インターミッション２：記念チャットの夜


　某月某日　夜　TFDアジト

　さして広くもないゴン太の私室（ちなみに六畳一間の畳敷き）に、むさ苦しいのが５，６人ごちゃごちゃと集まっている。TFDの面々ともうひとり、やけにでしゃばるクスノキだ。当然人間よりは大柄なワードッグがそんな狭い部屋に収まるはずもなく、フランクとロッキーの二人は全開にした障子戸から縁側へ足を伸ばしてうつぶせに寝転んでいた。

　　近くに民家もない辺境地帯でも、月明かりと星明りのお陰で夜は存外に明るい。雲もなく、いい夜だ。昼間の天気予報では熱帯夜ということだったが、時折頬を撫でていく夜風は涼しく、冷房なしでも良さそうな感じだ。いつもの一張羅姿のメンバーも、居心地よさげに目を細めている。

　が、そんなことには全くお構いなしに白熱しているのが約二名。

　「・・・・・・・まだでござるか？」

　「もうちょっと待てって。今考えてるんだからさ」

　冴えない格好のクスノキと、地蔵色の着物をまとったミッキーだ。両者とも、手に持ったトランプのカードを穴が開くほど見つめている。

　TFD毎夜恒例行事の徹トラ（徹夜でトランプ）、今夜のお題は“大貧民”。やれ始めようとしたところに、「ちょっと時間をつぶしに」とどこからともなくクスノキが飛び入りしてきて今の状況に至る。
すでに上がってしまった４人は退屈そうに小皿に入れたピーナッツをかじりながらその様子を眺めている。

　「まっだかよ？お二人サン。夜は確かに長いが、さっすがにオテントサマが顔見せちまうぜ？なあロッキー？」

　白いTシャツに色あせたジーンズのアメリカンスタイルはフランクだ。同意を求められたロッキーは、ピーナッツの殻を割るのに躍起になりながら、

　「そーそー。考える時間が長いんだワヒ。ぱぱ〜っと出してぱぱ〜っとやればすぐ終わるのに」

　軽いトーンで言うロッキーに、きちんと畳に正座したミッキーは、

　「甘いでござるよロッキー殿！そもそも大貧民というゲームは極めて戦略性の高いもので・・・」

　「“優れた判断力と慎重に慎重を重ねる思慮が不可欠なんでござる”でしょ？」

　「よ、よく分かったでござるな」

　「負けるたんびに同じセリフ言ってりゃ嫌でも覚えるワン。ほらクスノキもちゃっちゃと出しなってハートの７」

　部屋の主であるゴン太が、渦巻き型の蚊取り線香（！）をマッチで点火させようと頑張りながらあっさりクスノキの手札をばらす。

　「ちょっ、おい！人が出そうかどうか迷ってる札を簡単にばらすな！」

　「くそ、火いつかないワン。ああ蚊がよってくる。フィラリアになってたまるかあ！！！」

　「ワードッグもなるの？フィラリア・・・え〜と、蚊が媒介してる寄生虫のことね、一応、ワヒ」

　「魔法使えば一発だろうよ、じれったい。けちけちしねえでシュボッとやっちまいな」

　「かたじけない、隊長殿。なるほど、ハートの７でござるか・・・うっふっふ、これはどうやら勝てそうでござるよ」

　と、賑やかなことこの上ない。TFDの夜は大体において（夜釣りや“お仕事”でもない限りは）このように過ぎていく。

　「さあクスノキ殿！いざ尋常に！！勝負でござるッ！！」

　「ぜんぜん尋常じゃないだろっ！」

　かくして、両者の熾烈な闘いは佳境に入り・・・・・



　五分後

　「だあ〜〜っ！また負けたでござる〜〜！！」

　手元に残った二枚の手札を投げ出し、ミッキーは頭をかきむしった。ぺらっとめくれたカードは、スペードの６とクローバの８。革命が起ころうがそのままだろうが大して使えない中途半端な手札だ。

　「・・・・・拙者って、なんでこんなトランプ弱いんでござろうか・・・」

　もう、なんか、涙目になっている。ああ袖で目をごしごしこすっている・・・普通、このへんで仲間のフォローなりが入るところだが、残念なことに彼らが相手ではそれも期待できない。

　「あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ！！また負けてやがんの！何連敗これで！？何回大貧民！？あっひゃっひゃっひゃっひゃ！！」

　蚊取り線香をほっぽり投げて笑い転げるゴン太。他の連中も似たようなものだ。いいとこなしのミッキーはフグみたいにふくれた。
　と、それまで同じく笑い転げていたクスノキがやおら立ち上がり腕時計に目を落とすと、

