精霊の花

右斜め後ろから、何か、ヘンな気配がする。 　もっと具体的に言うと、右斜め後ろを歩いている人の気配が増えている。 　「そうなんですか。だったら、お祝いしなければいけませんね。」 　……あまつさえ、その増えた気配と、連れが会話している気がする。いや、会話している。 　「ファナさん、いったいどなたとお話をして……」 　振り向いたカナンは表情を凍りつかせた。そこには、ジンベエ=フォン=シャークスコッチがファナと並んで親しげに話をしていた。因みに、カナンが血相を変えた理由は、ジンベエの風体が怪しかったからではない。……全身紫づくめというのは少々珍しいが、衣服の構造やマントは貴族の装束と寸分違いない。凍りついたのは…… 　ファナは、にこやかに微笑んで、答える。 　「カナンさん。こちら、ジンベエ=フォン=シャークスコッチさん。(ジンベエはファナの声に合わせて優雅にお辞儀した)ここから随分離れたところで暮らしていらっしゃる方なのだそうです。実は、この世界は10周年記念というものを迎えているそうで。そのお知らせに来てくださったのです。」 　カナンは普段のにこやかな商売用の表情をかなぐり捨て、ジンベエを睨んでいる。 　こいつは……こいつは……こいつはもしかして………… 　もしかして、俺より顔がいいのではないだろうか。 　カナンはじっと舐めまわすようにジンベエを見つめ……やがて、にこっと魅力的に笑った。 　おそらく、たぶん、きっと 　辛うじて、勝っている！ 　(僅差だが) 　「ジンベエさんの世界にも妖精が居るのだそうですよ。」 　(ラーメン啜ってコーラを飲む妖精ではあるが) 　「そして、若い方々が集まって夜が更けるまで歌を歌って楽しむのですって。私たちと似ていますね。」 　(たぶん、それはカラオケだ) 　「魔法もお使いになれるのですって。」 　(暴発する方が多いが) 　「ジンベエさんのお国にお邪魔してみたくなってしまいました。」 　(来ない方がいいと思うぞ……いや、ファナ姉さんならすぐ慣れるか？) 　「見てください、こんな素敵な布(←手ぬぐいのこと)もいただいてしまいました。これはジンベエさんのお船で、この小さな鳥は、ぺんぎん、という鳥なのだそうですよ。この素敵にキラキラ光っているのは、らめ、というものなのですって。ジンベエさんは随分不思議なものがある世界からきたのですね。ラルやリースさんの分もいただいたんですよ。ありがとうございます。」 　にっこりとジンベエに微笑みかけるファナ。微笑み返すジンベエ。……美男美女の微笑みあう姿は、まるで絵のようである。 　……カナンの頭の中で何かがカチン、と音を立てる。 　「ジンベエ=フォン=シャークスコッチさん、遠いところありがとうございます。風の噂では、ここには非常に多くの世界があると聞きます。お引き留めするのもご迷惑でしょう。せめて、あなたの旅を祝福するための歌を歌わせて下さい。」 　カナンは朗々と歌を歌い、ジンベエは聞きほれ、芸術の女神に賛辞を贈り、そして帰って行った。 　「楽しい方でしたね。」 　そういって、手ぬぐいをスカーフのようにして首に巻くファナに、あんな奴どうだっていいだろう、とぶっきら棒に言い、自分は手ぬぐいを乱暴に懐に突っ込む。しかし、その手ぬぐいが妙に暖かな温度を持っているような気がしてもう一度懐から抜き出した。 　そこには、薄紫の紙が添えられていた。 『宝物庫への招待状： Ａ 』

実は、「RPGツクール」のシナリオとして書きはじめた物語でした。ゲームの方は頓挫しましたが…… この話に決着をつけないうちにはサイトは終了できない、というもののひとつ。 ブラウザバックでお戻りください