インターミッション３（エピソードＯ）
エピソード０：TFDの長い一日〜史上最大の釣り作戦！〜 某月某日、未明。TFDアジト 「では、これまで練りに練ってきた多数の作戦について今一度検討を重ね、より完璧なものに仕上げるべく・・・」 会議室の黒板の前で白チョークを握り締め、ゴン太が熱弁を振るっている。かれこれもう３時間は経っているが、一向に終わりの見えないゴン太の演説に、他４人のメンバーは完全にお休みモードだ。この隊長、頭がいいのかバカなのか、時々分からなくなることがある。 鼻ちょうちんを出しながら既に夢の世界にトリップしている３人の仲間の横でかろうじて作戦内容のメモを取っていたミッキーは、目いっぱい濃い目に淹れた日本茶をがぶ飲みした。 「それはまあ、もういいではござらんか隊長殿。それよりも、まだ作戦の目的を聞いていないのでござるが？」 これまでゴン太が黒板にヘタな図入りで力説してきたのが、何らかの水棲生物捕獲作戦であることは分かった。それも、かなり大型の。 ミッキーは何かいやな予感がした。ゴン太がやる気になるのは大抵ろくなことじゃない。 「要するに、釣りへ行きたいんでござろう？それなら、持っていく釣具と場所だけ決めてあとは現地であれこれ考えた方が楽しいでござるよ？」 これがミッキーのいつもの釣りスタイルだ。他のことには几帳面な彼だが、釣りに関してはかなりアバウト。楽しくなければやる意味などないし、当日その場でサカナたちと知恵比べをする方がフェアな気がするのだ。 「そうなんだけどさ〜。今回ばかりはさ〜。なんと言うかさ〜。これくらいしなきゃっていうかさ〜。ワンワン〜」 そら来たぞ、とミッキーは内心警戒した。ゴン太が語尾を無駄に伸ばすときは、そのあとに「でもこれ言ったらみんな乗らないに決まってるしな〜。でも言わなきゃついて来るかな〜。みんなアホばっかだもんな〜。オレはカシコイもんね〜。よっし決〜めた！」というだいぶ長い部分がはしょってあると考えて間違いないのだから。それもこのタイチョー本人は気付いていない。全然気づいていない。このアホタイチョー！ 声には出さずに思いっきり文句を言ってぐいっと湯飲みを傾けたミッキーは、お茶のあまりの熱さに思わずむせかえった。 ＊＊＊＊数時間後 アジト正門前＊＊＊＊ 「は〜いみんな！各自荷物は持ったかな〜？」 しゅた、っと耳に手を当てて返事を待つゴン太に、各々準備の手を止めずに応答する。 「へ〜い」 「うぃ〜っす」 「御意」 「・・・・・・・・・・」（ちら、と目をゴン太にむける。） ・・・今度から返事くらい統一しましょう。 しかしそんなことにはまったくお構いなしのゴン太はフランクからクルマのキーを受け取り、機嫌よさげにキーをくるくる回しながら車庫へと歩いていく。 そのうきうきぶりがかえって恐ろしい。 「な、なあミッキー？おまえ今朝の作戦会議メモとってたんだろ？ちょっと見せてくれよ」 やはり不安になったのか、フランクがミッキーに片手を差し出している。ミッキーは懐からメモの束を取り出して、 「別にかまわんでござるが・・・正直、拙者自身も内容がよく分からんのでござるよ」 「おいおい、いくらなんでも分かんねってこたあ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 かたまるフランク。 横合いからのぞきこんだロッキーも目を丸くした。ウォレットなどはなから見る気もないのか、黙々と作業を続けている。 「・・・・・わかんね」 「同感。ワヒ」 意味不明の記号や図が書き込まれたメモを見てぽつりとつぶやく。これはミッキーが書き損じたのではなく、むしろゴン太が書いたものを克明に写し取ったものなのだろう。それだけに余計意味が分からないのだ。 もしこの時、メモ中央に大きく書かれた“F・W”の意味に誰かが気付いていたのなら、この先のTFDの運命は大きく変わっていただろう、とのちにメンバー達は回想することになる。 「さて、とっとと荷物まとめて、大海原にくり出すとしようぜ？」 