　「おっと、そろそろ時間だ。大貧民面白かったよ。じゃ、これで」

　と言い残して行き先も告げずにさっさとどこかへ出かけてしまった。いったいどうなってんだか。しかし、ひとり減ってもなんのその、司会進行役（・・・）であるゴン太の勢いは止まらない。

　「さ〜てまだまだ夜は長いよ。ここらで今夜のメインイベント！“負けたら罰ゲーム大貧民”大会〜〜〜！！！」

　声高らかに宣言したゴン太に続いていよいよ乗ってきたメンバー一同がはしゃぐ。ロッキーにフランクにウォレットに・・・おや、誰か足りない。
　よく見ると部屋の隅っこでどよ〜んと暗い空気をまとわりつかせているのが約一名。思いっきりブルーになっているお侍さんに隊長が近づき、肩をたたく。なんだ、いいとこあるじゃないか？

　「罰ゲーム大会・・・じゃなかった罰ゲーム大貧民大会が始まるよ」

　「うっさいでござる！」

　・・・・・・・・前言撤回。


　そして半ば強制的に参加させられたミッキーがさらにボロ負けすること約一時間・・・・

　「神様、拙者は何かわるいことをしたのでしょうか？これは果たして天罰なのかどうか気になって気になって・・・」

　なぜかハゲカツラや鼻メガネを装着したサムライは、膝をついて天に語りかけていた。うんうん分かるよ分かる自分もトランプ弱かった。・・・って、天罰はオーバーでしょうよミッキーさん。

　「よっしお次はあ〜・・・“負けたらこのTシャツを着てTFDの宣伝活動をしなければならない〜〜〜！！”」

　「「「わ〜〜〜い！！！」」」

　ドンドンパフパフ〜！！

　「・・・・はあ〜〜〜」（←超ブルー）

　どこにそんなスペースがあったのか不思議だが、懐から取り出した白地のTシャツをひらひらさせるゴン太。それを一目見たメンバーの顔が凍りつく。

　「ま、敗けられねえ・・・この戦いだけは・・・」

　「全てが終わるワヒ・・・まさに終末兵器！」

　「・・・・・・・・必・勝！」

　「我が刃にかけて、必ずや阻止してしんぜよう」

　状況が状況でなければ物凄いシリアスな場面だ。作者が思わず「あ、このセリフ別のとこで使えそう！」とか考えてしまったことは内緒ですよ。

　「と、とにかく！次負けたひとがこれ着て宣伝してきてね。それじゃ、いってみよ〜」

　「ちょっと待つでござる！！」

　「なんで？」

　「それじゃあ拙者がそれを着るのが確定しているようなもんでござろうっ！絶対にいやでござる！！」

　「ミッキー君？」

　物凄い微笑みを浮かべてゴン太が言う。へたに騒がれるよりもなんというか、うすら恐ろしさ１２０％超な感じだ。

　「今夜のお題はなんだったっけね？」

「・・・・大貧民」

　「今までに一度でもお題が途中で変更されたことがあるっけ？ないよね？」

　「・・・・・・・・・」

　流れ落ちる冷や汗の感覚を全身で感じながら、ミッキーが後退しかけたそのとき！

　“あ、じゃあ、ちょっとひっぱってきましょうか・・・・ミッキーちょっとこっちおいで”

　どこからかなにやら聞き覚えのある声がしたかと思うと、突如にゅっと出現した“手”がミッキーの着物をわしっと掴み、そのままひっぱっていってしまった。消えるミッキー。一同、しばし呆然。

　「・・・・・真夏の夜の怪？」

　実はその手の話に滅法弱い彼らは思わずぶるっと身震いしたが、ゴン太一人はわけしり顔で、

　「いや、どっちかっていうと、“神の見えざる手”かな。ワンワン。さっ、続きやるよ〜」

　とのん気なものだ。




　そのころミッキーはというと・・・

　「どうしてミッキーさんの口はそんなに大きいの？」

　ひとしきり耳を触られた後、純粋無垢な質問をされたミッキーはどう返答したものか考えていた。

　（こ、こういう場合どう答えればよいものなのか・・・大体ここはどこなんでござろう？）

　誰かにひっぱられてこられたのは、ゴン太の部屋とは似ても似つかぬ小広いホールで、めいめいパイプ椅子に座った人たちが談笑していた。
　かなりの大人数で、その前には劇でもやっていたのか、部屋の隅のほうには衣装や小道具などが積まれている。

　その中に混じってクスノキがいるのにまず驚き、彼の言っていた用事とはここに来ることだったのかと妙なところで納得しながら彼のとなりへ。
　するとすぐ横にいたちいさな男の子が「ミッキーさん？」と声をかけてきて今の状況とあいなったわけだった。

　（まあ、あのまま隊長殿にせまられるよりは遥かに状況が好転したのであるが・・・っと、なぜ口が大きいのか、でござった。ぶっちゃけて言ってしまえば獲物を仕留めるためなんでござるが。さすがにそれはまずいであろう・・・）

