あたたかな嘘
ラクチェが輿入れのためにドズルに来てから三ヶ月が経過した。 かつて、この城の城主であったブリアンを屠ったラクチェ。嫁ぐ相手はといえば、兄のブリアン、父のランゴバルドに反旗を翻し、ラクチェと共に反乱軍で戦った現在の城主、ヨハン。 ……これで、波風が立たぬわけがない。いや、津波と台風が同時に来ないのがおかしい。ラクチェが城内を歩くだけで、二三、或いは四五人が遠くで頭を寄せ、彼女と視線を合わせないように注意しつつひそひそと囁きあい、宴では、有力な貴族連中が、こちらはわざとらしい大声で嫌味を言う。軍人も、文官も、下働きのものたちまでも、彼女を通り名の『死神』と呼んでいるらしい。 そんなことを腹心の部下から耳打ちされ、ヨハンは苦笑した。文官はふう、と息をつく。 「陛下。笑い事ではございません。矢面に立たされているのは陛下の后となられる方なのですよ。噂では口に出すのが憚れるような雑言を吐いている者もいるとか。ラクチェ様のお味方は、ほとんどおりません。陛下、もっと気遣われては如何です…。」 ヨハンは尚も苦笑している。 「わが愛しのラクチェは、勇敢なる戦乙女。如何なる攻撃に晒されても凹むようなことはないと思うが？」 文官は引き下がらない。 「ラクチェ様がいくらお強くても、女性(にょしょう)であらせられます。兎に角、お話をお聞きになられた方が。」 「……うむ。そうだね。ラクチェが可憐な少女であることは私もよく承知しているよ。早速訊ねてみるとしよう。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「何も心配されるようなことはないが。」 二人きりの夕食の折、ヨハンに問われたラクチェは、悠然と微笑み、ゆったりと言った。ヨハンはワインのグラスを定位置に置くと、未来の妻の黒い瞳を覗き込むようにして彼には珍しく眉根に皺を寄せた。 「随分と心ない声があらゆる方角から聞こえてくると聞いたが。」 「ああ、ただ、あまり独創的なものはないので一週間もたたないうちに慣れてしまったわ。つまらない。」 沈みこまれるのは心配だが、こんな風にまるで気にかけていないのは拍子抜けだ。 「本当に？君を悲しませるような辛いことがあれば、決して私は捨て置きはしないが。」 ラクチェはナイフとフォークを持ったまま、天井を向いて考えるポーズをとった。 「強いて言えば……」 「強いて言えば？」 「……食事が少し少な目だと思うの。」 ヨハンは爆笑し、自分の皿に載っていた子羊のステーキを一切れラクチェの皿に移した。 「料理番には私から話しておこう。……ラクチェ、真面目な話、何か辛いことがあったら遠慮なくいってくれたまえ。……どうにもならないことも多々あると思うが、それを少しでも楽に済ませる方法を一緒に考えよう。」 「そうね……でも、そんなことは起こらないと思うけれど。」 くすっと笑ったラクチェの表情には何の陰りも無かった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ しかし、ヨハンは安心したわけではなかった。ラクチェのことだ。少しくらい辛くてもお得意のポーカーフェイスで切り抜けてその実、心に傷を負っていることもあり得る。そのため、彼はラクチェ付きの二人の小間使いの少女のもとに向かった。 「私だ、ヨハンだ。入ってもいいかね。」 「は、はい〜！ど、どうぞ!!」 城主じきじきの来訪に少し上ずった声とパタパタいう小さな足音が聞こえ、扉が開いた。ヨハンが足を踏み入れると、さっきまで夕食後の自由時間を楽しんでいたらしい二人の少女は窓際に立って気をつけをしていた。 「楽にしたまえ。私は君たちを叱責しに来たのではないのだよ。」 