「で、ござるな」 そんなこととは露知らず、こちらもやっぱりわくわくしながら、準備を進める４人なのであった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「しっかし、大荷物だな？なんだよロッキーその大げさなケースはよ？」 車中、もとい車載の犬（TFDのオンボロトラックはドライバー以外全員荷台だ）となった一行、フランクは銀色のジュラルミンケースを神経質そうに抱えるロッキーに声をかけた。普通、釣りへ行くのにジュラルミンケースは必要ないだろう。フランクの横では、多少酔い気味なウォレットがしきりに頷いている。 「必要な機材だってさ。ソナーだの水中カメラだの、隊長の指示で他にもいろいろ。ネッシー探しにいくわけじゃあないのにね？」 「あっはっは！ネッシーかよ！？笑えるジョーダンだな」 「ジョーダン、で済めばいいんでござるが・・・なにせ作戦が作戦なもんで、なんだか落ち着かないでござるよ」 愛用の竿を入れた細長いナイロンバッグを抱えるミッキーは不安げな様子で言った。しかしすぐに思い直して、とりあえずこの状況を楽しむことにした。今日は気合をいれてサカナを釣らねば。 「帰りの燃料代分は釣り上げなければ、帰ることさえできないんでござるよ。ま、そのへんは大して心配もしてないでござるが・・・」 と、キャビンでハンドルを握るゴン太が会話に参加してくる。やたらと大きいエンジン音のためか、いつもより声がでかい。 「だいじょーぶだいじょーぶ。作戦が成功すれば一躍大金持ちだワン。同時に今日の夕刊の一面独占間違いなし、ってね」 いよいよ雲行きが怪しくなってきた。どうもこのタイチョー、まともなサカナを釣り上げる気はさらさらないらしい。ミッキーは顔面がひきつるのを自覚しながら、 「隊長殿、ネッシー獲りに行くんでござるか？ネッシー食えないでござるよ？」 ロッキーもさすがに不安になってきたのか、ゴン太からなにか聞き出そうと話しかける。 「ね、ねえねえ隊長、ホント何しに行くの？怒らないから言ってごらん？」 って、そこまでゴン太もガキじゃあないが・・・なにやら意味深ににやにやしている。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ さて、海に着いた。空は抜けるような青、波は穏やか、そして水平線をおおいつくす巨大な入道雲。ここまで運転してきてさすがにくたびれたのか、キャビンから出たゴン太が大きく伸びをする。と、いつもの一張羅である紅白チェックのベストのポケットから紙切れが落ちるのをミッキーは見逃さなかった。 さりげなく近づき、素早い身のこなしでさっとそれを回収する。どうやら新聞の切り抜きのようだ。 「なになに・・・？」 “真夏の海の伝説！？謎の巨大生物目撃情報相次ぐ” “新手の魔物？宇宙からの使者？深海の守護神？謎は深まるばかり” “軍の偵察艇２隻音信不通、怪生物の餌食に！？” 「これが原因でござるか・・・またゴシップ記事を真に受けて隊長殿は・・・これで何度目でござろう？」 “民間バウンティハンターチーム「TFD」、調査に乗り出す” 「！！！！！！！！！」 記事の横には、自信満々の表情でカメラにピースサインを送るゴン太が写っている。コメント欄には、 “いやいや、オレ達TFDにすべて任せておけば何も問題ないワン。必ずや満足いく調査結果を提出してお目にかけるワン。わっひゃっひゃ！ と語るTFD責任者ササミ＝ゴン太氏の顔は自信に満ち溢れており、相当の結果が期待されるものと見て間違いなさそうである” 「だああああッ！！いつの間にこんな取材なんか受けたんでござるかっ！それも断言しすぎでござろう！！」 片手で頭を掻きむしるミッキー。君も苦労が絶えませんね。と、他の三人が荷物そっちのけで一方を凝視しているのに気付いたミッキーは、おそるおそるその方に目をやり・・・ 「・・・・・・！！！！！！！！？」 再度驚いた。 「ヘ〜イ！諸君こっちこっち〜！！！」 ドドドドドドドドドドドドドド、と低く唸る船のエンジン音に混じってゴン太の声が響く。