ソーンダイクと花火
宇宙には”仕事屋”と呼ばれる者達がいる。彼らは惑星開発、物資輸送、科学的調査、救難作業、産業スパイ……技能に応じてだがありとあらゆる仕事を引き 受ける。そのほとんどが十名前後からなる小規模のチームであり、苛酷な状況の中を生きていくだけあって、多少の危険はものともせず、利益の為とあれば人殺 しも辞さないあらくれ男の溜り場であった。 彼らは大きな仕事が山ほどあり、食いはぐれることのない開発宙域に結集してくる。 今、ここにそんな仕事屋の定義からは少し外れた奇妙な仕事屋チームがいる。 彼らの愛機はとある辺境の惑星に滞在中である。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ひゅるひゅるひゅるひゅる……… ドーン!! 爆発音と同時に夜空にそれは大きく広がった。 ひゅるひゅるひゅるひゅる……… パンパンパンパン!! 空に咲き乱れる連発花火。 パトリックはメインスクリーンの前でパチパチと小さな手を打ち合わせて歓声をあげた。 惑星から惑星へ渡り住むことが当たり前の仕事屋暮らしの中、大人たちは何かと忙しくい。顧みられないというのとは違うが、当年とって７歳のパトリックは一人で置いておかれることが必然的に多くなる。しかし、その辺の事情は十二分に理解しているパトリックは、拗ねることなく自分で楽しみを見つけて、たとえばこうしておとなしく３D映像を楽しんでいる。そして、面白いことを見つけると、大人たちに『こんなに素敵なことをみつけたんだよ』とはしゃいで告げるのが常だった。 それにしても、今回見つけた打ち上げ花火の映像はパットを大興奮させるものであった。どれくらい興奮したかというと、すぐに再生装置のスイッチをオフにして大人たちを探しにでかけたほどであった。ジョーも、ロマノフも、マリオも仕事で外に出てしまっている。となると、パットがひとまず行くべきはキッチンだった。 「カイユン！カイユン！あのね！！！」 アケルナル日常生活の生命線キム・カイユンはパットのはしゃいだ声で、流し台の下から這い出してきた。 「どうしたの、パット？」 「あの、あのね……」 カイユンの手には工具が握られており、床にも広げられている。何か作業をやっていたことは尋ねないでもわかった。 「カイユン、何か壊れちゃったの？」 「うーん、壊れちゃったのじゃないけれど、排水リサイクル系の調子がちょっと悪くて……丁度メンテナンスの時期だったからいじってるんだよ。心配しないでね。ああ、もうこんな時間になっちゃったんだ。冷蔵庫の右下にプリンつくってあるからおやつに食べていいよ。」 「……うん、でも、カイユンがお仕事終わるの待ってる。」 仕事を邪魔してはいけない。パットはこういったところは子供らしからぬ子供だった。 でも、さっきの花火のことを今すぐ誰かに伝えたい。……となると 「ソーンダイク、ソーンダイク、あのね、あのね。」 ソーンダイクは暇ではなかった。暇ではなかった……が、コンピュータの前に座って時々パコパコとキーボードを叩いている様子は非常に暇そうに見えた。 「あのね、あのね、来て来て！」 ソーンダイクには言葉で説明するよりも実物を見せる方がずっといいことをパットは知っている。身長120㎝のパトリックに全力で手をひかれ、身長190㎝のソーンダイクはよろよろしながら視聴覚室室へと転がり込んだ。 「ねえ、ホラ、見て！『花火』っていうんだよ！綺麗でしょ!!」 ソーンダイクは映像を見た。 ひゅるひゅるひゅるひゅる…… どーん!! 情報技術者はまず口をぽかんと開けた。 ドーン!!ババババババ…… 画面は連発花火で埋め尽くされる。すると、ソーンダイクはにまぁ、と笑った。 ソーンダイクは喜んだ。ここ三ヶ月ほどで一番喜んだ。 それを見、パトリックは嬉しくなった。 「ソーンダイクも花火が気に入ったんだ。いいね、花火。見たいよね。やってみたいよね。」 コクコク、とソーンダイクは頷いたきりだったが、既に彼の心は決まっていた。 花火を作って、打ち上げる。 