうそぶくが、未成年にお酒を勧めるなんて、悪い人だ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 皆さんの医療記録を見ていたら、ロマノフさんは、かなり、戦闘で怪我をしていることがわかった。そのうち、横腹に受けた傷は”要観察”だそうだ。本人に伺ったところ、 「低気圧がくると疼く」 程度だそうだが、一月に一度は医療機に見せてください、といっておいた。 アケルナルの医療機は賢いけれど、単純な風邪、疲労による頭痛、慢性的な軽い病気は意外に苦手らしい。僕は、イルカの健康診断や開腹手術はやったことがあるけれど、人間の病気や怪我についての知識は０に等しい。これから猛勉強しなくっちゃ。 マリオさんの医療記録は、子供時代がぽっかり抜けていた。だから、 「小さい頃からの既往症や、今、何か検査しておきたいことはありませんか？」 と聞いたら、 「ガキの頃のことは忘れた。検査するのは面倒だし俺は病気持ちの女と寝るような馬鹿はしない。」 どうやら、”道徳観念欠損症”という病気らしい。 結婚もしていないのに、不潔です！（結婚してたら、もっと不潔だ！） ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 近々、また宇宙に出る。 はっきりいって気が進まない。 人間は、地面の上に居るように神様が作ってあるのだし、宇宙では新鮮なお魚を売っている市場もないし、いくらアケルナルのタンクが大きく、再利用装置があるといっても宇宙では水の扱いに神経を使わなくてはいけないのだから。 宇宙航路の隕石爆破作業だって話だけど、まさか船外作業をするわけじゃないですよね！ね！ね！ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 市場のおじさんにお別れを言いに行った。 おじさんのお店は小さなお店だけど、お魚は新鮮で、値段もそんなに高くなくって僕は市場で一番いいお店だと確信している。あれで、もう少し愛想よく応対すれば繁盛するのにな。 僕が、”もう来られないかもしれません。”といっている間も、おじさんは魚をさばく手を止めなかった。 「この間も、そんなことを言ってたが、ここにこうやってツラ見せてるじゃないか。坊やの嘘にゃあもう免疫が出来てるぜ。ぐだぐだいうな。他の客が寄り付かねぇ。さっさとけーんな。」 おじさんは、僕がシークレットだということを知らない。それでいいんだよね。おじさんにまで迷惑掛けちゃいけないよね。 口ではきついこと言いながら、おじさんは今日もおまけしてくれた。 アケルナルに帰って、急速冷凍装置に詰め込んだ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 地上からは肉眼では見えない宇宙ステーション”アルテミス”も、近くで見れば巨大な回転体だ。アケルナルは、爆破作業に向かう前にこのステーションに接舷した。僕としては、ほっと一息。 キャプテンが、 「これから生き残れれば何度も世話になるところだから、地理を頭に入れときな。」 とおっしゃったので、一時間の探険に出掛けた。 案内図を持っていったのだけれど、アルテミスはドーナツ状なので、どこがどういう具合につながっているのか非常に判りにくい。悩んでいたら、警備員のおじさんが僕の手を引いて”学校へいきたまえ！”だって。何のかんの言い合って、どこをどうしたか意気投合して十分後にはお茶をご馳走になっていた。 時間内には戻って、何があったか報告したら、 「カイユン！あんた、シークレットって何だと思ってるの？警備員に顔を売り込んでどうするつもり!?」 ・・・・・全くその通りでした。 夕食後、マリオさんが中心になって爆破の計画をたてていたので、メモを持っていったら、僕はいいんだって。僕には宇宙空間での作業が無理だとやっと判断してくれたみたい。 ソーンダイクさんと、ロマノフさんと、三人で展望室に行ったら、五面ガラス張りで気持ちが悪くなってしまった。あんな所に好んで居る人の気が知れない。 地上の風景を３Ｄで映写している部屋に移ってやっと一心地着いた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ アケルナルは予定位置に着いて作業を開始した。 そして、キャプテンも作業を開始した。