最強のスナイパー |
「ぐだぐだ言ってんじゃあねえ！」 ヴェルダン王の怒号がユングウィ城の中庭に響き渡った。見事に手入れされ、花々が咲き誇庭園で談笑していたお歴々が、反射的に声の主の方を見る。血が頭に昇っていた王も、流石にこれは一国の王にあるまじき発言だったと恥じ、もはや取り繕うことができぬのは判っていたが、先程の怒号よりは穏やかに、しかし、その場にいる者は聞きたくなくても聞こえる大声で言いなおした。 「……と、叫びたくなるほど、貴公の発言は、それこそ的外れとしか言いようがない。見る者が見れば、どちらが優れているか明白なはず。確かにお……いや、私は、神弓イチイバルの継承者ではあっても、貴公らのいうような的当てにおいては、ムグッ 最後まで言葉を続けられなかったのは、ユングウィ城主、レスターが後ろから従兄弟であり、親友であるファバルの口をどんな言葉も発することができないほどにぐい、と押さえつけたからであった。 「聖戦」といわれた戦いの後、各国は独立を保ったまま新たな国王や領主を迎えていた。グランベル王国の南西端にあるユングウィ領はウルの血をひくシスターであるエーディン公女の長男レスターが治め、国境を接する隣国ヴェルダンには、エーディンの双子の姉であり、神弓イチイバルを継承したブリギット公女の長男ファバルが国王として即位した。ファバルには幼いころに聖痕と呼ばれる痣が現れ、少年の頃に既にイチイバルを継承している。竜の神が与えし聖なる武器や杖は、聖戦士の血を受け継き、しかも聖痕を持つものにしか扱えないものであった。ファバルもレスターも竜の血を受け継いだ弓の名手であるが、聖痕のないレスターはイチイバルをひくことすらできない。ただし、ファバルの子に聖痕が出るかというとそうではない。彼は直系といっても、過去に傍系から聖痕を持つ子が出た例も僅かだがあり、レスターの子に出るかも知れず、彼らの妹達の子がイチイバルの継承をするのかもしれなかった。 ただ、ファバルは、自分が継承者であるからといって、奢るようなことはなかった。聖痕があるのは『たまたま』であり、『聖なる武器なんてたいそうなものは、俺なんかよりレスターに相応しかったのにな。』と言って憚らなかった。戦場においては、射程と威力においては、他の追随をイチイバルは許さなかったが、ファバルはレスターの、レスターはファバルの弓の腕を認めていた。二人ともが、力ならファバル、狙いならレスター、とそれぞれの勝るところをよく知り、どちらもが、相手の素晴らしさを認め、肩を叩きあう親友であった。大雑把で豪放なファバルと、繊細で周囲をよく見るレスターは、水と油のように性格が違っても、互いの考えるところはよくわかっていた。 二人は君主という立場においても仲がよく、互いが窮地に陥った時には助け合う約束を同盟の形で結んでいたが、彼らに仕える人々の中には今のユングウィとヴェルダンの関係を危ぶむ者達も少なからずあった。ユングウィの貴族階級は、同盟を結んだあとでもはヴェルダンの民を『蛮族』と言って憚らない者もおり、その蛮族の領地に聖なる弓イチイバルがあるのは許せない、あの弓は代々ユングウィで守られてきたのだ、とその奪還を狙い、ヴェルダンの有力者の中で変化をよしとしない頑迷な一団は、自分達の愛する国がユングウィに併合されてしまうのを恐れ、警戒を続けていた。 この『火種』については、二人の青年王よりもずっとはやく、ユングウィに近いシアルフィ領の領主、オイフェが気づきその明晰な頭を悩ませていた。世界の火薬庫、といえば、戦の前はレンスターとトラキアであったが、彼の国々は和平を結び、そして、何より緊張状態にあることに長年慣れている。新たな争いが現実のものになるすればそれはヴェルダンとユングウィの国境であるとオイフェは確信していた。 今、ユングウィに、君主と有力者たちを集めて会談を開いたのはオイフェである。もしも危うい状況になったとしても、ヴェルダンが武力に訴えない枠組みを作るための条約を締結すべくレスターに進言し、会議開催にこぎ着けた。