あのときと・かわらない　

　食事のあとにカイユンがなにやらごそごそやっているのは珍しいことではない。いや、むしろ普通のことだ。それは食事の片付けだったり、リネン類の準備であったりする。が、パトリックを寝かしつけたあと、理由も告げずに他の大人４人を呼びだすのは非常に珍しいことだった。

　「一体、何だって言うんだ。」

　不機嫌そうに文句を言ったのはマリオ一人だけだったが、ロマノフもジョーも訝しげな表情をしている。（ソーンダイクについては濃い茶のサングラスに隠れて表情が読めない。念のため。）
　テーブルの上には差し渡し、親指と人差し指を広げたほどの小さな丸いケーキが乗っていた。イチゴが５つ乗っている。…ここに居る人間は５人。パトリックが入れば６人だ。しかし、イチゴは５つしかない。…あの愛らしい少年にケーキを食べさせる気はないらしい。
　皆が揃ったのを見るとカイユンは茶器をかちゃかちゃいわせてお茶を入れ始めた。

　「……」

　誰かの誕生日か？何か新しい工夫をしたケーキなのか？いずれにしても、パトリックが寝てしまってからこういったことを始めるのはあからさまにおかしい。

　「もう一度言うぞ。答えろ。何だっていうんだ。」

　デニムの白いエプロンをつけたカイユンはくすっと笑った。

　「さて、何でしょう。」

　花を背負った可愛い少女ならともかく、20才を過ぎた男から微笑まれれば気色悪いのが普通だが、この青年には未だに柔らかな笑顔が良く似合う。

　「普通気付きませんよね。……っていうか、僕も昨日気付いたんです。新しい星系に入って、宇宙連邦標準時と船内時計の補正をしていて……」

　爆破屋は眉間に皺を寄せた。

　「だから、早く言え。何なんだ。」

　一方、ロマノフとジョーは考え始めた。時間の補正をしていたのなら、きっと何かの記念日なのだろう。そして、ソーンダイクはといえば、無表情に尻のポケットから小型端末を出し、何やら片手で打ち込んでいたが、にまあ、と口だけで笑った。あ、ソーンダイクさんは判ったんですね。とカイユンは言い、ケーキを切り分ける。

　「降参。いったい何？」

　チームリーダーに言われ、カイユンはポケットからごそごそと掌にのる位の銀に光る薄いカードを取り出した。テーブルの真ん中に置き、席につく。

　「映像カード？」

　ジョーの言葉に頷いてカイユンは腕を伸ばし、カードの隅に人差し指の先を押し付けた。指紋を認識してぽうっと立体映像が浮かび上がった。目を細め、頬杖をついて映像を見るカイユンを他所に、マリオもロマノフもジョーも驚きの為に目をみはった。

　そこに浮かび上がっていたのは紛れも無く自分たちの昔の姿だった。しかも普通の映像ではない。……こともあろうにパレの収容所で写された、認識番号をつけられた収監衣姿の映像だったのだ。

　「な、なんだってまたこんな胸糞わるいモンを残してあるんだよ！」

　テーブルの向こうからのりだしてきて怒鳴るマリオにカイユンは驚いた。

　「え？え？え？で、でも、僕たちが初めて出会ったのってパレの収容所だったし。」

　「第一こんな集合した映像、俺は撮った覚えがないぞ。」

　相変わらず怒鳴るマリオにカイユンは微笑む。

　「そりゃあそうですよ。だって、僕達、しばらくのあいだ、記念写真なんて撮る雰囲気じゃなかったでしょ？これ、随分後になってから、あのとき記念写真撮っておけばよかったな、何か映像がないかなあって思って、コスモ･アーミーのデーターベースから引っ張り出した奴を纏めてみたんです。ね！こうして５人分ずらっと並べたら記念になるでしょ。」