ヨハンは少女達に、経緯を話し、ラクチェは辛いことなどない、と言っているが、君たちの目から見てそれは本当のことなのか、と聞いた。ミハルとサレナは顔を見合わせ、二人で小声で話をし、ナイフ投げの名手のサレナが“やめなよ”というように無言で首を振る中、金の髪のミハルは怒ったような表情で、エプロンの裾を翻し、つかつか、とヨハンの前に進み出るとガタイの大きなヨハンを見上げた。一度大きく深呼吸してから出した甲高い声は、緊張の為か震えていた。 「ラクチェ様がお辛いことがない、とおっしゃったなんて!!それは嘘です。嘘も嘘、大嘘です!!」 困ったように意味も無く手を振るサレナの前でミハルは尚も続けた。 「それが嘘だってお気づきにならないなんて!!ヨハン様はどうしてそう鈍くていらっしゃるんですか！どうしてラクチェ様の精一杯の嘘が見抜けないのですか!!!」 そこまで一気にまくし立ててから、我に返ったミハルは床に膝をついた。 「す、すみません!!私ったら、身分もわきまえず、失礼なことを!!」 無言でいたサレナもミハルの横、いや、ミハルの少し前に膝をついた。ヨハンにはそれがミハルを守るためのものだとわかった。ヨハンは二人の前に大きな体を屈めた。 「すまない。見抜けなかったから私は君たちのところに来たのだよ。……教えておくれ。ラクチェが辛いと思っていることを。」 ミハルは返事をしなかった。サレナは一言も喋らなかった。 「教えてくれないのだね。」 サレナが頷き、ミハルが言った。 「……はい、申し訳ございません。」 ヨハンは二人の頭にポンポンと大きな手を載せて笑った。 「そうだね。私が自分で気付いた方が良いのだろうね。……有難う。そうさせて貰うよ。ただし、ラクチェが我慢できないほど辛そうになったときにはどうか教えてくれたまえ。」 はい、という小さな声を確認してからヨハンは部屋を出た。少女達は不安げに彼を見送った。 そんな中、遠方より嬉しいお客がやってきた。小さな馬車から城の裏門に降り立ったのはヨハンとよく似た体格の青年。ラクチェの双子の兄、スカサハである。非公式な客ということで歓迎の人垣などはなく、ラクチェ自ら馬車へと駆け寄って最愛の兄へと飛びつき抱きしめた。スカサハも妹を高々と抱え上げ地面に下ろすと改めて抱きしめた。 「変わりはなかった？」 「ああ、この通り。ラクチェは……少し太った？」 ラクチェに脇腹をどつかれ、げぇ、となったスカサハの後ろから、クスクスと小さな笑い声が聞こえた。スカサハは慌てて笑い声の主の細い肩を捕まえて、ラクチェの前に押し出した。押し出されたユリアは、笑顔のまま、優雅に細い体を折ってラクチェと、彼女のあとからやってきたヨハンに挨拶をした。ラクチェはユリアの元気そうな姿を見て、目頭が熱くなった。この子は、母を亡くし、父を亡くし、小さな体に全世界の命運をかけて戦ったのだ。愛する兄と戦い、殺したのだ。寂しげで、儚げで、いつも寂しそうな顔をしていて……その子がこうして微笑んでいる。 「ユリア、元気だった。」 「はい。ラクチェさん。」 「……“ラクチェさん”なんて他人行儀はよして。呼び捨てでいいし、いっそ“お義姉さん”とでも……」 スカサハがあたふたと手を振る。 「ラクチェ。俺はまだそういうことは。」 ユリアはにっこり微笑んでいる。 「……まだ……？まだですって？」 「ああ。」 「……あれから随分とたつのに、……まさか、手まだも出しちゃいないとか……？」 「そうだけど……わ、悪いか。」 「悪かないけど……このバカ！」 久しぶりに妹に本気の拳骨で頭を殴られ、スカサハは頭を抱えた。 いつもヨハンとラクチェの二人でとっていた夕食は、スカサハとユリアを交えて四人で囲むことになった。 「で、明日からどうする。十日ほどは逗留できるのだったね。