| いつもあなたの隣に |
「？」 中央市場に居たパトリック＝ギダーは、その場にそぐわない気配を感じ取ってあたりを見回した。魚を運んでいくカート、店の人々の威勢の良い呼び込み、買い物客……異常な物音はしない。不可解なものは何も見えない。しかし、何か、をパトリックは感じ取ったのだ。パトリックが持つことを許されている唯一の武器――出力の低いパラライザー――をポケットの中でしっかりと握る。 「パット！」 気配を感じ取ろうと神経を集中するパットの手が、ぐい、と引っ張られた。大きな布バックを肩にかけたカイユンは、右手でパットの左手をしっかりと握る。 「パット、市場は人でいっぱいだから、手を放しちゃいけないっていったでしょう？迷子になったら大変なんだからね！」 もしもはぐれても、この聡明な少年は泣いたりせず、宙港に繋留されている我が家である愛機へと最短経路で戻ってくるのだろうことは想像はついたが、それでも言わずにはいられない。 パットは、うん、と頷き、家事担当の手をきゅっと握る。どうやらカイユンは妙な気配にはまるで気づいていないらしい。 (だったら、僕がカイユンを守らなくちゃ！) パットは手をポケットの中のパラライザーから放さず、ずっと警戒を続けていたが、気配は途中で消えてしまった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「それで、その気配は市場を出てしばらくしたら消えたんだね。」 ソファーで隣に座り、市場で感じたことを詳しく報告するパットにロマノフは低い穏やかな声で対応する。 「それで、カイユンはどうしたんだね、その気配について。」 するとパットはもじっとした。 「あのね、ちょっと自信がなかったから、カイユンには教えなかったの。……気配は市場を出てちょっとするまで感じていたけど、消えちゃったし。…………カイユンに言ったら心配しちゃうでしょう？だから、僕、だから言わなかったの。それともやっぱり、カイユンに言った方が良かった？」 ロマノフはちょっとだけ考えて、ぐりぐりとパットの頭を撫でた。 「そうだね。パットはカイユンのことを考えて言わなかったのだろうけれど、言った方が良かったと私は思うよ。もしも誰かがつけていたとして、身構えているのと、そうでないのとでは、いざというときにどれだけ素早く動けるかが違ってくるからね。」 うん、そうだね。今度からそうする。とパットは約束した。 「…………妙な気配か？…………それ、昨日の夜にビシバシ感じたぞ？」 ジョーとマリオにパットから聞いた話をすると、面白くなさそうに言った。 ロマノフが真剣に見つめると、爆破屋はひらひらと手を振る。 「つーか、こういう開拓惑星じゃ街でそういう気配を日常的に感じねえはずねえだろが。」 すると、ジョーが腕を組んでマリオをチラッと見、ロマノフに視線を移す。 「……マリオは夜にヤバイ場所ばかり歩いてるからそういうことになるんだろうけど。……あたしはパットの感覚を信じたいわ。……あの子は、ほんの子供の頃から、そういうものに対して敏感になるよう訓練させられて来ちゃったんだから。そして、パットとカイユンを尾行していたのが問題……理由がわからないじゃない？警戒するのに越したことはないわ。……で、ロマノフ。パットは、どんな気配だったって？」 「はっきりしないと繰り返していた。が、パットが明確な気配を受け取れないということは、それなりのてだれなのだろう。しかし、パットは一つだけ確かだと言っていた。」 「何？それは。」 「……殺気は全くなかった、とね。」 その日から、アケルナルの乗員は、入念に護身のための備えをし、カイユンでさえ懐にパラライザーを入れて台出するようになった。(ソーンダイクは除く…彼は備えをしようがしまいが何も変わらないのである) 気配は幾度か感じられた。パットはカイユンやジョーと買い物をしているとき、カイユンと宙港近くの広場で遊んでいるときにふっ…とそれを感じ、マリオは夜遊びの最中や、危ない街区で危ない商品を物色しているときにそれを感じた。