| 昨日、初めてアケルナルに泊まった。キャプテンのジョセフィーヌさんによると、アケルナルは”簡単な構造の小型宇宙船”なんだそうだ。だったら、その、中で迷子になった僕は何なんだろう。夜中に荷物置場に行くつもりで、歩いて行ったら兵器庫で、気が付いたら動力室に来ていたんだもの。ロマノフさんに助けてもらえなかったら、どうなっていたことか。 宇宙船のなかで遭難した、なんて言ったら、笑い話になっちゃうなあ。 そんなことがあったものだから、ジョセフィーヌさんは、僕に船内図と発信機をくださった。なぁんか、疲れたような顔なさっていたなあ。早くも迷惑かけてしまった。駄目だな。僕って。 パック食で簡単な朝ご飯をとってから、五人揃って船内を歩いたんだけど、やっぱりしばらく覚えられそうに無いなあ。僕、宇宙船なんて乗客として乗ったことが一度あるきりだもの。 そのあと、役割分担があった。どうも、アケルナルが飛んでいるときは、五人ともコクピットに座っていることになるらしい。もっとも、二人居れば、操縦は出来て、一人でも駄目ってことはないんだそうだけど。（コクピットって、色々なメーターがあってそりゃあ綺麗なんだ、父さんが見たら、驚くだろうな。） ジョセフィーヌさん パイロット 真ん中の席 ロマノフさん ナビゲーター その右隣 ジョセフィーヌさんと、ロマノフさんは交替できるんだって。凄いな。 マリオさん レーダー手 左側 ソーンダイクさん オペレーター 右側 僕・・・・・・・四人の補助 ・・・・っていう役目をジョセフィーヌさんに与えられて、僕は思わず 「へ？」 なんて言っちゃった。 「補助・・・・・って？何すればいいんですか？どこに座ればいいんでしょうか？」 ジョセフィーヌさんはぶっきら棒に言った。 「あんた、操船についてはなんの技術もないでしょう？だから、補助よ。忙しいところの手伝い。椅子は、サブチェアを使いな。ワープの時は、マリオの横のを使うこと。これ、読んどきな。あとでテストする。」 そして、マニュアルの分厚い束を僕に向かって放り投げた。・・・・・僕に理解できるかしら？やんなっちゃう！そんな僕の様子が気になったのか、ロマノフさんが、ジョセフィーヌさんと僕の間に入っておっしゃった。 「ジョー、カイユン君の主な仕事内容を言っておいたほうがいいのではないかな。」 ジョセフィーヌさんは、僕を睨んで言った。 「操船が出来ないんだから、他のところで役に立ってもらうわ。・・・・・今度行くエニラム星の海洋の状況の解析と、・・・・・・家事一般よ。あんた、身上調査書にのそこに○がついていたからね。」 僕は、思わずにっこりしてしまった。望むところだもの。ジョセフィーヌさんは、怪訝な顔していたみたい。 そのあと、ロマノフさんと一緒に、キッチンコーナーへ行った。予想していたとおり、パック食品しか受付ないような構造になってる。これじゃあ駄目だよ。皆さんに、美味しいもの食べてもらわなくっちゃ僕悲しいもの。今回は無理としても、行く行くは改造を加えたい。コーヒーメーカーくらい、すぐにセットできないかしら。専門家に伺ってみなくっちゃ。（誰に聞けばいいんだろ？） うう、しかし、憂欝だな。オペレーターはともかくも、パイロットやナビゲーターが出来るようになるかなぁ、この僕に。母さんなら、何というかしら。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ エニラムへ行くまで、あと五日。 「手に入れなくてはいけないものがあれば、コスモ・アーミーで調達してきな。」 と、ジョセフィーヌさんは、僕にカードをくれた。 「現金化も出来るわ。一定の限度額をこえなければ、自由に使えるから。」 その、限度額というのが、とっても大きかったので、素直に叫んだら、笑われた。考えてみれば、シークレットがお金がなくてピーピーして居たら問題だものね。でも、Ｄ級市民の僕たちに、そういった優遇措置が当て嵌められるとは驚きだった。マリオさん曰く 「もし、俺たちが犯罪行為を犯せば、”見付け次第射殺”ということになるんだぜ。少しくらい楽しませてくれなきゃ、この仕事は割に合わねぇ。」 そんなものかしら？ とにかく、僕は、必要なものを調達するため、コスモアーミーの資財部へ行った。（入口まで、ロマノフさんと一緒。そのあと、ロマノフさんは、武器が並んでいるほうへ行ったので、僕は一人で窓口に行った。）窓口にいたのは、女の人で、カーキ色の軍服は余り似合っていなかった。 