　質問の主であるパトリック殿（クスノキ殿が教えてくれた。愛称はパットというらしい。）はにこにこしながら返事を待っている。ミッキーはなるべく穏やかな（そうでなくても普段は穏やかだ。大声を出す原因は・・・まあ置いといて）声で、

　「赤ずきんちゃんみたいでござるな、パット殿？でも拙者は、頭からがぶりと食べたりはしないでござるよ？」

　パトリック君はどうやら納得がいったようだ。子供が好きなミッキーは彼の笑顔をみて目を細めた。

　うすうす分かっていたがここは自分のいた世界ではない。そして彼らが、それぞれ異なった世界の空気をまとっていることも、ミッキーの嗅覚は嗅ぎ取っていた。

　時代や空間を越えて人々が交わることができ、さらにまったく違う世界に限りなく近い、ともすれば干渉までできるような気さえする場所・・・そんな感じだ。

　（と、こんなこと考えても、あまり意味はないでござろうな。）

　面倒なことは追っ払って、ミッキーはこの状況を楽しむことにした。たまにはこんな夜（かどうかは分からないけれど）も悪くはない。

　「楽しいところでござるな、クスノキ殿？」

　にっと笑って返事をするクスノキも和んだ顔をしている。ちょっとのどが渇いたと思い、ミッキーがおもむろに日本茶の入った湯飲みを取り出してすすっていると、パトリック君のそばに座っていた黒髪の青年が感動した様子で、

　「すごいですっ！その湯飲みはどこから出てくるんですか！？」

　思わずむせかけた。この方はキム　カイユン殿。名前と黒髪からしてアジア系の人らしく、気が合いそうだった。

　「そのたもとからですか？それともはかまからですか〜？」

　ワードッグにとっての第一印象はその人の“匂い”だ。彼からは香ばしいお茶の匂いがした。きっとお茶を淹れるのがとてもうまいに違いない。
　ミッキーはまた笑って、もうひとつ湯飲みを取り出した。


　さてそのころこちらでは・・・？

　「・・・・む？」

　相変わらず手札を広げて大貧民を熱く戦っていたゴン太は、なにやら思いついたように顔を上げ、天井からぶら下がった蛍光灯の辺りを見た。
　蚊取り線香をたかなかったお陰で虫がたくさん舞っている。

　「どした隊長？つぎ隊長の番だぜ？」

　フランクがせかすが、耳に入っていない様子だ。と、何を考えたかいきなり立ち上がり、にやっと笑って、

　「悪い、ちょっとでてくるワン」

　と言い残し“ぱっ”と消えた。“しゅんっ”でも“びゅわんっ”でもなく、まさに“ぱっ”という効果音がぴったりな見事な消えっぷりだった。

　「・・・・・・？？？」

　一同、再び呆然。

　「真夏の夜の・・・」

　「ち、ちちっちちち違うに決まってんだろ！そんなんありえねえぜッ！！」

　「じゃ、じゃじゃじゃじゃなんだっての？あれ。もしかしてさ、明日の朝起きたらおれらだけ原っぱにいたりしてさ、ふと後ろ見たら墓地だったりしてさ・・・」

　「そそそれ以上言うんじゃねえ！はったおすぞ！！」

　「で、でもさ、最初５人だったのにもう３人じゃん、そのうちまた誰かさ・・・」

　「うううっせえ！ぶるってんじゃねえよ！ほらウォレットもなんかいってやれ！！」

　「神の見えざる手・・・」

　「そ、そ、そう、それだよ、それ。そその神の・・・なんたら」

　「ふ、フランクだってがたがたいってんじゃん」

　「いってねえよ！！いい加減に・・・」

　「真夏の夜の・・・」（←い○がわじゅ○じ口調で）

　「わ〜ッわ〜ッ！！！聞こえてねえ！なんも聞こえてねえぞッ！」

　「ウォレットは怖くないの？」

　唯一普段とまったく変化がない（怖いのかもしれないが）ウォレットにロッキーは訊ねた。

　「・・・・寝ないで騒いでれば・・・・いいんじゃないの？」（ぼそっと）

　「「そ、それだ！！」」

　一気にまとまった３人はばたばたと“不眠作戦”の準備を始めた。

　「コーヒースタンバイ！今夜は、寝ないよ〜〜」


　一方ゴン太たちは・・・

　「そうなんですかあ。大変ですねえ」

　「そうなんでござるよ。いやしかし、カイユン殿もそうとうのご苦労をされてきたようで・・・」

　すっかり気のあったミッキーとカイユンは、ときおりお茶などすすりながら、身の上話に花を咲かせていた。カイユンの膝の上にはパトリック君が座り、完全にほのぼのモードだ。

