湖に落ちた球根
（ＤＱ４ 山奥の村）
その湖はつい最近まで魔族によって毒に汚されていた。まだ、北半分では毒の影響で魚もほとんど取れないが、村に近い南側では龍の神の力によって往時の美しく澄んだ湖面を取り戻し、豊かな湖の幸をもたらしている。 「よっ！」 アレクは昨晩のうちに流しておいた網を小船から乗り出すようにしてぐっと引いた。虹色に輝く魚がぴちぴちと跳ね上がる。その中に見慣れないものを彼はみつけた。それは翠色のリボンがついた仄かに光る球根であった。同じ小船に乗っていた漁師仲間が手に取って言った。 「おお！なんだか綺麗な球根じゃないか！埋めとけば芽が出るかな？」 アレクは頷いた。そして小船を桟橋につけるとすぐにその球根を土に埋めた。 これといった娯楽のない山間の村のこと、仄かに光っていたという球根の話は瞬く間に広がって、アレクがそれを埋めた場所を通りかかった村人は、必ずといってよいほどまだ芽がでないかと覗き込んだ。きっと綺麗な花が咲くよ、どんな花だろうね、とおかみさんや子供たちは楽しそうにお喋りしていた。 だから、球根が芽を出したときにはがっかりしたのであった。 球根は芽吹いた。・・・・・・しかしそこから伸びてきたのは、紫にいやらしいオレンジのだんだらが散らばりところどころ縮れた奇妙な葉だった。『綺麗な花が咲くかもしれない球根』は、『奇妙なとんでもない球根』に名前を変え、それでも今度はどんな奇妙な花が咲くか、と一部の村人は酒の肴にして楽しんでいた。草の生長は速く、葉はどんどんと伸び、髭のようなつるがのたくって延びた。 ところが、夜になって、月明かりの中をこの球根が湖に沿って移動しているのが目撃された。・・・・・・球根は確かに自力で移動していた。枯れたような茶色の根を土から持ち上げ、少し先へと潜らせ、また持ち上げ・・・・それは奇怪としかいいようのない光景だった。球根は、まるでどこに行くのか決めているように、毒で汚染されたままの湖の北側に向かっていた。・・・・・・・そして、そこで止まった。 次の日の朝、村人は湖の北側で、今は動かずにいる球根を遠巻きにしていた。球根が歩いているのを発見した村人は、怖くて手出しができなかった。 「と、とにかく掘り起こしてしまおう！」 鍬を振り上げた村人を別の一人が止めた。 「この世には、人食い草っていう物騒な怪物がいるって話だ。掘り起こそうなんてしたら、逆に食われちまうかもしれないぞ！」 アレクは静かにいった。 「これは人食い草じゃありません。・・・・・・・・植物の姿をした危険な魔物は数多くいます。でも、これはそのどれとも違います。」 村人たちはアレクの言葉を信じた。この若者の出自は誰も知らない。しかし、穏やかな外見には似合わず、幾多の試練を乗り越えてきたのだろうということを彼らは感じ取っていた。アレクは腕組みをした。 （歩く植物なんて・・・・・・・でもおかしい・・・・・・あの草からは、魔物の邪気が感じられない。どうして・・・・・？） 「アレク！おまえさんの魔法で焼いちまってくれないか？」 アレクが嘗て魔族の王と戦い、この世界に平和をもたらした勇者であることを彼らは知らない。しかし、この魔法が珍しくはない世界でも、火を起こすときや怪我を治すときに世話になったことがあるアレクの魔法力が非常に強いことは見知っている。 ここであの草を燃やしてしまうことは簡単だった。しかし・・・・・・ アレクは口を開いた。 「もう少し様子をみましょう。・・・・・・・もしかしたらこの草の仲間がどこかにいるかもしれません。もしも燃やしてしまったら、仕返しにこないとも限りません。・・・・・・・・・僕が責任をとりますから・・・・・・」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「・・・・・・・そういうわけだったのね。」 