城でゆっくりするもよし、ドズルの名所を巡るもよし。私自身が案内したいところなのだが、生憎政務に縛られている。どんなところに行きたいか言ってくれれば馬車をしたてて供もつけよう。」 すると、スカサハは、俺はユリアのしたいようにするよ。と言い、ユリアは……にっこりと笑って実に恐るべき事を言った。 「あの、私、スカサハとはいつも一緒だから……たまには一人になりたいの。同じ年頃の方とお買い物をしたいのです。侍女の方を何人かお貸しいただけませんか。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「俺、何かユリアに悪いことをしたんだろうか。」 翌日、ラクチェ付きの二人の小間使いと共に城下へと楽しそうに出発していったユリアを見送った後、部屋でソファーに座り、嘆息する兄の前でラクチェは立ったまま腕を組んだ。 「……今のところ考えられることといったら『手を出さなかったこと』くらいだけど。」 脱力するスカサハの横にラクチェは座った。 「スカサハに限ってユリアを蔑ろにしたなんて有り得ないとは思うけれど、何か小さな不満はあったのかもしれない。気にすることはないわ。そういうのは、パーッと買い物したりお喋りしたりすれば消えてなくなるものなのよ。」 「おいおい、無責任なことをいうなよ。パティやフィーだったらわかるが、ユリアは……」 「そういう『俺のユリアは他の女の子と違う』っていうスカサハの気持ちがユリアにとっては重たいのかもしれない。」 そんなものなのか、そんなものなのよ、と言い合い、兄妹は笑った。 「俺にとって一番『他の女の子と違う』って思う奴は、ユリアではなくてラクチェなんだけれどなあ。」 「…………何が言いたいわけ？」 ラクチェがスカサハにもたれかかるとスカサハはラクチェを背中から抱えた。 「あら、少し背が伸びた？肩幅もひろくなったんじゃないの？」 「ああ、多分。」 「……ヨハンと同じくらいだと思うわ。」 「座ってちゃはっきりしないだろ。……義兄(にい)さんになるとはいえ、あの人に比べられると複雑な気分だな。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ その頃、ヨハンは、仕事の合間を縫って、ラクチェが周囲とどのように折り合いをつけているのかを調べてまわっていた。そして、彼の愛する未来の伴侶はどのような場所でも周囲を凹ませこそすれ、自分自身は凹んでいなかったことを発見することになった。 城門に続く大階段の下で、ラクチェの陰口を叩いた重臣は、階段の上にいたはずのラクチェが段を一気に飛び降りてきて、涼しい顔で「すみません。でも遠くてお話がよく聞こえませんでした。さあ、近くに来ましたからどうぞおっしゃって」と獲物を手に入れた猛禽のようににやりと笑われて、青ざめさせられた。 “ドズルは斧戦士の国。斧を使えぬ者、さらに女は武人として認めない！”と豪語した部隊長は、摸擬戦でラクチェの体に練習用の木製の斧をかすらせることすらできなかった。そのときラクチェは利き手でない左手一本だけで木刀を構え、摸擬戦が終わるまでまったく右手を用いることはなかったという。 侍女頭……彼女は厳しくはあってもラクチェの味方であるが、彼女の証言によれば、ラクチェの作法に難癖をつけようとしていた輩が、ほんの小さな所作について批難し嘲った時にも 「それがどうかしたのか。どうかしていると感じられるならば、簡潔な言葉にまとめた上でご教示なされよ。」 と危険な光を帯びた瞳で微笑まれ、これまた生命の危険を感じたらしい。 とにかく、何をされようと、何を言われようと、ラクチェは取り乱しもせず、むしろ周囲を取り乱させていた。