ソーンダイクときもだめし
ソーンダイクときもだめし
宇宙には”仕事屋”と呼ばれる者達がいる。彼らは惑星開発、物資輸送、科学的調査、救難作業、産業スパイ……技能に応じてだがありとあらゆる仕事を引き受ける。そのほとんどが十名前後からなる小規模のチームであり、苛酷な状況の中を生きていくだけあって、多少の危険はものともせず、利益の為とあれば人殺しも辞さないあらくれ男の溜り場であった。 彼らは大きな仕事が山ほどあり、食いはぐれることのない開発宙域に結集してくる。 今、ここにそんな仕事屋の定義からは少し外れた奇妙な仕事屋チームがいる。そして、そのチームの中でも、思いっきり外れた一人は、リビングのソファに座り楽しそうに一冊の本を読んでいるところであった。 彼の名はソーンダイク。チーム内のコンピュータ関連のあれこれを一手に引き受ける情報技術者である。濃い茶のサングラスをかけたその青白い顔は無表情この上なく、無類の無口であった。 コンピュータにおいては、最新式のハードを揃えることには(表情を変えぬながらも)とことん執着するソーンダイクであったが、ぶらりと町を歩いていると時折とんでもなくレトロなものを購入してくることがある。今読んでいる本もその一つであり、おそろしく遠くの星系でかなり昔に書かれたもので、挿絵がつけられた、どちらかというと少年少女向けのものであった。夏の風物詩……水泳、花火、キャンプ……そんなものが満載の楽しげなものだ。 「ねえ、ソーンダイク、その本面白いの？」 当年とって７歳のパトリック坊やがソーンダイクの隣に座って覗き込むと、こくり、とソーンダイクは頷いた。そして、ページを目次に戻す。 「ふぅん、楽しそう！わからないものもあるけど……ねえ、やってみたいね！」 ソーンダイクはこくこく、と頷いた。 「でも、難しいかも。……今居る星の海、泳げないし、花火はきっと僕のお小遣いじゃ買えないし。カイユンがね、無駄遣いしちゃダメだって。」 するとソーンダイクはぱらぱらとページをめくって挿絵を指差した。 パットの青い瞳がソーンダイクが指したところを見ると、子供達が古風な非常灯のようなものをぶら下げて、墓場らしきところを歩いていくところだった。 「『き も だ め し』？夜にこわいところをつっきっていくの？」 こくこく、と頷くソーンダイク 「えー、でも、ここ、お墓なんてどこにあったっけ？……あ、別にお墓じゃなくてもどこかに怖いところがあればいいのかな。」 こくこくと頷き続けるソーンダイクに、パットはにっこりと笑いかけた。 「じゃ、調べてみよっか？」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「あのアホ、一体何処にパトリックひっぱって出かけたのよ!?」 チームリーダーであるジョーことジョセフィーヌ＝ルノーは、愛機兼家である宇宙船アケルナル号を隅から隅まで探し、ソーンダイクとパトリックの姿が見あたらないことにぶちきれた。しかも、エアバイクがない。ソーンダイクはエアバイクを操縦しないので、ハンドルはパトリックが握っているはずだ。……ブレーキとアクセルに足が届いていない関係で足操作はソーンダイクの役目であることが、少々心配である。 「ロマノフ、何か無くなっているものは？」 「非常用バックパックが２個。更に護身用のレーザーガンをパットは携帯したようだ。」 続いて家事担当の声が続く。 「あと、今朝焼いたパウンドケーキが一本無くなっています！それから水筒が二つ。豆乳パックと野菜ジュースパックが一個ずつ開けられてて、きっとそれを水筒に入れたんだと……」 ジョーは髪の毛を掻き毟った。 「この日暮れ時にあのスットコドッコイはパット連れ出してどこに行ったんだか！」 すると、ひゅう、という口笛の音がした。スクリーンに拡大された映像が投影される。爆破屋のマリオがトントン、とコンソールの脇を叩いた。 「直前に奴が何を検索していたかは判明したぞ。こりゃあ、どっかの地図だな？何かの記号がところどころについているのは……げ。」 「何よ。どうしたっての？」 ジョーはマリオから説明を受けて素早く手袋を身につけた。 「すぐに出るわよ。多分大丈夫とは思うけど。」 ソーンダイクはパットと手を繋ぎ、森の中の道を歩いていた。 