ソーンダイクとかき氷

宇宙には”仕事屋”と呼ばれる者達がいる。彼らは惑星開発、物資輸送、科学的調査、救難作業、産業スパイ……技能に応じてだがありとあらゆる仕事を引き受ける。そのほとんどが十名前後からなる小規模のチームであり、苛酷な状況の中を生きていくだけあって、多少の危険はものともせず、利益の為とあれば人殺しも辞さないあらくれ男の溜り場であった。 　彼らは大きな仕事が山ほどあり、食いはぐれることのない開発宙域に結集してくる。 　今、ここにそんな仕事屋の定義からは少し外れた奇妙な仕事屋がいる。荒事は好まないが荒事の方が彼らを目指してやってくる……そんな毎日であったが、今回はとある惑星でまっとうな物資輸送の仕事をとりつけ、慌しく出発の準備をしている最中であった。 　そんな中、チームで暇なのは、当年とって７歳のパトリック坊やとソーンダイクの二人であった。パトリックが暇なのは当然である。……７歳の子供に仕事をさせる仕事屋がいたらお目にかかりたい。しかし、29歳のソーンダイクが暇なのはちょっと問題がある。いや、ソーンダイクも立派に責任は果たしているのだ。しかし、光の速さで航路計算をし、コンピュータに叩き込んだ段階で彼の仕事は終了してしまった。 　物資の搬入作業はロマノフとマリオがやっている。食料や薬品など日用品のチェックと補充はカイユンが、そしてチームリーダーのジョーは、もっとも重要なワープ機関の調整を黙々と行っている。 　……というわけで、ソーンダイクはとても暇だった。（誰も彼に物資搬入や日用品買い付けや計器調整をさせようとは思わなかったのだ）しかし、ぼんやりと座って人肌に暖めた豆乳をすすっているのは彼とて何かちょっと居心地が悪いと感じたのか、それとも単なる気分転換だったのか、とにかく彼はちょっとそこまで、と、散歩に出た。 　もとより目的のないぶらぶら歩きだったので、ソーンダイクの守備範囲であるコンピュータを含めた情報機器ショップをちらちらと覗いていたのだが、一軒の店から出た彼は、その隣の古道具屋の奥に面白いものを見つけた。 　それは、カイユンが使っている漬けもの壺（←何を漬けてるんだ!?)くらいの大きさで、上部にくるくると回る取っ手のようなものがついていた。その取っ手のようなものは、プラスチック製のクマの顔がついた台につながっている。もとより、アルゴリズムだのギミックだのが大好きなソーンダイクである。早速取っ手をくるっと回すと、クマの目がきょろきょろと可愛らしく左右に動いた。ソーンダイクが口の端だけ上げて嬉しそうに笑っていると、店主が言った。 　「お客さん、それはとても珍しい逸品だ。相当古い時代のもんですが今でも立派に使えます。」 　ソーンダイクは嬉しそうに取っ手をくるくるとまわしていた。 　「その上のところを外して、ダイヤアイスを入れて、取っ手を回すとかき氷になって下から落ちて来る。」 　ソーンダイクは嬉しそうに取っ手をくるくるとまわしていた。 　「いやなに、おもちゃみたいなものですけれどね、お子さんがいたら喜びますよ。」 　ソーンダイクは尚も嬉しそうに取っ手をくるくるとまわしていた。 　「お客さんのところにはお子さんがいらっしゃいますか。」 　ソーンダイクは手をとめた。……パトリックは７歳だ。……７歳は子供に分類してよいだろう。ゆえに彼は頷いた。 　「だったらきっと喜びますよ。どうです？お安くしますよ。」 　はて？自分は果たしてサイフを持って出ただろうか？ソーンダイクは取っ手を握った手をとめたまま、濃い茶のソーンダイクを通して虚空を見つめた。 　「1000クレジットほどでどうでしょう？」 　ソーンダイクはポケットを探った。500クレジット硬貨が一つ出てきた。ああ、奇跡的に自分は無一文ではなかったのだった。ソーンダイクは嬉しそうにそれを掲げて見せる。 　「あの……1000クレジットと申し上げたのですが。」 　ソーンダイクは硬貨を掲げたまま動作を止めている。 　「あ、あの……お客様？」 　普通の人間なら「これしか手持ちがなくって。