アレクと並んでだんだら模様の草を眺めながらシンシアは困ったような顔をした。空に浮かんだ満月が優しく照らす中、二人は小さな焚き火の前で敷物に座っていた。 「ごめん、なんだか気になってしまったんだ。」 シンシアはくすっと笑う。 「私は構わないわ。こうしてたまに外で過ごすのも楽しいことですもの。・・・・・・・ちっとも動かないわね。」 草は月光を浴びて微動だにしない。 「うん・・・・・あ、蕾が開く・・・・・」 膨らんだ蕾が割れるようにはじけ、花弁が開いた・・・・・・まるで獣の肝のような赤黒い花、そこから流れてきたのはとんでもない悪臭であった。 風向きは逆で、アレクたちはその匂いをそれほど吸い込まずにすんだ。それでも二人は酷く咳き込んだ。 「アレク、見て！」 シンシアがだんだら模様の葉を指差した。そこには体を薄翠色に光らせた小さな可愛らしい妖精が一人座っていた。 「君！早くこっちにおいで！」 妖精は大丈夫、大丈夫というようににっこり笑った。 「妖精さん。あなたはその花のことを知っているの？」 妖精はこっくりする。そして言った。 「世界デイチバン美シイ花。」 アレクたちはこの妖精は毒で気がおかしくなってしまったのだと思った。しかし妖精はしっかりとした眼差しでいとおしそうに花を見つめてもう一度言った。 「世界一ノ花。」 そのとき、赤黒い花の花びらが散った。花の根元がパン、とはじけて飛び出したのはいびつな形の種だった。タネは月光に照らされてすぐに芽を出した。だんだら模様のいやらしい色の葉を・・・・・・・。そして土から根を持ち上げると、湖の北側に向かって移動を始めた。満月の魔力をその身にうけて、驚異的な成長を続けていく。新たに生えた草が赤黒い花を咲かせ、そしてその花が撒き散らした種がまた芽をふき・・・・・・あまりの異様さにしがみついて来たシンシアをアレクはしっかり抱きかかえた。しかし、アレクは気づいた。草が次々と枯れていくことに。 「一体・・・・・・・・教えてくれないか。何が起こっているの？」 妖精は寂しそうに言った。 「コノ花ハ毒ガナイト生キテハイケナイノ。ダカラ毒ノアルホウニアルホウニト一生懸命移動スルノヨ。ソシテ自分ノカラダノ中ニ毒ヲタメテ、花ヲサカセタトキニ、毒ヲイヤナニオイニ変エテ空ニフキダスノ。・・・・・・・・・・ソウスルト、土ニハモウ毒ハナクナッテシマウカラ・・・・・コノ花ハ枯レルノ。ソレヲ知ッテイテモコノ草ハドンドン花ヲ咲サカセルノ。フエテイッタラ枯レテシマウノガワカッテイルノニ、ソレデモ花ヲ咲カセルノ。」 枯れてしまった草の周りは、さっきまで毒に汚されていたはずなのに、毒の色はすっかり消えていた。 「コノ花ハ世界デイチバン美シイ花。土ヲキレイニスルタメニ、自分ヲヨゴシテ消エテイク花。」 瞬く間に湖の北側一杯に広がった花は、咲いたそばからどんどん枯れていく。 シンシアがアレクの指に自分の指を絡めた。 「アレク・・・・綺麗な花ね・・・・・・・」 嫌なにおいを吐き出す赤黒い花を見てアレクも言った。 「世界一の花だね・・・・・・・・・」 妖精は笑った。笑って・・・・・・・・消えた。赤黒い花の最後の一つが枯れると同時に消えた。彼女は花の妖精であり、彼女の命はあの花とともにあるものだったから。 「シンシア・・・・・・・何時までも覚えていようね。あの花のこと・・・。」 「ええ、アレク・・・・・・・・・」 花によって浄化された湖のほとりで、アレクとシンシアは手を握り合って朽ちた草の葉が、満月の光を辿って天上へと昇っていくのを見守っていた。 |
| アレク＆シンシアです。彼らに子供が生まれたら、きっとこの花のことをお話にして話すことでしょう。 |