見るとその船の船首には巨大なモリを装填した砲台が据え付けてあり、横っ腹に赤いペンキででかでかと調査捕鯨船と書かれている。ミッキー以下三名はその場で思いっきりずっこけた。 いったいこれから何が始まるというのだ。 「って隊長殿！！クジラはサカナじゃないから竿で釣り上げることはできないと以前に何度も説明したではござらんか！！大体力が全然違うのであるし」 「いや〜だからほら、今回はちゃんと捕鯨船を用意してあるんだよ、ほらほら。プロの船頭さんも雇ったしさ」 「拙者らは雇われる方でござろうに・・・はあ〜、やれやれ」 がっくり肩を落とすミッキーを尻目に、上機嫌な様子でゴン太が口を開く。 「さあ、いざ出航〜〜！！！」 AM ７：３５・・・作戦開始 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 穏やかな海原に白い尾を引きながら、捕鯨船は進んでゆく。操縦室の後ろにごたごたと機材を据え付けているロッキーを除いた他のメンバーは特にすることもなく、暇つぶしに投げ入れた釣竿の先に何かかかりはしないかと目をやっている。 上空にはサカナを狙うカモメの群れ。海の風に抱かれた犬たちはなんとも言えない安心感に目を細めている。なんだかんだ言ってもこの５人、釣り糸が垂れているのをただ眺めているだけで幸せになれるあたり、根っこのところでつながっているらしい。 だが、そんな穏やかな時間を粉砕する爆弾を、こともあろうにミッキーが投げ入れた。 「それで、いったい何をターゲットにしているんでござるか？隊長殿は」 「なにって、クジラ。新聞なんかじゃ謎の生物ってことになってるけど、実はもう正体は割れてるんだワン」 「正体がわかっているのなら、別に拙者らが捕まえることはないでござろう？」 「ただのクジラなら、そうかもね。でもヤツは普通じゃない。もし仕留められたら一躍有名人だよ、オレたち」 「？」 よく分からないという様子のミッキーに、ゴン太は得意げに告げた。 「ターゲットは通称“ファッティ＝ホエール”。現在公式に確認されてるクジラの最大サイズを２倍近く上回ってる超弩級の海洋生物。定期的に繰り返す息継ぎの他には一切海上に姿を見せない幻のクジラだワン。だよね船長？」 ゴン太が同意を求めたのは、出航から今まで仏頂面で操縦を続けている年老いた船長だった。老いてはいるが、その鋭い気迫は現役の兵士やハンターにも全く見劣りをしていない。船長は初めて口を開いて、 「そうだ。もうヤツを２０年近く追っている」 かなりのキャリアだ。だが、逆に言えばそれほどの年月をかけても捕まえられない相手と闘おうとしている、ということでもある。 「ハッ、なんだか面白そうなハナシになってきたじゃねえか？俄然やる気がでてきたぜ」 息巻くフランクを尻目に、ミッキー、ウォレット、ロッキーの３人は船べりにげんなりともたれかかっている。特に自前の機材を投入しているロッキーはえらくブルーだ。そのクジラを追ってもし船が転覆でもしたら精密機器類の機材は全てオシャカになってしまう。 「とにかく無事に帰れますよーに・・・ワヒ」 ぼそりと呟いたロッキーの願いが、青い空へととけてゆく。 「よっしよっしヨーソロー！！ワンワ〜ン！！！」 船首の砲台にまたがったゴン太が声高らかに叫んだ。 「さあ、そろそろ例の海域に到着するワン。全員、竿上げ！もう、小物をひっかけてる時間はないワン！」 甲板にひっぱり出してきたテーブルに作戦図と周辺海域の海図を広げ、ゴン太が言った。いつになくカオがマジだ。こういう顔をされると、他のメンバーも何やらタダナラヌコトになっているのではないかという気になってくる。いつもこんなに凛々しく賢こげな隊長をやっていたらミッキーが泣いて喜ぶのだろうが、残念なことに、世の中そううまくは回っていない。 わらわらとテーブルに集合してきたメンバーたちを見回して、ゴン太が説明を始める。 「さて、今回のクジラ捕獲作戦、作戦名「オーシャン・アーティスツ（海原の芸術家たち）」は規模やアプローチの違う多数の中小作戦の集合体から成り立っているワン。そこで・・・」 （名前、考えたんだね。