……その気配はすぐ消えて、正体をつきとめることはできなかった。……そう、ロマノフのいうように、相当なてだれが見張っているのだろう。相手は誰か？ コスモアーミー？ いや、もしもコスモアーミーならば、すぐに捕縛しようとするはずだ。ロマノフは、彼女達を監視……いや、観察していたビルダーがまた現れた可能性を指摘したが、ジョーは一笑に付した。ビルダーは、彼女達を『助けない』と、約束したのだ、と。それに、ビルダーならば、完全に気配を消せるだろう、とも彼女は言った。 ジョーとロマノフがその気配に気づいたのは、宇宙船のワープ機関を整備する仕事を終え、人々でごった返す大通りを帰途についているときだった。 「ロマノフ。」 小さな手振りで注意を喚起すると、ロマノフは既に気づいていたようで手振りを返す。その手振りは自然なように見えて、その気配が右後方にあることを知らせていた。ジョーは軽くロマノフのひじに手を添えた。二人はそのまま人の少ない道へと曲がり……ロマノフは突然屈んだ。彼は靴の中に何か入ったことをジョーに言い、ジョーも立ちどまる。 ……気配も止まった。そして、ロマノフは気配の停止を把握し、同行する娘に位置を知らせる。ジョーは全速でそちらに走り……気づかれた未知の人物は慌てて走り出し……道行く人々は気づかなかったろうが、腕利きスナイパーが低く屈んだ姿勢のまま放ったパラライザーの輝線はその人物を捕らえ、崩折れさせた。 「あーあ、夕方からこんなに酔っちゃって……ダメじゃない。」 ジョーがツン、と額をつつき、ロマノフが肩に担ぎあげる。……傍目には、酔漢を運ぶその知り合いにしか見えなかった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 身元を示す所持品はなし。武器は出力の低いパラライザーのみ。 「パットが感じたとおり、刺客……じゃないわね。これじゃ、殺せない。」 パラライザーを持ち上げてジョーが嘆息する。 「何であたしたちに関わろうとしているのか。」 アケルナル乗員の視線の先には、ぐーすかとかなり気持ち良さそうに寝ている謎の人物の姿があった。年はマリオより上だろうか。背はソーンダイクなみの長身で、ソーンダイクの数倍体格がよい。血色もよく、いかにも健康そうで、顔つきが性格を表すとすれば、悪人ではなさそうだ。肩までありそうな長い髪を無造作にゴムで縛っているが彼を女性と間違える輩は誰もいないだろう。 覚醒刺激を与えると、男の瞼が三度ほど震え、ぱっちりと目を開けた。目はブラウンで、瞳が大きい。その人物は、手を動かそうとして自分の両腕両足が固定されているのに気づき、苦笑いした。 「ま、しゃーないか。こそこそ探り入れてたわけだし警戒されても無理はないよなあ。あ、皆さん、どーもすみませんでした。お騒がせしちゃってます。でもまあ、皆さんの素の様子を俺としても知りたかったもんで。」 あまりにのほほんとした物言いに一同前のめりになりそうになったが、ジョーはすぐに立ち直って尋ねた。 「……で、あなたは誰でどういう理由であたしたちを追ってたの？」 すると、男はニコニコと愛想よく笑い、こうのたもうた。 「いやー、誰、というか、名前はセバスチャンっていうんだが、名前を言ってもわからんだろうなあ。ま、簡潔に言うと」 男は顎でジョーを指す。 「ジョセフィーヌ・ルノーさん、俺、あんたの兄さんだ。」 「は？？……今、何ていったの!?」 ジョーの大声に男は笑う。 「だから、兄さんだって。」 ジョーはぼりぼりと髪を掻く。 「………………あたしが知らない兄さんが居てもおかしかないけど……何せジャック・ルノー……あたしの父親は無茶苦茶無節操で、腹違いのきょうだいがわんさかいるのは理解してるわ……でも、どう考えても…………あなた、随分年上でしょう？計算が合わないわ。血縁じゃなくて、アンリ兄さんみたいな養子縁組パターンなの？」 「あー、そっち系の考えか。……いや、うーん、そういう意味だと兄さんってわけじゃないってことになるか？書類上、俺はあんたと赤の他人だ。