僕が、欲しいもののリストを出したのに、女の人は無視していた。・・・ていうか、見えなかったらしい。軍人さんって、背が高いでしょ？僕、小さいもの。 「あのー」 と、大声で言って、初めて気付いてくれた。 でも、とっても変な顔された。 「坊や、軍属？」 そうきかれたから、 「はい！そうなんです。」 と、簡易身分証を出してはっきり答えたのに、女の人は、もう一回念を押した。そうして、僕の指紋と網膜パターンを照合して、やっと信じてくれた。 「コスモアーミーも手不足なのかしら、こんな小さい子までシークレットにするなんて。」 さて、女の人は、僕を何才だと思ったのだろう。 女の人は、リストを見て、深いため息をついた。 「こんな注文、初めてだわ。・・・坊や、ここは食料品店じゃあないのよ！」 僕は、きょとんとして、首を傾げていた。 女の人は、も一つため息をつくと、奥の方に引っ込んでしまったけれど、しばらくして、紙箱を持って来た。 「ここには、軍用食料しかないの。あなたが欲しがっているようなお茶や、素材缶詰はないのよ。はい。リストにあるのはこれだけ。・・・・・・帰ったら、チーフに、ごく普通のパック食品を使うように言ってね。」 紙箱の中には、いくつかの食料と、おまけに付けてくれたドロップ缶が入っていた。 女の人・・・ケイトさんという・・・は、僕に向かって微笑むと、片目をつぶってみせた。そして、ときどき遊びにくるように言ってくれた。僕は、弟さんに似ているのだそうだ。ケイトさんは、アケルナルに直接箱を送ってくれる、と言った。 ロマノフさんを迎えに行ったけど、まだ、奥の方で軍服を来た人と話し合っていた。僕は、 「待っていなさい」 といわれたので、しばらくうろうろしていたけれど、外に出た。 コスモアーミーで、目的のものが揃わなかったので、研究所時代に行きつけていたお店にちょっと買い付けに出掛けたわけ。コスモアーミーなんて大きな組織のなかに、大豆の水煮缶がないなんていったいどうしたわけだろう。とても妙だ。 お茶は、コーヒー、紅茶、ココア、烏龍茶、煎茶、とにかく色々買った。豆乳、ミルクは、パックのを買った。 お店からでて、しばらく歩くと、薄暗い路地から出てくるマリオさんを見かけた。マリオさんは、厚くお化粧した、女の人と一緒だったけど、僕がぶんぶん手を振り回して名前を何度も呼んだら、女の人は、不機嫌な顔して一人で行ってしまった。”いいんですか？”ときいたら、”いいんだ、あいつ、しつこくてな。追っ払う手間が省けた。なに。ただのガイショウさ”って答えてくれた。？ガイショウってなんだろう。（今、辞書を引いて、意味がわかった。僕は今、とても赤い顔をしている） マリオさんに並んで、やってきたことを言ったら、 「あほ！」 と、怒鳴られた。 そして、一般の店から、アケルナルに配達させるなんて、シークレットとして馬鹿の極みだと罵られた。 言われればその通りだな。 「すぐにお店に戻って、僕が直接車で取りにくるように手配します。」 （おや、そういえば、僕はスクーターしか運転できないんだった。） と言ったら、マリオさんは天を仰いで、一緒に行って、僕がボーッとしている間に、手配し直してくれた。何でも、宇宙港の裏手の、僕としては余り感心しないような集配センター止めにしたらしい。こういうところに手慣れているマリオさんは、どういう生活を送ってきたのだろうか。聞いてみたいけれど、マリオさんは聞かれたくないかもしれないなぁ。 しかし、マリオさんほど、食料品店に似合わない人も少ないだろうなぁ。 ロマノフさんと合流してアケルナルに帰った。 「ただいまー！」と、入っていったら、ジョセフィーヌさんに変な目で見られた。（ソーンダイクさんは、なにも反応してくれなかった。きっと、また、物凄いこと考えてるんだぞ！） 「ただいま」っておかしいかなぁ？ でも、これから、僕の家はここなんだもの。 今日も忙しかった。お茶を入れる暇もない。明日は、オペレートの試験をする、とジョセフィーヌさんから言われている。勉強してから寝なくっちゃ。 マリオさんは、お酒を飲んで、早くも寝ている。かなりの大人物だと僕は思う。 父さん、母さん、お休みなさい。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 僕が起きた時、まだ誰も目を覚ましていないようだったので、朝ご飯を作ろうと、エプロンをして台所へ行ったら、ロマノフさんがいた。 