作戦の）（←小声で） （もっと他に考えることがあるでござろうに。・・・やれやれ）（←同じく） 「そこっ！私語はだめよ私語は。っと話を戻して・・・そこで重要になってくるのが、このフネの船首に雄々しく据え付けられたあの砲台だワン！超弩級のモリを高速で撃ち出すあの必殺武器を利用して・・・」 と、そこにあの無愛想な船長が口をはさんだ。 「隊長さんとやら。残念ながらあの砲台はハリボテなんだがな」 「なにしろこの一連の作戦はあの砲台を使うものが全体の約６割を占めており・・・」 ・・・少し声が小さくて隊長さんは聞き取れなかったようです。 「悪いが砲台は何の役にも立たないんだが」 「当然のことながら残りの４０％だけでは例のクジラを捕まえられるはずもなく・・・」 聞いちゃいません。どんどん墓穴を掘ってますね。時々声が裏返るのはご愛嬌。 「しかるに当作戦の成功はあの砲台なしでは１００％ありえないと、ここに断言するものである！！」 お〜言い切った！状況が状況でなければ素晴らしいですね。 と、久々のタイチョーっぷりにメンバーは拍手総立ちの状態。ミッキーなど、感動のあまり涙ぐんで、 「ひ、久しぶりに出たでござるな、必殺“シリアスゴン太ッ！！”これが持続してくれれば拙者の苦労がどれだけ減るか・・・グスグス」 着物のすそでぐしぐしと目をこする。いかんいかん、今は作戦に集中すべき時だ。と、ここまでスルーされっぱなしだった船長が再び口を挟む。 「隊長さんよ」 「ん？なんだね船長？」 なんだか言葉遣いまで凛々しくなっている。しかしこれはこれで長続きすると面白みがなくなりそうな気が・・・するけれど。 「何度も言うが、この船の砲台は何の役にも立たんポンコツだぞ？」 「えっ？・・・・・・・・え？」 その言葉がゴン太の耳に入り、脳に伝えられ、さらに理解するまでの間十数秒。 「・・・・・」 「・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 隊長、まだですか？ 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふっ」 「あっ！？タイチョーがまっしろになったワヒ！」 「どっ、どどどどどどどうされたんでござるか隊長殿！返事をしてくだされ〜〜〜！」 まっしろなまま手近な椅子にもたれたゴン太は、 「ふっ、燃え尽きたぜ・・・まっしろだ」 「隊長！なにそんなどっかで聞いたようなセリフ吐いてやがんだ！しゃっきりしろって！！」 フランクが的確なところを突っ込みつつ励ましてみる。といっても、彼の場合ケンカを売っているようにしか聞こえないのだが。口が悪いのは損だ。 と、それが効いたか効かずかゴン太はしゅたっと椅子から跳ね上がって、 「うるさいうるさい！あの砲台が今回のキーマンだったんだワン！あれなしの作戦なんて報道陣とかが来たときのために用意しといたぱっと見ハデで面白いやつばっかりなんだワン！しかも全体の４割！たったこれだけでどう捕まえりゃいいんだワン！？て、ゆーかセーンチョー！！な〜んで使えないハリボテをあんなふうに据え付けておくんだワン！サギだワン！サギサギ！！」 「砲台のない捕鯨船なんざ、捕鯨船とは呼ばねえ」 「わ〜〜お、う〜〜〜〜！！！ワン！」 「というか、そんななんちゃって捕獲作戦が全体の４割を占めていたんでござるか？」 鋭い指摘に、がしゃがしゃ頭をかきむしっていたゴン太がぴたりと動きを止めた。ばっ、とあげた顔には、どう見ても「そこらへんのイタズラボーズ」的なにやにや笑いが浮かんでいる。よくない兆候だ、とミッキーは思った。あの凛々しい表情のカケラすら残っていない。今の顔は、 “あっ、どうせもうこりゃあどーもならないし、せっかくなら考えついたオモシロ作戦でも実行して笑っちゃえ笑っちゃえ！”とでも思っている顔だ。 「よ〜しみんな！残った作戦全部やるワン！どうせやるなら面白おか・・・じゃなかった全力挙げてヤツを捕獲するワン！！しまってこ〜ッ！！」 