他とは違う　

　我らが愛するノディオンの姫様はなぜ、しがない傭兵風情に心動かされてしまったのだろう。


　ラケシス付きの三つ子の騎士は、アグストリアの騒乱が一段落した祝宴で、少々酔いのまわった顔で、共に戦った他国の騎士にかわるがわるこぼした。
　話題の主、ベオウルフは、剣をふるう傭兵としての腕はピカ一である。竜の血を引く武人はともかく、並みの騎士は模擬戦において、剣に弱い戦斧はいうに及ばず、剣でも槍でさえも彼の(かの)傭兵の体の端にすら触れることができなかった。どんなに苦戦を強いられても、まるでそれが楽しいものであるように、口の端ににやっとした笑いすら浮かべて最前線を駆けめぐる。三つ子の騎士、アルヴァ、エヴァ、イーヴも傭兵殿がいなかったなら、今この場に生きて存在していない。彼はシグルド軍に欠かせぬ男であり、現在、シグルドの指揮下にあるノディオンの騎士たちにとっても頼れる男であり、アルヴァ達の個人的な恩人である。

　しかし、しかしである。

　我らの姫……気高く美しく成長されたラケシス姫には、今は亡きエルトシャン陛下には及ばずとも、高潔で広い教養を持ち、姿もよい男性をお相手として欲しかった。実際、大臣達は見合いの席を何度も設け、素晴らしい候補者を用意していたのだ。ラケシス様は毎回首を縦には振られなかったけれど、それはどこをとっても非の打ち所の無いエルトシャン様と比較してしまったからであって………………陛下がお亡くなりになった今、どうして、よりによってあの御仁なのか。……住まいを定めぬ庸兵家業、移動した街ごとに女性があり、街を出立するたびに女性を捨ててきたというではないか。きっと姫は騙されているのです。陛下を亡くした悲しみの中、不実な男の少しばかり甘い囁きに騙されてしまったに違いない！そうに違いない……

　揃いも揃って泣き上戸らしい三つ子の騎士が、同じ動作でよよよ、と泣き崩れると、シアルフィの騎士アレクはまあまあまあと宥めるように声をかけ、慣れた手つきで三人の酒盃に酒を満たす。

　「そりゃ、貴公らの心配はとーぜんだよなぁ。俺もエスリン様が嫁ぐって時には泣きたくなったもんなあ。」

　「でも、エスリン様は、レンスターのキュアン王子という素晴らしい方がお相手ではありませんか！」

　アルヴァだかエヴァだかイーヴだか……(顔が同じに見えるので、アレクにはだれがだれやらわからない。まあ、わからずとも支障はない)が叫ぶとアレクは笑った。

　「うーん。…………それでも、当時の俺にはキュアン様が俺たちの大切な姫様をかっさらっていくとんでもない“馬の骨”に見えたもんで。…………それより、ベオウルフの旦那のこれまでの行状をはやいところラケシス様にお知らせするべきじゃないのかねぇ？旦那が今まで何人もの女のところを渡り歩いてきたってことをお知らせして……」

　「「「お知らせしましたとも!!!」」」

　がば、と顔をあげて、叫ぶ三人に、アレクがたじっとなる。

　「何人もの女性と昵懇になり」
　「しかし、正式な婚姻など一度もしたことなく」
　「街を後にするときにすべての女性を捨ててきた不実の極みとしかいえぬとんでもない御仁であると！」

　「…………―――――ってぇと、……つまり……ラケシス様は聞く耳持たなかった、とそういうことなのか？」

　「はい……」
　「我らの訴えをお聞きになっても、まったく動じられず」
　「『言いたいことはそれだけですか。私は、他の女性とは違うのですよ。ここに捨てられていくことなどありません。』と嫣然と微笑まれました。」
　「ラケシス様がご自分に自信を持たれているのはわかります。」
　「確かに姫様は気高く美しくご教養も高く……」
　「しかし、しかし、しかし！」
　「ああああ、やはり、ラケシス様は余程巧妙に騙されて……」


　アレクは大声で叫ぶ三つ子の前でひらひらと手を振り、“まあ、まあ、まあ、と再び酒盃を満たした。


　三つ子の騎士の大声は、少し離れた場所に座っている人々にも聞こえた。少し困ったような顔をしているレンスターの見習い騎士に、どうしましたか、と天馬騎士のフュリーが、パンと炙り肉の薄切りが載った皿を勧めながら尋ねる。

　「え、あ、フュリーさん、有難うございます。…………大したことではありません。ただ、私はベオウルフ殿の行状に関しては許せないものを多々感じるのですが、何から何まで悪い方、ではないとも感じていて。」

　そうですね、と、ユングウィの弓騎士が頷く。

　「ただ、私はあまり多くをベオウルフ殿と語り合ったことがないので。」

　フュリーがくすっと笑う。

　「そうですね。この間もミデェールさんと私とベオウルフさんでたまたまお話をしていて、途中で『すまん、あんたら、どうにも真面目すぎて話があわねえなあ』と豪快に笑われてしまいましたね。」