俺には偽造した戸籍しかないもんで。だがなあ…………つまるところ、俺のおふくろが、あんたの様子を見て来いと気軽に俺を使いにだしたってわけだ。……あの人、こうって決めたら考えを譲らないんだよな。久しぶりに帰ってみりゃ、編み物しながらこう命令されたんだ。『セバスチャン、あなたの素敵な妹の様子をちょっと見てきてくれないかしら。あの子は自力でなんとかできる子だけど、一応、義手の調整をしてもらえそうなお医者様のリストを持って行ってほしいし。』……って。リストは俺の宇宙船のメモリにアクセスして貰えればすぐ渡せる。有名な医者に町医者闇医者、物凄くバラエティーに富んでるぜ。…………ジョー、あんたとは初対面だが、おふくろからあんたのことは耳にタコができるほどいっぱい聞かされていて、俺の方はもう他人とは思えないんだよ。」 ジョーのはしばみいろの瞳が見開かれる。 「うん……わかってくれたかな。俺のおふくろっていうのは、エリザベス母さんのことだよ。俺はリジーって呼んでるけどな。」 ジョーが仲間を見れば、皆、頷いている。エリザベスならそういったことをしてもおかしくはないし、リジーならば、この男が「おふくろ」として頼っていてもなんら不思議はない……エリザベスはそういった人なのだ。 腕と足の拘束具を外すと、男は右手で左手首をさすった。 「……失敗したなあ。拘束されそうになったら、その前に身分明かして穏便にすませてもらおうと思ってたが、ロマノフさんの射撃の腕、反則じゃあないのかな。……夕暮れだったといえあんな公道でパラライザーぶっぱなすなんて予想しなかった。…………」 そして、目を細める。 「あんたら、おふくろが言ってた通りの人たちだな。……そっちのサングラスかけた兄さんだけは外に出てきてくれなかったもんでまだよくわからないんだが。ジョセフィーヌ、あんたはさすが、リジーが自慢するだけのことはある。…………え？なんで隠れて見てたかだっ？……そうやって見ないと、“本当のこと”は見えないんじゃないのか？少なくとも俺はそう思った。」 そうして、起き上がりうーんと腕を上に伸ばす。 「もっとも、コノヤロ、って思わないでもなかったぜ。……そっちの兄さん、……マリオっていったっけか？」 「ああ。俺がどうした。」 「……あんた、ヤバ目の仕事に関心ありすぎ。そして飲みすぎ。そして、女に絡みすぎ！今に女からの嫉妬とアセトアルデヒドで神経と肝臓やられっぞ！」 「はあ？」 初対面の男に、あまり悪意なく豪快に言われ、マリオは細い三白眼をしばたかせる。セバスチャンはというと体の向きを変えて足を床に下ろした。 「ずっと同じ姿勢で寝てたら体が痛い。ちょっと動き回っていいか。」 セバスチャンはそれから軽食をとり、皆とジョーと談笑していたが、しばらくしてふらりとキッチンに現れた。そこには、カイユンがいた。セバスチャンは朝食の下ごしらえをしているカイユンの傍らに椅子を寄せて座る。 「あ、さっきのお夜食じゃ足りなかったですか。」 するとセバスチャンは少し真面目そうな顔になった。 「いや、兄さん、俺はちょっと兄さんに話があるんだ。」 そして、話し始めたのは、カイユンの『仕事屋』としての技量のことであった。カイユンがチームになくてはならない存在だというのはわかる。食料の買出しや、小さい子供への対応は見事だ。しかし……外回りに出るメンバーの中で、セバスチャンの気配にまるで気づかなかったのはカイユン一人であり、それは仕事屋としては問題が大きいのではないか。……大切な妹のことを考えると兄としては心配に思う。そんなことをセバスチャンは、高圧的ではなく、穏やかに、しかし強く言った。 するとカイユンはちょっとうな垂れてしまった。 「わかってるんです。……だから少しは頑張ってます。体を鍛えたり、銃の練習をしたり……でも、僕はどうにも素養があまりなくて……それより、アケルナルの中のことをやっている方がよほど皆の役に立つと思って……逃げちゃっているんですよね。キャプテンや他の皆の前に立って守ることは僕には到底できませんし、横に並ぶだけの力もない。