| 僕は、エニラム星から帰ってきた。宇宙港に着陸して、機体検査をしたあと、エアロックを開けて外の空気を入れた。 やっぱりいいな、星の上って。 何でかな？空気の匂いが違うからかな。お日様が優しく照らしているからかな。・・・・・しっかりとした地面を踏んでいるんだという安心感というのが一番の理由じゃないかな？ そのまま地べたに大の字になって寝転がりたい心境だったんだけど、仕事に追われて丸一日アケルナルに缶詰になってしまった。コスモアーミーに報告書を出すのだけれど、いろいろ誤魔化さなければいけないことがかなりあって手間がかかったのだ。協力してもらった人々になるべくいいようになるようにって。 ふと、目を時計に移すと午後の五時。あれぇ。お昼作るの忘れた。キャプテンに謝ったら、 「あんたが忙しいときは、他の誰かが作る。ごく当たり前のことでしょう？」 とのたもうた。 夕食は、キャプテンが持ってきてくださった。（パック食チキン温野菜添え、解凍時間ややオーバー） 午後九時に報告書がまとまった。キャプテンは、口述筆記装置を使って文を書いたのだけれど綴じることは片手ではやはり無理で、ロマノフさんが綴じていた。明日、全員が揃って本部に出頭して報告することになっている。（マリオさんは嫌だ嫌だと言っていた） 遅くまで、キャプテンの部屋の灯りが着いていたので、麦芽飲料をマグカップに入れて持っていった。左腕の切断部の様子も見たかったから。 部屋に入ると、キャプテンは机に向かい報告書を見直していらした。僕が、カップを机に置くと、報告書から目を離さずに、 「寝なさい。」 とだけおっしゃった。 「腕・・・・・」 と、僕が言うと、 「あ、そっか。じゃ、みてもらう。」 ですって。 切断面は、きれいだったけれど、早く新しい義手を接続したほうが良いと思った。放置しておくと接続が難しくなる。コスモ・アーミーに行ってつけてもらうべきだ。そうお話したら、 「わかってる。でも、コスモ・アーミー以外のとこで調達するから余計な気を回すんじゃないわ。」 叱られたのかな。 いや、僕に心配させまいという配慮からだろう。 片腕しかないキャプテンは、とても変な感じだ。 僕の腕が無くなれば良かったんだ。僕は、片腕がなくたって変じゃないよ。もともとおかしいもの。（何書いているか判らなくなってきた。） 明日、起きてみたら、キャプテンの腕が生えている、なんてこと・・・・・ないだろうな。 また、泣いてしまった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日、五人揃ってコスモアーミーの本部に行った。マリオさんは初めから反抗的で、入り口付近でトラブルを起こしてしまった。肩が触れたの触れないのの些細なことが原因。よほど、昔、軍人さんと何か有ったんだろうな。 でも、喧嘩はいけない。唇を切るほど殴り合うなんて大馬鹿だ！・・・・・けれど、僕はつっ立っていただけだった。思うことは簡単だ。でも、実行することはずっと難しい。そして、実行できなければ、何にも変わらないんだ。キャプテンとロマノフさんが居なければもっとメチャクチャになっていただろう。 エレベーターに乗ってかなり上の階に上がった。上ではセフトさんという人が待っていた。ギダー中尉の上司なのだそうだ。 セフトさんが、報告書を読んでいる間、僕たちは直立不動で壁ぎわに立っていた。 ざっと目を通すと、報告書の内容については何も言わないで、行動の突飛さ、仕事中の連絡の不徹底、そして、今、ここへ来た際にマリオさんが起こしたトラブル、僕たちの今着ている洋服のこと、等、細かいことについておしかりを受けた。 「いいか。」 セフトさんはおっしゃった。 「幾ら貴様らがＤ級から拾われたシークレットだからといって軍から独立している訳ではない。・・・・・Ｄ級だからこそ、軍の規律を厳守しなくてはいかん。私、つまり上官の命令は絶対だ。今回は、我が軍に直接の不利益は無かったが、以降、軍規に逆らった場合は即刻それなりの処分を受けると思っていろ。いいな。」 軍というのは、上下関係がはっきりしていてかなり管理が徹底しているところだ。そうでなくては軍人さんたちをまとめていけないのだろうけれど、僕はこういうのは嫌いだ。上に立つ人は、部下を指導して、その指導によって信頼されれば部下はついて来ると思う・・・・・（書いていて、自分が嫌になってきた。セフトさんだって、僕らのこと考えてああ言ったのかもしれないじゃないか。でも、悲しかったんだ。キャプテンの左袖がふわふわしているのが見えているはずなのに、セフトさんは何も言わなかった・・・・・） マリオさんが、僕の隣で右のこぶしを握ったり開いたりしていたので、思わず腕にしがみついた。（あとで聞いたら、単に指の運動をしていたのだそうだが） セフトさんの部屋を出て、 「頑張って作ったのに、報告書を真剣に読んでくださいませんでしたね。」 と、キャプテンに言ったら、 「今のは儀礼よ。軍人は儀礼が好きなの。あいつはこれから本気で報告書を読むわ。追い追い、あたし一人に呼び出しがかかるはずよ。」 軍人さんって判らない。 セフトさんに言われたので、僕らは出頭用の軍服を取りにいくことになった。資財部では、全サイズの軍服が揃っているはずだったのに、僕が着られるようなサイズはなくて、係の人は倉庫まで案内してくれた。やっとサイズがあったんだけど、係の人は”そのまま着ていきなさい、君のチーフから話は聞いている。”と言って、包んではくれなかったので、そのままひょこひょこ出ていった。（軍服って動きにくい） 出たところに、キャプテンがいらした。 「似合わないね。」 といいながら、笑っていらした。実は、僕の貰った軍服は、コスモ・アーミー幼年学校の制服だった。明日から一週間、幼年学校の生徒に混じって、パイロットの訓練をさせられることになっている。キャプテンが、”促成栽培にはいいプログラムだと思うの”とおっしゃったので、行くことに決まってしまったのだ。僕を使い物になるようにしようとキャプテンも考えていらっしゃるんだな。 帰り掛け、この間のドロップのお礼にケイトさんに珊瑚の置物を送った。喜んでくれた。良かったぁ。 ケイトさんも 「あなたって、軍服似合わないのね。」 と言った。 少し拗ねたふりをしたら、小声で言った。 「いいのよ。軍服なんて、似合わないほうがいいのよ。」 自分も軍人であるケイトさんが、こんなこと言うのはおかしいな。 「ケイトさんも似合いませんよ。」 と、僕も小声で言ったら、頭を撫でられた。少し涙ぐんでいたみたい。何でかな。気になるな。 どうも、僕はこの灰青の制服とは馬が合わないみたいだな。明日からが恐い。明日から、僕はシミュレーションセンターの寮に泊まることになる。