ジンベエとかき氷

宇宙戦艦ギャラクティック・ジョーズは今日も平和であった。 　「戦艦」と名がついているこの船ではあるが、久しく戦闘などしたことがない。 　よいことだ。 　 　そして、この３日間くらい、某司令官も特筆するような奇矯な行いを全くしていなかった。 　これはよいことと言い切ることはできない。 　なぜなら、某司令官がなりをひそめているときには、何かとても楽しいこと（副官にとっての厄介ごと）を考えていることが圧倒的に多く、その大半が“嵐の前の静けさ”であるからだ。 　だから、今のこの状況は素直に喜ぶこともできないのであるが、ブルーはだからといって神経を張り詰めようとは思わなかった。 　ジンベエが奇矯な行動に走っているときには気を抜いている暇はない。なりをひそめているときにも気が抜けなかったら、心安らかに過ごせる時などないではないか！ 　昨日は何事もなかった。今日も……今日もきっと何事もないに違いない、きっと、きっと、きっと…（お願いだ！） 　しかし、悲しいかな、平和というものは脆くも崩れ去っていくのが常である。（恒久平和を!!）一杯の午後のコーヒーを楽しむ為に自室へと歩いていく副官の背に、物資管理長が控えめに声をかけた。 　「副官殿。お時間をいただけますでしょうか。お話が。」 　「構いません。」 　軍の上官と部下であるはずだが、少なくともこの艦内においては、副官ほど誰に対しても丁寧な言葉遣いをする男はいない。……もとい、この艦、士官は殆ど乗船しておらず、乗員構成が通常の戦艦と無闇に異なっている。その中で、他の場所から更迭されてきたとはいえ、一応少尉の位を持っているこの物資管理長と副官が話しているときはピシィッ！とした空気が穏やかな言葉の中に漂っている。 　「先ほど、“クロネコヤ○ト”より期日時間指定の宅急便が届きました。送り状の筆跡がジンベエ様のものでしたので、すぐに執務室へと持参したのですが、ジンベエ様は椅子に座られ、両手で頭を抱えておられました。そして、机に伏されたままの姿勢で宅急便の箱を見もせず、机に置くようにと命じられました。」 　ブルーは眉をそびやかした。期日時間指定の宅急便……以前、どこかでも述べたが、そんなものが届くと知っていれば、ジンベエはエアロック付近で華麗にダンスステップを踏みながらわくわくして待っているはずなのである。そして、部下から荷が届けられたとき、机に伏したままであることなど考えられない。……いつものジンベエなら、『おお、ご苦労であった。貴公に物資の女神(←存在するのか？)の祝福を！』と大声で叫び、椅子から立って熱烈に握手するはずなのだ。 　「……宅急便の内容物は何でしたか。」 　「一抱えもある大箱でした。銀座木○屋の“酒種餡パン詰め合わせ”と書いてありましたが……」 　「！！！」 　それは一大事であった。ジンベエが自分宛に期日指定で送った甘味に見向きもしないとは!! 　「わかりました。私もジンベエ様のご様子を確認してきます。」 　「宜しくお願いいたします。」 　嫌な予感を胸に、予定を変更してジンベエの執務室へと行き先を変えたブルーの目に、この艦が誇るパティシエ（←何故戦艦にパティシエがいるのか、などと詮索してはいけない！）が銀のトレイにティーセットを載せてやってくるのが映った。 　「ブルーさん。あ、すみません、副官殿。」 　民間出身の若手パティシエは、軍属ではなかったため、今でもブルーを名前で呼んでしまうことがある。 　「いいんですよ、あなたには無理を言って（ああ、ほんとうに彼をスカウトしたときは無理矢理だった。思い出しても背筋が凍る）この艦の中で営業して貰っているのですから。どうしましたか。」 　「はい。先ほど、ジンベエ様のところに午後のお茶をお持ちしたのですが……」 　ティーセットをじっと見る。