だからといって、後ろから見守る……っていうのはもっと難しいのかも……結局、僕はここに居て、皆の帰りを待っているしか能がないんじゃないかな……って。」 すると、セバスチャンは慌てたように立ち上がり、カイユンの髪をぐりぐりと撫でた。 「落ち込ませるつもりはないんだ。うん、あんたがちゃんと認識しててくれてるんなら俺は何も言うことはない。兄馬鹿だと思って聞き流してくれや……時にな……おふくろが随分と気にかけてるんだが……教えちゃくれまいか。」 「なんでしょう？」 するとセバスチャンは声を落とし、囁くように訊ねた。 「……ジョーは結局、どいつの嫁になりそうなんだ？」 へ？とカイユンは間抜けな声を出し、すぐに笑った。 「キャプテンは、アレックスさんのお嫁さんになるんです！僕、いつかキャプテンをアレックスさんのところに送っていくんです！」 すると、セバスチャンは作業台につっぷした。 「え？あの……セバスチャンさん？……」 するとセバスチャンはクスクスと面白そうに笑っているのだった。 「あー！すまんすまん。でも、お前さんの答えは、おふくろが予想した答とまんまおんなじだったんでな。……でもなぁ……おふくろは、それだけは絶対にない、と断言していたんだけどなあ。」 するとカイユンは首を振った。 「……それはエリザベスさんの見立て違いです！……んもう……みんなどうしてわからないのかなあ。」 「そうかあ？俺は正直な話、あのちびっ子を含めてあんたらの誰のところにでも嫁に行って不思議はないって思っているんだがなあ……ま、あの目つきが悪い兄さんだけは酒断ち女断ちして欲しいけどな。」 パットまで含めるなんて、冗談を言っていらっしゃるんだよね、とカイユンは思い、ニコニコしてこちらを見ているセバスチャンに自分から笑いかけた。エリザベスさんが信頼してここによこした人ならこの人はいい人なのだ。それは間違いない。 「お茶、いれましょうか。」 「お、嬉しいねえ……あ、でも、兄さんはまだ作業してるだろ？材料の場所と茶器さえ教えてくれりゃ、俺が淹れる。いや、淹れさせてくれ。さっきの夜食、とっても旨かった。その礼だ。」 そう言いながら、“これ、使っていいか？”などといいつつポットで湯を沸かし始める。 「さ、どうぞ。」 カイユンの目の前に注がれたのは、ミルクティーだった。一口飲んでその美味しさにはっとする。セバスチャンはきちんとした方法でこの紅茶を淹れた……淹れた、どころではない。それは理想的なミルクティーだった。濃さも、甘さも…… 「あはは、驚いたか？……まーなー。俺みたいな無骨な外見で茶ァ淹れるのが趣味ってのも気色悪いかもしれないよなあ。……でもな、茶の淹れ方は爆発物の扱いや操縦や銃器の扱いと同じように、小さい頃、親父にいろいろ教えてもらったから……」 カイユンの目が見開かれる。 もしかして、この人は………… ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「なんですってぇ!?」 ジョーの大声にセバスチャンは耳を塞ぐ。 「夜だぞ。あのちびっ子が起きたら可哀想だろうが。それに、料理が得意な兄さんは俺が詳細明かす前に気づいてたぞ？な、兄さん？」 こくん、と頷くカイユンに、な、そうだよな、とセバスチャンはパーンとカイユンの背を叩く。 「…………だって、母さん、そんなこと、ひと言も…………」 「そりゃあ、俺は存在しちゃいけない存在だったからな。いろんなことの火種にもなりそうだったし。だからおふくろも親父も、俺が居ることを周囲には隠し通そうとしたし、俺は自活できるようになったらすぐ家を出た。」 「だからって！」 「認めたくないかもしれないが……親父やおふくろに対するあんたの気持ちを壊しちまったらすまん。でも、俺の母親はエリザベス。比喩的な意味じゃなく、養子でもなくおやじとリジーの実子だ。ジョーが俺のことを全く知らなかったのは、俺がリジーの19歳のときの子でだいぶジョーとは年齢差があったから…………って……なんだ、ジョーだけでなく全員の目が点か。」 