ロマノフさんは、パックされたコーヒーを飲んでいた。僕と目が合うと、”お早よう”と言ってくださった。 僕が、コーヒーメーカーを棚から出すと、 「本格的だね、きちんと入れてもらうコーヒーは久しぶりだよ。」 と、パックコーヒーを飲み干してからおっしゃった。僕のこと、色々気にしてくれているんだな、と感じる。 オムレツもサンドウイッチも、なんとかうまく出来て、キャビンに放送を入れると、すぐに皆さんが来てくだすった。 マリオさんは、ぶつぶつ言いながらも全部食べてくれたけど、すぐにコクピットへ行ってしまった。ロマノフさんは、誉めてくれた。ソーンダイクさんは・・・・・残念ながら、食べながらも色々考えること、あるみたい。コメントはもらえなかった。ジョセフィーヌさんは、じろじろ僕を見て、 「どうやら、台所の使い方はわかったようね。」 と、つぶやいた。 不満に思う人が出なくて、本当によかった。 昼は、スパゲッティー。バジリコを大量に使って、お醤油をたらっと垂らした。 ロマノフさんは、バジリコが苦手みたい。 ソーンダイクさんは、タバスコをケチャップのようにかけていた。辛いとも何にも言わなかったけど大丈夫なのかしら。マリオさんは、買い出しに出ていていなかった。 午後、オペレートの練習をした。 研究所で使っていたメーカーの機械だったので、割合うまくやれたと思う。隣で、じっとジョセフィーヌさんが見ていたので、とっても緊張してしまった。 「まあまあ使いものになるわね。」 というのが、ジョセフィーヌさんの感想。 もう、帰ってきていたマリオさんは、 「13才にしちゃあ、出来すぎだ。」 これはあんまりだ。 その、マリオさんが、呆然としたのがソーンダイクさんのコンソール捌き！僕もあんな風になりたいな。 明日は、ナビゲートのシミレーションもやることになった。（夕食の水餃子、気味悪がって食べてくださらなかった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ナ ビ ゲ ー ト な ん て 嫌 い だ ぁ ！ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 昨日は、ナビゲートの練習で、散々だった。 今日も、ナビゲートの練習で、散々だった。 明日も、ナビゲートの練習で、散々だろう。 ジョセフィーヌさんに怒鳴られてしまった。・・・・・でも、めげちゃあいけないんだ！頑張るぞ！ 自分のできなささが嫌になって、ベッドで毛布を被っていたら、ロマノフさんが夕食の支度をしてくれていた。あ〜あ、僕って本当にだらしない！ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ”人には、コーヒーが好きなタイプと、紅茶が好きなタイプがある。” マーリナ２に居たとき、父さんから、そう聞かされた。アケルナルの人たちの第一印象からすると、マリオさんとロマノフさんはコーヒー党。ジョセフィーヌさんは紅茶党だ。 夕飯のあとで聞いてみたら、ロマノフさんは、普段はコーヒー、時により紅茶、マリオさんは、”どちらにせよ、アルコールが入っていればよい”そうだ。 意外だったのは、ジョセフィーヌさん。コーヒー党だった。 「ふうん。ジョセフィーヌさんって、優雅な感じだから、紅茶がぴったりだって思ったんですけれど？」 僕が言ったら、左手で叩かれた。（痛かった） 「人の好みは自由でしょう？それと、その”ジョセフィーヌさんって言うのおやめ！ジョー、又は、キャプテンと呼べ！」 物凄い怒り様だった。紅茶にまつわる、悲しい思い出でもあるのかしら。・・・・ジョセフィーヌさんは、過激な言葉さえ使わなければ、とっても気品があるのにな。 ソーンダイクさんは、どうだろう。コーヒーでも紅茶でもなさそう。ココアかな？ミルクかな？聞いたけれど、答えてくれなかった。いつになったら、話してくれるのかな。僕のこと嫌いなのかしら。ビタミン不足のような顔色をしていらしたので、栄養強化の豆乳を、寝る前に出してみた。依然として、反応してくれない。うううううう・・・・・・濃い烏龍茶を飲んで、も少しナビゲートの勉強をしよう。今日もまたジョセフィーヌさんに叱られた。ああ、眠い。 それと・・・・明日はいよいよ出発の日だから、点検も、も一度しておきたい。食料、水、海洋調査用機器、薬品、酸素ボンベ、ガスボンベ（結局台所にこんなものを持ち込むことにした。）”ドルフィン”（これは、最新鋭の潜水艇。