思ったとおりだった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ なんとも分かりやすいタイチョーのおかげで、当初は壮大な一大作戦になったであろう“オーシャン・アーティスツ”とやらは徐々にその姿を“オーシャン・コメディアンズ”あたりに変形させてきていた。もう、かなり、アレだ。 「一発目！ブリッツバード大作戦！これはここにいるフランクが作った特製大容量コンデンサ装備の設置型スタンガンをテキに投げつけ、痺れさせて捕まえる、というもので・・・あれ？」 一斉に遠のくメンバー一同。だって当たり前、誰だってそんなアブないブツをあんなヤバい相手に投げる役なんかやりたくない。 「とにかくやるワン！テキはどこだ〜〜？？」 AM ７：５５ ブリッツバード大作戦始動！ と、ソナーにはり付いて索敵を行っていたロッキーが叫ぶ。 「隊長、３時方向に超大型魚影探知！距離１５０！本船右舷に急速接近中！！急いで急いで！！」 「オーライ！船長、取り舵２０度！回避しながら投げつけるワン！！」 船がゆっくりと舳先を左へ曲げていく。それを追走するように海中を駆け抜けてくる黒い影をゴン太は確認した。いよいよ敵さんのおでましだ。 「３・・・２・・・１・・・！ッ！今だっ！え〜〜〜いっ！！」 気が抜けそうな声を上げるとともに、ゴン太は手にしたスタンガンを思いっきり黒い影に投げつけた。放物線を描いて飛んでいくスタンガンは、見ている限り丁度ヤツの真上に落ちそうだった。なかなかどうして、このタイチョーはコントロールがいい。 「あれあれ！？もしかして作戦大成功？やったかな？ワンワン」 と、その黒い影の真上の、つまりはゴン太の投げたスタンガンが落ちるであろうところの海面が、ぐうっ、という風に盛り上がった。次の瞬間、海中から突如出現した巨大な尾びれが空を切り、ぱこーんという感じで海水ごとスタンガンをはじき返した。またもや見事な放物線を描き、船へ向かって飛んできた。 「へ？」 ひゅ〜ん。 ことん。 「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ！！！しび、しび、しび、ワワワワワン！！」 ゴン太に大命中！まさにストライク！まるで狙ったかのような位置関係で、海水にまみれたスタンガンはゴン太の足元に落ちたのだった。 「しび、しび、しびるるるるられ〜〜・・・」 AM ８：００ ブリッツバード大作戦失敗 「さてみんな、一度くらいの失敗でめげちゃいけないワン。さいわいまだ作戦はたくさんあるんだからね。さてとお次は〜っと・・・」 マンガみたいに復活したゴン太が作戦ノートをめくりながら考える。例のアブないスタンガンはフランクがすっかり解体してしまい、今は安全だ。 こちらから明らかな攻撃を受けたにもかかわらず、クジラはまだ船の周りを旋回するように、何をするでもなく一定の距離を保ちながら泳いでいる。 と、ぐっと拳を握ってゴン太が言った。 「二発目はこれ！グレートダイバー大作戦！」 ますます遠ざかるメンバー一同。不吉な単語が聞こえたからだ。 「これは誰か泳ぎのうまいやつが飛び込んであのクジラとコンタクトを取るなり水中戦としゃれこんだり、まっ、一種のスキンシップってやつだね」 そこまで言ってゴン太の目がきらりと光る。 「この中で一番泳ぐのうまいひとだ〜れだ？ワン」 みんな一斉に目を伏せ、自分の名前を呼ばれないように必死に溶け込もうとしている。まさに授業中、センセーに指名されないように命をかける学生に特有の必死さだ。 しかし、センセー（この場合ゴン太のことだが）が指名したくてウズウズしている以上、いつかは誰かが呼ばれてしまうのは必然だ。こういう場合、手っ取り早く危険を回避する方法は誰かを推薦してしまうことで、クラスの委員長などを決めるときによく用いられる。この戦法が選択されたときののちの展開は大きく分けて２つだ。 すなわち、推薦されたやつと推薦したやつの指名しあいタイマンバトルか、推薦されたやつに他の大部分の者が便乗して推薦集中攻撃のどちらかだ。 後者の流れになった場合、推薦されたやつはほぼ当選決定の憂き目に逢うため、それはそれは必死に前者の流れに持っていこうとする。 ・・・以上、作者の懐かしき時代の戦いの思い出でした。あれ、なんだか話がそれてしまいましたが・・・ と、唐突にロッキーが手を挙げた。まさか立候補か！？と他の三人は彼の自己犠牲精神に胸をうたれたが、しかし彼の口からでたのは、 「ミッキーって確か泳ぎうまかったよね？」 「！！！！！」 あんまりにもな言葉に声が出ず、口をぱくぱくさせるミッキー。ここで反撃しなければ、あのクジラのテリトリーへ叩き落されてしまうのだ。（しかし、なんて作戦だこれは・・・（汗）） が、不幸の女神（いるのかどうかは分からないけれど）は残酷にほほえみ、彼の辿るべきルートを後者へ設定したのである！ 「そっ、そうそう、なんだっけあのサムライだかニンジャだかの泳ぎ方！カタナ装備したまま泳ぐやつ！」 「・・・のし？」（例によって、ぼそりと。しかしウォレット君はホントにセリフが少ない少ない） 「そうだのしのし！そいつで行こう！俺なんて犬かきしかできねえし」 「ミッキー！ミッキー！ミッキー！ミッキー！」 リズム良く鳴らされる手拍子にアタマを抱えるミッキー。タイミングを誤ったのだ。この流れに乗ってしまったが最後、もう後戻りはできない。まさかあのロッキーが発案者になるとは予想だにしていなかったのだ。 AM ８：１０ グレートダイバー大作戦始動 「さっ、ミッキー、この命綱をつけるワン」 覚悟を決め、白い帯でたすきがけをしたミッキーにゴン太が命綱を渡す。きちんと安全対策もなされていたらしい。ミッキーは少し安心して、それを受け取った。 「って、釣り糸でござるかっ！」 OH，DENGER！！（訳：ヤバいぜ！！） 「いやホラ、海中でテキから見えにくくするためにいいかな〜っと思って。ワンワン」 「ハムの糸みたいに肉にくい込んじゃうでござるよッ！！」 「じゃ、作戦を変更してヒモなしダイブということで・・・」 「却下でござる！！」 〜以下、十数分くだらない言い合いが続くのでショートカットいたします。〜 「行って来い！ガッツだぜミッキー！！」 「うんうん、結構たのしいって。ワン」 「ガンバガンバ！ワヒ」 「・・・・・・・・・っ」（ぐっ、と親指を突き立てる。） 「ではでは、カウント始めるよっ。３・・・２・・・１・・・」 ゼロ、でいざいかんとして船べりに足をかけるミッキー。しかし・・・ 「・・・２・・・３・・・２・・・１・・・２・・・」 「なにを遊んでいるのでござるかっ」 よくある悪意なきイタズラだ。ただしこの場合、当のミッキーは生きた心地がしない。と、やおらゴン太が目を見開いて、 「ゼロッ！」 「え？う、うわ〜〜〜っ！！」 そのままずるっと足を滑らせ、ミッキー落下。合掌。 と、海面に顔をだしたミッキーがゴン太に向かってなにやら叫んでいる。まあなんというか、ごく当たり前な光景だ。 「た、隊長殿！やっぱりヒモなしダイブは危険すぎるでござ・・・う、うわっ！なんか黒いのが迫ってくるでござる〜〜！！？」 「なんか黒いの、じゃなくてファッティ＝ホエールだよ。さっきのスタンガンみたく打ち上げられたくなかったら頑張って泳いで泳いで！ワン」 ゴン太の激励を受けながらしぶしぶ回避に移る。向こうもそれほど本気では泳いでいないらしいので、よけるのは簡単だ。 「まったく隊長殿には・・・今度家出でもしてみればよいのか・・・ぶつぶつ」 愚痴るミッキー。そのお陰で彼は、自分の身に降りかかりつつある災難にまだ気付いていなかった。 「だいたいなんで拙者がこんな目に・・・ただ釣りをしに来ただけだというのに・・・って、なにかいったでござるか隊長殿？え？後ろ？」 船の上のゴン太たちが、口々に何かを叫んでいる。 「シ○ラ〜！！うしろ！うしろ〜〜！！ワ〜ン！」 「○ムラ〜〜！うしろだワヒ〜〜」 「って！また古いネタでござるな！？しかも伏字の意味が全然ないでござろう！さらに・・・ああもう、突っ込みきれんでござる」 肝心の“うしろ”には触れていないことに気付いていない。そして“そのとき”は刻々と迫ってくる。 「あ〜〜！もう駄目だワン！