無理もない……セバスチャンのいう“父親”はエリザベスの傍にいたが、それは執事としてであり、子供のころから世話してもらっていたジョーにはそういうそぶりなど、全く見せたことなどなかったのだから。 「ま、ともかく、そういうことなんで……おいおい、いつまでも目を点にしているなよ。俺のせいじゃあねえってば。」 大げさな身振りを交え、わははと笑い飛ばすと、テーブルに手を伸ばし、カイユンが淹れた茶のカップを大きな手でちょんとつまんで口に運ぶ。そして、目を細める。 「ん……すげェうまいな。……親父の茶を思い出すぜ。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「で？なんだ？引っ掻き回すだけ引っ掻き回してさよならか？」 居間と呼ばれる場所で機嫌よく口笛を吹きながらブーツを入念に履きなおしているセバスチャンの横に立ちマリオがぼそりと呟く。 セバスチャンは歯をみせてにかっと笑う。 「ん？なんか手助け欲しいならちょっくら手伝っていくけど。力仕事は得意だぜ。オールマイティーってわけじゃねえけど、全分野そこそこの腕はある。」 「そういうことじゃあねえけど。……あんたは、あいつとは血縁でもなければ、一緒に育ったわけでもない。なのに、なんでわざわざここまで様子を見に来たんだ？」 右のブーツを履き終えて左のブーツにとりかかる。 「まあな。でも、ジョーのことは、よーっくおふくろから聞いてたから。とてもいい子だって。……実のところ、俺はジョーがいたから、安心して家から出て行かれたって感じだな。……それと、リジーの頼みは断れるわけねえって。断ったらあとで何されるか恐ろしいことこの上ないし、それに。」 「何だ。」 セバスチャンはがはは、と笑う。 「結局、俺ってマザコンなのかもしれねえや。よし、と『靴はきちんと履け。それが身支度の基本』、ってな。」 三白眼で見つめるマリオの横に立てばセバスチャンの方がずっと背が高い。 「とにかくなあ、安心した。…………あんた以外は。」 「はあ？」 「一度言ったが、酒と女はほどほどにしろよ。……もはやあんたは一人で生きてるわけじゃない。……それになあ……兄としちゃあ、心配な訳だ。あんたみたいなのが大切な妹の傍にいるってのが。」 「……心配無用。ああいう可愛げがねえ奴は俺の守備範囲じゃねえ。」 セバスチャンはくすくす笑う。 「素直じゃねえなあ。あんた、そういうところは最高に可愛いぜ」 どーんとど突かれ、マリオが咳き込んでいると他の面子がどやどやとやってきた。カイユンが“あとで食べて下さい”と何やら包みを渡し、ソーンダイクが何か小さなものを差し出す。ロマノフが笑う。 「受け取ってやってくれ。……ソーンダイクの作ったプログラムは、必ず役に立つ。……ただ冗談みたいなプログラムも混ざっているから気をつけることだ。」 ソーンダイク自身の表情は濃い茶のサングラスに隠れて全く見えないが、セバスチャンは嬉しそうに受け取った。そして男達全員と握手し、パトリックの前でしゃがむと、パトリックは囁いた。 (セバスチャンさん、僕、将来、ジョーをお嫁さんにするから、そうしたらセバスチャンさんはおにいさんになりますよね。そのときは宜しく) 「ああ、そうなったときにはな！」 そして、立ち上がったセバスチャンはジョーの前に立つ。 「リジーには、『元気でやってた』って報告しとくよ。それから、俺の妹はおふくろが言ってた通りだったってな。あー、それから、孫の顔を見るのはまだまだ先だとな。リジーはそこのところに拘りがあるようだが、俺は、お前がやりたいようにやっていけばいいって思うぜ。じゃ、俺、行くわ。またどこかで会ったらよろしくな。」 気軽に言うセバスチャンの神経を疑いつつも、ジョーは苦笑する。この兄は、多数居る兄の中で最も兄らしい兄なのかもしれない……なんといってもリジーご自慢の一人息子なのだから。 すると、この大柄な男はその太い腕でしっかりとジョーを抱擁した。それは不思議と少しも嫌なことではなかった。 「じゃ、な。