| 銀河鮫百物語 |
「百物語」 諸君はこの言葉をご存知であろうか。 それは怪談を語る会の一つの形である。夜、日が落ちてから人々は部屋に集まり、百本の蝋燭に灯をともす。一人が怪談を語り、物語が終わるとふっ……と一本の蝋燭を吹き消す。そして次の者が語り、二本目の蝋燭を消す……十本、二十本……そして、百個目の物語が終わって最後の蝋燭が吹き消され部屋が暗闇に閉ざされた時……想像もつかぬほど怖ろしいものが現れると言う。 本当に百物語の後に怖ろしいものが現れるのかどうかはさだかではない。実際、百物語を実施した人々の存在を私は知らないのである。 しかし、銀河のある場所に、これから百物語を実行しようとする人々が結集していた。照明の落とされた部屋には灯のともされたろうそくを携えた語り手が100名。そして、ずっとずっと多くの聴衆が語り手を取り巻くように特殊樹脂の床に座っていた。……宇宙戦艦(←本当に戦艦なのかは書いている本人もますます不明)ギャラクティックジョーズの“レクリエーションホール”は人々の息の音だけが聞こえる不気味な空間と化していた。 (何故、このようなことになってしまったのか…) 語り手の中に混じって蝋燭を片手にしている、“この艦の理性”こと副官のブルーは答の判っているこの夜30回目の問いを心の中で発した。 もとはといえば、某司令官の『惑星住人を美と愛の世界に導くには、まずその文化を知ることである』と銘打った恒例の映画上映会で、この夏は怪奇・ホラー特集が組まれたことによる。白黒映画の番町皿屋敷や四谷怪談からはじまり、西洋モノではドラキュラやエクソシスト、シャイニングで悲鳴をあげ、ゴースト・ニューヨークの幻で涙し、リングと螺旋を上映した後には艦内でサダコの名を知らぬものは皆無だったという……。その「ホラー流行の絶頂」時に某司令官が百物語企画を紫紺のマントをはたはたと盛大にはためかせながらぶちあげたため、殆どの乗員はとびついてしまったのだ。 ブルーは乗り気ではなかった。いや、なんとか阻止したかった。ただでさえホラーの流行で、乗員の多くが不眠症になったり、某稲川さんの怪談ＤＶＤを熱中して見る余りに当番に遅れるものが出たり……ここでこの企画を通してしまったら、艦の日常業務に多大な影響が出ることは必至だ。しかし、うきうきと特大の「飛騨の和蝋燭」を発注する某司令官はちょっとやそっとでは暴走を止めそうになかった。なので、ブルーはこう言った。 「本当に語りたい者が100人揃わぬのなら百物語は辞めるべきです……愚にもつかぬ物語では魑魅魍魎にも失礼です。」 と。 これにジンベエはうむ、と重々しく頷いてくれた。頷いてくれたのだが……語り手募集したところ軽く百人を上回ってしまったのであった。それも殆どが怪奇体験者だという。自分が言い出した手前、ブルーはジンベエの企画を通さざるを得なかったのである。 話し出そうと、輪の真ん中に進み出る一人目の乗員をぼんやり眺めながら、我らが副官は『彼らが本当に奇怪な事物にでくわしたのならば、御祓いが必要なのではないだろうか。』とどうしようもないことを考え、苦笑いした。 ブルーは蝋燭を手にしてはいるが、奇怪な出来事に出会ったことはない。顎が落ちるようなことには千回以上遭遇してはいるが。 最後の100人目にブルーは立候補した。座がしらけるかもしれないが、少しばかり演説をし、百話目を語らずにこの会を終了させる心積もりであったのだ。今も昨夜寝ずに考えた演説の内容を反芻している。……そのせいか、眉間の皺は通常よりも深く刻まれ、ろうそくの暗い灯りは彼の顔を凄みあるものに見せていた。 「では、私の不思議な体験をお聞き下さい。」 一人目が話し始めた。 「一ヶ月ほど前のことでしょうか。……“夜時間”の警備に私はあたっていました。いつも通りのルートを移動していると、背後に何かの気配がするのです。さっと振り返ると……ふっと気配が消えました。気のせいだと自分を納得させ、角を曲がると……確かに何か大きなこげ茶色のものが十メートルほど離れた次の角にいました。……しかし、それはかき消えてしまったのです!!走りより、角を曲がり失踪していくと……!な、なんと、私の目の前にその大きな茶色の怪物が出現したではありませんか！身の丈は三メートル以上。濁ったような精気のない目で私を見つめているのです。勢いあまった私は避けることもできず、私はその怪物に激突してしまいました。脳震盪を起こし、崩れ落ちる私の瞼に、その怪物が何かのノートをぶら下げているのが見えました…も、もしやアレは今はやりの「デスノート」なのではッ!?……これで私の話は終わりです。」 男は蝋燭を吹き消した。 そしてブルーは顎を落とした。 一ヶ月ほど前といえば、ジンベエが信楽に特注した「狸の置物」が到着した時期だ。確か高さは三メートル以上。片手に大福帳を下げていたはずだ。エアロックからジンベエその人が短距離テレポートを繰り返しながら狸を運んでいく様をブルーは目撃していたが、それがホラー話になっていたとは。 「ぼ、僕は機械室の整備担当なんですが、部品をしまってある小部屋に一人で行ったとき、床に真っ赤な血が一杯に拡がってたんです。腰を抜かしてその場に転んだら、手にその血がついちゃって……ねばっとしていて……ああ、思い出しただけで今も寒気が……同僚は夢だったんだろうといいます。目をさましたら血は消えていたんですから。でも、僕は嘘つきなんかじゃありません！