その横にはチョコレートでコーティングしたケーキが精緻な花の模様の皿に鎮座している。 　「ジンベエ様は頭を抱えておられまして……茶も菓子もいらないから、そのまま下げるようにとおっしゃいました。昨日お出しした菓子がお気に召さなかったのでしょうか。」 　まさに……まさに何かが起こっているのは確実だ。 　「……今日の菓子は何だったのですか。」 　「ザッハトルテです。……砂糖をたっぷり入れたロイヤルミルクティーと一緒に賞味なさるのをいつもは楽しんで下さったのですが。それともお具合が悪いのでしょうか。」 　だだ甘のザッハトルテに砂糖強化のだだ甘のロイヤルミルクティー……口の中が甘くなるのを感じながら、ブルーの中で嫌な予感が膨れ上がっていった。 　パティシエの肩を一つ、ブルーは優しく叩いた。 　「あなたに非はありませんよ。ジンベエ様は心配事でもおありなのでしょう。ご様子は私が確認してきますから。」 　ああ、あのお方は一体どうなさったのやら。 　パティシエと別れ、歩を進めて行くと、オペレーター三人組が歩いてきた。目がうるうるとうるんでいる彼らの様子にブルーはぎょっとした。 　「「「副官殿〜！」」」 　すがりつく三人にさすがのブルーも慌てた。 　「ど、どうした！落ち着け！」 　「いや、さっき廊下でジンベエ様にお会いしたんですが」 　「挨拶したのに……」 　「無視されたんです……」 　「「「こんなこと、今まで一度だってなかったのに！」」」 　確かに。ジンベエは挨拶を無視したことなど未だ嘗てない。 　「ジンベエ様はどんなご様子だったのだ？」 　「……は、はい、お部屋から出ていらして、な、なんだか空気を吸いに出てきたのかな、なんて……」 　「頭を両手で抱えてらして、私達の挨拶を無視した後、すぐに部屋に戻られておしまいになり…」 　「体のお具合でも悪かったのでしょうか。心配です。」 　頭を抱える……頭痛が起きているのか？ならば何故医官を呼ばないのだ。とにかく、早く状況を確かめねば！ 　マホガニーの重厚な扉（←宇宙船でそんなのアリ？）の前でブルーは咳払いし、認識番号を入力し、インターホンのボタンを押した。 　「ブルーです。ご休憩の最中申し訳ございませんが、お話がございます。」 　インターフォンから“シュン”というとても小さな音が聞こえた。そして少し間があってから、ジンベエの声が聞こえた。 　「うむ。入れ。」 　室内に入り、毛足の長い紫紺の絨毯の上に立ち敬礼する。……真正面に座っているジンベエはというと、今まで部下達が証言した如く、頭を両手で抱えている。 　「……して、話とは……」 　そういう間も頭を抱えるジンベエ。 　「はッ！先ほど何人かの乗員から話を聞いたのでありますが、」 　「小さな声で話してくれ……頭に響くのだ……」 　「頭痛ですか？ならば医官にお見せになった方が。」 　「や、いや、病気ではないのだ！心配はいらないぞ！」 　ジンベエは起き上がったが、うう、とまた頭を抱える。 　一方、ブルーは先ほどインターフォンから聞こえた“シュン”という小さな音が気にかかっていた。あの音はどこかで聞いた事がある。確か、アレは…… 　ブルーの目が、壁にある“ヒミツ部屋への隠し扉”に向いた。……ジンベエが反応する前にブルーは素早く扉に飛びついた。先ほどはロックをかける暇もなかったのだろう、扉はあっさりと横にスライドした。中に踊りこむと、そこには…… 　「何ですか、これは。」 　そこには洒落たテーブルセットがあり、壮麗な切子細工の巨大サラダボウル、（多分、サラダボウル、きっとサラダボウル）がでん、と鎮座し、そこには山盛りの氷が…… 　「ブルー、貴公、見てしまったのか……」 　「見ております！ですから、これは何か、と問うているのです！」 　「……“白熊”である……」 　「は？白熊？」 　「……うむ。貴公、知らぬのだな。