　はあ、とため息の音がした。

　「え？え？え？僕、何かヘンなことしました？」

　だって、ねえ、とロマノフと顔を見合わせるジョーに、カイユンは眉を下げた。隣に腰掛けたジョーは、ぽふ、とその肩に手を置いた。

　「……収容所の認識写真を記念にしたいって人間、あまりいないと思うわ。」

　カイユンは首を傾げ覗き込むようにジョーの顔を見つめた。

　「でも……懐かしいですよね？皆、今よりちょっとだけ若くて、でもあんまり変わらないかなあ。マリオさん、このときからいつも怒ったような顔してたんですね。」

　「……あのなあ、認識写真を撮る時、笑うバカがどこに……って……お前は笑ってるのか。」

　なるほど、カイユンの映像だけ、満面の笑みを浮かべている。

　「あ、だって、写真を撮るって言われたら反射的に笑いますよね。それに、写真を撮る時に限らず、笑ってた方がいいですよね。父さんもよくいってました。“カイユン、怒ったり泣いたりすると、幸せは逃げてしまうものだよ。”って。」

　「はあ……？……しかし、お前はでっかくなったもんだよな。」

　立体映像のカイユンの背はマリオの肩あたりまでしかない。

　「あははは。マリオさんは僕のことを13歳くらいだって勘違いしてたんですよね。このときもう僕は18歳だったのに。そりゃあ、大きくもなりますよ。もう22歳なんですから。」

　と、静かに映像を見ていたロマノフがゆったりとした低い声で言った。

　「ジョーもマリオもソーンダイクも随分変わったよ。」

　「何だ？老けたってことか？」

　「いや……この頃に比べ、随分と丸くなったよ。」

　「……まだ、丸くなったといわれて喜ぶような歳でもないぞ。」

　「……私も君を喜ばせようとして言ったのではないよ。」

　ジョーはもう一度映像を見た。どこを見ているかわからないソーンダイク。真っ直ぐ正面を向いているが、どこか悲しげに見えるロマノフ。苦虫を噛み潰したようなマリオ。そして自分。……見ているのが恥かしい。どこか無理をしていて強がっているようで、その実不安を隠しきれていない顔……今の自分には少なくともそう見えた。

　「一番変わっていないのはカイユンでしょう。」

　唐突にソーンダイクが言った。カイユンがええっ？と声をあげる。

　「どう考えたって僕が一番変わってますよ。このときにはすっごく小さかったじゃないですか。」

　マリオがにやっと笑った。

　「まあ、見かけはな。そうだな。確かに成長はしたんだろう。だが、精神年齢13歳がやっと17歳になったくらいのもんだな。」

　ひどいや。ひどいものか。と言い合う二人の横で、ロマノフが映像をじっと見詰めているジョーに囁いた。

　「ジョーは綺麗になったよ。以前の君も綺麗だったけれどね。」

　は？頬を少し赤くしたジョーに、ソーンダイクも頷いてみせ、いつの間に言い合いを止めたのか、カイユンもうんうん頷く。マリオは足を高々と組み、面白くなさそうに呟いた。

　「一度押し倒させてくれりゃ、俺も同意してやるが？」

　何言ってるんですか、馬鹿、冗談に決まっているだろう。と再び言い合いを開始した二人をロマノフは笑う。マリオ、お前さんも前よりは幾分かマシになったよ、と。

　と、カイユンがふっと言った。

　「今から４年たったら、僕達どのくらい変わっているでしょうか。どんな仕事をしているのかな。そのときもまだみんな揃って一緒に居るんでしょうか。」

　ジョーはそれには答えなかった。そうだといいわね、とも言わなかった。どう変わるかなど、誰にもわかるわけはない。そして、皆が一緒に居ることがこの青年の幸せにつながるとも思わない。神妙な顔をして答を待っているカイユンに、ジョーは“さあ、ケーキ、食べましょう。”と微笑んだ。

　
　いつもはパトリックも一緒ですが、この記念日だけは５人で祝いたい、と珍しくカイユンが拘っております。この面子はサイト開設時から生息しているのですが、彼らは話の中でもほぼ４年という時間を過ごしています。変わったの、変わらないの、と、カイユンは騒いでおりますが、ソーンダイクの言うように、もしかしたら一番変わっていないのは、外見が一番大きく変わったカイユンなのかもしれません。

　パトリックだけ蚊帳の外ですが、きっと次の日、カイユンはパットの為に美味しいお菓子を特別に作ってあげることでしょう。

　彼らが行き着く先はもう定めているのですが、「ああ、今まで一緒にいられてよかったなぁ」とカイユン、いや、全員に思わせられるよう、書き進めたいと思います。（書き上げてからサイトアップしていきます）
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