その間、キャプテンたちは家を探すことになっている。（官舎には入りたくないんですって。）僕は、ロマノフさんと一緒に住むことになった。 さあ、明日から一週間だ。その間にキャプテンの義手が接続できているといいな。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ アケルナルから、衣類と洗面用具だけ持って、シミュレーションセンターへ向かった。（キャプテンとロマノフさんはもう出掛けていて、マリオさんとソーンダイクさんが、アケルナルのタラップの所でハンカチを振って送ってくれた。有り難いけれど、永遠の別れじゃないんですから大げさにしないでください！） シミュレーションセンターでは、十四、五（つまり、僕より三、四歳下だ。）の幼年学校の生徒が二十名ほど集まっている部屋に案内された。 僕より背が高い子たちばかりで、制服も似合っている。何より、態度に自信があふれている様子が見て取れる。半分分けて欲しい。 簡単なオリエンテーションのあと、すぐ実技。しかし、ここの生活は規則づくめだ。××するな。○○せよ。・・・・・言われなくとも常識で判るようなことまで教官先生がおっしゃる。宿舎内は飲食禁止、無断外出禁止、勉学に励め・・・・・最後に 規約に違反した場合は学生規則に基づいた措置を取る。というのがつく。どんな措置だろう？先生のあとに続いて学生心得を復唱するみんなの落ち着いた顔を見ていると、何だか気持ちが悪くなってくる。僕の故郷のマーリナ２で学んだ”生物の集団催眠状態”というのはこういう状態ではないだろうか。 実技自体は、基礎の基礎で、簡単なものだった。（まだ、メーター類の役割説明） 夕食を挿んで、午後九時に授業終わり。初めて宿舎に入る。窓なし、二段ベッドと机二つの二人部屋。中々立派。 同室の子は、フリードリヒ アイゼンシュタインという赤毛の真面目そうな男の子。（しかし、僕より十センチ以上背が高い）僕に”下級生だろ？成績がいいんだろうなぁ。他の奴にいじめられたら言い給えよ。みな、競争意識が強いからね。”と言った。 アイゼンシュタイン君でこの言い方だから、他の子はどういう言い方をするのだろうか。 因みにアイゼンシュタイン君は、Ａ級市民。お父さんはコスモ・アーミーの少将だそうで、軍服が似合うのは家系かな？ マニュアルを読み返しながら寝ることにしよう。下のベッドでは、アイゼンシュタイン君が目を閉じている。本人は怒るかもしれないが、寝顔が可愛いな、と思う。それではお休みなさい。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 朝、僕がのろのろ食べていたら、パンを一つ取られた。はじめ、何が起ったのか認識できていなかったのだが、パンが歩いていなくなる訳はない。隣の子がニヤニヤしていたので、 「残したんじゃあないよ。黙って取るのはよくないよ。」 と、たしなめたら 「俺が取ったっていう証拠でもあるのかい？」 年下の子相手に、熱くなってもどうかと思ったので、 「嘘つき！」 と叫んで、睨んでやった。（効果なし） 大体、ここに参加するにあたって、僕の年令は十三才ということになっていたのだから始末が悪い。みんなに舐められている。怪しまれないためにはいいのだろうけれど。 授業は、機関部システムの物理的な説明。青少年向きとはいえ、はしょっていなくてよいと思った。しかし、理論は判るのだが結構複雑で骨が折れた。本を読んだだけでは判らない。教官に何度も質問をした。さすが教育のプロ、とっても判りやすい説明をして下すった。”他の人間に物事を納得させながら伝えるのは機械ではなく人間が最上”というキャプテンの言葉が思い出される。 午後の自由時間、休養室のソファーで文字どおり休養していたら、 ”あの、ほわほわしたしゃべり方をする妙な下級生” という声が聞こえてきた。 父さんの ”寛容は人間にだけ認められる美徳である！” の言葉に従い放っておいた。その、僕の隣に座ってきた子がいた。ピム ベイザー君、赤毛でちょっぴり太っちょの子だった。ベイザー君は、オセロの盤を出して 「一緒にやってくれるかい？」 と言った。そして、他の子に見えないように、パンを半分渡してくれた。 「お腹すいてないかい？僕、残しちゃったんだ。お食べよ。」 気を使わないでいいんだよ！ベイザー君！ オセロをやりながらベイザー君は、言った。 「早く大きな宇宙戦艦を操縦できる様になれるといいね。君も、僕も。」 宇宙戦艦なんかとんでもない。 出来れば一生海の研究をして惑星上に居たい、 と答えたらどんな顔をされるだろう？もし、父さんの前で言えば父さんは当たり前だ、というように頷くだろう。キャプテンの前で言えば、とにかくこっちの足は引っ張るんじゃないわよ、ごたく並べないで仕事をやりな！と言われそう。ソーンダイクさんだったら・・・・・・うーん、難問だ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日から、一人に一台のシミュレーターを使って実技を始めた。幼年学校の子たちは事前に触れたことがあるらしく、すらすらやっている。アイゼンシュタイン君曰く、”宇宙空間に出てからの操作は一応出来るはずだなあ。”僕はといえば、悪戦苦闘。キャプテン。これはファイトで切り抜けろということなんでしょうか？ しかし、亀の甲より年の功（ううむ）コツをつかめばなんとかやれる。アケルナルのなかで、ナビゲートの練習をしたのが役立っている。今日は十回ほど死んだだけでしたぁ。 僕と同じくらい沢山死んだのが、ベイザー君。 死ぬたびに大きなブザーが鳴るのでみんなの知るところとなってしまうのだ。 「神様は、一人一人の人に同じだけの宝物を与えてくださっている、なんて、嘘だな。」 自由時間にベイザー君は言った。 「僕は、航法士になりたい。他の奴は航法士になりたいなんて希望を持ってる奴は少ないんだ。皆、士官学校に進んで、艦隊の指揮を執る方を希望している。そのためには、航法士の資格を取っておいたほうがいいという理由でここにきているのさ！でも、僕は劣等生だ。このままじゃ宇宙に出られない・・・・なのに、他の奴らは、勉強も、体育も、なんだってよくできる・・・・・こんなことってあるかい？・・・・神様は不公平さ。」 僕は、神様は、そういうことじゃない、もっと大切なものを下さっているんだよ、といったら 「判るけど、そんなもの貰っていても、Ｂ級がＡ級になれる訳じゃないし、夢が叶う訳でもないだろ？」 あのね、あんまり悲しいと思わない？と、言いたかったけれど、ベイザー君もわかっていると思ったので黙っていた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 四日目。 