大泣きした貴族の令嬢多数、半泣きとなった兵士多数、顔面蒼白となり動けなくなった大臣多数。解放軍の死神は、戦場では進んだあとに屍の山を築いたものだが、この王宮では屍ではないが、何か別のものの山を築いて回っていた。だが、ヨハンが感心したことに、ラクチェは敵を増やしてはいなかった。むしろ少数ながらその数を減らしていた。ヨハンが信頼する家臣に尋ねると、彼らは苦笑いしつつ言った。『彼らは……そのぅ、うまくは言えませんが、ラクチェ様の“男気”に心動かされたようです』と。 ラクチェとて、平気なようでいて心が疼く経験を数多くしていたのは違いないが、心許せる者の傍では弱音も吐き、愚痴も言い、表向きは毅然としたいつもの態度を崩すことなく……ミハルがあのように勢い込んで怒った理由はヨハンには全くわからなかった。いっそ、やはりミハルたちに頼み込んで教えて貰うのが一番なのかもしれない。 裏門の番兵に、ユリアたちにが戻ったらすぐに知らせてくれるように命じ、彼は午後の政務に戻った。 兵の連絡で城の庭園から来客用の別棟に続く回廊でヨハンが待ち受けていると、ミハルたちと楽しそうに話しながら歩いてくるユリアがやってきた。ヨハンが護衛のために三人につけた密偵は役目を終えて既に離れているようだ。ミハルは大きな袋を嬉しそうに抱え、サレナの背負う皮袋からは、鮮やかな色の小箱がいくつか覗いていた。三人の少女の髪はお揃いの髪留めで飾られており、ユリアの白い頬は、元気なミハルと遜色ないほどばら色に上気している。ユリアはヨハンの姿をみとめると、一礼した。 「ヨハン様。お出迎え有難うございます。お二人を紹介していただいて、とても楽しい時を過ごすことができました。ミハルさんは城下のお店のことをよくご存知で……サレナさんの剣技もとても素晴らしいものでした。闘技場で５回も勝ち抜いたんですよ。」 無口なサレナが大慌てでどうか、ラクチェ様には御内密に、と頼んだ。ミハルが加勢する。 「ラクチェ様から闘技場への出入りはきつく止められているのです。どんなお叱りをうけるか……」 ユリアは自分よりも背の高いミハルの二の腕を大丈夫、というようにポンポンと叩いた。 「この方をお許し下さい。私がミハルさんの剣技を見てみたいなんてお願いしたのがいけないのです。心配しないでラクチェだって、……私やラナさんがいくら危ないわって止めても平気で闘技場に出かけていったものですわ。」 「それに、ラクチェが闘技場に行くなというのは、サレナ、君の身を案じてのことだ。」 どうやら処罰は受けなくていいらしいとわかったサレナがふっと息をつく横で、ヨハンはミハルに訊ねた。 「ミハル……降参だ、そして、頼む。ラクチェが私についている嘘を教えておくれ。ラクチェが辛いと思っていることとはなんなのだね。」 むっとするミハルとヨハンの間にユリアがすっと入った。 「その嘘のことなら、お二人からうかがいました。……ヨハン様、これからラクチェのところに行こうと思います。ご一緒致しましょう。」 一度ユリアは与えられた部屋に戻って荷物を整理した。これは、セリスお兄様に、これはアゼルおじ様に、これはティニーに……と机の上に広げたあと、麻布にくるまれたものを大切そうに胸に抱えた。 「それは？」 ヨハンの問いに、ユリアはスカサハへの贈り物です、と答える。 「……ラクチェのところに行くのでは？」 「だって、スカサハはきっとラクチェのところにいますもの。」 部屋にラクチェはおらず、衛兵によれば二人は鍛錬に向かったとのことであった。歩を進めながらヨハンはナーガの姫の華奢な姿を見下ろしつつ訊ねた。 「スカサハは君に“たまには一人でいたい”と言われ、落ち込んでいたようだったが。」 ユリアはきょとんとし、微笑んだ。 「誰だって、一人になりたいときはありますわ。