そして、思い込んだら一直線なのが、ソーンダイクの美点でもあり難点でもあった。 次の日から彼は行動を開始した。信頼すべき情報ネットワークで調べたところ、幸いにも、打ち上げ花火に使う装置や薬品は特殊なものではなかった。……高価な電子部品も、核融合ユニットも必要ない。はっきりいって、打ち上げ装置以外ではセルロースの箔(←つまりは紙)しか要らないではないか。薬品も市場に出回っているものばかりだ。 その薬品は怪しげな市場をくるっと一回りしただけで揃ってしまった。むろん、出回っている薬品といっても、爆薬原料であるから物騒ではある。しかし、目の全く見えない濃茶のサングラスをかけた無表情でひょろりとした大男が全くの無言で薬品リストを突き出してきてみろ。……不法市場のおっちゃんたちは、特に不審に思うことなく、ごく普通に注文した薬品を包んでくれたのであった。アケルナルに喜々として戻ってきたソーンダイクを不審と思うものはいなかった。ソーンダイク(いやマリオもか)の動向に特に注意を払っているロマノフが大方新しいCPUでも手に入れたのだろうと思ったくらいだった。 ○○と××と△△……他に威力が弱かったときのために◆◆や★★。そして色をつけるために何種類かの薬品。 (↑真似する人はいないと思いますが、やっぱり怖いので薬品名は伏せる方向で…) まず、キッチンから金属製のボウルを２つ失敬してきて、洗濯糊にじゃぶじゃぶに浸した紙をボウルの内側に貼り付けた……これは以前、カイユンが新年のお祝い用にクス玉をつくっているときに手伝いをしていて覚えた方法だった。……花火玉を作るのにはヤワすぎるとは思うが…… 思い切りいびつであるが、紙製のクス玉もどきが完成し、ソーンダイクは喜んだ。これに火薬を詰めればよいはずだ。 ソーンダイクは金属製の皿の上にデジタル天秤ではかりとった火薬の原料を注意深くのせた。色をつけるための薬品も隣に乗せた。そして、ワクワクしながら点火装置で点火すると… ……何も起こらなかった。 火さえつかなかった。 なんだか黄色っぽいところはちょっと融けて嫌な匂いがしたのだが、黒いところはぼうっと赤くなっただけで火を離すともとの黒にもどってしまったし、白いところはパチパチいったけれどそれだけだった。 (↑混ぜてないのでこんなものです) ソーンダイクは悲しんだ。 最初からうまくいくとは思わなかった しかし、これはあんまりではないのだろうか。 ふと、机の横を見れば、威力増強のために買ってきた白い粉。ソーンダイクにはそれは非常に頼もしいものに見えた。 「ソーンダイクさん、ちょっといいですか。」 カイユンがひょこっと顔を出した。 「あの、良かったらここも掃除しようと思うんですけれど。あれ、何を作っているんです？」 金属の皿に行儀よく盛り付けられた何種類かの薬品を見、家事担当は頭を掻く。 「ええっと、何を作っているか僕にはわからないんですけれど、薬品ははかりとったらよく混ぜた方がいいですよ。」 ソーンダイクは合点した。ポン、と手を叩く。そうか、混ぜればいいのか。 「えと、あの、僕の言ったこと役にたちましたか。だったらいいんですけど。」 何か少し不穏なものを感じたカイユンは行儀よく並べられた薬品びんのラベルを覗き込んだ。 (あれ……これって……) 専門は海洋生物学でも、カイユンは基本的な化学の知識を持っている。 「ソーンダイクさん、あのぉ、これって、もしかして……」 ソーンダイクはカイユンの声が聞こえていないようで、まず、威力増強のための白い粉を、そして次に金属の皿を手に持ち、混合装置に中身をがばっとぶちまけた。初めの白い粉が入っていた薬品びんには過○○○～というような名前が見えたような気がした。 「!!!ソーンダイクさん、待って！それ、すっごくあぶない！」 カイユンが叫んだのとソーンダイクがスイッチを入れたのがほぼ同時。家事担当がソーンダイクに飛びついて床に伏せたのと爆発が起こったのとほぼ同時。 因みにソーンダイクは何がどうして起こったのかさっぱりわかっちゃあいなかった。 「このば～か！いくら外部装甲を充実させていようと、内部から爆発起こしちゃもともこもねえだろが！」 