大気圏離脱に成功しました！しかし、そこにいきつくまでに九回死んでしまった。 「よく死ぬな。」 と、教官に嫌味を言われたので、 「はい、すみません。でも、まだ、昨日より一回少ないんです！」 と、答えたら、手帳に何か書き込まれた。（マリオさんなら僕を殴っていただろう） 「ま、初めてにしてはいい成績だがな。」 教官の言葉のあと、みんなが息を飲む音がした。僕が初めてシミュレーターを使ったのだとは思って居なかったらしい。 実技のあとで、何人かから”天狗になるなよ”別の何人かからは”チビ、頑張れよ”と言われた。 アイゼンシュタイン君曰く、 「同室者として鼻が高いよ。他の奴の言うことは気にするなよ。余裕の無い奴は、君みたいな下級生がよい成績を取るのが恐いのさ。怯える必要はなしさ。」 ふうん。 それは、アイゼンシュタイン君だから言えることだよね。段とつの成績だもの。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 夜中、ベイザー君が、トイレで泣いていた。声をかけようとしたら、突き飛ばされた。 「あっちへ行っていろよ！笑いたいんなら笑えよ。年下の奴に慰めてもらいたくない！」 でも、そのままにしておけなくて、トイレから引きずりだしてしまった。 「風邪をひく！体に良くない！精神にも良くない！寝るんだよぉっ！」 怒鳴り付けたら素直に部屋に戻って行った。 ・・・・以上、朝に書いたこと。 五日目、 今日は、大気圏突入の際、三回燃え尽きてしまった。要は、タイミングだ。そのタイミングが難しい。キャプテンのような職人芸を身に付けられるのはいつの日か？（永遠に駄目だったりして。）目でゲージを読み、右手でレバーを引き、左手でボタンを押す。運動神経のそうは良く無い僕向きではない。飛龍兄さんだったら上手だろうな、こういうの。 昼休み、アイゼンシュタイン君に言ってみたら、 「ピアノの要領さ。目で、楽譜を追い判断し、左は伴奏、右で勝負。」 だそうだ。 ところで、僕はピアノを弾いた事がない。別に弾きたいとは思わないけれど、一生に一回くらい触ってみたいな、と思う。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 六日目。 今日は、五日目までの総復習をやった。 アイゼンシュタイン君が、模範操作を行なった。あまり見事だったので拍手したら、教官に睨まれて、また手帳に何か書かれてしまった。 夕食後、食堂でベイザー君と、僕からパンを取った子がかなりきつい調子で言い争いをしていた。飛んでいこうかと迷っているうちに、アイゼンシュタイン君が、間に入って収めてくれた。 「やはり、子供といっても軍人。血の気が多いのが居るもんだなあ。」 とは、食堂のシェフの弁。 僕は、お皿を洗うのと引き替えに、今日のタルタルソースの作り方の秘訣を教えてもらうことになった。（教官に隠れてだぞ、との堅い約束の下！）シミュレーションルームより、食堂の方がずっと落ち着くな。 ついに明日で最後だ！早く明日になぁれ！ ＊＊＊＊＊ 今日は、ひどいことが起ってしまった。 すべてのプログラムが終了して、解散式の前のちょっとした時間だった。シミュレーションルームを教官に連れられて出るとき、ベイザー君と、スズキ君（パンを取った子）が残っていた。 だから、二人の姿が見えなくなったのに気づいたとき、僕は真っ先にシミュレーションルームへ向かった。 中に飛び込むと、スズキ君が火花を散らしているシミュレートマシンの傍に倒れていて、ベイザー君が左手を押さえてうなっていた。手の間から、真っ赤な血が流れているのが見えた。僕が近寄ると、小声でとても恐ろしいことを言っていた。 僕のあとからも生徒が幾人か飛び込んできた。その子たちがぼーっとしていたので、僕はベイザー君の血を止めるとともに 「誰か、ハンカチでも何でもいい、ベイザー君の小指の根元を縛って！あと、そこに落ちている小指の先っぽを氷で冷やして！今なら繋げるよ！早く！何してるのさ！」 皆、怯えて動かなかったので、僕が縛って、切断した小指をアルミホイルに乗せて、ベイザー君をおぶって食堂に走った。 驚いたのは、シェフ。無理もない。上着が血まみれの僕が、小指を持って、ベイザー君をおぶって”氷！氷！氷！”と叫びながら走ってきたんだから。 その場にベイザー君をおろし、僕はシミュレーションルームに戻った。幸い、教官は来ていなかったので、みんなに出入口を固めるように指示して、僕はスズキ君の傍にかがんだ。どこも怪我はしていなかった。目を閉じてはいるけれど、意識も戻っていた。 「どうしたの。言ってご覧よ。何があったの？」 僕が抱き起こすと、スズキ君に馬鹿にされたベイザー君が怒ったこと、そして、今も、喧嘩になったこと、突っ込んできたベイザー君をかわそうと叩き込んだら、ベイザー君はシミュレーション装置のスクリーンに左手を突っ込んで、いきなり血が吹き出したことを話してくれた。 そして、泣いた。 ベイザー君に怪我をさせたことを悔やんでいるのかと思ったら違った。 「こんな不祥事を起こしちまって・・・・・俺・・・・・もうブラックリストにのっちまうんだろうな・・・・・俺・・・・・Ｂ級だし、士官学校に上がれないかも知れない・・・・・」 思わず怒鳴ってしまった。 「君たち、軍人になりたいんだろ！軍人ってのがこんななんだったら、僕は軍人なんか人間と思わないよ！」 アイゼンシュタイン君が、僕を後から押さえた。 「君、わかってやれよ。この星で、一回上の方から目を付けられたら、とんでもないことだろ。今のは、ただの喧嘩だった。でも、スズキにも、ベイザーにも、一生の問題にかかわってくる。」 でも、こんなのってない。 「階級がなんだって言うの！僕は、Ｄ級市民でも、とっても素敵な人を知っている！人間は、職業や、貧富の度合いではなくて、その外の部分がしっかりしていて初めて人間っていえるんでしょう？そうじゃないの？」 これは、僕の甘い考えだろうか。 一応、不幸な事故ということに口裏を合わせて終わらせた。 別れ際、アイゼンシュタイン君に、 「軍人以外の何かになる気はない？」 と、聞いてみた。彼は笑って言った。 「君、・・・・・・また会えるといいな。君と居ると、その、なんとなく幸せな気分になれたからね。士官学校で待っているよ。」 軍人さんの子は、軍人さんになるのかな。 ロマノフさんが、玄関まで迎えにきてくれていた。幼年学校の子たちは不思議そうな顔をしていたっけ。 正直言って、ここから離れられてほっとした。 僕たちの新しい家は、Ｃ級市民のうち、穏やかな人達の住む住宅街にあった。二階建アパートの二階の三軒。