こうやって、スカサハへ贈り物をしてびっくりさせたいときには、離れなければなりませんし。それに……ヨハン様、ご覧になって下さい。」 砂を薄く敷いた練兵場では、ラクチェとスカサハが木刀を用いて摸擬戦を行っていた。打ち込み、交わし、受け止め……ドズルでは自分に見合った腕を持つ剣士がなく、本気を出すことができなかったラクチェは好敵手を前にして、実にのびのびと剣をふるい、彼女に素早さでは敵わぬスカサハも力で剣を押し返し、互角の勝負を続けていた。長く続いた打ち合いに疲れたラクチェの肩口にスカサハの木刀がかすると、二人はほぼ同時に木刀を置いた。 「ラクチェ、少しなまったんじゃないか？」 「……それを言われると弱い。」 「喰いすぎかも。」 「いったわねぇ!!」 殴りかかるラクチェをスカサハは抱きとめる。ベルトに挟んでいた手ぬぐいで互いの顔の汗を拭く。 「こんなじゃじゃ馬が后妃になって、ドズルは大丈夫なのかな。」 「……それを言うなら、こんな朴念仁にナーガの姫の騎士が務まるのか心配だ。」 「……手厳しいなあ。」 「スカサハこそ。」 「ご覧になって下さい。……スカサハとラクチェは生まれてからずっと一緒だったのですもの。お互いによくわかり合い、お互いを必要としています。……スカサハは本当に私によくしてくれます。……でも、私はラクチェの代わりにはなれません。何でも忌憚なく話せるあのような関係には……私は、スカサハにラクチェと水入らずで過ごせる時間を贈りたかったのです。……私の前では私を気遣い絶対に悩んだり怒ったりしないスカサハに、素のままでいてほしいと思ったのです。」 子犬のようにスカサハとじゃれていたラクチェがユリア達をみつけ、手を振った。ヨハンが練兵場への斜面を先に降り、ユリアに手を貸し下らせる。ユリアは抱えていた包みをスカサハに差し出した。開けてください、というユリアの前で紐を解くと小型の斧が現れた。 「これは……」 「以前、斧をやってみようか、と言っていましたよね。だったら、ドズルで買うのがよいと思って。こちらのミハルさんに初めてでも扱いやすいものを選んでいただきました。……上達したならば、ヨハン様にご相談下さいね。」 「……これを選ぶ為に、俺と離れたいと言ったの？」 ユリアが頷くと、スカサハは斧を下に置き、そっと抱擁した。ユリアは抱擁されながら、ヨハンに向かって片目を瞑ってみせた。スカサハが腕を放すと、ラクチェは笑った。 「ユリア、大変だったのよ。スカサハったら、気付かないでユリアに悪いことをしたんじゃないか、とか、ずっと旅を続ける生活に嫌気がさしたんじゃないかって……柄にも無く、胃がしくしく痛い、なんて言い出して。贈り物を選ぶための嘘だったのね。……それはいい嘘だわ。」 ラクチェ！と、スカサハが精一杯怖い顔をして怒鳴り、ラクチェが舌を出すと、双子の兄はドン、と少し乱暴にラクチェの体をヨハンの胸へと押し出した。 「ユリアの嘘はいい嘘だけど、ラクチェ、お前の嘘は悪い嘘だぞ。ヨハン、ラクチェはあなたに『辛いことなどない』といったそうですけれど、それはこいつの精一杯の嘘です。……ラクチェはいくら陰険な企みがあっても耐えられますが……こいつ、たまにはあなたとずっと一緒に過ごす日が欲しい。今は食事だけは一緒ですがすれ違いが多い、これなら行軍をしているときの方がずっとマシだったと。こうみえて、こいつは根が寂しがりで……おい！」 スカサハに飛びついたラクチェは兄の頬をぎゅっと指で掴んだ。 「それは内緒だっていったじゃない！！」 「俺は内緒にすると約束はしてない！第一、こういうことを黙っているなんて、お前らしくもない！」 ヨハンはクスクス笑っていたが、ふわっとラクチェを後ろから抱いてスカサハから引き剥がした。 