　「うちの場合はあの隊長殿が手に負えずして・・・」

　と、こういうときのマル禁ワードを思わず口にしたその瞬間、

　「呼んだ？」

　「！！！！！（でた〜〜〜〜ッ！！！！）」

　パイプ椅子からのけぞり、声にならない叫びをあげるミッキー。この隊長、自分に都合が悪いとき以外は呼べば必ず現れるので注意が必要だ。
　その際の彼には一切の常識が通用しないのだから。

　「あ、このひとが隊長さんですかあ？はじめまして」（丁寧にお辞儀）

　（ああ、理解してない、カイユン殿、あなたはその隊長殿を理解してないでござるよ〜〜〜）

　ゴン太がこの場をどうにか（！）してしまわないことだけを祈りながら、のけぞったまま天を仰ぐミッキーの耳に、朗々とした声が響く。

　「おお、タイチョー殿ではないか！おたがい人の上に立つというのは大変なことであるな！」

　のけぞりすぎてパイプ椅子から転げ落ちる。ぐで、と床にへばりついた状態から、紫色の服をまとった男と、隊長ゴン太（・・・）が握手しているのが見える。思わずこぼれるこのセリフ。

　「に、似ている！！」（ちゅ○さんでこう言う人がいましたよね）

　あまりにそっくりなオーラをまとった２人に、もういちどへばりつこうかと考えているところへ、ふと手が差し伸べられた。みると、いかにも真面目そうな青い人がこちらをみている。

　「大丈夫ですか？どこかお怪我などは」

　せ、拙者らもなんだか似てるでござるッ！！

　飛び起き、がっちりと握手をする２人。そして夜は更けていく・・・


　「じゃ〜ん！！俺秘蔵の高級ブランデー！！！」

　片手で高く掲げたボトルは、蛍光灯の明かりの下でブラウンに輝いている。普段彼がひっかけているのとはケタ二つくらい違うシロモノであることは確かだ。とっておきの気付け薬ということらしい。

　「よ〜し！今夜はおれも飲むぞ〜〜！」

　下戸のはずのロッキーまで一杯やるつもりだ。明日の朝どうなっても知らないよ・・・

　「じゃあ、かんぱーい！！！」

　ぐびぐびぐび・・・

　「・・・・・・・」

　「・・・・・・・・・・・」

　「・・・・・・・・・・・・・・・・」

　どさ。×２

　・・・・・・轟沈。

　気付け薬のつもりで飲んだはいいが、純度が高すぎてプツンといってしまったようだ。いびきもかかずに爆睡しているフランクとロッキーを尻目に、唯一シラフなウォレットは、そこらに散乱したトランプのカードを拾い集め、しちならべの要領で足りないカードがないか点検しはじめた。
　この男、周囲がいかに異常な状況だろうと動じることはない。

　「一枚・・・・二枚・・・・・三枚・・・・・・足りない」

　ふざけて手裏剣の真似事をやっていたお陰で、かなりなくなっているカードがあった。

　「・・・・・・・・探そう」

　ウォレットはあくまでマイペースに、ゆっくりと腰を上げた。



　「ホントだって！でたんだよ！な、ロッキー！？」

　「そ、そそそそそそうだワヒ！枕元で一枚足りない皿を数えてたんだよ！！絶対間違いないワヒっ！！」

「・・・・・・・・・・・・・・」

　すでに白みかけてきた空の下、２人の必死な説明にウォレットは首をかしげた。結局自分は起きていたが、そんなものは見ていない。
なにかの間違いでは、と言おうとしたが、いってどうなるものではない。金髪をいじるウォレットは、いつもの通りのだんまりだ。

　「ホントだってのに・・・あれ？なんかアタマが痛いぃ〜〜〜・・・・」

　「も、もももしかしてこれが呪いってやつかも・・・？」

　「そそそ、そうかも。ど、どうすりゃいいんだワヒ！？」

　騒ぐアホ二名をほっといて、朝食を作るべくキッチンへ向かうことにしたウォレットは、今日の飲み物はトマトジュースにしようと考えていた。

　なぜかよれよれのミッキーと、“ウィンクキラー”なる新たな遊びを覚えたゴン太が帰還し、早速明日の夜のお題に決定したのを知って酔いどれ２人がさらにげんなりするのはこの二時間後のことなのだけれど、それはまた、別のお話。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　おわり
クスノキさん、いんたぁみっしょん有難うございます！チャットの展開をもとに、愛すべきTFDメンバーの皆様みならず我がへっぽこサイトのキャラまで出して頂いて（嬉泣）。夏に相応しく怪談調の反応有、名前を出されれば呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン！な隊長あり・・・・・・ほんっとに楽しませていただきましたｖｖ

で、ミッキーさん、その湯のみは一体何処から・・・・・（笑）

戻ります