一間、トイレとキッチンコーナー付き。僕が真ん中で、ソーンダイクさんとロマノフさんの家に挟まれている。ソーンダイクさんにただいまの挨拶をしたあと、（また、コンピュータをいじっていた。）ロマノフさんと一緒に遅い夕食を取った。（近くのお店で買って来て下さったソーセージとカップスープ、とても美味しかった） コーヒーを出してから、、この一週間の話を聞いてもらった。ロマノフさんは、ときどき頷いていて、”変わらないようだな。幼年学校も”と言った。ロマノフさんは、幼年学校の出身なのだそうだ。どんな生徒さんだったのかしら。 「で、ベイザーという少年が言っていた恐ろしい言葉とは何だったのかね？」 ロマノフさんに問われて、僕は言ってしまった。他の人に言ったら、その人がいやな気持ちになるかもしれない言葉だったけれど、自分の心のなかにしまって置けそうに無かった。 「ベイザー君は、・・・”今度は、あいつの指、いや、腕を切ってやる” って言っていたんです。」 ロマノフさんは、別に何も言わなかった。ただ、僕を部屋まで送ってくれた。 僕の部屋の玄関に、ベイザー君の血にまみれた幼年学校の制服がある。綺麗に洗って、ほどいて、普通のジャケットに縫い直そう。生地が厚くてしっかりしているからきっと長持ちすると思う。普通、こういうものは捨てるのかしら？ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 朝食くらいはみんなで食べよう、ということで、僕の部屋でご飯にした。多くのものはアケルナルに置きっぱなしだけれど、お茶道具は持ってきていて正解だった。ロマノフさんには、コロンビアを主体にしたマイルドコーヒー、ソーンダイクさんには野菜類不足だろうということで、ほうれん草、林檎、セロリ、人参、牛乳のミックスジュースを用意してみた。（あまり妙なものを出したせいか、あとでソーンダイクさんが、僕の所に何が入っていたか聞きにきた。よくよく考えてみると、これが、僕とソーンダイクさんの初めてのまともな会話だ！）表情からして、青臭いのは苦手な様ですね。（口元だけしか見えないんだけど） 一昼夜漂白剤に付けておいた制服は、やや色落ちしたものの、染みは綺麗に抜けていた。一先ず、ハンガーに掛けて乾かすことにした。窓を開けると、Ｃ級居住区街と、Ａ・Ｂ級居住区街がはっきり分かれているのが見えた。 ともあれ、狭いながらも僕のお城。服の乾く間、長いこと読んでいなかった”月刊 海洋生物学”を少し離れた町の本屋さんで買ってきて、寝転びながら読んだ。本が自由に買える今の環境を有り難いと思わなくっちゃ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日は、豆乳をベースにした卵黄、大根葉、林檎、人参、蜂蜜ドリンクを出した。ちょっと過激な味だったかなと思ったけれど、ソーンダイクさんは、こっちの方が気に入ったみたい。判らないものだ。 お昼過ぎ、キャプテンがいらした。何もなかったので、乾麺（中華蕎麦）を出したら受けた。味もさることながら、”お箸”とデスマッチさせてしまったぁ。 「こんな凄いもの扱えるのに」 キャプテンはおっしゃった。 「シミュレーションセンターから送られてきたカイユンに対する講評ったらないわよ。時折奇妙な言動あり。操作に対しての自信が薄く、動作緩慢。あんたセンスないのかもよ。出身星の文化とはいえ、よく”箸”が使えるようになったもんよ。」 僕が、 「箸は、子供の運動能力を高めるのにいいんですよ。今からでも教えてさしあげましょうか？」 と、逆襲したら、 「あたしは、あんたの子供じゃないわよ。」 ですって。 ここまでは、仄々。そのあとが悪かった。いきなり腕をねじあげられちゃった。 操縦はともかく、敵に襲われた時護身術の一つも出来なければどうしようもない。キャプテンは僕をしごきにいらしたのだ。 でも、凄いな。つぼにはまりさえすれば、僕でもキャプテンの動きを止めることが出来るんだ！問題は、どうやってつぼに填めるかで、勝手の判らない僕は、何度も床に転がされた。（下の階の人は、何だと思っただろう？） キャプテンは、黒いジーンズに白い長袖のポロシャツと言う姿だった。ちゃんと左腕が在ったので僕は喜んだんだけれど、手袋を取ってもらったら、金属の、間に合わせのような義手が接続されていたので一辺に悲しくなってしまった。と、同時に、ベイザー君の姿が僕の頭に反射的に浮かんだ。 僕は、決心した。 キャプテンが、腕のことで何か負い目を持つようなことにでもなったら僕が助けるということを。 キャプテンは、帰り掛けに、一枚の紙を置いていかれた。キャプテンとマリオさんに連絡を取る方法と、僕のトレーニングメニュー。僕は、ロマノフさんに射撃、キャプテンに護身術とナビゲート［応用編］を教わることになっていた。故に、明日から外に出ることになる。 射撃だって！父さん、どう思う？ キャプテンが、”また使うかもしれないわ”、とおっしゃったので幼年学校の制服は、そのまま畳んでキャビネットにしまった。 （反省）・・・・・キャプテンは、中華蕎麦は嫌いらしい。それから、キャプテンは、箸を使えない。そして、トレーニングの最中に、情けない声を出してはいけない。キャプテンにひっぱたかれる。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 生まれて初めて、射撃場というところに行った。薄暗い地下の部屋で、多目的に使えるらしい。広い空間にはロマノフさんの手配で、僕と、ロマノフさんと、キャプテンしか居なかった。 銃、これは撃つだけでたいへんなものなんだな。弾丸が飛び出す速さを考えれば予想も付くことだけど、かなりの衝撃。ふっ飛んで、尻餅ついちゃった。 一回そんなことがあるともう駄目。ぶるぶる震えちゃう。 あああ、僕が射撃を覚えたところで何になるというんだろう。威嚇くらいの役には立つかもしれない、でも、人なんか撃ちたくないし、第一撃てないよ。ロマノフさんに手を添えてもらってやっと的に当てられたくらいだもの。”一人で撃ったら、期待値１％切りますよぉ、暴発させて死んじゃう方の期待値が大きいかもしれません。”と言ったら、キャプテンは髪の毛掻きむっしていらした。 ロマノフさんは、あまり叱らず、（危険なことしそうなときは別、物凄く怒鳴る）三時間も付き合ってくださった。 お昼は、その場でオープンサンドのお弁当を開いた。（何で弁当なんか持ってきてるのよ！わかんない奴！と、キャプテンはおっしゃった。）これは考えなしだった。キャプテンは、新しい義手に慣れていらっしゃらない。細かい作業はたいへんな筈・・・・・お弁当開いたところで気付いてキャプテンの分を挾んで渡した。