「……私を心配させたくなかったのだね。」 「……いや、そんな軟弱な理由で辛いなどと思うのは自分でも納得できなかったから……」 すると、ドズルの城主は大声で笑い始めた。 「嘘はもういい。……ああ、私の天使は強く美しいだけではなく、こんなにも幼子のように可愛らしかったとは！おお、私の頭の中には君を讃える新しい歌が清冽な光り輝く泉となってこんこんと湧き出ているよ。」 放せ、ヨハン、とジタバタするラクチェと満面笑みの城主を眺めつつ、ユリアは『私からの説明はいらなくなってしまいました』と、状況がわかっていないスカサハに微笑んだ。 「そうだ、スカサハ殿、ユリア殿とスカサハ殿の婚儀は私達と共に行わないか？無論、ユリア殿の立場を考えてうちうちということになるが、そうであれば、世界中に散らばった戦友たちを呼び寄せ祝福してもらうのに手間が要らない。アゼル殿も、ティニー殿にも来ていただける。もちろんセリス様にも。どうだろうか。」 ラクチェが目を細めた。 「それはいい。そうしたら、私はユリアの花嫁姿を間近で見ることができる。そうか、だったら、スカサハがユリアとまだ婚儀をあげていなくて正解だった。」 スカサハがゴホン、とわざとらしい咳をした。 「どうしたの？」 「ラクチェ、……俺はずっとユリアの傍にいて、ずっとユリアを護衛して旅しているけれど……求婚はしていない。まだ、そんなことは……」 「な……?!ばっかじゃないの？」 「馬鹿とは何だ。馬鹿とは。」 「前々から馬鹿とは思ってたけど、ここまで馬鹿だったなんて！！」 口角泡を飛ばして口げんかする二人を、ヨハンはやれやれ、といった風に、しかし愛情こもったまなざしで見つめる。その彼のマントをくいくい、とユリアがひいた。 「うらやましいですね。兄妹仲が良くて。」 ヨハンはそうだね、と相槌をうち、寂しそうなユリアの肩に手をかけた。 「ならば、一足早すぎるかもしれないが、私がユリア殿の兄となろう。」 ユリアはぽかんとし、そして目を細めた。 「はい、ヨハンお義兄さま。頼らせてくださいませ。」 ふたたび双子に目を戻したヨハンは、私がいくら頑張っても、スカサハ殿には敵わないよ、といい、ユリアも、私もラクチェには敵いません、といい…… 明かされた嘘も、隠されたままの嘘も、それは空気に溶けて消え、まだ爽やかさを含んだ初夏の風が練兵場を吹き抜けていった。 |
| エイプリルフール記念リクエスト。お二人からリクエストをいただきましたが「ラクチェからヨハンへの精一杯の嘘」と「ユリアがスカサハにどきっとするような嘘をつく」というそれぞれのリクを合体させていただきました。 それぞれ、自分の隣に立つ人のことを慮ってついた嘘で、結局は皆幸せに、という山の無い話しか書けずにすみません。 ラクチェにはヨハン、ユリアにはスカサハ、というのがこのサイトでの“運命の相手”なのですが、ラクチェとスカサハのコンビはそれとは別次元で最強最愛の組み合わせだと思っています。将来、有事(←そんなことがあれば、ですが)の際には並んで剣をふるうはず。相手が槍使いであるソルジャーだったなら、斧のスキルを身につけたスカサハが、すちゃっと剣から斧に持ち替えてラクチェを守る…なんて場面が自然と頭に浮かびます。 うちのスカサハはユリアを大切にしていますが、恋人以前に保護者としての気持ちが強いかもしれません。……そして、聖戦のサイト様数あれど、うちのように戦争終了後、放浪の旅を延々と続けているユリア＆スカサハというのはなんだか珍しいかもしれません。 ユリアとヨハンの義兄妹というのは中々気に入っています。夢見がちかもしれませんが、ヨハンという人は、皆を繋いでいく様々な素質や経歴、身分をたくさんもっているように思います。 |