キャプテンの作業というのは、僕をしごくという事であって、そのために僕は死ぬような思いをした。隕石爆破作業の手順を知らないでいい訳だ。 もともと、キャプテンは乗取をやる前はクラッシャーもどきの仕事をやってらしたそうで、宇宙空間での作業はおちゃのこさいさい海の中を泳いでいるようだ。宇宙服を付けさせられ、体の動かし方、命綱の扱い方など一通り復習した後、いきなりエアロックから放り出された。 エアロックから少し離れたアケルナルの船体上に置き去りにされて、キャプテンだけ泳いでいっちゃった。僕はといえば、硬直して、動けなかった。真っ暗な宇宙。ポチポチ点みたいな星はあるものの、明るいか、暗いかといわれたら、誰だって暗いと答えるだろう。エアロックまで自力で帰ってこいといわれても。足一本、手一本動かしただけでふわふわ宇宙に漂っていっちゃいそうで出来たものじゃない。 そのうち、冷汗が出てきた。水っぱなも出てきた。でも、宇宙服は密閉だ。汗も拭けないし、鼻もかめない。キャプテンははじめ黙っていたけれど、色々指示を出してくださるようになった。でも、何言われたか覚えていない。 恐怖というのは、ある限度を超すと感じなくなるのか、欲求が恐怖心を打ち負かすのか、どっちか判らないけれど、宇宙服の中はしんしん冷えてくるし、お腹はすくし、トイレには行きたいし、僕はじりじりエアロックに近付いていった。ところが、エアロックはびくともしない。通信機で連絡を取ろうとしても何も入らない。マリオさんたちの乗った作業艇は格納倉庫へ入っていっているんだからアケルナルの機能がマヒしたわけではない。 要するに僕は締め出されたのだ。 こうなっては仕方がない。熱の発散と体力消耗を防ぐため、膝を抱えて丸くなっていた。 結果として、このままでは凍症になるだろうというぎりぎりのところで僕は回収してもらえた。暖かいシャワーを浴びて、濡れた髪のままブリッジに行ったらマリオさんがにやにやしていた。 「僕が締め出されていたのがそんなにおかしいんですか？」 と聞くと、 「何言う。俺は、帰ってから、ずっとお前の様子を見ていてやっていたんだぞ。」 その言葉が真実だとしても、様子を見ながらにやにやしていたんじゃないかと思う。 今日の件の首謀者であるキャプテンは、こうおっしゃった。 「怪我無い？そ。じゃ、よかった。今度はもっとましにやりな。」 有無を言わせないとはこういうものの言い方ではあるまいか。父さんならどう言うか考えてみた。 ”怪我はなかったかね？そうか、そうか、良かったなぁ。今度はもっと頑張るんだね。ご飯を食べてぐっすり寝なさい。” あまりたいした違いはなさそうだ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日のコーヒーは、いくら何でも深煎りしすぎたようだ。船外作業をさせられてカリカリしているせいかな。だとしたら反省しなくちゃ。 今日は、アケルナルの船外点検を行なった。といっても、僕一人では仕事にならないのを知っていらっしゃるキャプテンが以前にやったように僕の命綱を持って犬の散歩方式で約５メートル離れたところで見ていらした。点検は、精密なものではなく、約三十ヵ所のポイントに検査ユニットを押し付ければ終わり。船体上を這い回って五時間かけて検査し終わった。 昨日と同じく、アケルナルに入るなり、かゆかった鼻をポリポリ掻いた。もし、我慢できないほどかゆくなったらどうするのだろうと思って、宇宙服をもう一回着て、腕を抜いて、ヘルメットと首の接続部から手を出して鼻が掻けるかどうか実験してみた。（もちろん、駄目だった） 皆さんに”そういう場合は如何様にするのか？” 尋ねたところ、 ”作業に集中すれば、かゆみは薄れる。” ”それでも我慢するしかないでしょう？” ”勝手にかゆがって死ね！” の回答を得た。 後の一人は、 ”ヘルメットのバイザーを開けて手で掻く” のだそうだが、問題の状況を把握していないようだ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 宇宙に出てから、朝食の量が多くなった。僕の消費カロリーが多くなったせいで、皆さんにも僕の欲している量と同じだけ出してしまっていたようだ。試しにカロリー計算してみてわかった。 しかしやんなちゃうな。たくさん食べていても、僕の背はちっとも伸びない。