紅茶は甘すぎた。各人、好みがあるから、砂糖は別に持ってきた方がいいかな。 しかし、キャプテンは強い！僕が幾らかかって行ってもすぐに引っ繰り返される。疲れたあ。 「情けないわね。これじゃ、仕事中に暴漢に襲われて死ぬのが落ちだわ。」 と、キャプテンはおっしゃる。キャプテンを知らない人なら、この言葉を聞いて”なんて冷たい女だ”と言いかねないな。でも、ジョセフィーヌさんは、決して冷たくない。でなければ、僕みたいなのに付き合ってくださる訳がない。 強くて、動じなくて、綺麗で優しいキャプテン。 でも、僕は見てしまった。ちょっと顔をしかめて左腕の接続点あたり、それから機械の指を見つめるキャプテンを。少しさみしそうで、諦めたような顔だった。本当は、とてもデリケートな人かもしれない。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日の射撃練習の結果、僕には才能がないということがはっきりしたらしい。（だって、ロマノフさんが、あの、ロマノフさんが匙を投げたんだもの。）僕、金 開運は、間違いなく 金 文仙の子であります。 でも、訓練は続いた。世の中甘くはない。才能はなくとも、努力次第である程度のことは出来るようになる、とロマノフさんは言う。その考え方は好きなんだけれど・・・・・僕の射撃の様子を見て、キャプテンはうずくまっていらした。 一方、僕は、キャプテンとの護身術練習でうずくまってしまった。昨日の疲労も残っている感じ。 「明日は、午後からアケルナルでナビゲートの練習するわよ。」 の言葉が嬉しい。 ところで、なぜ、ソーンダイクさんは訓練を受けないんだろう。キャプテンに伺ったら、”そんな分かり切ったこと聞くな！”ううん、そうか、分かり切ったことなのか。 帰り道、三人で町を歩いた。町の人、僕たちのこと、どんなふうに見たかしら。親子、かな。年令的には、姉弟と若い叔父さん辺りがしっくりすると思うんだけど、皆髪の色も目の色も違うしね。 僕たちの前を、薄ピンクのワンピースのお姉さんが通って行った。ジョセフィーヌさんもああいうの着れば似合うのに。 帰って、ソーンダイクさんの夕食の支度をした。放っておいたら栄養失調で倒れるもの。僕が、大きな豆乳のパックを抱えて入っていったら、 「いいですね。豆乳は栄養があります。」 と言ってくれた。おとといに続いて会話してくれたので、嬉しくなって抱き付いちゃった。気のせいか、ソーンダイクさんの顔が赤くなったような気がした。 これだから、十三才っていわれるのかな。亜人間が混じってるんだもの。普通の人とは違うよね。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 体がだるくて、一回目覚ましを止めてしまった。・・・・・のせいかどうかは判らないけれど、午前中の射撃訓練は注意されてばっかりだった。 午後のナビゲート［応用編］も同じ。何度、キャプテンに天井を向かせてしまったことか・・・・・明日は休んでマニュアルをしっかり読んでくるよう言われた。キャプテンも用事があるそうなんですって。 最後にアケルナルを整備していたら、備品で不足しそうなものがあったので、資財部に寄って帰った。 注文がすんで、出ていったら、ちょうど帰るところだったケイトさんと会った。ケイトさんは、夕飯に誘ってくださった。ソーンダイクさんに電話して、パック食品の加熱方法を指示したあと、ケイトさんについていった。 ケイトさんの家は、官舎で、Ｐ26区にあった。一人暮らしで、普通はお客さんも呼ばないんですって。 ポークチョップとマカロニサラダは中々美味しかった。僕がそういったら、 「一人でしょ。普段はあまり手の込んだもの作らないんだけど。」 謙遜ですよね。ご飯のあと、僕が紅茶を入れたら、美味しいわ、と誉めてくれた。それにしても、なぜ僕のこと、こんなに親切にしてくれるのか不思議だったので質問した。話を聞いて、僕は悲しくなってしまった。 「あなた、私の弟に、感じが似ているの。だからかしら。弟はね、・・・・・二年前にルーギン星で死んでしまった。優しい子だったわ。軍人になったのだって、宇宙の人達が安心して暮らせるように頑張りたいっていう単純な考え方で。ルーギンで、あの子は地元の民間人を誤射で殺してしまったの。弟の方に非はなくて、むしろ相手の動きが問題だったと上官の方は言っていらした。軍人になって前線に出るからにはそういうこともあると割り切って居なければいけなかったはずなのに、弟にはそれが出来なかった。自殺だったの。・・・・・死ねば、相手の人が生き返る訳でもないのに。・・・・・私が軍に居続けるのは、出来るだけ軍人の手伝いをして、死ぬ人が出ないようにするため。自分から命を投げ出してしまった弟へのこだわりがあるかもね。・・・・・二人きりの家族だったから、弟が死んだときは一緒に死んでしまいたかった。ときどき、今でも一人で海を見に行ったときなんか、ふうっと飛び下りたい衝動に駆られることがあるの。私、弱い人間だから。」 そんなふうなお話だった。 何か、何か、明日、キャプテンについていなければいけないような予感がする。幾ら僕が疲れているとしても、手を緩めるキャプテンではない。それに、明日、どこへ行くともおっしゃらなかった。何も起こらないかもしれないけれど、キャプテンの所に行ってみたいと思う。 ケイトさんとさよならしたあと、アケルナルに戻って超小型発信機と受信機を持って帰った。 キャプテンは大丈夫だと思うけど。海になんか行かないとは思うけど。 でも、僕のせいでキャプテンは腕を無くしたんだ・・・・・ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ （次の文は、レポート紙片に書いたものがノートに張りつけてある 作者注 ） ここどこ？のどがいたくてこえがでない。からだがふわーんとしてる。あつい。そーんだいくさん、りんごがいたい。まりおさん、なにいったの？もうだめ。ごめんなさい、ごめんなさい。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日は何日だろう。考えなければいけないこと、たくさんあるんだけど、考えようとするとメチャクチャになる。疲れちゃった。皆さん看病にきてくれる。御免なさい。 （以上、筆談用のメモ用紙に） ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日、やっと小さな声なら出せるようになった。僕がキャプテンのあとをつけてからもう五日も経っていた。僕が寝ているのはキャプテンのベッド。申し訳ない。ロマノフさんと、キャプテンが来てくだすっていた。 