素晴らしい。）そして、僕の友達のこと。彼は、研究動物、僕と同じ。調査のためにジョセフィーヌさんがコスモ・アーミーに申請して連れてきて貰ったんだ。 今日の夜食は、魚を二匹奮発してあげようっと。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日は出発の日。僕は、マリオさんの横の椅子で、震えていた。 宇宙港の離着床へ、アケルナルが移動したときから、コクピット内は緊迫感が張りつめていた。マリオさんでさえ、計器を見つめ、無駄な話や動作を一切しない。 パチパチとスイッチを切り替える音、ランプの光、僕は、その時やっと、”ああ、僕はシークレットになったんだ。僕は、もうあとには退けないんだ、と、実感した。 「飛ぶわよ。」 僕に向かってそうおっしゃったジョセフィーヌさんは、はっとするほどきれいだった。 管制塔との通信、目まぐるしく動くゲージ、 続いて僕を襲う衝撃。１Ｇ、２Ｇ、まだ大丈夫、３、４、５、胃にむかっと来る。我慢していると、すっと軽くなった。マーリナからの旅の時と同じ。 「リマンの重力圏外に出たわ。」 スクリーンには、リマンの月の一つと、宇宙ステーション”アルテミス”が映っていた。 そのあと、計器を点検しながら、リマンの太陽系外に出た。宇宙に出てしまってからは、マリオさんも軽口を叩いて、リラックスしていた。僕も、ミルクのたっぷり入ったココアでも皆さんに入れようかと思って席を立とうとしたら、 「ワープ。三分前。カイユン、死にたくなかったらベルトを締めな！」 のジョセフィーヌさんの声がかかってあわてて戻った。ワープ可能域にこれほど早く入るとはびっくり仰天だ。ベルトをきっちり引いた。マリオさんが、再び真剣な表情になった。 それから先、記憶がない。 気付いたら、医療室に寝かされていたんだもの。隣のベッドにはソーンダイクさんが引っ繰り返っていた。自分の身体が、裏返ってしまったような気持ち悪さで、しばらく、息をするのも苦しかった。 ちょっとして、ロマノフさんが来てくれた。僕のことを、マリオさんが担いできて下さったのだそうだ。多謝。 だけど、ロマノフさんが来てくれる前に、他の誰かが来ていた気がするな。僕の額に、ひんやりした手が乗ってたような気がする。 ジョセフィーヌさんは、ロマノフさんのあとやって来て、 「ワープ慣れしていないんだったら、言っときな！いちいち聞いておく暇ないんだからね。これからは薬を飲め!!」 と、叱っていかれたので、違うだろう。 絶対にホワイティーのはずはない。 母さんか、姉さんの夢を見たのかしら。 ベッドから降りても気持ち悪かったので、口直しに飲み物を作った。 紅茶（ 100cc )＋レモン汁（大さじ一杯）＋白ワイン＋砂糖＋オレンジジュース( 100cc ) 口当たりがいいだけって気もするけれど、ソーンダイクさんは気に入ったようだ。（おかわりしてくれたんだ ）もちろん、僕の分には、ワインを入れていない。（未成年だもの。） また、ご飯を他の人に任せてしまった。反省。 今、キャビンで、これを書いている。倒れてから、丸一日寝ていたのでふわふわしてる。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日の教訓・・・・・地上と同じように台所を使って居るときに、重力場発生装置を切られると、悲惨なことこの上ない。 泣いていたら、マリオさんに、 「ば〜か、勝手に泣いてろ。」 といわれた。 ジョセフィーヌさんは、僕が０Ｇになれていないのを知っているくせに、なぜ０Ｇにしたがるのだろう。意地悪だぁっっ！ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 今日、悲惨なシミュレーション訓練のあと、僕がワッチ（当番）になっている時、通信が入った。 「こちら、コスモアーミー監視船、サザンクロス。コードネーム”ドロップアウト”応答せよ。」 あわてて、 「はい、はい！」 って返事して、スクリーンを見ると、とっても綺麗な（綺麗なっていうの、男の人には変かな？でも、本当に”美青年”っていう感じだった。）が映っていた。 「私は、コスモアーミー特務部隊、アレックス ギダー中尉だ。本船は、貴艦の監視を行なうのを任務としている。艦長を出し給え。」 僕は、急いで、 お世辞でも何でもないのにな。淡い黄色のキラキラ光る髪、通った鼻筋、理知的な瞳、うう。いいなぁ。 「ね！