木々の間を通る風は爽やかで森の香りを鼻腔に運んでくる。 わざと光量を落とした非常灯が少し凸凹した道を照らす。木の枝には、発光する昆虫でもいるのか、丸い小さな光が点滅し、パットたちが歩いていくとのろのろと動き出したが、その歩みは非常に鈍かった。 「うわー、きれいだね。」 ソーンダイクは無言でこくこくと頷いた。 「楽しいね、肝試し。」 ソーンダイクはさらにこくこくと頷いた。 「あ！」 パットが目敏く進行方向斜め上方に点滅する小さな光を発見し、銃を腰から抜いてシュパンと撃った。豆電球のような光は消えて何かが上から下に落ちた。 「あ、ソーンダイクちょっとドキドキしてる？」 パットは小さな手の位置をずらしてソーンダイクの手首で脈をみた。 「大丈夫。僕に任せておいて！パラライザーだけどしっかりマヒさせてるから！」 ソーンダイクはドキドキしていた。ワクワクもしていた。これが肝試し。ドキドキワクワクする。本に書いてあった通りだ。 と、大きな光が近付いてきた。……こんなに激しく光るものはこの森にはいないはずだ。これは、もしかして新手の怪物ではないだろうか。ぎゅっとパトリックの手を握ると、パットはソーンダイクの前に出た。 「誰？」 光の中から大型の照明を持ったジョーとロマノフが現れた。 「ジョー！あのね、僕、ソーンダイクと肝試ししたの！」 嬉しそうにはしゃぐパットの横をすり抜けてジョーは拳骨でソーンダイクの頭をコツンと殴った。 「一体どういう場所で肝試ししてるのよ！」 ……出力された地図……それは気温が高くなるとある生き物が出没されるために閉鎖される遊歩道の地図だった。小型の糸状の発光生物……直径約１㎜、長さ10㎝程度。動きが鈍く、最終体節とその一つ前が点滅する、遠くから見ている分には平和な生物。 ただし、この生物、眠っている生物にゆっくりじわじわ近付き、耳、鼻、口から体内に侵入し、吸血し、ときに重大な障害を引き起こすこともあるという怖ろしい生物。ま、強い光を嫌う生物であるし、動きがのろい分、上から落下してくるものにだけ注意を払えばなんということはないが…… 普通、こんな物騒なものが生息しているところで肝試しする奴はいない。……これに比べれば、墓場や閉鎖された病院の中を歩く方がずっとずっと安全である。 と、ソーンダイクの後方から、マリオが何かでパンパンに膨らんだ樹脂袋と、喉を押えてげんなりしている。カイユンが現れた。 「どうしたの、カイユンは。」 マリオがニヤッと笑った。 「いや、例の吸血生物をちょいと見かけちまって、カイユンが悲鳴あげたら、これが、奴が嫌う超音波領域の音波を含んでたらしく、木からばさばさ落ちてきてな。しかも動かなくなってやがった。」 「で…？」 「いや、だからここにくるまで超音波域でずっと叫んで貰った。」 「で、その袋は？」 「はは、なんか、市場に出すと伝承薬としてえらく高く捌けるって情報があったから、落ちてきた奴を拾って歩いたらこんなに集まった♪……なんだよ、その目は。」 ひとまずマリオをぶん投げているジョーの横でパトリックは横に居るソーンダイクを見上げた。 「ソーンダイク、肝試し、ちょっと怖かった？」 こく、とソーンダイクは頷いた。 「そう。よかった。怖かったんだったら、本物の肝試しだよね。僕もちょっとだけ怖かったよ。」 パットは心蕩かすような笑顔をソーンダイクに向けた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ソーンダイクはその日、日記にこう書いた。 “今日は肝試しをした。大満足。” ソーンダイク、夏の一日の体験であった。 |
| 恒例の「夏の小噺」です。 今回は「きもだめし」ですが、ソーンダイクはどんなきもだめしでも反応薄いだろうなーということで、反応は周囲の人間メインで。幽霊だの心霊現象だのといったものが定番の恐怖なわけですが、実際、それより怖いものは山ほどあるだろ、と、ネタを探した挙句、なんだかゲテモノになってしまいました。（こういうきもだめしは私絶対にダメです)ソーンダイクはきもだめしそのものより「パットと一緒にきもだめししてパットが喜んでいること」重視ですので、もっと背筋が凍るような体験でもいけちゃう人間です。 |