安くしちゃくれないかね。」などと言って値切り交渉に突入するはずだが、生憎ソーンダイクにはよほどのことがなければ、日常生活内で人と交渉するという習慣はなかった。 　「あ、あの……？」 　500クレジット硬貨を掲げたまま彫像のように固まってこちらを見て（本当に見ているかは濃い茶のサングラスに阻まれて観察不能）いる客を前にし、店主はなんだか恐ろしくなった。 　「わ、わかりました。いいでしょう、500でお譲りしますよ。」 　ソーンダイクはにっこりと笑った。 　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 　慌しく離陸し、何回かのワープの後、アケルナルは宇宙空間での慣性飛行に移行した。乗員はB級待機状態から開放され、それぞれ自由な時間を過ごし始めた。 　ソーンダイクはこのときが来るのを待っていた。勿論、それは購入したものを使ってかき氷を作るためである。航路の確認と再ワープ開始時のプログラム確定をしていたため、行動を始められたのは他の仲間たちより遥かに遅かったが、彼はわくわくしながらキッチンに移動し、冷凍庫を開けた。何がどこにあるのかをさっぱり覚えられないソーンダイクであったが、氷の在り処は、豆乳を冷やして飲むためにしっかりと覚えている。しかし、いつもキンキンに四角く凍った氷が入っている容器は所定の場所に存在しなかった。冷凍庫内の他の場所にもない。冷蔵庫の中にもない（←ある訳がない！）困ったソーンダイク（外から見る限り困った表情には見えなかったが）はキッチンを出て、彼らが「リビング」と呼んでいる部屋に移動した。 　そこに氷の容器はあった。しかし、氷は無かった。 　テーブルの上に出しっぱなしになった氷の容器の中で、山ほどあったに違いない氷は全て水になっていた。そして、椅子に腰掛けた姿勢で、マリオが大口を開けて気持ち良さそうに寝ていた。爆破屋の前にはグラスが一つ。その傍らには悪名高い粗悪蒸留酒“クラッキング・ダイナマイト”の空瓶一つ。いつもは生のままでぐびぐびやるマリオが、何をどう思ったか今日はオンザロックとしゃれこんで、使った氷は数個だけだったというのに、出しっぱなしにしてあとの多量の氷をすべて水にしてしまったようだ。 　ソーンダイクは悲しんだ。 　どのくらい悲しかったかというと、ポケットからペンを出して、マリオの頬にぐりぐりと落書きしてしまったほどだ。 　氷は製氷皿に水を入れ、冷凍庫に入れれば作ることができる。それはソーンダイクも理解している。しかし、ソーンダイクはいますぐにかき氷をつくりたかったのだ。取っ手をまわしてクマがきょろきょろと目を動かし、シャカシャカとかき氷が貯まっていくのを見たかったのだ。パットに見せたかったのだ。そして食べたかったのだ。そう、今すぐに！ 　ソーンダイクは考えた。 　なるべく早く氷を製造する方法を。 　考えに考えて…… 　そして、彼はあることを実行したのであった。 　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 　読者への挑戦 　このあとソーンダイクは冷凍庫を使わずに氷を作ることに成功しました。その方法を当てて下さい。 (↑いろいろと考えられますが、ソーンダイクがやりそうなことを考えてやって下さい) 　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

…っていうことで、続いちゃいます……（すみません、こんなアホなことでひっぱっちゃって…） 後日、この文のあとに「解答編(?)」付け加えます。