本当なら、とっくに大人になっていていい年令なのに、性ホルモンが不足しているか、幼若ホルモンが働いているか、何なんだろう。突然変異体で、このまま一生終わってしまったらどうしよう。 今日は、背負って使う推進ロケットの使い方を教わった。ちょっと噴かしただけでもぐわっと動いてしまうのでとても恐い。 マリオさんたちの仕事は、八割がた終わったようだ。早く帰りたいな。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 宇宙服の整備を怠って、生命維持ユニットの異常を見逃していた。幸い大事にいたらなかったのだが、キャプテンに本気で殴られた。口の中がざっくり切れて、血がかなり出た。 キャプテンに今まで何度もひっぱたかれてきたけれど、あれは手加減していたんだな。今日ほど痛くなかったもの。キャプテンは、僕に一番先に考えなければならないことを教えようとしてくださってる。 それは、命にかかわるような間違いをするなということだと思う。なあなあで済ませてはいけないことだから、キャプテンはあんなに殴ったのだと思う。 でも、切れた口の中が痛い。 僕、キャプテンには人を殴ってほしくないんだ。 人を傷付けて平気でいられるような人じゃないもの。だから、僕はキャプテンに殴られないようにしっかり作業しなくてはいけないのだけれど、キャプテンの要求を満足させるのはたいへんだろうな。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ マリオさんが。僕を作業に連れて行った。 「言っとくがな、俺がお前を連れていくのは、ジョーが連れてけといったからだ。そして、連れていくからにはそれなりに働いてもらわないとしょーもない。言った事は完璧にやれよ。でないとふんじばって、噴射装置付けて宇宙の果てまで飛ばしてやる。」 僕は、口の中が切れているので、むにゃむにゃいうしかない。作業艇から宇宙服で出て、大きな隕石に爆薬をセットするんだけど、周りの隕石の位置、隕石の質、破片の撤去作業に移るときの効率を考えると、セットは中々技術がいる。 しかし、キャプテンとマリオさんの指導法の差は甚だしい。キャプテンは、僕が動きに詰まると、僕が僕なりの結論を出すまでしばらく放っておく。マリオさんは逆だ。僕に考える暇を与えない。 「ほら、Ｊ３レンチを貸せってんだ。それじゃない。その隣だ！馬鹿！もっとこっちによればいいだろうが！てめえは俺を道連れにして誤爆させたいのか。のろま、何考えてる？ボックス支持しろ。俺に三本手があるっていうつもりか！」 うまくやったのかやれなかったのか判らない！ 帰ってから、爆薬のセットの方法について聞いたら、 「あれ？宇宙で散々教えてただろうが？」 等と言う。 キャプテンに訴えたら、 「あれはああいう人間なんだわよね。」 と、おっしゃって、マリオさんを引っ張ってきて二人がかりで教えてくださった。 口の傷はふさがった。丈夫な体質で良かったな。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 珍しいことに、ソーンダイクさんがリビングのソファーで仮眠をしていた。アケルナルの機能整備はこの所すべてソーンダイクさんが処理していたのだから無理もない。僕が定時点検を代わりにやって帰ってきたらまだ寝てる。部屋から毛布を持ってきてかけて、隣で薬学の本を読んでいたらいつのまにか僕もうとうとしていた。今日はソーンダイクさんの好きな豆腐のステーキにした。（これは、ソーンダイクさん以外にはあまり評判良くないんだけれど） 今日の船外活動は、トーチを使った溶接作業。動き回るよりは楽。マーリナ２でもトーチは使ったことがあったので好運でだった。 今日から、船内は常時０Ｇになった。エニラムに行ったときのような失態はしないつもり。だけど、キッチンだけは１Ｇに戻してもらった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ストラップで体を固定して寝ていたのだけど、トイレに起きてそのまま寝てしまったら、目覚めたときはマリオさんの横あたりに漂っていた。 そんな失敗はあったけれど、船外の０Ｇよりは、船内の０Ｇの方がよほどいい。 今日は、指示（キャプテンの）に従い、危険度の小さい位置にある隕石に爆薬を仕掛けた。ドキドキしていたけれど、キャプテンはＯＫを出してくだすった。 