白熊、とは九州エリアに伝わるフラッペの一種であるのだ。微細に削った氷に練乳をかけるのであるが……」 　「これがフラッペですか!?この巨大な氷の山が!?」 　「白熊の真髄は、多彩なトッピングにあるのだぞ！種々の果実に菓子などを飾り付けるのだ！して、飾っていったところ、通常サイズでは足らず、氷を足していったらこの大きさに……」 　確かにそれはそうだろう。リンゴにキウイに桃にスイカにオレンジにブルーベリーにイチジクにゼリービーンズにポッキーにプッチンプリンに求肥餅にコーンフレークにナタデココに……あっちは虎屋の羊羹だろうか??とにかくこれだけのトッピングを載せるにはとてつもない量の氷が必要だろう。 　「では……頭を抱えていらしたというのは……」 　「かき氷には頭が『キーン』とすることが伴うものなのだ。『キーン』は夏の風物詩であるのだぞ。うーむ。しかし、これだけ巨大であると、なかなか『キーン』が持続するものであるな。休み休み食さねば体がもたぬ。しかし！夏を楽しむために必要ならば、これしきの頭痛なにものぞ！痛みに耐えて完食してみせようぞ！」 　ブルーは情けなくなり、ついで怒りがわいてきた。このお茶目な司令官の為に、何人もの人間が心の底から心配したのだ。副官は眦を上げ、少し声を大きくした。 　「ジン様。私は、ジン様がこの“白熊”とかいう食物を召し上がられることについてとやかく言おうとは思いません。しかし、しかし！ジン様の配下にあり、慕っている乗員の心情をもう少しお考えいただけませんでしょうか！」 　ジンベエは目を見開き……しゅん、と肩を落とした。 　「ブルーよ。……貴殿の言う通りである。……この艦の司令官でありながら、乗員への心遣いを忘れていた！」 　そして、立ち上がると、両手でブルーの手をがしッ！と掴んだ。 　「許してくれ！貴公の言葉で目が覚めた！……この償いはすぐにする故！」 　いえ、そのように恐縮なさらなくとも、わかってくださればよろしいのです、とブルーは言い、敬礼してその場を辞した。 　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 　ジンベエの“乗員に対する償い”はすぐに実行された。 　レクリエーションルームに出現した巨大な氷の山。それを取り巻く乗員達は、片手に深皿、片手にスプーンを持ち、楽しげに氷を皿によそっている。 　「おい、あっちの黄色っぽいところ、ハチミツだったぞ。」 　「あっちの緑色、抹茶と思ったら青汁だった！フェイントだ〜！」 　「網に入った４個入りの冷凍ミカン拾っちゃった♪」 　「やーい、お前の舌真っ赤〜！」 　「冷麦があった〜。麺つゆはどこ〜？」 　「ヤシの実、よく冷えてる〜！ジュースが美味しい〜！」 　「あっちに刺さってるの、ガリガリ君だよな？」 　「噂によると、奥の方になんか凄いものが埋まってるんだってｖｖ」 　「わーｖｖ掘れ！掘れ！掘れ！」 　そして、山の上付近にはジンベエがマントをはたはたとはためかせながら魔法で浮揚していた。 　「うむ、やはり、楽しみは皆で共有することによりその大きさを増すのであるな！存分に食するがいいぞ！」 　ブルーは大きくタメイキをつきつつ、自分の正面の氷を一匙すくって口に入れた。『きーん』という頭痛は、かき氷由来のものだけでは……ない、と思う。 　ギャラクティックジョーズは今日も平和である。 　その……何というか……おおむねは……

二番手は司令官＆副官。ネタは途中で割れると思いますが、巨大かき氷と「キーン」をひたすら書きたかったので。副官、いつもの不幸に比べれば、このくらい可愛いものだと思いますが、どうでしょうか。 余談ですｇ、あ近くの甘味屋さんのかき氷メニューに「白熊」が登場しました。それと共に「黒熊」も登場。黒熊は黒蜜がかかっていますが、これって全国区でしょうか。