あの血の感触が今も指先に……」 ………あれは去年のことだった。かき氷に凝ってしまったジンベエはただ食べることに飽き足らず、シロップの自作を始めた。かき氷ばかり食べているジンベエをブルーが叱責すると、ジンベエはどこかで隠れてかき氷を食べていたようだった。……そうか、部品部屋に隠れていたのか。……そして、“甘味三十倍イチゴスペシャルシロップ”のびんを倒しでもしたのだろう。真っ赤に染まったタオルを持ってジンベエが歩いていたのはそういうことだったのか。 「私が一人残って航路計算をしているときでした。耳の横を何かが掠めたと思ったら、壁に鈴のついた小さなナイフが……」 …………小太刀か…銭、鉄扇、サイコロ、瓢箪、風車……時代劇にはまって以来いろいろなものを投擲してきたジンベエだが、能力の無駄な発動によって投げたものが亜空間を通ってあらぬ場所に現れることがある。……うう、怪我がなく幸いだった。 それからも話は続いたが、その話の裏には必ずといって良いほどジンベエの存在があることにブルーは気付き、顎を31回ほど落とした。(３年前ならばすべての話で顎を落としていただろうが、耐性がついた為、すべての話で顎をおとすような事はなくなったのだ！) 98人目が話し終え、ジンベエがマントを翻して進み出た。 「うむ、皆、ご苦労であった。……皆、不思議な体験をしているのだな。……流石私が選んだ者たちである！諸君の霊感の強さに乾杯！」 ブルーは顎を落とした！ジンベエは自分が彼らの怪談に関わっていたことなど少しも考えていないのだ！ 「さあ、私は99番目なのである。……ここは趣向を変え、私が他者から聞いた怪談を語ろうと思う。水島小学校の上級生から下級生へと連綿と伝えられてきた話である。心して聴くが良い。 ある夜、郊外の駅にほろ酔い加減の男が一人降り立った。他の乗客は既に帰っていったのか、駅前広場には誰もいない。すると、いつもはいない屋台が一つぼうっと提灯に灯りをいれて止まっている。提灯には『饅頭』と書いてあった。その芳しい甘い香りに男は引き寄せられ、屋台の主人から六個入りの饅頭を一箱購入したのだった。しかし、酔いがまわっていた男は傍らのベンチに腰掛け、眠ってしまった。 目をあけると屋台はいなかった。よろつきながら男は家に帰り、空腹であったので饅頭を一つ食してから寝ようと思い、ふたを開けた。 なんと！そこには饅頭は五個しか入っていなかったのだ。男は不思議に思ったが、酔っているのだと思い、そのまま眠ってしまった。 次の朝、再び男が箱を開けると、なんと！饅頭は四個に減っていた！一度蓋を閉め心を落ち着かせてもう一度蓋を開けるとそこには三個しかない！ぐっと蓋をしめ、再び開けるとそこには二個しか！そしてもう一度！ああ、なんということだ！一個しか！そして…… ジンベエは白のシルクの手袋で額を拭った。 ……とうとう、箱の中から饅頭は消えていたのだった。」 ゴクリ、と息を呑む声があちこちから聞こえた。 「これで私の話はおしまいである。……む？真相を知りたい、とな？……いやいや、世の中には知らずに居た方がよいこともあるのだ……」 ほんとうにな！ (この与太話は全国区だと思いますが、真相を知りたい方がいらっしゃいましたら、メールを下さい。与太解説をお送り致します) 99本の蝋燭が消えた。ブルーが立ち上がり、輪の中央へと歩を進める。さあ、演説の時間だ。この艦からホラーブームを一掃するのだ。宇宙戦艦に衝撃やホラーなど要らない!!(それに衝撃というより、笑劇だったりするし) と、ブルーの首筋に冷たいものが当たった。 (水滴？) あちこちで水滴が落ちているのか、蝋燭一本しか光源のない暗い部屋に悲鳴が断続的に上がる。と、ジンベエが上を見上げ少々困った顔をした。 「水漏れ、であるか。」 「は？水漏れとはどういうことですか？」 すると、ジンベエは楽しそうに言った。 「この間、水島セツルメントの小学生諸君と学校のプール開放に付き合ったのであるが、あの『流れるプール』の楽しさは格別であった。……ので、レクリエーションホールの二階部分に水を流し込んでみたのであるが……うむ、床面の防水は不完全であるのだな。」 「ジン様！な、なんということを!!」 「案ずるな。ただ水をためただけでも流れるプールになるのだ、こう、全員でぐるぐるとプールを周回するとその勢いで……ｖ」 「み、水は一体何処から!?その小学校のプールから転移させているのですかッ！」 司令官はむっとした。 「見くびるな！そのようなことをしたならば小学校に迷惑がかかるではないか！……その点にぬかりはない。世界最大の淡水湖、オンタリオ湖の無尽蔵の水を…ｖ」 「無尽蔵に転移させていらっしゃると!?」 「む？おお、そうか。水を止めねばならぬな。転移終了の呪文詠唱には少し時間がかかる。それまでちと待てｖ」 「は？どれほどでしょう。」 「わっはっは。案ずるな。たったの30分ほどである!!」 天井から漏れてきた水がブルーの蝋燭を消した。 100本目の蝋燭が消えたとき、怖ろしいものがやってくる。 百物語……ギャラクティックジョーズにこの物語は連綿と語り継がれていくのであった…… |
| ギャラクティックジョーズ内怪談話。 ……妖怪より幽霊よりおそろしいのは司令官その人だったりします。 そして、また副官が不幸になってます。この後、ギャラクティックジョーズは氷塊に囲まれて２日間ほど航行不能になってたりします…… |