明日、すべての作業は終わる予定だ。この仕事で、０Ｇ下での動き、少しましになったかな。 夕食後、仕事打ち上げ前夜祭（お日さまがないのに夜も昼もあったものじゃないけど、一応リマン標準時に従っている。）とか言って、マリオさんが花火をあげた。 「爆破だけじゃなくてこういうのも出来るんですね！」 心から感心していったら、 「爆発は芸術そのものだ。」 というのがマリオさんの信条だそうだ。爆発が芸術かどうかは別として今日の花火は立派な芸術だった。もっとも、コスモ・アーミーの発光弾を改造したそうだからキナ臭い芸術ではある。 軍隊出のロマノフさんは”兵器の改造は危ないんだがな。今後やめろと私が言えばやめるだろうしな。”と言う。どうやら何かマリオさんの弱みを握っているらしい。 何だろう？ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 帰れるはずが、緊急任務が入ってしまって帰れなくなった。 僕たちが作業している近くに漂流物がきたのでそれを回収に行ったのだ。 漂流物は、コスモ・アーミーの脱出ポッドで中の人は三人とも白骨化していた。階級章からして、シエナ星域隊の新兵さんだとロマノフさんが言っていた。 ポッドの中には”故郷に帰りたい”と何回もかかれた手帳が一冊転がっていた。その願いは残念ながら叶わなかった事になる。ポッドというのは、救命用のものだ。しかも回収したポッドは動力系以外に何も故障はなかったのになぜ助けてもらえなかったのかしら？ 「宇宙戦では、死体が残るだけで幸運なんだよ。何十万もの死者が出た中で、ポッドの一つや二つを回収しようと考える将兵は居ない。提督クラスの大物が乗っていれば別だろうがね。」 ロマノフさんの声を遠くの方で聞きながら、僕は、”故郷に帰りたい”と言う言葉を考えていた。 もう助からないだろうと言う状況のなかで、僕なら”死にたくない”と書いたと思う。それを、この人たちは”帰りたい”と書いた。それが何だか切なかった。 「キャプテン。この人たちの骨、シエナに送ってあげることは出来ないんでしょうか？」 そう聞いたら、キャプテンはこう答えた。 「気持ちは判らないじゃないけれど、骨が帰っても、骨には星に帰ったことは判らないでしょうよ。こういう人間がいて、生きて、そして死んで行ったってことをなるべく長く覚えていてやること、それがあたし達に出来る精一杯のこと・・・・・あたしはそう思うわ。」 そう言われればそうだけれど・・・・・ 結局、調査の後、レーザーで破壊することになった。マーリナ２では、お弔いのときには、死んだ人が神様の所に行くまで淋しくないように歌を歌う。その歌は忘れてしまったけれど、何か歌ってあげたいと思って、母さんがよく歌っていた子守歌を小さな声で歌った。マリオさんが、”なんだ、その歌は”と突いたので、”子守歌です。僕の母さんの。”と言ったら、”母さんのか、いや・・・・・歌のうまい奴が歌えばいい歌なんだろうな。”ですって。 子守歌のことになって、皆さんの話を伺ったら、お母さんから子守歌を聞いた記憶があるのはロマノフさんだけだった。・・・・・僕は、皆さんに比べて幸せものなんだな。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 帰還までに空いた時間があったので、アケルナルから三キロほど離れた場所まで、噴射装置だけ使って行ってくるという訓練をした。キャプテンが付き合ってくださった。三キロ離れると、アケルナルはとても小さい。キャプテンは、アケルナルと逆の方を向かせて僕に静止するようにおっしゃった。 「カイユン、恐くない？」 僕は、少しは恐かったけれど、無理に笑った。キャプテンも笑った。 「はじめどうしようかと思った。カイユン、あんた、初め宇宙に出ただけで縮み上がっていたからね。」 「今も宇宙は恐いですよ。出たくありません。でも、横にキャプテンが居てくださるから恐くありません。」 正直にそう言ったら 「じゃ、あたしが居なかったらアウト？」 「いいえ、だって、アケルナルがかすかに見えますから。」 「では、アケルナルも居ない、カイユンだけしか居なかったら？」 このとき、僕は悩んだんだけれど、こう言った。 「あの・・・・・僕待ってますから。ここにこうしているでしょう？星が見えますよね？星には惑星が回っている場合がありますよね。