ソーンダイクと○○ |
| 今回は、題名を敢えて伏せました。「ソーンダイクが何をしようとしているか」をどうぞお考え下さい。 壁紙の水分子は少しだけ(あくまでほんの少しだけ)ヒントです。 (ネタを下さった方には初めからわかってしまいます。ご了解のほどを) |
宇宙には”仕事屋”と呼ばれる者達がいる。彼らは惑星開発、物資輸送、科学的調査、救難作業、産業スパイ……技能に応じてだがありとあらゆる仕事を引き 受ける。そのほとんどが十名前後からなる小規模のチームであり、苛酷な状況の中を生きていくだけあって、多少の危険はものともせず、利益の為とあれば人殺 しも辞さないあらくれ男の溜り場であった。 彼らは大きな仕事が山ほどあり、食いはぐれることのない開発宙域に結集してくる。 今、ここにそんな仕事屋の定義からは少し外れた奇妙な仕事屋チームがいる。 メンバーは６人。 その中で、要注意人物が約３名。 一人目はマリオ。放っておくと違法売買だのなんだのに手を出す。……危ない橋を渡りたがっているとしか思えない。が、まあ、仕事屋としては常軌を逸しているわけではない。このくらいの奴はわんさかいる。 二人目はカイユン。彼は明朗快活、ほややん、ぽややん、のまっこと善人を絵に描いたような人間なのだが、あまりにほんわかすぎて、仕事屋としてはあぶなっかしいことこの上ない。……いや、仕事屋でなくとも危なっかしいか。 三人目はソーンダイク。彼は殆ど言葉を喋らず、何を考えているかわからない。そして、普段はコンピュータに向かい合ってひたすら何かしらの有用なシステム構築に励んでいる。が、ひとたび何かしようと思い立ったら、突き進む。生憎、彼には社会通念というものが通用しない。悪意ではない、知らないだけなのだ。危険なことを危険と認識できず、他者からみればごくごく一般的な事象を知らない。 ……つまるところ、「最も注意しなければいけない人間」というのは、このソーンダイクだったりする。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 仕事から帰ってきた４人の大人たちは、工作室に放置されたわけのわからないものを見て、ため息をついた。いや、一つ一つが何なのかはわかるが、それが何の為に集められたのか、関連性がわからわからない。 それらをこの場所に引っ張り出した張本人であるソーンダイクは、行き先も告げずに出かけてしまっていた。 今日の朝、ジョー、ロマノフ、カイユン、マリオの４人は、仕事に出かけた。情報・システム関係以外の場面ではソーンダイクは足をひっぱりこそすれ役に立たないので、小さなパトリックと彼らの愛機かつ家であるアケルナルに置いていくことが多く、今回も特別な注意は払わなかったし、出かけるときのソーンダイクには変わった様子は見られなかった。(いや、終始無表情なソーンダイクの顔から何か読み取れる人物がいたなら、もうそれは超能力者しかいないだろう)。一緒に留守番していたパトリックは、大人たちにこう説明した。 「どこに行くの、ってソーンダイクにきいたら、『ヒミツ』って、それだけ言って、リュック背負って行っちゃったの。」 ……ああ、これは……何か企んでいるパターンだ。そしてソーンダイクが“楽しそう”と感じたことが何なのかは目の前の物体群からはどうにも割り出せない。 例えば、『ハンマー』である。 金槌はあるのだが、ハンマーで叩く相手……釘……がそこにはない。 工作に使用する細い金属棒が三本、ロープでまとめられ……ソーンダイクのことなので、しっかり縛れずゆるゆるである……見る限り全く用途不明。それが、３組ほどあり、50ｃｍ、１ｍ、１．５ｍという具合に長さが違う。……もっともこれは、彼が切ったのではなく、もとからその長さのものしかないのだが。 その横には、水が入った小さなバケツが置かれている。……これもよくわからない。 ロープを切るときに使用したらしいハサミが傍らに置かれていたが、先程のハンマーの他には工具らしきものはない。そして、船内配管用の直径15ｃｍほどの樹脂製のパイプには……カイユン愛用の菜切り包丁がどてっぱらに食い込んでいた。……これで、パイプを切断しようとしたのだろうが、何故、よりによって包丁なのか。レーザー切断機はソーンダイクに扱えないとしても、工作室には鋸だのなんだの、彼でも使えそうなものがいくらでもある。だのに、何故わざわざキッチンにまで行って包丁を取ってきたのか。 工作室にそぐわないものがもう一つ。 バケツの隣に置かれた六人分の箸。 そして、コーヒーカップが４個。ソーンダイクとパットが愛用しているマグカップがその横に２つ鎮座する。 何故、箸なのだ。そしてカップなのか。この箸は包丁と何か関連があるのかないのか。 カップの隣には掃除機がちょーん、と置かれている。この掃除機は何かをここで吸引したのか、それとも、これから大々的に吸引するようなゴミがでる予定だったのか。 ……ソーンダイクの思考回路が完全に読めるものは、まだ、いない。 