　「…………俺も、彼の生き方を肯定はできないし、あのように生きたいとは思わないのだが、フィンのいうように悪い御仁ではないのだろうな。…………なんといったらいいのだろう。……あの御仁なりに筋が一本通っている、とでもいったらよいだろうか。」

　隣から、ノイッシュが呟くと、フィンが、フュリーが、ミデェールが頷く。




　さて、話題の主、ベオウルフは何処にいたであろうか。彼は安酒場ではお目にかかれないような高級蒸留酒の酒瓶を一本失敬して、木に登ると、賑やかな宴の様子を眺めながら“一人酒”と洒落込んでいた。この城内中庭での酒宴に参加を許されているのは、騎士連中と目覚しい戦功をたてた一部の兵だけで、どうにもベオウルフには上品すぎた。レンスターの見習い騎士でもからかって遊ぼうかとも思ったが、気の合う騎士連中と話をしているところに乱入するのも億劫だった…………そんなところに風に乗って聞こえてきたのが、三つ子の騎士の叫びだった。ベオウルフは苦笑する。あの、騎士の鑑ともいえる三人の騎士の主張はしごくまっとうだ。ただ、ベオウルフにはラケシスを誘惑した覚えも騙した覚えもない。実際、あのむこうっ気の強い高慢な姫が何故自分などにまとわりついてくるのかが、よくはわかっていないのだった。手の早い彼ではあるが、懇ろになったわけでもない……自分が一方的にだが心酔していたエルトシャンの妹だということで遠慮もある。自分の部屋に連れていったことはあるが、椅子に座り、きちんとした姿勢でハキハキといろいろと弾んだ声で語りまくるラケシスの様子を見ているうちに、こりゃあ、本格的に手を出すのは拙いだろうと彼にしては珍しく躊躇して……現在に至る。
　が、騎士の言葉の一つを耳が捉えて、彼は彼にしては珍しく眉根に皺を寄せた。



　『私は他の女性とは違う』



　ラケシスが言ったというその一言。それが、ベオウルフの神経を逆撫でした。

　確かにラケシスはこの上も無く美しい。美しいだけでなく頭もいい。王女という身分は社会的地位として破格だ。そこのところをラケシス自身よくわかっている。それは別に構わない。ベオウルフはむしろ自分を過小評価する奥床しさを美徳とは思わない。彼の気に障ったのは『他の女性』と違う、と言っているところだった。
　自分が一人の女に固執しない、世間でいうところの『女にだらしない』男であるとは自認している。金があり、暇があれば、必ず酒場に顔を出し、商売女に声をかけ、一夜を共にすることも珍しくなかったし、商売女でない女と懇ろになったこともある。しかし、彼は女達を蔑ろにした覚えはないし、一人一人の女がラケシスより劣っていたとは思わない。容姿は、身分は、ラケシスに敵わないだろう。だが、それぞれにいい女達だった。彼女達はベオウルフが庸兵稼業をしており、一つの街に長くは留まらないだろうことを理解して、それでも一心に愛してくれた。彼は、数年前に出会った、特に情愛深かった一人の女を思い出す。決して目のさめるような美人ではなかったが、キラキラとした黒い瞳をもった女だった。ベオウルフは彼女のもとでしばらく過ごし、出立するとき、生活に困ることがあったら売れ、と、当時ふるっていた高価な剣を与えた。女は、ベオウルフを引き止めようとはしなかった。剣を己の相棒として、体の続く限り世界を渡り歩いていくことが彼の人生だと知っていたからである。彼女は笑った。大丈夫、あたしは自分でしっかり稼いで一人で生きていかれるわ。でも、これは大切にするわね、と。
　『ベオの剣』と呼ぶわ、と笑う女に、そんな名前、聞くとむず痒くなるからやめてくれ、とベオウルフは笑った。


　彼女のことはずっと忘れていなかった。……風の便りで“亡くなった”と聞いたとき、彼は胸にぽっかりと穴があいたように感じた。そして、ぼんやりとだが、ああ、俺はあいつを愛していたんだな、そして、いつか……それはきっと年をとったときだったろうけれど……いつか、あいつの元に帰る気でいたのだな、と初めて気付いたのだ。


　　ラケシスの言葉は、彼女を侮蔑しているようにベオウルフには感じられたのだ。あの、金の髪の王女は、何がわかっていて、『他の女性と違う』などと言い放てるのだ。無知と言えばそれまでだ。しかし、庸兵には、若い王女の物言いが許容できなかった。そして、あんな小娘に少しでも隙を見せた自分に吐き気がした。

　と、不審な様子でうろうろしている一人の女が目に入った。頭からフードを被り、一本の酒瓶を抱え、何か探すように周囲を見回しながら歩いている。その女はベオウルフが上っている木の傍にもやってきて……フードからちらりと覗いた美しい金髪でそれはラケシスだとわかった。ベオウルフは木からラケシスの目の前に飛び降りる。ラケシスは目を丸くし、ついで破顔一笑し、フードを後ろに落とした。