マリオに怒鳴りつけられ、両手に包帯を巻いたカイユンは縮み上がった。 「あの、マリオさん、僕は爆発物をつくっていたわけじゃなくって……」 「そんなこたぁわかってる。だが、ソーンダイクに向かって怒っても無反応で張り合いがねえだろが。」 そんなマリオの後頭部をロマノフがぼこっと殴った。 無茶苦茶なことを言うマリオを他所に、ジョーはカイユンの髪の焼け焦げたところを小さなハサミで切っていた。 「ま、マリオが理不尽に怒鳴って心配するのもわかるけどね……衝撃加えると爆発する酸化剤を機械にたたきこんでスイッチ入れる馬鹿がどこにいれるかっての。……下手すりゃ重傷負ってたわよ。」 両手に傷を負ったカイユンとは異なりソーンダイクは頬に絆創膏を1つはったきりであとは無傷だ。 ソーンダイクは悲しんでいた。 爆発はしたけれど、ひゅるひゅるひゅる……の部分は無かったし、何より綺麗な色も見えなかった。何が悪かったのだろう。……パットと一緒に綺麗な花火を見たかっただけなのに。 と、カイユンがひし、とソーンダイクに抱きついてきた。 「本当に危なかったんですからね！どうしてソーンダイクさんは平気で危ないことをしちゃうんですか!!」 いや、それはソーンダイクに危ないことという認識がなかっただけであるのだが。 「せめて、他の人に声かけてください。キャプテンでも、ロマノフさんでも、僕でもいい。」 マリオの名が抜けているのは、無意識なのだろうがまったくもって妥当である。 「とにかく。」 ハサミを工具箱にしまったジョーがソーンダイクを睨んでいう。 「今すぐソーンダイクは爆発後の部屋を掃除すること。……マリオ、あんたは装置の修理お願い。」 なんで俺が、とマリオは不平をいったが、あの装置をすぐに修理できるのは自分だけだと悟ったか、ソーンダイクの上腕を掴んでいろいろなものが散乱する部屋へと引きずっていった。 二人がいなくなると、パットがおずおずとジョーの前に立った。 「あのね、ソーンダイクは悪くないの。僕が花火が見たいっていったから。僕がソーンダイクに言っちゃったのが悪いの。」 ロマノフがパットを抱き上げ、ジョーがパットのパールイエローの金髪を撫でる。カイユンが、パットの顔に頭を近づけた。 「パットは悪くないよ。……そうだね。今度皆で一緒に花火をしよう。綺麗な色が出る奴を。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「うわぁ～～!!」 小さなプラスチックケースから出た導火線に点火してしばらくすると火花が噴きだした。 辺境惑星の浜辺、人っ子一人みえない浜辺にアケルナルの６人は繰り出して花火大会と洒落込んでいた。 断続的に色が変わっていき、火花がパチパチ光る様子も変わっていく花火に、ロマノフはほおっと感心して横に立つマリオに声をかけた。 「本気を出せばまともなものを作れるんだね、君は。」 マリオは面白くなさそうにはあっと息を吐き出す。 「本気を出すもなにも……普通にやればあのくらい誰だってできるだろ。まぜて、詰めて、点火。それだけだ。」 「……誰だってできることではないよ。ま、君にも打ち上げ花火は無理だったようだが。」 「花火は爆弾じゃあねえんだよ。宇宙空間で破裂させるんならともかく、地上の打ち上げはプロにしかできん。っつうか、できなくはないが三ヶ月ほど時間をくれ。」 吹き上げ花火を５回、手持ちの花火を８本ほどやって、パットは子供らしくはしゃいでいた。 「ねえ、皆！見て見て!!」 手持ち花火を左右に動かして歓声をあげるパットに、カイユンは動画を撮りながら手をふり、ロマノフもジョーも微笑みマリオでさえも微笑んだ…ように見えた。 ソーンダイクもパットのように花火を楽しんでいた。 しかし、ソーンダイクは悲しみも感じていた。 ソーンダイクは花火を作ろうとしたけれど作れなかった。パットをしょんぼりさせ、カイユンに怪我をさせ。それをあっさりとマリオは作ってしまった。 パットが持っていた花火が燃え尽きた。すると、カイユンがランタンの明かりをつけてパットを呼んだ。 