カイユンは、パイプに食い込んだ包丁を抜き、悲しそうに呟いた。 「凄く歯こぼれしちゃってる。……研いでなんとかできるかなぁ……」 その後頭部をマリオがどやしつけた。 「そんなことはどうでもいい。それよりソーンダイクだろうが。」 彼にしては異例なほどにまっとうな意見に、カイユンは背筋を正す。 「！そうですよね！……ああ、どこに行っちゃったんだろう、ソーンダイクさん……」 「そうだ、奴を探せ。奴が見つからねえ限り、メシは出ねえんだろうが？」 今度はジョーがマリオの後頭部をどやしつけた。そして、ロマノフに向き直る。 「何か思い当たることはある？ロマノフ。」 「いや、だが」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 大人たちは、コンピュータの履歴から、ソーンダイクが視聴したらしい画像を発見して見ていた。 同じ種類の植物ばかりが密生した風景の中、首に手ぬぐいを巻いた東洋系の一人の男が手にした刃物をふるっている。 「あ、あれは竹です！」 カイユンが叫ぶ。 「僕の星にも似た奴があって…………ああ、そうか、ソーンダイクさん、この画像に出ていた鉈(なた)を使おうとして、無かったから似た形の包丁を使ったのか！」 「……で、この画像だととにかく切っているだけだけど、そのタケってやつは、一体何に使うの？」 「ええと…………工事現場の足場にも使ってましたけど…………ええっと…………確か、細かく切れ目を入れて広げて紙をはって団扇を作ってました!!」 カイユンの指がコンソールの上を動き、「団扇」を検索し、その作り方の画像が流れた。 …… ………………このような地道なものが、ソーンダイクの興味をひくだろうか(いいや、ひかない)？第一、樹脂性パイプを切断しようとした位置を見る限り、もしも団扇を作ろうとしたなら、それは巨大すぎる。それに、バケツや、カップとどうしても繋がらない。 もっと何か手がかりを、と思ったが、タケを切る動画以外は消されていた。さすがパットに『ヒミツ』といっただけのことはある。彼は、パットが７歳という年齢にしてはコンピュータを相当うまく使えるのを知っている。秘密は念入りに守らなくてはいけないと思ったのだろう。ソーンダイクなら消した履歴をどうにかして復活させられるかもしれないが、履歴を消したのがソーンダイクなのだからしょうがない。 とにかく、何か足りないものを買いに出たのだろうから、宙港近くの商業施設に手分けして探しにいこう、と相談しているところに、ソーンダイクが帰ってきた。そして、皆が集まっているのを見ると、ひょいとパットを抱き上げて部屋から閉め出した。 一体何を、と一同が注目する中、彼は、『パットにはヒミツ』とぼそりといい、背中に背負ったリュックから、太いホースのようなものを取り出した。そこには、『節水ホース。風呂の残り湯をポンプで汲みだしお洗濯やお庭の水撒きに』とラベルが付けられている。 「……あの、ソーンダイクさん？」 「掃除機では、水が、吸い上げられなかったので……」 「そうじゃなくて！アケルナルの水まわりは、完全循環系ですから、こういうポンプは不必要ですよ？」 「突っ込むのはそこじゃねえだろ！おい、ソーンダイク、説明しろ。そのポンプが加わってもなんのことかさっぱりわからん。」 「……そうね。……大方、また、パットが喜ぶようなものを考えてたんでしょうけど。」 ソーンダイクはジョーの言葉に嬉しそうに(……なんとなくそう思えた)頷いてみせ、先程のカイユンと同じように、しかし、カイユンより数段素早くコンソールを操作し、とある画像を表示させた。異国の言葉が流れてきたが、それを装置で自動翻訳させる。多少タイムラグはあるが、もとの映像より少し遅れただけで、それなりに意味の通ったことばがスピーカーから流れ出る。 映像に居るのは、たくさんの小さな子供達だった。カイユンに似た東洋系の顔立ちで、川原のようなところに集まって賑やかにお喋りしている。一人のレポーターらしき女性がマイクを片手に出てきて、笑顔をつくる。 「私は今日、○○市に来ております。今日、夕方から行われる夏祭りに合わせて、夏の風物詩、『流しそうめん』が行われるんです。」 子供達の前には、竹を縦に割って作った長い樋のようなもの。それが、木の棒を三本束ねて作った支柱に載せられている。 「もうちびっ子たちもつゆの入った容器とお箸を持って待ち構えています。あ、はじまりました。」 竹の中をに水が流れ、その水の中に、白くて細くて長い麺状のものが流れてくる。 「この水は上流から樋で送られてきていて、とても冷たいのです。あ、子供達も嬉しそうですね。」 子供達は器用に箸を操って、その白い麺状のものを竹の中からつまみ上げ、こげ茶色の液体に浸してずずーっとすすり上げている。 「それでは！私も参加してみたいと思います！」 そこでソーンダイクは映像を止めた。 「………………確かに楽しそうではあるけれど…………もしかしてポンプを買ってきたのは、一度下に流れた水をもう一度上に上げるため？」 コクコク、とソーンダイクは頷く。 