格好いい人でしたね！」 そばにきていたマリオさんに言うと、 「さぁな。俺よりも、女のひっけかたは下手なんじゃないか？ありゃあ、ただのお坊っちゃんだ。」 だって。 マリオさんは、確かにさっきの中尉さんとは違った魅力がある。でも、素敵な人は素敵だって認めないのはいけないと思うんだけど・・・・・ それに、女の人をひっかけるのも、いいことじゃあないっ！ 明日は、キャプテンと一緒にドルフィンの調整をする。少しは役に立てそうで、楽しみだ。 「ありがと、カイユン。でも、あんた、自分のしなくちゃならない事をしっかりやってさえいればいいんだよ、他人のことには余り気を使わない様にしな。馬鹿を見るから。」 僕たち、他人なのかな。 マーリナ星では、町の人なら誰でも他人なんて人いなかったのに。 ちょっと、寂しかった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 朝、厚焼きのビスケットを大量に出したら、残ってしまった。どうやら、ロマノフさんとマリオさんは、甘党ではないらしい。今度から、少なくとも、お砂糖を控えて作ろう。 それにしても、 お皿を洗いおわって、一旦キャビンに戻ると、にやにやしながらマリオさんが待っていた。面白い性格分類テストがあるからやってみろと言う。部屋に備え付けの小型コンピュータのディスプレイに、ずらりと質問事項が並んでいた。”きっと僕をからかうつもりなんだ。”と思ったけど、もしかして、そうじゃないかもしれない。そうだったら悪いと思ってやってみた。 全部の質問に答えてリターンキーを押したら、 ”あなたの精神年齢は十三才です” と、音声とともに表示された。 マリオさんは、大笑いしながら出ていった。 もう、もう、ゆるしてやるもんか。夕飯の盛りをへらしてやる、とその時だけ考えた。あああ、でも、本当に十三才とは参ったな。 午前中一杯（連邦標準時）、キャプテンと”ドルフィン”の整備をし、僕が操船の説明をした。 「結構難しいもんだ。・・・・・並の乗り物だったら操縦できるつもりでいたけど。」 キャプテンは、髪の毛をひっかき回しながらおっしゃった。仕方ないですよ。ドルフィンは、かなり特殊な構造だから。むしろ、それにしてはキャプテンの理解速度は異様に早いほうだと思うなぁ。深刻に考えることなんか無いのに・・・・・ その時、またアレックスさんから通信が入った。 僕は、走って、 通信のなかで、”ドロップアウトだなんて、そのコードネームは何？”だの、”もっと具体的命令よこせ”だの、僕とソーンダイクさんのために”ワープ距離は増やせない”だの、キャプテンはまくしたてた。 （キャプテン。ちょっと言葉遣いが悪すぎますよ！） アレックスさんは、エニラム星で起きた事故のことを話してくれた。宇宙船の燃料原料の鉱石を掘るためのプラント、輸送船が襲われたのだ。僕らの任務は、その原因を調べることと、原因を取り除くこと。 僕は、綺麗な海を持つ惑星の例として何遍もエニラムの名を聞いていたので、そんな恐ろしいことをするものが海に出るなんて許せない気持ちだった。 すぐ、短距離ワープをするということになって、僕はあわててワープ酔い止めの薬を飲んだ。 マリオさんは、また不機嫌そうだった。人から命令されるのが嫌らしい。人から言われていれば、自分で考えることないから楽なのにね。（僕に主体性がないのかもしれない。）あんまりぶつぶつ言うものだから、キャプテンに”自分の頭でもぶっ飛ばすのね！”と言われていた。（うまいことおっしゃるなぁ！） そのワープも終わり三時間ほど倒れていた。（短距離ワープといっても、結構長い！）薬の副作用でとろんとした目を擦りながら夕飯を作った。（ロールキャベツと煮物とコーンスープ）ふと、アレックスさんのことを思う。キャプテンや、マリオさんは反発するけれど、僕には、他の皆さんと同じようにいい人に思えるのだ。もっと話がしてみたい。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ トーストと、煎り卵と、野菜ジュースの簡単な食事のあと（ワープ酔いのせいか、頭が重い。どうしても朝ご飯の手を抜いてしまう。）またもやキャプテンに呼ばれて、ナビゲートのシミュレーションをやった。 一連の操作が終わったあと、キャプテンは腕組をしてじっと僕の顔を見ていた。何か言われるな、と感じて、 「御免なさい。僕、また何かやったみたいですね。いや、反応が遅かったんでしょうか？」 