エリーのアトリエ

気づくと、紫色づくめの男が、アトリエ(工房)の中に立っていた。……扉を開けもしないのに、である。来客用の机に座ってペンデル(←甘い焼き菓子)をもぐもぐやっていた冒険者、テオ=モーンマイヤーはペンデルを手に持ったまま立ちあがった。 　「ちょ、ちょっと。あっれ〜？来客知らせるアイテムもはたらかなかったし、ノックの音もしなかったし……でも、押し入ったわけでもないよな、押し入ったんだったら“生きてるナワ”が反応して、縛り上げているはず……」 　ジンベエは、魅力的に笑い、玄関口でとぐろを巻いている縄を指さす。 　「アレのことであるか。……確かにアレは私を縛り上げようとしたが、説諭して、中止させた。」 　「説諭……って、いいきかせるってことだよな……縄と話したってのか。」 　「青年よ。生きとし生けるものならば、会話の成り立たぬことなどないのだ。……そして、正義や愛は必ず勝つのである。」 　そんなものなのかな、ねえさんはその縄と話してたことなんてないんだけどな。と、テオは目を白黒させていたが、ジンベエの装束自体は、この世界ではあまり違和感のあるものではない。ま、いいか、と自分を納得させて、棚から大きな帳面を開いた。 　「俺、留守番なんだけど、いや、なんですけど、頼んだものを取りに来る人はいないって聞いてるから、あなたは何かを注文しにいらっしゃったんですか。」 　「いや、うむ、そうではなく。」 　ジンベエの目は、テオの右手にひきつけられた。 　「……とすると、ご用件は??あ、もしかして家を間違えてますか？ここは、リリーの工房っていって、錬金術で……」 　ジンベエの目は、テオの右手をずっと注視している。……そこには齧りかけのペンデルがあった。テオはジンベエを見、自分の手にしているペンデルを見、たっと机のところに行って、新しいペンデルを取ってくるとジンベエに差し出した。 　「こういうものも売っているんですけど。試食してみます？」 　ジンベエは目を輝かせ、一口かじり、、目を瞑り、カッと目を見開き、美しくピュレット(爪先回転)を決めると、ひざまずいて空に向かって手を差し伸べた。 　「ハレルヤ！甘味の女神に賛辞を！」 　「喜んでくれて嬉しいや。リリーねえさんのペンデルは、ザールブルグ一、いや、世界一だと俺は思う。」 　と、がば、とジンベエはテオの手を両手で包むように握った。 　「生憎、この世界の通貨はないのだ。……これらと交換して貰えぬだろうか。」 　紫色の手ぬぐいをひろげ、懐に手を入れると、……まず、取りだしたのはチロルチョコ、そしてうまい棒、更にココアシガレットに梅ジャム、そして、ミルクせんべいに、ヨーグルに、ふ菓子に……ここに来る直前に西高井戸の駄菓子屋『みどりや』に寄って買い込んだ菓子を積み上げ、食べてみろ、と身振りで勧める。 　テオはチロルチョコをつまみあげ、包み紙を取り、器用に半分に割って口に入れ…… 　「！！！すっごいよ！兄さん！これ、すっごく甘くてうまいよ！！」 　「であろ？冬季限定の『ミルク餅味』であるのだ。む？全部は食さないのか？」 　「こんな甘くてうまいもの、ねえさんに食べさせないわけにはいかないって！……ちょっと待っててくれよな、俺、姉さんにペンデル３袋頼んでさっき受け取って……二袋、あんたにやる！」 　商談成立。 　そして、ジンベエはもう一度固く握手すると、優雅に別れの挨拶をし、消えた。 　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 　「だから、その人、錬金術士だったんだと思うんだ。最後も俺の前で消えたし。きっと何かの特別な道具をつかったんだよ。」 　金の麦亭で、ジュースを飲みながら川魚の甘露煮をつつくテオと向き合って座ったゲルハルトは、一度ビールをぐびっと飲み、はあああ、とため息をついた。 　「それだけの凄い錬金術師が、なぜペンデルだけ持って帰ったんだ。……リリーの錬金術を盗みにきたのかもしれなかったんだぞ。場合によっちゃあ危険もあったかもしれん。もう少し用心しろ。」 　「いや、あの人は悪い人じゃあないと思う。」 　「なぜわかる。」 　「だって、ねえさんのペンデルを心からうまいといってくれる人に、甘いものがあんなに好きな人に、悪い奴なんているわけないじゃないか！」 　ゲルハルトは机につっぷした。 　「……なんだよ、おっさん。」 　「…………いや、お前は幸せな奴だよ。」 　うーん、そうかもな、とテオはいい、あ、これ、その人が置いてったんだ。これ、おっさんの分な、と手ぬぐいを差し出す。そこからひらりと薄紫の紙が落ち、そこにはこう書いてあった。 『宝物庫への招待状： Ｕ 』 　尚、それから間もなく、ギャラクティック・ジョーズのオーブンでは、ペンデルが焼かれるようになり、エリーは『ちろるちょこ』を完成させた、という。ペンデルはエリーのものに限りなく近かったが、チョコは本物の味に近づけることはできなかった、が、甘さは十分で、試食役になったテオは丼いっぱいむしゃむしゃ幸せそうに食べたという(それを見てゲルハルトは胸やけを起こした、という)。

アトリエ。これも、ゲームそのものが大好きでしたｖ(ザールブルグシリーズ以降は手をつけていませんが…) ゲームのテオより、ずっとおバカで天然で丸っこい性格の我が家のテオですが、書いていると幸せな気分になります。 ブラウザバックでお戻り下さい