「パット！おいで。ソーンダイクさんも来て下さい。」 パットがソーンダイクの手をひいてカイユンがしゃがんでいるところまでいくと、レジャーシートの上にいくつかの品物が並んでいた。 「これから、花火をつくりまーす。ソーンダイクさんが買ってきてくれた薬品を使って色をつけるんだよ。僕一人じゃできないから二人が手伝ってね？」 カイユンは、ソーンダイクが買ってきた薬品以外に、細かい金属粉を用意した。そして、薬品を少しずつはかりとって薬包紙の上に乗せ、それとは別に粘着テープを適当な長さに切って粘着面を上にして置いた。 「はい、僕がテープを抑えていますから、この上にこっちの紙の上に乗っている粉を指でつまんでテープの真ん中へんにほそーくながーく撒いてね。ソーンダイクさんは黒いの。パットは銀色の。うん。そう、そう。はーい、そしたら、ソーンダイクさんがこっちの白い粉。うんうん、そうです。はーい、そしたら色をつけましょう。ええと、僕は赤いのがいいな。ソーンダイクさん。赤のもとの粉、撒いて下さいますか。」 ソーンダイクはカイユンが薬品名を書いた薬包紙を取り上げた。そう、この粉がどんな色のもとになるかは前に調べた……失敗してしまったけれど。 ソーンダイクが撒くと、カイユンは注意深く薬品を挟んで粘着テープを縦に畳んた。 「さあ、パットは何色が好き？」 「僕、緑!!」 ソーンダイクは次に自分が何をすればいいのかわかっていた。言われるまでもなく、カイユンが押さえている粘着テープに二種類の金属粉、白い薬品、そして色をつける粉を挟む。 そして、次は自分の好きな色。……1つの色では寂しい気がする。三種類挟んでみよう。 だんだんワクワクしてきた。 だんだん楽しくなってきた。 「はい、じゃあ、棒につけますね。」 針金でできた棒に薬品をはさんだテープを別のテープでとめる。 「はい。僕持ってますからソーンダイクさん点火して下さい。」 テープの先に点火すると、金属粉がパチパチと火花を出した。挟んだ白い薬品が燃焼に勢いをつけ、炎色反応で思ったとおりの色がつく。わあ、とパットが声をあげる。それはマリオが作った花火よりもずっと地味なものだったけれど、その光と色はあの見事な打ち上げ花火の映像と同じくらいに心に残るものだった。 そしてそれはソーンダイクにとっても巨大花火に匹敵するような花火であった。 「ソーンダイク、花火、楽しいね。」 パットが言うとソーンダイクはコクコクと頷いた。 「またやろうね、花火」 ソーンダイクはまたコクコクと頷く。 「今度はもっともっと大～きなやつをやろうね!!」 ソーンダイクは大きく深々と頷き……二人の会話が聞こえたカイユンは闇に紛れてふるふると大きく首を横に振った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ソーンダイクはその日、日記にこう書いた。 “今日は本物の花火をした。大満足。” ソーンダイク、夏の一日の体験であった。 |
| ソーンダイクもの、といいつつ、家事担当大活躍。 単独で見るとあぶなっかしい家事担当ですが、ソーンダイクと比べると物凄く頼りがいがあります。「子供二人と保父さん」? 本気になるとプロ顔負けになんでもこなせる爆破屋、プロのようにはできないけれど、自分のスキルで頑張る家事担当。ある意味すべての意味でフリーダム万歳な情報担当。……となると、狙撃屋さんと姐さんは見守り役なんですが、狙撃屋はともかく姐さんもいろいろあぶなっかしい人ですから。……パパ・ロマノフ、頑張れ。 宇宙空間で「作・ソーンダイク」の大輪花火が見られる……ことはないかも……(作ろうとしたら、多分艦内で大火災が発生します) 花火の作り方はこの通りにやれば一応花火として機能するものができあがります。実は管理人、花火を作ったことがあります。専門家の指導のもとでやらせていただいたのですが……それでも軽く火傷をしてしまいまして……今はネットでも簡単な花火の作り方を調べることはできますが、危険性を予測できない場合は決して大人の方でも軽い気持ちでなさいませぬよう。 |