と先取りして言ったら、 「あんた、自分を悪く言えばいいってもんじゃないわ。自分の仕事を冷静に評価できないようでは失格よ。・・・・・・ミスはなかったのよ。短期間によく上達したと感心していたの。」 誉められたのか、けなされたのか、よく判らない誉められ方だ。一応ナビゲーションは合格、ということで、次の課題を与えられた。０Ｇでの動作が自由に出来るようになることと、今日の夜、エニラム星の海洋環境について、講義を行なうこと、パイロットになるためのの訓練。 最後の一つは難しいということで、長期課題。０Ｇ訓練は、今日の午後から。講義ということについて、質問してみた。 「ジョ、・・・・キャプテン、講義しなくても、アケルナルのコンピュータは賢いですからデータを見ることは簡単ですよ。僕、講義なんかしたことないですし・・・」 「あのね、カイユン。コンピュータは万能じゃないんだ。他の人間に物事を納得させながら伝えるのは、コンピュータより人間の方が上よ。あんたの講義が上手いか下手かは知らないけれど、自信がないなら準備をきっちりすることね。夜までには十時間以上あるわ。一先ず、トレーニング室で、マリオに揉んでもらいな。話はしてある。」 プレッシャーだ、プレッシャーだ、プレッシャーだ！ ジョセフィーヌさんって、どうしてこうプレッシャーかけるんだろう！こんなに気の強い女の人って初めてだぁ！（嫌いって意味じゃない。憧れちゃうんだ。僕、もっともっと強くなりたいから。） とにもかくにも、トレーニング室に行くと、マリオさんが、真面目にトレーニングをしていた。 「わあ、精がでますね。嘘みたい。」 なあんて、思わず言ってしまった。 叱られるかと、反射的に身を縮めたら、 「口説く女が居なくて暇なんだ。ジョーって女は、口説くだけの可愛げがないしな。・・・・・お前、女の代わりに俺の相手をする気があるか？」 無論、お断わりした。 だって、僕は、れっきとした男だもの！父さんも言ってた。男はお嫁さんを貰うものだって！僕、お嫁さんには成れません！ そういったら、マリオさんは、脱力したようだった。 部屋の重力を０Ｇにして動き回る練習をした。僕は、自分がスポンジボールに成ってしまったような気がした。全然力が入らないし、自分の思う方向に動けない。高重力なら、本当の人間より得意なのにと思いながら必死で動いた。マリオさんは、意地悪な笑い声をたてていたけれど、僕が器具に激突しそうになるとさり気なく突き飛ばしてくれる。やっぱりいい人なんだ。（努めて、そう思おうとしてみよう。） 昼前に、三度目のワープ。やっぱり気持ち悪い。 お昼は、ピザ。宇宙連邦では、民族はごちゃごちゃに混ざっているはずなのに、マリオさんは南ヨーロッパ民族の血が濃いのか、パスタが大好き。ロマノフさんは、チーズ好きではなさそう。キャプテンは小食。（あんだけしか食べなくて、あんだけ凄い活動できるなんてなんて経済的なんだろう。でももっと食べてほしい。あれ以上痩せてしまったら、いいことないもの。）もう一人の人について？書きたくない。（出したものは全部食べてくれる。） 午後は、再び０Ｇ訓練、その後、講義原稿を書く。 ハンバーグの野菜ぞえ、オニオンスープ、ミモザサラダ、ライス、コーヒー、の夕食のあと、言われたとおりに講義をした。スライドも用意して、原稿を読みまくった。 惑星の大きさ、公転周期、重力、空気組成、海洋％、海水組成、海流、地形、海棲生物分布、水温。エニラムは、まだまだ、特に深海部の調査は進んでいない惑星なんだけれど、知られていることは全部話せたつもり。専門用語を出しちゃって、キャプテンに質問された。気配りが足りなかったな。 話しおわって、スライドを映すため消していた照明を点けると、マリオさんが話しかけてきた。 「お前、頭の中身だけは、十三才より歳食ってるらしいな。」 何とでも言ってください。 皆さんがキャビンに引き上げてから、後片付けをしていたら、ソーンダイクさんが一人残って僕の方を見ているようだったので、 「ソーンダイクさん。明日、朝の三時からワッチだったですよね？早く休んだ方がいいですよ！お休みなさい。」 って挨拶したら、片手をちょっと上げて立ち去った。しゃべってくれなかったけど、反応してくれて、とっても嬉しかった。今日は、僕が深夜ワッチ。あすの朝、ソーンダイクさんに”お早ようございます”って言ったら、お早ようって答えてくれそうな気がするな。