ヴェルダン側からの攻撃が無い限りはユングウィの不平分子たちは動かない。グランベルを束ねるセリス王や、領主レスターにヴェルダン攻めの意志が無い状況では『理由』がなくては動けないのだ。会談にはオイフェ、そしてドズル領主ヨハンが参加している。むろん、ユングウィの後ろには一丸となったグランベル諸国がついており、侵攻など無謀だ、ということをヴェルダン強硬派に示すためである。 そのような大切な意味を持った場でファバルが憤った原因は、ヴェルダンとユングウィの大臣の間での言葉による諍いだった。初めは、自分達の仕える主の弓の腕を自慢していたのだが、やがて、自分達の君主は世界一の弓の腕を持っている、と言い始め、レスター様が、いやファバル陛下が、と双方主張して譲らなかった。そして、自慢をするのみならず、相手の主君を婉曲な表現ながら貶めはじめ、たのだ。 豪奢な典礼用衣装を身につけることだけでも窮屈に感じ不機嫌になっていたファバルがこれを耳にして黙っているわけはない。 ……というところで冒頭の展開となったのだ。 レスターは必死に親友の口を押さえ続ける。彼にはファバルが何を言おうとしていたのか予想がついていた。ファバルは弓使いとしてのレスターを高く買っていた。いくらレスターがファバルをイチイバルの継承者に相応しいと褒めても、ファバルは『俺の力の半分以上はこのイチイバルのお陰だぜ。俺はお前より力は強いが、普通の弓じゃ俺の力はうまく生かせない。それに比べて、お前はどんな弓だってその弓の持つ力の最大限を引き出せるし、集中力は俺なんか足下にも及ばない。その上馬にも乗れる。お前の方が上だ。』といつも言っている。だから、今ファバルは、『弓のことを碌にわかりもしないで優劣なんて決めるなよ！レスターの方が上に決まってるだろうが！』と怒鳴りたいに相違ないのだ。そして、そんな風に叫んでしまったら、ユングウィの貴族どもはイチイバルを擁してはいても、ヴェルダンは、格下の蛮族国家と揶揄し、ヴェルダンの大臣は反感を募らせるだろう。 すると、柔らかな声がした。容姿にはこれといった特徴はないが、地味な、だが仕立ての良い灰緑色のマントを着た壮年の貴族が、歩み出る。彼は言い合いをしていた大臣たちを窘めた。 「ファバル様、レスター様、お二方ともウルのお血筋にあたり、人の域を凌駕した弓使いでおられます。お二人の優劣を私どもが云々致しますのは、不遜なことででありましょう。」 オイフェは眉を顰めた。彼はこの場を仕切っているユングウィ側の外交官であった。彼は外交官の中でも親ヴェルダン派である……表面上は。しかし、裏では……彼こそが最も危険な者、火種を仕掛ける者の長だという情報をオイフェは秘密裏に得ていたのだ。 「どうでしょう。その弓の技をお示しいただけないでしょうか。…………お二人の弓の技……全てを究めしスナイパーとしての妙技を拝見することが叶いますれば、不遜な言葉を発するものなど、誰一人居なくなることでしょう、どうでしょう、ファバル様。」 名前を呼ばれては、レスターも手を外さぬわけにはいかない。そして、手を外されたファバルは、プファー、と大きな息をついてから実に嬉しそうに笑った。 「いいだろう！四の五の言うよりその目で見るのが一番だからな。」 レスターは頭を抱えた。これでは優劣をつけてくれといわんばかりでないか。試合になったならファバルは決してイチイバルは使わない。そして、ごく普通の弓を用い、ごく普通の距離で、ごく普通の方法で試合をする限りは……決着が着くまでには長時間かかるだろうがファバルが負ける。戦場であればともかく、ファバルは集中力が途切れれば、矢筋がぶれてしまう。それは共に弓の鍛練をしてきたレスターにはよくわかっていた。 さて、どうするか。手を抜くわけにはいかない。レスターが手を抜けば、それに気づく者が必ずいる。さりとて、真剣勝負をしてレスターが勝って火種をつくるわけにもいかない。……一番よいことは勝負そのものを回避することである。しかしそれは可能なのだろうか。