ありがとう
(アケルナルの爆破屋)


 しかしまあ、よく俺みたいな人間に関わろうとするものだと感心するぜ。



 洗って乾燥機に入れればいいはずの毛布を、なぜ、宙港に停泊中の機体の上に干すかねぇ?ああ、お前の言い分はわかってる。『乾燥機だとお日様の匂いがしないんです』とでもいうんだろ。……本来太陽には匂いなんざありゃあしないだろが?上部ハッチ開けて嬉々としてその毛布を取り込んできやがったから、受け取ろうとしたら、『マリオさんに渡したらぐしゃって置いておわりじゃないですか。ベッドメーキングしますからそこどいて下さい』って、幅70pの寝棚にベッドメーキングもへったくれもあるか。部屋の掃除も毎日する必要はないだろう。お前が調子っぱずれの鼻歌歌ってバキュームかけている間、俺はコックピットに追いやられ酒も飲めず惰眠も貪れずに結局パパ・ロマノフや色気の欠片もねぇチームリーダーに仕事を押し付けられるわけだ。それから人がいい気持ちで飲んでいるのに、『今日はそれで200ml越してますッ!!体に悪いですからもう駄目ッ!』なんていって、酒瓶ひったくるなよ。お前は俺のおふくろでも嫁でもないし、大体どうして200mlなんてわかってるんだよ。朝ははよから叩き起こし、服を引っぺがされ、洗濯されるしな……でもって、少しでも穴がありゃあ、針もってきて繕うわけだ。……ファイトは認めよう。しかし、お前の針仕事の腕はエレガントというわけではない。決してやらんが、俺の方が絶対にうまい。お前が靴下を繕うと、はっきりいってゴロゴロしちまって異物感満載だ。穴の開いた靴下は破棄するもんだ。そろそろそれくらい学べ。それから、破けていりゃあ縫っていいものとは限らんだろうが?デザインとして擦り切れている奴を全部繕いやがったときは正直首しめてやろうかと思ったぞ。え?擦り切れたデザインの服は何か間違っている?……いいや、お前の感性の方が間違っている。とにかく、介入しすぎなんだよ。夜の街から酔って戻ってくりゃあ怒るし、香水の匂いでもついていりゃあ二倍掛けで怒るし、かと思えば、手や顔に切り傷つけていりゃあ極度に心配して顔歪ませながら消毒薬を塗ってくる。……あのなあ、俺が簡単に喧嘩で傷受けるかよ?ありゃあな、子猫ちゃんがちょっとしたおいたしただけで……あー。そう不思議そうな顔するな。詳細解説したらお前はまた怒るからな。え?訳がわからん?なぜ子猫なんて拾ったのかだと?……わからんでいい。説明する気もない。毎日飽きもせず菓子を作り、無理やり全員集めて茶の時間を作るが、正直俺は甘い菓子は苦手だ。それを知っていて、辛い菓子も時々作っているようだが、毎日代わり映えもしない連中と茶ぁ飲んでいてどこが楽しいかね?コーヒーも焙煎から抽出まで、妙に情熱傾けて一人一人に少しずつ変えた奴を淹れているが、俺の舌は微妙な味などわからん。インスタントで十分だ。徹夜で作業しているときにも手の込んだ夜食などいらん。そういうときには携帯食で十分だ。第一、腹が膨れると集中力が低下する。食い物よりもそれなりのヤクの方が効果的……って、バカ、冗談だ。泣きそうな顔をするな。
 俺の碌でもない爆弾講義を真剣に受けて俺の言葉通りに爆薬を作り……トロいし、似合わん。他の作業もそうだ。射撃も、格闘も、操船も、お前には何1つ似合わん。

 俺なんざ放っておけ。いや、放っておいてくれ。目の前でちらちらされるとうざいんだよ。

 お前が俺に何をしてくれたって、俺はお前に「ありがとう」なんて決して言わんからな。……不服か?しかしな、それはお前が勝手にやっていることだろうが。俺が頼んだ覚えは一切ないぞ。お前は何かというと『ありがとうございます』なんてガキみたいに――いや、ガキ以上にか?――頭さげて大声で言うが、俺が「ありがとう」と言わない分をお前が言っているということだ。「ありがとう」と滅茶苦茶いうお前みたいなのと、まったく言わない俺みたいなのがいて、世の中のつりあいは保たれているんんだぞ。え?有難うと言われたいわけじゃないけれど、その考え方はおかしい、ありがとうっていうと気持ちいい……てか?それはお前の考えだ。俺の考えじゃない。第一、俺がにっこり笑ってお前の手を握り、「ありがとう」なんていってみろ。お前は俺が頭を打ったか食あたりでもしたかと疑うだろう。或いは『もしかして、体を悪くして余命一ヶ月とかですか!?』なんて言いかねない。あ、納得したような顔をしたな。はは、俺はな、お前の精神状態を平穏に保つためにも、「ありがとう」なんて言わないのさ。それこそ、有難く思え。


 そうだな、もしもお前がどこかで、目を見張るほどの美女じゃあないがお前に負けず劣らず呆れるほど素朴でお人よしの女を見つけて所帯を持ってこの船を降りたら、そのときには「ありがとう」っていってやる。

 何だ、その顔は。……この船を降りたくはない、だと?

 ばーか、もしも、っつーただろうが。え?それに、そういうときには「ありがとう」じゃなくて「おめでとう」だろうって?




 いいや。「おめでとう」じゃなく「ありがとう」だな。絶対に「ありがとう」だ。




 おかしい、だと?いや、俺の感性的には絶対に絶対に「ありがとう」だ。お前みたいな単純な奴にはわからんぜ。第一、普通「おめでとう」ってときに「おめでとう」っていってもアタリマエ過ぎて面白くもなんともない。そうは思わんか?俺は断然そう思うぞ。



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 夜の街から戻ってきたマリオは、すうすうと気持ち良さそうに寝息をたてているカイユンの顔を覗き込んで、心の中でぐたぐたと話しかけ続けた。



 (ひとまず俺はしばらくは「ありがとう」とはいわんからな。)


 上着を脱ぎ、シャツ一枚なると、マリオは寝棚に飛び乗り、お日様の匂いのする毛布に包まって自分もすぐに寝息を立て始めた。

SFの爆破屋です(知らない方、ごめんなさいです)。……恐るべきことに、奴は感謝の言葉を一度も発したことがありません。(探した限りはありませんでした)そんな彼の「ありがとう」。爆破屋は言うまでもなくチームリーダーに惹かれていますが、腐れ縁の度合いはむしろこの家事担当の方が高いようです。

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