僕が、御免なさいと言ったら、キャプテンは僕のことあほだと怒鳴って、今度やったら見放すとおっしゃった。でも、まだ、このチームに居てもいいとも言ってくだすった。 良かった。 何より良かったのは、キャプテンに、前と同じような本物そっくりの義手が接続されていたこと。僕が引っ繰り返っている間にどこかで付けてもらったんだな。どこで、って聞かないことにしよう。僕、キャプテンに手があるってことだけで満足だ。 一眠りした。キャプテンは出掛けたようだ。枕元の体温計に手をのばして計ってみたら、まだ三十八度ある。 もう一回寝よう。早く直して、これ以上迷惑掛けないようにしなくっちゃ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日、少し気分が良かったので、ご飯の支度をしようと思って台所に言ったところで倒れちゃった。 また、迷惑掛けたなぁ。 あと、とうとうというか、やっぱりというか、僕が亜人間との混血だとわかってしまった。キャプテン、優しいから僕が人間じゃなくてもいいって。僕は頼りなくって放っておくのにしのびないのだそうだ。 キャプテン、でも、本当に足手纏いになったらどうかすぐに言ってくださいね。僕、いつでも出ていきますから。 まだ、注射の効き目が効いているらしく眠い。 熱は、三十七度八分。もう少しだな。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ やっと、一人でトイレに行ったりシャワーを浴びられるようになった。（それまでどうしていたかなんて聞かないでほしい。）でも、ちょっと歩くとふらふらしちゃう。だから、キャプテンがご飯を運んでくださった。相変わらずベッドを使わせてもらっちゃってるし、多謝。 一つだけお願い。 いくら夏で暑いからっていって、バスタオル一枚で歩き回るのだけはやめてください！僕、発情期が来る前の子供ですけど、一応は男なんですから。 それに、お嫁の貰い手が居なくなりますよ！ 林檎のすりおろしって美味しいな。そうだ、今度焼き林檎作ってさしあげよう。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ キャプテンに手をひいてもらってキャプテンのフラットの周りを散歩した。 キャプテンは、顔が広いらしくて、色々な人から挨拶された。恐そうな人も多かったけど、キャプテンには気持ちの好い挨拶をしていたっけ。 途中、パン！という物凄い音がした、僕がキャプテンの顔を見たら、あれは銃声で、ここらへんではそう珍しいものではない、とのお答え。 「そんな！銃なんか、町で撃っちゃいけないですよ！」 という僕の考え方はやはり甘いらしい。 「自分の身は、自分で守る。そうでなけりゃここでは生きていけないわ。Ａ級やＢ級市民とは違って必死に”生きよう”としなければ駄目なのよ。あたしだって、必要があれば、ちっちゃな子供の前であっても抜くわ。」 でも、甘くたってなんだって、僕には僕の考えがある。町で、銃を撃ってはいけない！キャプテンみたいな普通の人に銃を射たせるような環境を作っちゃいけない！マーリナ２では、銃は持っちゃいけないことになってた。リマンで出来ないはずはない！ そんな僕の訴えに対して、 「へえ、マーリナ２って結構上の締め付けが厳しかったんだ。銃持っちゃいけないなんて。自由っていいことよね。あたしリマンに生まれてよかったな。」 これは冗談だよね。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日、マリオさんが遊びにきた。何でも、何とかっていう女の人のとこに行く途中だそうだ。 「何しに行くんです？」 と聞いたら、 「いや、彼女の生計をたてさせてやってるんだ。」 そんな殊勝なこと、マリオさんがするとは思えない。キャプテンが来て、 「この子の前でそんなこと言うんじゃないわよ。」 マリオさん曰く、 「あんただって、そういう方法で生計たててたんじゃないのかよ。俺は、欲しいものを貰って、その代わりに金を払う。立派な取引だ。」 何が何だか判らないけれど、ここらへんで生計をたてるのは中々たいへんらしい。 「そういう方法で生計たてられるでしょうか、僕にも。」 と僕が言ったら、とたんにキャプテンは真面目になった。 「不可能じゃない・・・・かもね。」 わかんないよぉ！どういう方法なんだろ！ マリオさんは、僕が退屈しているだろうと思って、本を持ってきてくださった。 ＠ 爆薬の基礎知識 マリオ リベラ著の手書き小冊子 ＠ 青い波間のイルカの国 ＠ 月刊 海洋 僕は二冊目を読みながら寝た。少し悲しいお話で、泣いてしまった。キャプテンにアホと言われた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 朝、小鳥が窓辺にやってきてさえずっていた。小鳥の声にも超音波が含まれている。僕は、小鳥と何とか話を通じさせようとしたのだけれど、駄目だった。 僕は、キャプテンが朝、髪の毛をといているところが好きだな。いつももつれているけど、朝、といたあとはとってもさらさらしてて、お日さまが反射して綺麗なんだよ。不思議なのは、ときおわったあと、一回グシャってかきまわしちゃうこと。もったいない！ 静かな一日だった。 マーリナ２を出てから、こんな日ってなかったな。誰かが僕を見守っていてくれて、僕は完全にその人に頼りきってる。キャプテンにとっては迷惑だろうけど、シークレットの仕事なんかしないでこんな日がいつまでも続けばいいな、なんて思ってしまう。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日、キャプテンがフレンチトーストを作ってくださった。少なくとも、キャプテンはフレンチトーストのつもりで作ってくだすったのだ。 ”カイユン、人のためにつく嘘というのは難しいものだよ。人格が完成しないうちにつく嘘は単なる嘘だ。そういう意味で、大人にならないうちは、よい嘘もついてはいけないんだよ。”と、父さんは言っていた。 だから、正直に言ってしまった。 あれはフレンチトーストじゃありません！ 胃腸が弱っているときに必死で食べたのがたたってか、今日一日寝込んだ。キャプテンはすまながっていらした。いいんですよ。完璧な人って居ないもの。キャプテンは、素敵なところが多い分、こういうところが抜けているんですよね。 夕方に薄い紅茶を一杯。これが一日の食事。 それにしても、同じフレンチトーストを食べて何でもなかったキャプテンは鋼鉄の胃を持っていらっしゃるに違いない。（これ見たら、怒るだろうなあ。） ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 疑問、一つ。 キャプテンは、スカートをはかないのかしら。 僕の母さんも、姉さんも、家でくつろぐときはスカートはいていた。僕が居てはくつろげないのかと思っていたら、そうじゃないんだって。仕事で使うとき以外ははかないんだそうだ。スカート、嫌いなんですって。 変だよね。スカートはかない女の人なんて居るはずないよ。ぐるっと部屋を見渡してみると、姉さんたちの部屋よりずっと殺風景だな。きっと、忙しくて、洋服や、部屋のことに構っている暇がないんだ。うん、僕、こういうことだったら力になれそうだ。 淋しい色の部屋のなかに、一つだけ暖かい色のものが一つ。机の上のうすもも色の貝殻。綺麗な貝殻だな。あんな色の貝殻を、幸君と玉穂と一緒に拾ったことがある。キャプテンは、誰と一緒に拾ったのかしら。優しいお父さんと、優しいお母さんと一緒にかな・・・・ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ キャプテンが、セフトさんに呼び出されたので、僕が一人で留守番。お店行って買物して、花摘んで、カーテン縫って、ご飯作って、キャプテンが帰ってきたら、変な叔父さんが来て、そのあとから銃を持った変なお兄さんが来て、僕たちは危険かもしれないのでアケルナルに移った。 もう、もう、シークレットなんか嫌いだ。 こんなの、こんなの、普通の生活じゃあない。 キャプテンは、朗らかに鼻歌かなんか歌っている。 僕もやけになって歌いながらアケルナルのリビングの壁にうすもも色のカーテンを張りつけた。 ・・・・・ぶつぶついうの、よそう。初めに飛び込んできた人はキャプテンの知り合いのサムさん。次の人は、サムさんの拾ったカードを取ろうとした探偵さん。わかっているのはそれだけ。 色々あったせいか、また熱が出てしまった。今日は、医療室のベッドで寝かさせてもらおう。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「これから忙しくなるから、ゆっくり休んで完調に戻しておきな。」 の、キャプテンのお言葉に従いたいところだけれど、考え込んでしまって休めない。 僕たちの生活って何なんだろう。命令があれば動く。そうでないときは、次の命令に備えて待機する。 父さんは言った。 ”人のためになる仕事をしようと思うんじゃあないよ。人に迷惑を掛ける仕事をしないようにすればいいんだ。” シークレットの仕事って、直接的には”軍”のための仕事。これはどんな仕事なんだろう。だけど、いくら考えたところで、今の僕には他の仕事に移る選択権はない。逆らえば、いつかマリオさんが言ったように殺されるかもしれない。 あああ。僕は何十回もため息をつきたくなってしまった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ むしゃくしゃしていたので、アケルナルの生活区画の拭き掃除して、布団干して（お日様にだ！）スープストック十リットルほど作って冷凍した。 「よく、そんなこまごましたことできるもんだ。」 キャプテンがおっしゃったので、 「非・生産的な日常に耐えられなくてストレスがたまったんです！文句ありますか！」 と、椅子を磨きながら言った。 「そんなことでストレス解消できるとは幸せな子だね。カイユンは。」 と、おっしゃったあとで、 「とは言うけれど、あんた、生産的な日常って何だと思うの？あんた、今まで、生産的な日常を送ってきたの？」 との質問を受けた。 そういわれると、はっきりしないな。研究者って仕事は、発見がなければ、ほとんど何も生産しないから。 キャプテン自身は、生産的な仕事をした経験はないそうだ。とにかく、生きるためには、手段を選べないかららしい。（だからっていって、乗っ取りやる理由にはならないとおもう） 「その、手段を選べない、っていう状況がいけないと思います。改善しなけりゃ。」 キャプテンは笑って、”カイユンの性格が、もっと過激だったら、革命軍組織して反乱でもやるんだろうね。”と、おっしゃる。 僕、軍隊は嫌いだ。軍人の中には好きになれそうな人も居るけれど。キャプテンは、軍隊は、軍人が作るもので、軍が悪いとしたら、それを作っている軍人が悪いのであって、軍隊それ自体に罪はないとおっしゃる。 キャプテン自身は、軍人が嫌いだそうだ。理由は、 ”人に命令することが好きな連中が多いから。” いかにもキャプテンらしい。 やっと、平熱に戻った。他の感染症で、予防接種してないものをチェックしておこう。 あ、キャプテンの家の台所片付けるの忘れた！ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日、他の三人も来て、指令が伝えられた。物凄く強力なレーザーガンの設計図がコスモアーミーから盗まれて、市外のコロニーから模型が見つかったそうだ。 僕たちは、模型を作った人をつかまえて、何のために作ったのか調べなくてはならない。 つかまえるということは、・・・・・もしかして、銃撃戦なんかやるのかな。不安だ。 恐ろしいことする人は捕まえなくてはならない。誰かがやらなければいけないのは判るけれど、それがよりによって僕でなければいけない理由はどこにあるのだろう。 僕は、キャプテンと一緒に農業コロニーに潜入する。僕が入れられるはずだった所だ。あまり恐そうな人 達は居そうではないし、一人で潜入する訳じゃなくてやれやれだ。出発は明後日。 夕食のとき、皆さんが、僕の病気全快祝いをしてくだすった。サロンエプロンと鍋つかみとミトンのセット。ありがとう。 でも、僕に棒つきキャンディーを贈ったマリオさんを、僕は絶対に許さないであろう。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 朝のコーヒー、キャプテンは深煎りが好きだということだ。 僕は、ソーンダイクさんに、まさかのときのために遺書を託した。すべてのものの所有権を、ドロップアウトに移す、という物。父さん達にも連絡してほしいけれど、無理というものだろう。 もし、キャプテンと一緒でなかったら、僕はもっと深刻になっていたと思う。キャプテンと一緒だから、僕はきっと生きて戻ってこられる。そんな気がする。 そのキャプテンは、隠し持って行く通信機や武器の点検を終え、明日からの打ち合せをすると”寝るわよ！”と宣言して、キャビンに入ってしまわれた。 僕は、献立表を作って、その通りに食べるようにソーンダイクさんに渡した。一応一ヵ月作ったけれど、もっと早く帰ってきたいな。 このノートにも、しばらく書けなくなる。