ファバルは大乗り気で勝負すると宣言してしまった。自分がここで応じなければどうなる？……例えば、転倒して腕に怪我を負ったふりをしてはどうだろう……いや、それは負けを恐れた『逃げ』にしか映らないだろう。さて、どうすれば…… 「さあ、世界一のスナイパーを決める大勝負ですぞ。誰か、的を。ここから150歩ほど離れたあの木立のところに的を。そして陛下達に弓を。」 ヴェルダン、ユングウィ、シアルフィ、ドズル……友好を示すため置かれていた、ここに集う者の家紋が描かれた盾のうち、ヴェルダンとシアルフィのものが的として運ばれていく。そして、二人の愛用の弓が手渡される。レスターは他の者に気づかれぬよう注意しながらちらりと控えめにオイフェを見た。嘗てのティルナノーグでの養い子に対してオイフェは頷く。『智略公』の二つ名を持つシアルフィ領主は、3つほどの対処法を即座に検討し、その中で最も現実的なものを精査しつつあった。ただし、すぐに動くことはしなかった。……まだレスターとファバルで切り抜けられる可能性もある。とにかく静観する余裕はある。自分が出て行く必要がなければそれが一番よいのだ。 しかし、その場を動かしたのは、ファバルでも、レスターでも、オイフェでもなかった。 ファバルとレスターの横に、まるで、自分がそこにいるのが当然であるかのようにすすす、とヨハンが進み出ていたのだ。勝負の火付け役となった貴族は目を見開く。 「ヨハン様…………見届け役を買って出られるということであらせられますか？」 すると、ヨハンはニコッと笑って右の肩をぐるりと回した。 「いやいや、この勝負は世界一のスナイパーを決めるということなのだろう？ならば、私が参加せねばなるまい？」 人々がざわめき、ヨハンが腰に差している典礼用の装飾を施した投げ斧を見つめる。まさか、あの斧を投げると？投げて的に当てると？ 「ヴェルダンとユングウィの方々には申し訳ないが、もう勝負はついている。私が世界一のスナイパーなのだ。」 斧を掴んだ右腕を空に向かって上げ、顔も仰向かせつつヨハンはそう爽やかに宣言した。あまりのことに人々が鎮まる中、ヨハンは歌うように言う。 「諸人よ！あの木立に盾が立てかけられたようであるが、あのような武具の形をもった無骨な的を射抜いたところで、スナイパーを名乗れるとは思わないでくれたまえ。……諸君、スナイパーとはどのような者か……下世話な世界では、弓を使うアサシン（暗殺者）に対しても使う言葉であるようだが、真のスナイパーとは、神に愛され奇跡を起こす者。常人では射抜けぬような標的を、見事に射抜く者のことを言うのである。……そうですな、ファバル殿、レスター殿。」 これまであまりヨハンと親しくはなかった二人は、少し顔を見合わせ、頷いた。ヨハンは投擲の邪魔にならないように、ということなのか、芝居がかった調子でぱさり、と左肩にかけた緋色の布を左手で一度跳ね上げ、ぐる、と肘の辺りに巻き付けた。 「ならば、やはり、私が世界一であるようだ。奢り高ぶる気はないのであるが、客観的に見てどうにも間違いない。 朗々と気持ちよさそうに語るドズル領主に毒気を抜かれ、一同は彼に釘づけである。 「……なぜならば、私は、世界の至宝、この世に舞い降りた天使、いや、唯一無二の我が女神であるラクチェのハートを見事に射止め、あまつさえこのように凡庸な目立たぬ男である私などの妃として迎えてしまえたのだからなｖ私が世界一のスナイパーでなくてだれがそれになるだろう。いや、誰もなるまい。それもこれも全てはラクチェのお陰なのだ。私は君に我が斧を捧げよう！ラクチェ、君の瞳の光に向かい、私は、私の愛を、この斧に乗せて届けよう〜！」 他の誰にも真似のできない不思議な節回しと共にぶんぶん振り回されて斧が投げられる。彼が狙ったのはヴェルダンの紋か、ユングウィの紋か？その瞬間、オイフェがレスターに何事か囁いた。 「ファバル！」 