| 夢をみよう |
「シル、無理よ。そんなこと絶対無理。」 栗色の髪の少女が半泣きになりながら言った。冷たい床にペタンと座り込み拳をぎゅっと握っている。呼ばれたシルは自分と同じ風貌の少女の前に座り手をとった。 「無理じゃないわ。この施設のマップもわかった。宙港から、こことは無関係の輸送船が離床する時間も調べたもの。準備に半年もかけて、それでなんとかいけるって思った。だから行こうっていってるんじゃない。博士は知らない振りをしていてくれている……このままここにいたらおかしくなっちゃうってわかるでしょう。サラ、ね、行こう。頑張ろう。」 サラは震えていた。 「でも、掴まったらどうなるの？逃げようとした子がどうなったか見たでしょう。……私たち、薬を打たれるわ。そして、自分が誰だったかなんてことも思い出せなくなって、いろいろ実験されて、それから死んでいくんだわ。」 シルフィスは首を横に振る。 「私たちは手術で人為的に作られた超能力者ではないもの。そして、私の亜空間を使ったテレポートもサラのファイア・スタートも希少能力だわ。掴まっても薬なんか打たれない。ここの人間たちは私達の能力が欲しいのだもの。」 サラは頭を抱えた。 「でも、逃げられたとしても、変異を加えられた私達の遺伝子が暴走を起こすわ。皮膚が醜く爛れて人間離れした姿になってしまうわ。」 その頭をコツン、とシルは叩く。 「……だとしても、ここに居るよりいい、って二人で決めたよね？……何とかして薬を手にいれられれば遺伝子暴走は起きないってことはわかっているんだし。 サラも私も、戦闘に転用できる能力を持っているのだもの。……そして、この施設は、育てた能力者たちは実際に大きな争いの火付け役として暗躍させられるのだもの。それこそ見たでしょう。私たちを可愛がってくれたお兄さんやお姉さんたちが薬のせいではなく人格を崩壊させられていくのを。」 「……でも……シル、もしかしたら、私たちは人殺しなんかしなくてすむかもしれない。そうよ、そうだわ。シルが言ったように私たち“特別”なんだもの。ここで、従順な振りをして暮らしていっても何も怖いことは起こらないかも。」 シルフィスは悲しそうに双子の妹の顔を見つめた。鏡写しのようにそっくりな顔。しかし、サラの瞳は涙に濡れ、赤くなっている。自分は、といえば、きっと厳しく妹を叱るように睨んでいるのだろう。 「それに……それに……私はきっとシルの荷物になっちゃう。いざってときにシルだけなら逃げられても、私が一緒だったら逃げられなくなる。」 「……荷物になんかならないわ。テレポートに必要な力は運ぶ質量によって変わる。サラは軽いのだし、私、サラのことは他の人よりずっと簡単に運べるわ。そして、サラの力に助けて貰うことだってある！」 サラはいやいやをした。 「私が力を使うときは、誰かを焼くときなのよ？私の力はファイア・スタート。それも物質内部を高熱で焦がす力よ。……逃げる時に使うとすれば、それは人間を発火させることでしょう？それは一番私がやりたくないことなの！」 叫ぶ妹の肩をシルフィスはしっかり抱き寄せた。 「サラ、いいことをいっぱい考えようよ。ここから逃げ出して、輸送船にテレポートして。何回かテレポートを繰り返して、たくさんの宇宙船を乗り継いで、どこかのんびりした惑星について、そこで暮らすの。この施設の追っ手だってわざわざ惑星外まで追っかけてくることはないわ。すごくお金がかかるもの。そんなことするより、新しい能力者を捜した方が効率が良いもの。」 自分でも、そんなにうまくはいかないとは思ったが、妹を落ち着かせるため、そして自分のなけなしの勇気を搾り出すためにシルフィスは言葉を続けた。 「二人で仕事探して働いて。小さな部屋を借りて、お金が溜まったら少し大きな部屋に引っ越して。 サラが子供の頃大好きだった童話の王子様みたいに素敵な人に出会うかもしれないよ。向こうも双子だったら面白いよね。結婚したらさ、サラ、私たち、また家族ができるんだよ。サラの結婚相手が私の弟になって私の結婚相手がサラのお兄さんになる。そして、二人の両親が私達のお義父さんとお義母さんになるの！」 サラは顔をあげた。 「姉さん。夢みたいなことを言うのはやめて！……姉さんだってそんなことは絶対にあり得ないってわかっているんでしょう。」 姉に投げつけた言葉に対して言葉は返って来ないと思った。そしてシルフィスは諦めてくれるとサラは思っていた。しかし、シルフィスは妹の手をしっかりと握って言った。 「うん。」 姉は微笑んでいた。 「うん、わかってる。わかってるけど、私は行くね。」 シルフィスは立ち上がり、この日の為に中身を吟味したザックを背負う。サラは泣いた。もう一緒にいられない双子の姉妹と自分の為に泣いた。 「また…会おうね。」 屈んでシルフィスはサラの頭を抱いた。 「じゃ、少しの間、さようなら…」 シルフィスはサラをその場に残してテレポートした。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ シルはぱっちりと目を開けた。枕もとのパネルを見れば、普通の起床時間を30分も回っている。がば、と起き上がりしゃっきりするため目を激しくこする。 「ラン！どうして起こしてくれなか…」 その言葉を途中でとめたのは、ランが二段ベッドの梯子に登りかけた姿勢でじっとこちらを見ていたからだった。 一瞬で目がさめた。 「いいいいいいい、いつからそこに居た!?」 ランは頭を掻いた。 「シル、アラームが鳴っても起きなかったから起こそうと思って上に上がったらなんだかうなされているみたいだったから、揺すったんだけど、それでも起きなかったからどうしたらいいのチェイスに訊いた。そしたら“人間はそういうときには穴の開くほど見つめて見守るもんだぞ〜”って言われたから。」 「……あー。今度うなされてたらひっぱたいてもいいから即行で起こして！」 「うん。わかった。悪い夢でもみたの？大丈夫？あ。」 ランの突然の大声にシルはびくうっとする。 「一体どうしたのよッ！」 「挨拶を忘れてた。ええっと、こういうときには“おはよ、君の寝顔、可愛かったよ♪”って普通の人間は言うんだよね？その言い回しって悪夢払いのおまじないかなんかなのかな。」 シルは二段ベッドから飛び降りた。 「？どこ行くんだよ？」 「チェイスを殴りに。」 パジャマのままコクピットへ歩きながらシルは遠く離れた妹に呼びかける。 “サラ。王子様は居ないけど、私には友達が居るよ。得体はしれないけれど、お父さんだって言い張る奴は居るよ。 夢みたいなこと、……かなり叶ってるよ。 サラが隣にいつもいること。それだけが私の叶っていない夢。 “悲しいけれど。私はあのときサラを置いてきたことを悔やんでないよ。” シルは微笑んだ。 “だって、私は夢物語が現実になることを知っているんだもの。きっと……きっといつか……サラを迎えに行くから。ずっと隣に居られるように。” |
| シルの４年前です。施設から逃亡してから相当長い間一人ぼっちで頑張ったシルは、うちのキャラクターの中でも相当な頑張り屋さんです。（この子に比べるとジョーは少し後ろ向きかもしれませんが、ジョーの通ってきた道を思えばあたりまえでしょう）一方、妹のサラは彼女ほど強くなかった訳ですが、妹の弱さを目の当たりにしたからこそ、シルは踏み切れたのかもしれません。 願わくばチェイスがもっと真剣にシルの幸せを考えてくれますように。 |