その惑星の中には海があって、生きものが住んでいるものもあります。僕、そういうこと考えて、キャプテンが来てくださるの待ってます。」 キャプテンは”参ったな”とおっしゃった。 「カイユン、カイユンの発想って、どうしても惑星上から離れないのよね。そんな頼りないことじゃいつまでも宇宙で暮らして行けないわ。」 二人で宇宙に浮かびながら、遠くを眺めていた。”聞こうかな、聞かない方がいいかな”と、キャプテンの横顔を見つめながら、やっぱり聞いてみた。 「そんな僕をどうしてチームに入れてくださったんです？僕、自然科学の知識しかありません。他の三人の方と違ってシークレットに必要な実務が身についていない僕をどうして？」 キャプテンは、頭の後に手を組んで僕を横目で見た。 「それについちゃあね。ジョセフィーヌ ルノー一世一代の不覚じゃなかったかと懸念しているのよね。」 そして、器用に噴射装置を使って宙返りなさった。 「・・・あたしは宇宙が好き。上も下も右も左もない自由な空間。その宇宙をわざわざ地べたと結びつけるような奴何で入れちゃったのか・・・・・って。」 そこで笑ってくださるのなら、いいのだけれど、キャプテンは顔をしかめた。 「後悔してますか？」 僕は、キャプテンの後の方に回った。 「そうね。・・・・・カイユンのいう通りにしたのだけど・・・・・あの何とかっていう体操ちっとも効かないわよ。それについちゃあ後悔してる。」 何か、キャプテンの話は、核心を突かれているようであり、外されているようでもあり判らないな。 キャプテンは、その後しばらく宇宙を見てらしたけれど、やはり、僕はこの光景には心惹かれなかった。 初めて見たときは、綺麗で、凄い凄いってはしゃいでいたんだけども・・・ 夜遅く宇宙ステーション”アルテミス”に帰って来た。ワープ酔いが軽くて良かった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 朝、起きたら、ソーンダイクさんが朝食を作っていてくださった。理由は 「カイユンは、船外活動訓練で昨日までだいぶ働いていましたから。」 ソーンダイクさんの方が実のある働き方をしていましたよ、と言ったら 「しかし、外に出なければいけないことがあれば、私は全く駄目です。」 なぁんて真剣に言うから、 「大丈夫、そんなことあったら、僕が宇宙服着せて誘導しますから。」 その時はよろしく、とソーンダイクさんは抑揚なく言って何の表情も見せなかったけれど、僕は、ソーンダイクさんが僕のことを気遣ってくれたのが嬉しくていつかみたいに意味もなく抱き付いちゃった。 今日、明日はキャプテンがお休みにしてくださったので、ソーンダイクさんと散歩にいくことにした。（キャプテンは、二人で大丈夫かなぁ。って心配そうだった。どこが心配なのかしら？） ソーンダイクさんと、一本３Ｄ映画を見て、電気街に行って、半導体についてソーンダイク教授の有益な講義を拝聴させていただいた後引っ張られていったところは展望室だった。 ソーンダイクさんは展望室が好きなんだ。何でですか？と尋ねても何も言わないけれど、じっと外を見ていることで判る。（今日のソーンダイクさんとのやりとりは朝の会話だけだった。電気街では一方的だった。） なぜ、宇宙が好きなのかしら？宇宙服なしじゃ死んでしまうような所なのに。 夜の町に繰りだす前のマリオさんも、 「宇宙？好きだぜ。俺の究極の夢は惑星丸ごと一つの完全爆破だからな。」 ロマノフさんは、 「好きだよ。ナターシャの生前は、”私と、宇宙に出ることとどっちが好きなの”とよく言われたものだったよ。」 僕だけ嫌いなんだ。 僕が異常なのかなぁ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ”アルテミス”の市場がどんな風になって居るか興味があったので、朝早くに行ってみた。これは意味がなかった。他の星からの交易船の輸送ダイヤが過密しているので、市場は朝といわず、夜といわず賑わっているらしい。 品物は、生鮮食料品はやはり高くて質が劣る。でも、他星の特産品の中にはびっくりするほど安いものもある。珍しいお茶を三種類、変わった味のする豆を一袋、スパイス類を数種類買った。もちろん値切った。 市場からでて、色々なお店が並んでいるというレベルに遊びに行った。