矢をつがえ、弓をひき絞り、レスターが友の名を叫べば、合点のいったファバルも、小さく、おうさ、と答えて弓をひく、そして、二人が放った矢は揃ってヨハンの投げ斧の柄に突き刺さり、……そして、斧は、ヴェルダンとユングウィのちょうど中間、どちらの盾も破壊することなく、ただ、飛距離は十分に、地面に深く突き立ったのだった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 会談は滞りなく進み、条約が締結され……火種は、消えてはいないものの、その場の空気は穏やかだった。 翌日、帰国の準備中の慌ただしい中、オイフェがヨハンの部屋を訪ね、昨日はありがとうございました。と頭を下げると、ヨハンは微笑んだ。 「いやいや、私が出て行かずとも、『智略公』殿には策があったであろうが……仲違いをしそうになっている者に握手を促すためには、共通の敵、悪役を登場させるのが一番だとどこかで習ったのでね。」 ヨハンの斧がどちらかの盾を砕いた場合……それはドズルの国威を示す行為になる。ヴェルダンにとってはそれはまさに脅威、ユングウィにとっては、グランベル国内での発言力を抑制させられるという脅しに繋がる。それをファバルとレスターは二人で力を合わせて防いだのだ。『火付け』の貴族もヨハンの真意を確認するまでは目立った動きはできない。そして、その猶予を貰えれば、オイフェは彼を完全に潰す策をもう見つけていた。オイフェも微笑む。 「『悪役』、ですか？……悪役というより『次に何をするかわからない、読めない存在』として不安がられている、というのが私の見立てですが。」 「むむむ、これはしたり。『昼行燈』だの『ドズルの奇行子』だのといった二つ名を広めすぎただろうか？加減を誤ってしまったようだね。」 オイフェは、あなたのような方が一人いて下さると私も政略の幅が広がって嬉しいですよ、と、ヨハンの顔を覗き込んだ。 「で、あのときはどちらの盾を狙ったのですか。ヴェルダンですか。ユングウィですか。」 「いやいや、どちらか一方を破壊するような恐ろしい真似は私にはできないよ。二つのちょうど中間を初めから狙っていた。」 「やはりですか……あの二人がいくら名手でも、軽い矢で重い斧の軌跡を変えられるはずもありません。二人も承知していたはずですよ。いや、ファバルは本気で変えようとしていたかな？」 二人は声を殺して笑った。 「しかし、よいコンビですよ、彼らは。今回の火種は私が消してみますが、その先はあの二人に任せましょう。志は既にあるのですから、あとは齢――経験が政をしていく力となるでしょう。」 「そうだね、……時にオイフェ殿。今回私に参加の打診をしたのは、こんな風な展開も考えてのことだったのかな？」 さあ、どうでしょう？と口髭を捻り目を細めるオイフェは、ヨハンの問いには答えなかった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 善き哉、善き哉、平和よ平和。すべて世はこともなし。 しかし、ドズルに戻ったヨハンが、会談での様子を伝え聞いたラクチェから、『ヨハンは、どうしていつまで経っても恥ずかしい奴なのだ!?』と怒鳴られ、『いやいやいやいやそれもこれも君が可愛らしすぎるのが悪い』としれっと言い返し……人生何度目かの流星剣をくらったのもいうまでもないことであった。 |
| 13周年にもろもろさんに選んでいただいたお題「スナイパー」（13年だったのでゴルゴ○を想起した管理人がお題リストの中に入れました）、ファバルとレスター、ヨハンを絡めてということで書かせていただきました。 ファバルとレスターがスナイパーであるのは当たり前ですが、そこにヨハン様がどう絡むかと考えに考えた挙句、的当てに乱入していただきました。基本ギャグ風味ですが、「一家に一台ヨハン様」的な何かを感じていただければ幸いです。 ヨハン様がドズルの奇行子の本領発揮していますが、いつもの如く、「半分はありのまま、あとの半分は演技」です。ただし、ラクチェに関してのあれやこれやには８０％以上の「素」で頂けたら私は嬉しいです、ヨハン様。 |
FE聖戦に戻ります ９周年部屋に戻ります |