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 僕は、キャプテンと一緒に鉱産コロニーから脱出してきた。いま、ルナ２の宙港にいる。 どうやら生きてるし、鑿岩機の影響で、指が少し疼くけれど、怪我もない。 キャプテンも、ロマノフさんも、ソーンダイクさんも元気。情報を提供してくれそうなユピテルさんという人も連れてくることが出来た。でも、マリオさんが、連絡を断ったきり行方不明だ。 ユピテルさんにミルクティーを出したあと、僕も飲んだ。少し、落ち着いた。 キャプテン、新しい義手との接続点が少し痛そうだ。鉱産コロニーでは恥ずかしいことさせちゃったし、ごめんなさい。 早く終わりになってほしい。 そして、マリオさんの元気な顔を見たい。 皆、最後まで無事でありますように。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ いま、キャプテン、ロマノフさん、ソーンダイクさんの三人が、犯人の居る建物に突っ込んで行った。 僕は、疲れているからということで、アケルナルに残された。 神様。お願いします。三人を守ってください。 ユピテルさんも一緒にお祈りしてくれた。 やったぁ！皆さん、無事で帰って来た。驚いたことに、マリオさんも一緒だった。今日の気分は五重丸だぁ。 犯人さんたちは、貨物室に収容した。怪我をしていた人が多かったので、行ってみたんだけれど、技術者のような人が多くて、そんな大それたことするような人達には見えなかった。紙コップでココアを配ったら、喜んでくれた。泣いている人もいた。 一番重傷だったのは、首謀者のディードという人、左手首切断。処置をしたあと、しばらくついていてあげた。ロマノフさんの知り合いだそうだけれど、”ロマノフにはすまないことをした。”としきりといっていた。グロ星の強制労働キャンプに送られること確実だっていうけれど、僕、この人、そんな悪人じゃないと思う。少し考え方が間違っただけだと思う。・・・・・ロマノフさんが来たので、あとは任せた。 ルナ中央港で、迎えにきてくださったアレックス＝ギダー中尉に人々を引き渡した。 今日は、ゆっくり寝て、明日、リマンに戻る。アランさんたちを砂漠から助けなくっちゃ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ アランさんたちを砂漠で回収して、コロニーの傍まで送った。何人かの人は逃げていた。キャプテンは、アランさんにも逃げるように勧めたのだけれど、アランさんはコロニーの方がいいと断った。 僕、判るような気がする。あのコロニー、好い人ばかりなんだもの。市内とは違って、びくびく暮らさなくていいんだもの。 ところで、ジョセフィーヌさんは、なんと！リマン最大の企業、ルノー社の社長、ジャック ルノーさんのお嬢様だった！すっごーい。どおりで、身のこなしが優雅な訳だよね。アランさんのことがあって、お家を飛び出したんだろうけれど、僕、そうしてくれて良かった。でなかったらキャプテンに会えなかったもの。（これって利己主義？）マリオさんが居なくなっていたのは、キャプテンの素性がわかったせいだったらしいけれど、なぜだろう？ 夕飯は、仕事が終わったお祝いにケーキを焼いた。（ろうそく五本。オーブンから早く出しすぎて、スポンジが縮んでしまった！） お酒も出したのだけれど、無断で仕事を離れた罰として３Ｇルームに入れられていた（キッチンコーナーの掃除もしてくれたんだけれど、良く落ちてませんでしたよ）マリオさんは一杯だけしか飲まなかった。３Ｇで参っちゃうなんて、人間って不便だな。 マリオさんが、チームに戻ってきてくれて嬉しいんだけれど、なぜ戻ってくれたんだろう。質問したら、怒鳴られた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 昨日迄のことの報告書を書いた。 この間のように、食事を作るのを忘れることの無いよう朝に作って冷蔵庫に入れておいたのは良かったと思う。 いま、午前二時。キッチン。 まだ起きていて、ときどきコーヒーを飲みにくる人のために、作り置きをしている。 目が冴えてしまっているので、今回のことについて書いておきたい。 まず、この僕が何をしたかについて。 ＠ 農産コロニーに侵入。調査。 ＠ 鉱産コロニーに侵入。調査。監禁されていた人と ともに逃亡。 ＠ ジナという人の家の監視。 ＠ その人の家に来た男の人の追跡、パラライザーで 襲い、持っていた手帳を盗んだ。 ＠ レムーノという人の屋敷に侵入。時限装置付き爆 発物をセット。 これは、何一つとして僕らしい行動ではない！いま、思い返してみても、良くやれたものだと思う。異常事態では、普段やれないようなことも出来てしまうというのが恐い。 次に、仕事全体のことを考えてみる。 僕たちは、事件を解決したことになっている。 たしかに、恐ろしいレーザーガンと、その設計図は徹底的にマリオさんが処理してしまった。その点では解決したといって良いと思う。 でも、割り切れないんだ。だって、主犯のディードさんは、悪人じゃないよ。マリオさんから話を聞いてますますそう思った。あんまり悲しいことが多すぎたから、ああなってしまったと感じる。ジナさんを愛していて、ジナさんを大切に思っていて、そのジナさんを人質に取られて、だから、軍の機密を売ってしまった。でも、家族を皆殺しにされ、ディードさんはコスモ・アーミーに逮捕されてしまった。 人を殺して、脱走して、レーザーの設計図盗んで・・・・・信じられるもの、皆無くして、メチャクチャなことやりたい、反抗したい気持ち、判るもん。 協力した技術者さんの気持ちも判る。理工系の研究には、莫大なお金がかかるもの。人間としては許せない行為でも、技術者の立場に立ってみると許してみたくなってしまう。 何がいけなかったんだろう？何がもとのもとの原因なんだろう？ アランさんが、コロニーに強制移住させられた原因。ロマノフさんが、奥さんと娘さんを殺されてしまった原因。ジョセフィーヌさんがあんなあられもない格好に慣れてしまっている原因。下町で、発砲が日常茶飯事になっている原因。 皆、根はつながっているような気がする。でも、それは大きな怪物のようなもので、僕は良く判らないし、僕に解決できる訳もない。 もう一つ、別の”なぜ？”がある。 ロマノフさんが、Ｄ級に落とされるのを覚悟のうえでディードさんの逃亡を幇助した理由。ジョセフィーヌさんが、アランさんのことを今でもとても大切にしている理由・・・・・ こっちの方は、よく考えれば、はじっこ位は判るようになるかもしれない。 そして、僕は、判るようになりたいと思う。 |