道の両脇がお店になっていて、どのお店もそりゃあ綺麗にディスプレイしてあったから、買わないことを大前提において（無駄使いしそうだったから）ウインドーショッピングを楽しむことにした。（でも、あんまりにも素敵な花柄のティーセットがあったので買っちゃった！） 箱に入れてもらってスキップしながら帰ろうとしたら、キャプテンがいや、ジョセフィーヌさんが男の人と歩いているのを発見した。男の人は、何か胡散臭そうな、だけれどもハンサムな人で、ジョセフィーヌさんは、なんと黄色いワンピースを着ていらした。 しばらくそっとつけて、二人が路地裏でキスして（！）別れてから僕は飛び出した。キャプテンは”尾行は気付かれないようにやりなさいよ”と叱ってから、近くの喫茶店でケーキをご馳走してくださった。僕が、男の人のことを聞くと 「情報源の一つ。ときどき挨拶しないとね。」 なぜ、昨日の夜から出掛けていたのか、なぜ嫌いなスカートはいているのか、なぜキスしていたのか、聞いても、僕自身が悲しくなるだけなんだろうな。 「僕、やっぱり、そんなことしてほしくない・・・・・」 意思表示だけしたけれど、キャプテンは涼しい顔してらした。 その時、コスモ・アーミーの制服を着た若い男の人がキャプテンの所にやってきた。僕が肩をすくめると、”あれはそういうのじゃないわよ。”とおっしゃって僕たちの所に呼んだ。 その人はナイジェルさんといい、キャプテンと会えたことをとても喜んでいるようで、別に疚しい関係ではないようだった。ただ、キャプテンの名前はソニアで、病気のお母さんが居るということになっていた。これからすぐ、帝国主義国家との戦いが十年間も続いているミャーガン星域に出兵するのだという。僕のことを、キャプテンの近所に住む子供だと思い込んでいて、コスモ・アーミーのネームが入ったボールペンをプレゼントしてくれた。 キャプテンは、僕を連れて、男の人と一緒に遊園地へ遊びにいった。キャプテンはいつもと違って全くの女の子で、ナイジェルさんの腕にしがみついて、ジェットコースターでキャーキャー言っていた。メリーゴーラウンドに乗って、木陰でソフトクリームをなめているうち、ナイジェルさんは帰艦時刻だとかで帰るといった。 キャプテンは、立ち上がろうとするナイジェルさんを引き止めて、そっと頬にキスした。 ナイジェルさんは、 「ありがとう、ソニア。」 の言葉を残して、走っていってしまった。 僕は、キャプテンと一言も話さずにハンバーガーショップで夕ご飯を済ませた。キャプテンも話そうとしなかった。 ムービングロード上に、キャプテンの目を見ないようにして立っていたら、 ”あたしは展望室に寄っていく。カイユンは帰りな。” とおっしゃる。反抗したかったので、ついていくことにした。仕事だとはいえ、たくさんの男の人と付き合うなんて、いけないことだと思った。キャプテンに裏切られたような気がしてた。 キャプテンは、展望室で、なにかを待ってらした。そして、百隻を越えるコスモ・アーミーの巡洋艦が光の帯を吹き出して発進すると、それををまぶしそうに見上げた。 「あの人、そんなに大事な人なんですか！やっぱり情報提供者なんですか!!」 僕が怒って言うと、キャプテンは、とても、とても優しい目をしておっしゃった。 「ナイジェルは、昔あたしが一方的に利用した人間よ。馬鹿正直で騙しやすかったから。・・・・・今でも、騙されたということに気付いていない。そのくらいの大馬鹿よ。・・・カイユン。ミャーガン星域の戦いは、泥沼の戦いといわれててね。帝国政府と反帝国勢力が複数の惑星上で戦っている。コスモ・アーミーも、宇宙戦はできない。そのため、武力的には勝っていても、前線に出る歩兵はかなり戦死している。ナイジェルは歩兵部隊。死を覚悟している。・・・・・・あたしのやったこと、いいことだとは思わない。嘘つきだし、根本的に間違っていたかもね。・・・・・でも、あれくらいしか今の私にしてあげられることはなかった。」 僕は、キャプテンの右腕を握って、宇宙を見ていた。何にも無いような広い、無限の宇宙。その中に、人間は出ていく。その、人間たちの思いも宇宙の中を駈けめぐる。 とたんに、足がまたすくみそうになって、キャプテンの腕を握る手に力を入れた。 キャプテンは、しっかり立っていらっしゃる。僕は、この人を信じていていいんだ、と今更のように思った。やはりこの人とこれからずっと一緒に居たい。 その・・・・・僕が生き残っていられる限り。 |