　「木に登っていたとは気付かなかったわ。」

　「姫さん、何しに来たんだ？」

　「無礼講の酒宴といっても、王女としては皆の前では寛げず、窮屈以外の何者でもないわ。羽を伸ばすため、こんな変装までしてしまった。これはワインよ。あなたはワインより蒸留酒の方が断然いいっていったけれど、これはエルト兄様秘蔵の一本で、絶対に気に入ると思うのよ。今日こそあなたの認識を変えてみせるのだから！騙されたと思って飲んでみなさい。」

　得意げに瓶を渡そうとするラケシスをベオウルフはとめた。

　「やめとけ、姫さん。俺はしがない庸兵で、給金分のはたらきをしたら、軍を抜けておさらばする男だ。次は、あんたの敵に雇われないとも限らない。」

　するとラケシスは首を振った。

　「それはないわ。……庸兵だからこそ、騎士と違ってあなたは勝てない戦いには出ようとしない。そして、私達は勝つのですもの。あなたが敵となることはあり得ないわ。それに……私はこれからもあなたと一緒に居ると決めたのですから。」

　また瓶を差し出すラケシスからベオウルフは視線を逸らす。

　「勘違いをしてもらっちゃいけない。あんたは誰かに自分は他の女と違う、と言ったらしいが、俺にとってあんたは他の女と特に違うところはない。あんたも、俺が今までつきあってきた女となんらかわりない。第一、俺があんたを残してどこかに行かないなんてこと、よくまあ、言えるな？え？」

　すると、ラケシスはきょとんとしてその桜色の唇に人差し指をあてた。

　「…………違っているではないですか。私は、あなたが昔お付き合いしていたという女の方々と全然違うわ！」

　「はあ？何を自信過剰なことをほざいて……」

　「…………んんッ…………まだ全くといって精進が不足ということですの？ならば、もっと努力するのみですわ。」

　？？？？？？？精進？何を努力するというのだ？

　「しかし……悔しい！……私は客観的に見て、十分に精進したと思いますが、どうなのですか？何が不足なのですか？私は他の女性とは違います。悪路だって馬を走らせることができる。貴族の子女に推奨される上品な片鞍乗りではなく、あなたのようなしっかりした方法で跨って戦場だって駆け抜けられる。生半可な攻撃はかわせる様になったし、非力でも自分から打ち込めるようにもなった。あなたのようにはできないけれど、あなたにできないことだってできるわ。もしもあなたが傷ついたなら、私は癒しの杖で傷を塞げる。そうでしょう？…………いいこと、ベオウルフ。私が世界数多のごく普通の女性と同じなどと思わないで頂戴。私はあなたに取り残されたりなんてしないわ。あなたが馬で走れば、私は馬でともに行く。戦場で剣をふるえば、私も同じ場所に在ることができる。…………今のままでどこがまだ不足……いいえ、そうね、思い上がりは宜しくないですね。精進はいくらしても無駄ではないわ。………………わかったわ。力は絶対に敵わないけれど、その他のことはいつかきっとあなたを越えてみせるのだから。そうしたらもう絶対に『違わない』なんて言わせない。大丈夫よ、あなたが迷惑ならば、私は追ったりしないし、まして、私があなたのことを少しでも嫌になったら追うなんて考えもしなくなりますから。」

　すると、ベオウルフは爆発したように大声で笑い出した。

　「ははは、そういうことか。確かに姫さんは全然他の女とは違うぜ。……そして、俺にとっても他とは違う特別な女になっちまった。」

　彼が小声で言ったところはラケシスには聞こえなかったが、庸兵が笑ったことが嬉しくて彼女も笑った。

　ベオウルフは腰から短刀を抜き、ラケシスから酒瓶を受け取ると器用にコルク栓を抜き、口をつけて一口飲むと、美味いな、でも、やっぱり俺はエルトシャンとは違ってもっと強い酒の方が余程性に合う、と言ってラケシスを怒らせた。

　
３月下旬からぐるぐるしながら考えていた話の一つです。どうも私の中ではエルト兄様のことから立ち直った後のラケシスは、ベオさんに負けず劣らずの豪快さん(だってマスターナイトですもの)で、ベオさんは掛け値なしの豪快さんで……ゆえに、いちゃいちゃといってもこんな感じで終始します。まだまだ子供っぽい姫さんが、どんどん気合の入ったイイ女になっていくのを見守るベオさん、我が家では、相当時が経つまで「手出し」しない設定でお送りしております。(管理人が「書けない」ともいいます)

　途中で「生真面目な騎士の会」(ノイッシュ＆ミデェール＆フュリー＆フィン)がちらっと出てきますが、場が盛り上がるかは別として、この集団も大好きです。シグルド軍にはどんな性格の人でもそれなりの居場所がありそうだと思います。

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