ソーンダイクはキッチンを見回した。そして、カイユンがケーキを作るとき、卵の泡立てに使う直径40�pある大きなボウルに目をとめた。特殊な樹脂製で丈夫な上に透明で側面から内部の様子がよく見える。ソーンダイクはにぃっと笑った。これはいい。なかなかいい。 　ボウルに八分目ほど水を入れ、ソーンダイクはうきうきしながらエアロックへと足を進めた。彼は船外活動をした経験は皆無だが、仲間が船外へ出るとき、船外から帰るときにどうやっているかは記憶していた。まず、船内の気密扉を開ける。 　ソーンダイクは水の入ったボウルを注意深くエアロック室の中央に置いた。そのまま中に戻り、機密扉を閉め、安全装置をはずす。エアロック内部の様子はモニターにはっきりと映し出されている。ボウルに入った水の水面はたぷたぷと頼もしげに揺れている。それから、外側の扉…エアロック室内と宇宙空間を隔てるハッチをほんの少しだけ緩めた。しゅううううう……と空気が漏れていく音がする。 　「減圧……♪」 　尚も空気は逃げていき、圧力の数値はどんどん下がっていく。と、水の中から泡が出始めた。 　「蒸気圧＝大気圧……沸騰開始……」 　と、ドカン、と大きな泡が吹き上がった。ソーンダイクは思わず一歩モニターから飛びのいた。 　「突沸?!」 　こぼれた水はエアロックの床の上で氷となった！水は沸騰を続け、やがて全体が固体となる。ソーンダイクは満足げに頷いた。 　「蒸発熱、温度低下。液相−固相平衡♪」 　ハッチを閉める。そして、内側の扉を開けると、船内の空気が風となって極度の減圧状態のエアロック内へと押し寄せた。ソーンダイクはモニターの映像をポケットから取り出した携帯メモリに記憶させ、消去した。さっきの映像はとても面白かった。特に突沸が。またあとでゆっくりと見よう… 　ソーンダイクは、カイユン愛用のキッチンミトンでもってボウルを持ち上げようとた。……床に凍り付いていたため、はがすとき、めり、とちょっと嫌な音がした。 　ソーンダイクは氷を見て喜んだ。 　沸騰しながら凝固したせいか、空気を適度に含んでいる。これならば、割ることも楽であろう。 　彼は光の速さで（カイユンだったら日常の小走り移動速度で）キッチンへと去っていった。 　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 　まず、パトリックを呼ぶ。 　そしてカイユンがいつもしているように、ランチョンマットを敷く。 　光を当てるとキラキラ光るガラスの容器をマットの上に置く。 　ガラスの容器に赤い色したイチゴシロップを入れる。 　そして、機械を用意し、砕いた氷を入れて取っ手を回す。クマの目がキョロキョロと動く。パトリックがクマの目のに合わせて体を動かし、シャカシャカと小気味よい音をたてて落ちて来る細かな氷に歓声をあげる。 　そして、最後の仕上げに、氷で出来た白い山の上からもう一度イチゴシロップをたっぷりかける。 　「いただきます！」 　パトリックとソーンダイクは同時にスプーンですくった氷を口に入れた。 　「うわぁ！美味しいね、ソーンダイク、とっても美味しいね！」 　うんうん、とソーンダイクは頷いた。 　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 　「人がいい気持ちで寝てるところを叩き起こしやがって、一体何の用だよッ!?」 　眠気とアルコールが抜けていない状態のマリオはエアロック前でソーンダイクを除いてここに揃っている他のメンバーに毒づいた。 　ジョーは腕組みし、剣呑な表情だ。ロマノフが説明する。 　「センサーが異常を報せた。……空気密度に変動だ。数値からしてエアロックほぼ丸ごとの空気が船外に逃げてしまったらしい。ちなみに、モニターの記録はどういうわけか残っていない。つまり犯人は不明だ。」 　「……だからって何で俺なんだ!?俺よりもカイユンの方が、エアロックの操作は下手だろうが!?」 　「僕は確かに操作が下手ですけど…もしも空気を逃がすなんてことしちゃったら大騒ぎして報せますよ！」 　「そうそう、そゆこと。でもって、あたしもロマノフも心当たりがない。更に、エアロックの床に氷が付着してたわ。……ほとんど融けてたけど。……氷の容器を前にして寝こけてた誰かさんに疑いをかけないほうがどうかしてると思うけど？あなた以外に誰がやったっていうの？