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 万 歳 ！ 今日、ソーンダイクさんが挨拶してくださった。僕が、お早ようございます、お早ようございます・・・十回くらい繰り返したら、ちゃんと答えてくれたんだ。父さんと同じ、色々考え事しているから他の人の言うことが耳に入らなかったんですよね。僕のこと嫌って居た訳じゃなかったんですよね！ 三時の交替時間、サンドイッチを用意してから八時までゆっくり寝かせてもらった。（かなり忙しくても、暇があって寝られるときは、一日五時間は寝なくっちゃいけないんだって。） すっかり忘れていたけれど、今日は、朝と、お昼と、二回のワープがある。薬漬けだよぉ〜。このワープで、エニラム星のすぐ近く（っていっても、ワープで出て危なくない程度の近さ）へ出る。 最後のワープの前、キャプテンが 「着いてからは、あたしの指示にしたがっていればいいんだからね。」 と、言ってくださった。 優しいな。 この人が居なかったら、僕は今頃市外のコロニーに送られてしまっていたんだ。 この人のおかげで、僕には居場所があるんだ。 「キャプテン、キャプテンって、優しい人ですね。」 つぶやいたら、ひっぱたかれた。 ワープのあと、スクリーンには、綺麗な惑星が映っていた。リマンよりずっと青い。マーリナ２と同じくらい、いや、もっと青い。ほとんど陸地の無い海の固まりの星。 父さん、母さん。兄さん、姉さん、玉穂、 みんなと一緒に見たかったよ。 それ程、綺麗だったんだよ。 目に染みる位だったんだよ。 キャプテンは”何かいやな予感がする”とおっしゃっていたけれど、どうかなぁ。 着陸は、離陸より楽だった。はて、僕は丈夫になったのかしら。（でも、吐き気はした。）僕たちは、エニラム唯一の陸地、ルノー社の工場があるところへ降りて、立派な建物の中に通された。 あんまり立派だったので、歓声を挙げたら、案内してくださった係の方が吹き出した。そして、マリオさんに足を踏まれた。何がいけなかったんだろう。 通された部屋は、じゅうたんがひいてあって、部屋が五つもあった。居間のような所には、フカフカのソファーがあって、大きな窓からは海が見えた。でも、その海は、大気圏外から見たような綺麗な海じゃなかった。鉱石の採掘屑のようなものが海面から突き出していて、海岸には植物一つ生えていない。なにかの汚染源が近くにあるんじゃないかな。もしそれが、ルノー社の鉱石精製作業によるものだったなら・・・・・ルノー社はひどいと思う。余り付き合いたくない。 僕たち四人を残し、ジョセフィーヌさんはルノー社の責任者と話をしに出ていかれた。入違いに、男の人が入ってきて”御飲み物はいかがですか？”と聞いてくれた。他の三人はコーヒー、僕はクリームソーダを頼んだ。やや、甘味が強かったような気がする。 男の人が行ってしまってから、僕は、ボーッと海ばかり見ていた。シークレットの仕事なんかしたくなかった。こうやって海を見て、海と一緒に暮らしたかったな。（これって逃避だね。） ジョセフィーヌさんが帰ってきて、詳しいことを教えてくださった。襲われた船やプラントには、大きな動物の歯型らしきものが認められた。意見を求められたので、僕は考えてみた。広い宇宙の中には、船を食い千切る事くらい簡単に出来る海棲生物も居る。例えばラワード星のナゲリアシマウツボ、ソマラのトゲカギザメ。でも、エニラムのような気候の星に攻撃性の大きな生き物が居る確率は低い。僕の頭のどこを探しても、エニラムに危険な生物の居る要素は探しだせなかった。 それに、ジョセフィーヌさんあっっキャプテンの指摘通り、攻撃の位置が的確すぎる。巨大な生物で知能の高いものは見つかっていない。もし、生物の仕業としても、バックにそれを操る高等生物の存在があるに違いない。”さっそく潜ってみよう”というキャプテンのお言葉。今日は、休息を取り、明日から行動開始。 キャプテンに断って、海に潜ってみた。思ったとおり、沿岸は海藻もなく、海水はいやな味がした。ホワイティーは、すぐ海に放してあげた。 夕食は、ルノー社の人が持って来た。人に作ってもらえるのってやっぱり嬉しいな。 ソーンダイクさんは、お休みなさいも言ってくれた。わーい。それではお休みなさい。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 何と言っていいのかわからない・・・・・ 今、書いているのは、エニラムからリマンへ帰るアケルナルの中。 