妹。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ セバスチャンの姿がエア・ロックから消えると、カイユンははあ……と息をついた。 「どしたの？」 カイユンはあたりさわりのないことを言って誤魔化そうかと考えたが、やめた。自分がジョーを誤魔化すことができたことなど殆どない。 「……僕、今まで、パーカーさんみたいになりたいなあって思ってたんです。……あそこまで万能にはなれなくっても、皆においしいお茶入れて……キャプテンがアレックスさんのお嫁さんになっても、キャプテンのそばにいられたらなあって…………でも、リジーさんにとってパーカーさんってただの執事さんじゃなかったわけで……」 「…………」 カイユンの言いたいことはわかる。カイユンはあの二人に、彼自身の理想の関係を重ね合わせていたのだろう。 「いいじゃないの、パーカーはパーカー、カイユンはカイユン……それよか、あたしがあいつの嫁になるってまだほざくんなら背負い投げしてやるけど？」 そうだよ、カイユン、ジョーは僕のお嫁さんになるんだから。とパットが大真面目に言うと、大人達は(ソーンダイクまでもが)笑った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ほとんど真上から射す太陽に手を翳し、セバスチャンは笑う。 母親にいい報告ができるのは嬉しいことだ。……妹は良い仲間を持った。後方支援の凄腕コンピュータ技術者、家事担当はしっかりと『家』を守り、元コスモアーミー士官である腕利きスナイパーは少し離れた場所から暖かく見守り、決して明るいところが似合わない爆破屋は、明後日の方を向きつつ、その実視線はチームリーダーを追っている。可能性無限大のちびっ子は彼女の前に立って『僕が守る』と恥ずかしげもなく言ってくれそうだ。 (くっつくほど傍に居て、脇と背中を守ってくれる奴がいると尚安心なんだがな。) それがアレックスとかいう奴だとカイユンは言ったが、リジーの考えは違う。……そりゃそうだろう。リジーはずっと傍にいてこそのパートナーだと自分の経験から確信しているんだろうから。 しかし……なんでまた様子を見てきてくれなどといったのだろう。その気になれば、人類踏破域全体にくまなく張り巡らされたリジー独自の情報網でなんとかなりそうな気がするが。 (俺に、自慢の娘をじかに見せたかったか……いや待てよ……) (……俺に一人で飛ぶんじゃなく、仲間と飛べって言いたかったのか、リジーは？) そうではないとしても、そんなことを考えた自分をセバスチャンは不思議に思う。 (……っつーても、俺の仲間は宇宙があんまり好きじゃないからな……) 振り返ればそこにはアケルナル。あの宇宙船がここから無事に離陸するのを見届けるまで、俺はこの星で一稼ぎするかな、星に残してきた仲間の為に土産も買おう。と思いつき、そうだ、それがいい、そうしよう、いったい何がいいかな、と彼は大きく空に向かってのびをした。 |
| 設定だけは前々からできていた「お兄さん」のお話です。武器商人の父に反発し、秘密工場を壊滅させようと無鉄砲にも行動を始めたお嬢様、エリザベスと、彼女の護衛役だったけれど、あれよあれよという間にその計画に巻き込まれていく、腕利き万能青年(後の執事)……が実はこういう関係ということは、パーカーさん初出時点で決まっておりました。お兄さんは、他の誰とも違ったキャラクターで、ということで、こういう豪快さんになりました。名前は…お察し下さい。９周年記念に伊織様からリクをいただきましたが、登場キャラクターや、お話の内容をこちらに一任していただけましたので、機会がなかったら全く日の目を見なかった「お兄さん」に出番をつくってみました。明らかな変化球ですので、想像していただいたものとかけはなれていましたらすみません。 ジョーが誰と特別な絆を結ぶにしても、今までに結んだ絆は切れないはず。ずっと仲間で、ずっと一緒に……と思いながら、続編の構想練っている今日この頃です。 |