ミッキーー！！達者でね〜〜〜！」 「忘れないぜ〜〜〜！」 「・・・・無念」 「ドンマ〜〜イ！」 「え？え？な、なんでござ・・・ってどわああああ！？」 目の前に巨大な壁ができたと思った。黒い壁だ。巨大クジラの尾びれはそのくらい、途方もなく巨大な面積を持っていた。それがすくい上げるような動きでこちらに迫ってきているのだ。叫びたくもなる。 そのままの体勢で固まっているミッキーを尾びれが直撃。とっさにとった受け身のお陰でさほどの衝撃は感じなかったが、さきほどのスタンガンよろしくそのまま打ち上げられる。 「わあああああああああああ！？」（空の彼方へ） 「・・・・・・いったな。ワン」 「いやミッキーあんた、さすがだぜ」 「ってそんな場合じゃないワヒ！飛んだってことは落っこちてくるってことじゃんか！クッションクッション！！」 ロッキーの言葉に全員はっとし、あわてて手近な毛布なりなんなりを持ち寄り、すでに落ちてきつつあるミッキーを受け止めるべく身構える。 と、１０ｍほども打ち上げられ、重力に引かれて相当のスピードがかかったミッキーが落ちてきた。 「ああああああああああああああ！！！」 「それひっぱれ！ワンワンワンワン！！」 ゴン太の合図で毛布を広げ、それぞれが持った四隅を引っ張る。ちょうどトランポリンのような感じだ。その下には何故か荷物に混じっていた座布団やヌイグルミが固めておいてある。二重の構えだ。そこへミッキーが落ちる。“ぼすっ”と鈍い音がして毛布のトランポリンがへこみ、衝撃をやわらげる。 「た、助かったでござる・・・」 「そ〜うれひっぱれ！がんばるんだワ〜ン！」 「「「お〜う！！」」」 「え？」 例によって状況が見えていないゴン太の掛け声により、再び毛布が勢いよく引っ張られた。へこんだ毛布の中央にいるミッキーは当然、また空中へ打ち上げれることになる。 「まっ、またでござるか〜〜〜！！」 大きく弧を描きながら海へ落下していくミッキーを見ながら、 「・・・失敗、だね」 「この作戦にどんな意味があったんだよ？」 呟くロッキーとフランクの言葉が妙に虚しく響いた。 AM ８：３０ グレートダイバー大作戦失敗 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「う〜ん？やっぱり一筋縄じゃあいかないか。ワン」 「拙者はもう、いち抜けたでござるよ」 バスタオルを頭からひっかぶり、竿をたらしているミッキーが言った。もう完全に普通のサカナ狙いだ。二度も海に叩き込まれれば降りたくもなる。 てこでも動きそうにないミッキーを除いて、ゴン太たちは残りの作戦を実行に移すべく話し合っている。 「じゃあさじゃあさ、これは？“ボンバードッグ大作戦”」 「ぜったいやだよそんなの！さっきのよりやばそうな感じじゃん！？」 「“ホエールライダー大作戦”は？」 「そのまんまじゃねえかよ！誰がやるか！」 「じゃ、危険そうなのは抜きにしよう。誰も海に入らずに、かつなんらかの効果を期待できそうな作戦は・・・」 「拙者が海に落とされたあとにそんな作戦出されたらホントに怒るでござるよ？」 「あったワン。これこれ」 「・・・・・刀でも引っさげてくるべきであったか・・・？」 「“サーチング・アイ大作戦”。これは今回持参したロッキー所有の最新ソナーをはじめとした機材をフルに使う作戦で、とにかく映像とかデータとか、そういう間接的証拠を収集することが目的だワン」 「そんなら誰もダメージを受けずに遂行することができそうじゃねえの。やろうぜ」 「よし、じゃあロッキー、早速準備に取り掛かって・・・」 と、そのとき船の舷側に巨大なカタマリがぶつかってきた。例のクジラだ。どうやら向こうはもうこちらを完全に遊び相手として認識したようで、自分にかまってもらいたくてアピールしているらしい。当然、船の上の犬たちはたまったものじゃない。 「うわわわわっ、ゆれるゆれるワン！船がかたむく〜〜〜！」 冗談みたいな角度で横に傾く船に必死でつかまるゴン太たち。ただしミッキーだけは例外で、なんと船の舳先で片足一本でバランスを取りつつ竿をふっているのだ。