僕のせいで、ジョセフィーヌさんは左腕をなくした。僕が、僕が、もっと気を付けていれば、気を付けて、気付かれずに行動できていればあんな風にはならなかったのに。あんな風にジョセフィーヌさんの義手を切断してエネルギーカセットを取り出すなんて事しなくっても解決できたかもしれない。ジョセフィーヌさんたちならできたはずなんだ。 僕のせいだ。僕が悪いんだ。 メンバーのなかでは、僕がいちばん医学の知識を持っていたので、ジョセフィーヌさんの手当てをした。医療機器を使って、残った義手を取り除き、生体部の保護をした。 「あー、すっきりした。」 といいながら、ジョセフィーヌさんは肩から十センチしかない左腕をくるっと回してみせた。 なんであんなに明るくしていられるのかしら。僕がずっと下をむいて沈んでいたら、 「あほ、なぁに遊んでんのさ。さっさとメシの支度でもしな！」 右手でひぱったかれた。左手でひっぱたかれたのより痛くないような気がした。 片腕がないってどんなことかしら。 夕食の片付けをしながら考えた。 エプロンのなかに左手を入れてそのまま紐で縛ってみた。左手って余り使っていないつもりだったけれど、実際にはよく使っている。布巾を絞る時、お皿を洗う時、片手じゃうまく出来ない。皿洗い機を使わずにやってみた。お皿を流しにおいて、スポンジで洗い、蛇口から水を出して洗剤を流す。水きり篭に入れ、布巾を持って拭く。表が終わったら裏返してまた拭く。裏返して拭いているうちにまた表が濡れてしまう。 そうこうするうち、お皿がつるっと滑った。 強化プラスチックだから割れなかった。 でも、カラン、といういやな音が床の上でがした。 僕はしばらく、つっ立っていた。 僕は、お皿を受けようとして、縛っていた左腕を思わず出していたんだ。 片腕がないってどんなこと？ 文字どおりないって事だよね。 痛いって感じたり、あったかいって感じたりしないんだ。元有った体の一部がないんだ。 そんなの、いやだ。幾ら義手が着けられても元と丸きり同じってことないもの。 ジョセフィーヌさんの義手は、かなり精巧なものだった。またあれくらい立派なものが貰えるかしら。僕たちはＤ級市民。幾らシークレットだっていっても、貰えるとは思えない。 僕は、悲しくなって泣いていた。 誰かに見つかるといけないと思って、食器戸棚の中で泣いていた。 でも、見つかってしまった。それも、ジョセフィーヌさんにだ。僕は、目を擦って、涙をエプロンで拭いて”なんでわかったんです？”とかなんとか聞いた。 「啜り泣く食器戸棚は、珍しいもんよ。」 こともなげにジョセフィーヌさんはおっしゃった。 「なんで泣いてるの？イルカのこと？」 僕は、首を横に振り、キャプテンの腕のことです、と言った。 「馬鹿。あんたの腕が千切れたわけじゃなし。あたしの腕は、三年前から千切れていたんだ。気に病むほうがどうかしてるよ。」 尚も僕が泣いていると 「泣きゃあいいってもんじゃないんだよ。カイユン。さっさと寝なさい！あんたの様子見ているだけでいらついてくるわ！」 ジョセフィーヌさんは行ってしまった。 僕は、咽の奥が塩辛くなるまで泣いた。 その僕を、ひょいと抱き上げてくれたのがロマノフさんだった。 「泣くのはやめなさい。カイユン。」 暖かい声だった。 「・・・・我々は事件の真相を掴みエウル達をひとまずは保護出来たのだからね。ジョーの腕のことも・・・・・シークレットは命を捨てる覚悟をしているんだよ。腕や足の一本失ったからといってどうなるものではない。・・・・・お茶でも入れようかね？落ち着くように・・・・・」 ロマノフさんの入れてくださったジャム入りの紅茶は目に染みるほど（変な表現かな？）美味しかった。 「ジョーが言っていたよ。カイユンは優しすぎる、心配だ・・・・・って。」 本当かしら。本当にジョセフィーヌさんがそんな事言ったのかしら？ キャビンに戻ってパジャマに着替えていると 「うるさい。今、女三人を一度に相手している夢を見ていたところなんだぞ！」 マリオさんに怒鳴られた。（三人を一度に相手するってどんなことかな。決闘の夢かな。）マリオさんには余計な気を使わなくていいから楽だ。マリオさんは五体満足だし、若いし、力があるし、何より強いから・・・・ 父さん。やっぱり僕にはシークレットなんて無理だよ。僕は、海のそばで、海の研究をしたかったんだ。 もう・・・・・・駄目だけど |
| 日記の続きです。まだまだ。仕事に慣れていないカイユン。 |