酔って正体なくして悪戯するほど泥酔してたわけ？」 　「……いくら経験を積んでもワープ後は体調が不安定になる。日頃から直後には飲むな、と私は君に言っていたはずだが？」 　「そうですよ！お酒、少しずつ減らさないと、長生きできませんよ？」 　「そうだ、ソーンダイクの奴はどうしたんだよ？もしかして奴が……」 　「……あのね、あんた、ソーンダイクが悪戯するだけのためにエアロックを操作して、挙句にモニターの映像消去するような行動力をどっから搾り出せるっていうわけ？」 　マリオは沈黙していたが、ぼそり、と言った。 　「……違いない。奴がそんなことをやれるわけがない、か。でも信じろ！俺は何もやっちゃあいないんだッ！……その、……確かに記憶はぶっとんじゃいるが……」 　ソーンダイクはエアロックなどいじらない。ソーンダイクアはモニター映像などに注意は払わない。ただし、そこに、彼の目的や彼の興味がなければ。 その夜、ソーンダイクはいつもどおりにパソコンを立ち上げ日記を書いた。 　“今日はかき氷を食べた。嬉。” 　ソーンダイク、これもまた初めての体験であった。 　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 　そして、マリオは向こう一ヶ月、禁酒させられることになったという。

そして、後日、おそらく真犯人がソーンダイクだと判明はするのでしょうが、ジョー達はマリオには黙っているような気がします… 　9月中旬までひっぱってしまいましたが、解答編をつけてお届けいたします。 そして、メールで回答をお寄せいただきまして有難うございましたｖエアロックの使用、ということでは皆さん共通でした。理論上の可否という点ではすべての方が大正解でしたが、「密閉容器に水を入れて(水だけを外に出すとあっという間に蒸発してしまいます）、低温である宇宙空間に出す」というものについては、密閉容器として何を使うか。完全に外に出してしまうとしてどうやって回収するか。という点で難しい（相手はソーンダイクですから、船外活動はできません。《もっともひょっとしてかき氷のためならなんでもやるかもしれませんけれど》）、更に、なるべく短時間で、ということで、低圧による蒸発、蒸発に伴う温度低下、というのを正解とさせていただきました。 　この実験については２度ほどテレビで見た事がありますが、完全に真空にしなくとも盛んに沸騰が始まって氷ができます。大々的に行うと、巨大な霜柱のような氷ができるようです。 　メールをお寄せ下さった中で「そらまめ様」が管理人以上にエレガントな解答をお寄せ下さいましたｖ「是非、是非、サイトに掲載させて下さいッ!!」とお願いいたしましたところ、快諾して下さいましたので、どうぞご堪能下さい。なお、この素敵な解答はそらまめ様宅の「そらまめ家総会」(ご家族で議論していただけたなんて、とっても嬉しいですｗ!!)でまとめられたものだそうです!! 必要量より多目の水を用意する 　　↓ エアロック内を無重力状態にし、ふぅわりと水球を宙に浮かしておき、自らは外に出る 　　↓ 急激にエアロック内の気圧を下げる！ 　　↓ 水の一部（表面）は瞬く間に気化し、その際に熱を奪われることによって水球の温度が下がるので見る見る固まっていく！！ 　　↓ エアロック内の温度が変わらないよう徐々に気圧を通常に戻して中に入り、おもむろに氷を手にして微笑むｖ 　原理は管理人と同じものですが、エアロック内を無重力にすることによって、空中に水球を浮かせたまま凍らせるというアイディアが(難易は別として）とても絵的に美しいですよね！そしてなにより最後にソーンダイクが「おもむろに氷を手にして微笑むｖ」というのがイイです！やられました！そのソーンダイクの微笑が是非見たい!と思いました。総会の構成員の方々、有難うございました。 　それでは2006年夏の小噺、これにて閉幕です。これに懲りずにまた来年同じようなことをやっていたら覗いてやってくださいませ。