その横の船べりに置かれた湯呑みがまた絶妙なバランスで湯気を立てている。 「ってそれどこじゃないワン！各自荷物！荷物回収！落ちるよ〜〜！！」 そこらのものにしがみつきながら自分の荷物をしっかり確保する。と、ひときわ大きく揺れる甲板から、あろうことかしっかりすえつけてあったはずの機材がずるずるどばどばと、海面に飲み込まれていくではないか。防水加工もしていない精密機器にとって海水は天敵だ。 あっというまに甲板がさっぱりしてしまった。おそるおそる海面を覗いてみると、なにかの機械がバチバチと火花を上げながら沈んでいくのが見えた。 ソナー沈没。 「あっ！ロッキーが灰になったワン！」 「はは・・・燃え尽きちゃったよ・・・まっしろだ」 「オレのセリフをぱくってんじゃないワン」 「って、あんたのもパクリだろうがっ！」 「・・・・・やれやれ、でござる」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ こうしてわいわいなにやらやっているうちに日は暮れて・・・・ 「で？結局どうなったんでござるか？」 力尽き、水揚げされたマグロよろしく甲板に寝そべる４人を見下ろして、ミッキーは呆れ顔で言った。ゴン太の作戦ノートが海風に吹かれてページがぱらぱらめくれているのがなんとも敗北感が漂っていて虚しさを誘う。 船は今、もと来た港へ向けて進んでいる。 「い、一応全作戦を消化したワン・・・もういいっしょこれで」 「結果オーライ結果オーライ。ほら、あいつも喜んでるみてえだしよ」 フランクが指差す先には、夕日に染まった海をゆうゆうと泳いでいく巨大クジラの姿があった。あれから散々遊び相手になった（と、向こうは思っている）ゴン太たちへの挨拶のつもりか、高く潮を吹き上げてそのまま潜っていった。 「あ〜あ。結局おれたちは遊び相手どまりか。こっちは本気で捕まえようとしてんのに・・・ワヒ」 と、昼間の間中ずっと黙っていた船長が口を開いて、 「いや。長年ヤツを追ってたが、あんたらみたいな連中も、あれだけ楽しそうにはしゃいでるヤツを見たのも今日がはじめてだ。認められたと思っておけばいいんじゃないか？」 「遊び相手にか？冗談じゃないぜ。もうごめんだね」 皮肉げに笑ってタバコをふかす。その横ではだいぶ重たくなったクーラーボックスに腰掛けてお茶をすすっているミッキーがいる。 抜け目なく今晩のおかずは確保しておいたらしい。 「ま、これもいい経験でござろう。それを今後にどう生かすか、でござるな。問題は」 「あ〜それにしても、おれの機材〜〜・・・沈んじゃったよ」 「相当な痛手でござったなロッキー殿？これから新しく買い足すんでござるか？」 「そんな金ないよ〜。自分で作るにしても材料費すらないし・・・っていうか、これからの生活費どうするんだワヒ？荷物はほとんど海の中だよ」 ゴン太が立ち上がる。 「とりあえずそんなことより目先の問題を解決しなきゃね。帰りのガソリン代っていう問題をさ。まあそのあとは、オレが釣りでもして稼ぐよ。そんときはみんなオレに金預けてね〜〜ワンワ〜ン」 「「「「誰が預けるかッ！！」」」」 夕暮れの海に４人の声がこだまする。しかし結局彼らはこの隊長に金を預け、見事ミスったゴン太のお陰でとんでもない事件へと巻きこまれてしまうのだけれど、このときの彼らはもちろんそんなことは思いもせず、潮風に身をまかせているのであった。 そして物語の舞台は遥か海を隔てた大陸へ・・・ おしまい？ |
| すごいや隊長（←褒め言葉＆嫌味）そして気の毒なロッキー。貧乏くじをひくミッキー。しかし、君＆湯飲みの雄姿は管理人の目に焼きつきましたぞ！何気にＦ．Ｗ．が可愛いんですが。老船長さんが20年近く追っている相手ですから子供ではなく『古強者』ではありますが、やる気十分ですね！今度はいつか、皆が楽しく釣りをしている光景を見てみたいものです・・・・・ ）大陸でのアレコレの裏にこんな涙なしには読めない楽しい話（笑）があったとは・・・・それでは本編の方、ゆったりとお待ちしております！ |