ロマノフは腕組みをしている。 「音をたててすすりこむのはあまり褒められたマナーではないと思うのだが……」 カイユンは首をかしげた。 「音については、僕の母星では別にどうってことなくて、麺を食べるときにはむしろ音をたてるのが普通でしたけど……ずずーって音をたてる方が美味しいって気がしますし。でも……あの……『ソーメン』ってなんでしょう？あの茶色の汁も。あんなに白くて長い麺、僕、見たことありません。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ カイユンが知らない食材を他の人間が知っているはずもなく、『ソーメン』を検索したが、実に全く資料がなかった。逆にあの『流しソーメン』なる映像が検索できたのが不思議なくらいだ。だがしかし、である。あんなに子供達が群がっているのだから、きっと、子供向けの食べ物なのだろう。そして、あの細さであの長さである。ぶつぶつ切れるようなことのない柔軟性と強さを持ち、しかし、すすりあげるということは、それほど固くない、ということだ。ならば……おそらく…… パットが見上げる場所には、樹脂性パイプを縦に切った(マリオがレーザー切断機で切った)樋がセット(支柱はロマノフがたてた)され、樋の下にはバケツが置かれている。彼は腕まくりし、左手に茶色の液体が少し入ったマグカップを持ち、右手には使い慣れない箸を握っている。 「パット！行くよ！」 樋の上からカイユンが声をかけ、樋の下に置かれたバケツと同じくらいの大きさのバケツから、水と一緒に白くて長い『ソーメン』状ののものを流す。パットは箸でつまみあげようとし……うまく行かずに白くて細長いものはバケツまで落ちていってしまった。カイユンは空になったバケツを樋のしたにあるバケツと交換し、また樋の上から流す構えをとった。……結局風呂水ポンプは使用できなかった。いや、頑張れば使用できたかもしれないが、こういうローテクの方が簡単で確実で衛生的だったのだ。 「パット！頑張って！」 「うん、頑張る！」 「…………楽しんではいるみたいだけど……あれ、『流しソーメン』ってどういう行事なのかしらね。」 「さあな、『箸』の使い方をマスターするための特訓なんじゃねえか？うまく使えたらうまいものが喰えるっていう。」 「……マリオ、それは違うと思うぞ。」 四度目で、初めてパットは細長い白いものを箸でつまむのに成功した。マグカップの中に入れ、茶色の液体にひたし、ずずっとすする。 「どう？おいしいかい？」 「うん、とっても！」 その笑顔を見たとき、ソーンダイクは、ああ、苦労が実った、と思った(いや、あんまり苦労してないと思うのだが)。とにかく、パトリックの笑顔は誰の心をも蕩けさせる……これは真実だ。 「ソーンダイクの分も僕が取ってあげるね！…………カイユン、流して！……ほら、掴めた！はい！ソーンダイク！」 差し出されたマグカップ……普段は人肌に暖められた(ぬるまった、ともいう)豆乳しか入れたことのない薄桃色のマグカップには、氷が浮かんだ茶色の液体と、『ソーメン』。それを、ずず、ずずず、とすすり上げる。…………甘い味が口いっぱいに広がる。黒蜜とチョコシロップをベースにしたカイユン特製のソースに、増粘多糖類を多めに入れて固め、麺状にしたミルクゼリー。口の中で味わっているうちに少しとろける感触が絶妙で…… んんんん…… ソーンダイクの口角が少し上がっているのを見て、パトリックは“もう一回取ってあげるね！”とはしゃいだように言った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ソーンダイクはその日、日記にこう書いた。 “今日は流しソーメンをした。美味。大満足。” そこに、カイユンが飛び込んできた。 「ソーンダイクさん！あれから頑張って調べたら、ソーメンの正体がわかって……あの、ごめんなさい、僕が作ったの、全然違ってて……あの、ソーンダイクさん、聞いてます？ 勿論、ソーンダイクは聞いちゃいなかった。 甘くて美味しいソーメン。……今度、また、いつか、食べよう。 ソーンダイク、夏の一日の体験であった。 |
| またしても見事にいろいろ間違っているソーンダイクの夏の一日。…去年に続いて食べ物系です。今回はカイユンもいろいろ間違っています。 前回よりはソーンダイクがまだまっとうな人ですね……(ソーンダイクらしさが少なくてすみません) 尚、このあと皆が「流しソーメン」にチャレンジしますが、箸使いのレベルは カイユン＝パトリック>>マリオ＞ロマノフさん>>ジョー>ソーンダイク です。(姐さんが壊滅的というのは以前にどこかで書きました) うまく掴めなかった人にはパトリック或いは家事担当が掴んであげます。姐さんはちょっと悔しいので、練習し、これを機会に箸使いのレベルがちょっとだけ上がった……なんていうのはどうでもいい裏設定。 |
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