| 花嫁に贈る |
バーハラからその幸せな知らせがもたらされたのは夏の気配が見えはじめたころだった。ラクチェは執務室の椅子の後ろに立ち、夫のがっしりた肩に片手を置いて、封筒から出された便箋を目を細めて覗き込んでいた。そこにはよく見慣れたセリスの筆跡で嬉しい報告がなされていた。今はグランベル王国の長となっている青年王セリスがユングウィ王国の公女ラナとの婚礼の日時を報せてきたのだ。 あの「バーハラの悲劇」の直前、まだ幼かったセリス達は戦火から逃れるためにティルナノーグの地に逃れた。ラクチェとスカサハの“イザークの双子”はずっとセリスと共にあった。セリスが四歳、ラクチェが三歳のときにラナが生まれた。ラナはティルナノーグの子供達すべてにとって掛け替えのない妹であった。他の子供達は全員男の子であったから、ラクチェは唯一の『姉』として誰よりも長い時間傍に居たし、それはそれはラナを可愛がった。そのラナが長い年月かけて互いへの優しい気持ちを育んできたセリスと契りを交わすのだ。ああ、本当に嬉しい。相手を大切に思う気持ちはとてつもなく大きいのに、双方とも自分のことよりも周囲のことを優先する性格で、燃え盛るような恋心より家族のような慈しみを大切にし、なにより、グランベル宗主としては立派なものの、こういったことに疎すぎるセリスのために、ここまで来るのがなんと長かったことか。実際、あと半年ほどぐだぐだするようならば、ラクチェはグランベル王都、バーハラまで出向いて、子供のときにラクチェが癇癪を起こしてやったときと同じようにセリスの背中の真ん中をドンと思い切り蹴飛ばす積りではあった。うむ、目出度い。婚儀で向こうにいったときにはラナをぎゅっと抱きしめて、セリスの肩をバンバン叩いてやろう。……無論、正式な場ではないところで。ドズル城主の連れ合いとはいえ、グランベル国王の肩を衆人環視の中で叩いたら衛兵が飛び込んでくることだろう。 最愛の妻が、非常に嬉しそうであるのを自分の肩越しに確認して、ヨハンは君宛ての手紙が入っていたよ、と小さな封筒を手渡した。そのまま手ですぐに開封しようとするラクチェに苦笑し、ヨハンはペーパーナイフをすぐに放ってよこした。ラクチェは流星剣もかくや、という素早さで開封し、便箋を広げた。手紙はセリスからのものと、ラナからのものと、二人からのものとあった。婚約までの間には気持ちのすれ違いがあって、ラナがラクチェに不安を相談する手紙を書いてきたこともあったが、今はそんな時期があったのが嘘のように、二人は幸せそうだった。しかも、自分達の事を報せるだけではなく、ラクチェのことにも気遣いと愛情を込めた言葉が散りばめられていた。ラナとセリスが二人して話し合いながら書いたという手紙は、『大切なティルナノーグの家族、ラクチェへ』という言葉で結ばれており、ラクチェは思わず手紙を胸にあてて嬉しい涙がこぼれそうになってしまった。……が、いけないいけない、と頭を掻く。涙などこぼそうものなら、すぐ傍に居るヨハンがたっぷり一両日は“我が天使の頬を濡らしたダイヤモンドの如く煌く涙について”のとんでもない大仰な歌を長時間聴かされる羽目になる。あ、そういえば、自分が熱中して二人からの手紙を読んでいる間、完全にヨハンのことをお留守にしていた。十中八九いつものように熱っぽく満足そうな笑顔を浮かべながら、手紙を読むラクチェをじいっと凝視しているのだろう。といささかげんなりした表情でヨハンを見ると…… ヨハンは熱心に手紙を読んでいた。先程二人で読んでいた婚儀を報せる正式な書簡ではない。ラクチェは自分宛の便箋の一つを落としてしまったのかと慌てて確かめたが自分の手の中にきちんと揃っている。第一ヨハンは頭のネジが部分的に緩んではいても、ラクチェ個人宛の手紙を盗み見するような男ではなかった。では、何だ。あの手紙は。 「ん、ラクチェ。……なんだか不思議そうな顔をしているね。これかい？この手紙はラナ殿から私に宛てられた手紙だよ。」 え？ 便箋を優雅にひらひらさせるヨハンにラクチェはずい、と近づいて食って掛かる。 「なぜラナがあなたに手紙を書いてくる?!」 「あ、いや、…………非常に激しい反応を君にされているのは何故だろうか。」 「これはあたりまえの反応だ！ヨハンはあの子の幼馴染でも親類でもない。年も離れている。あの子は礼儀正しくて優しい子だから私とヨハンへの連名で手紙を寄越すならわかる。しかし何故ヨハン一人に宛てた手紙を寄越す？……まさか……」 「まさか？」 「ヨハン、あなた、ラナのことを誑かしたのではないだろうな!?」 眦を上げるラクチェにヨハンは目をパチパチと瞬かせ、次いで肩を揺らして爆笑した。 「ラクチェ、君は嫉妬してくれているのかい？だとしたら私がこの世に生を受けて初めての嫉妬なのだが。心配無用、私にとって君は唯一無二の女神だからね。まあ読んでくれたらわかってもらえるだろう。この手紙は、宛名こそ私宛だが私達二人が揃って読むことも考えられているような文面だから、私にもラナ殿にも遠慮はしなくていい。」 差し出された便箋にじっくり目を通し、ラクチェは微笑し、ついで首を捻った。 「……うーむ、ラナからあなたとある程度の交流があったことは聞いていたが……これはまるで……なんだか……」 「なんだか？」 「娘が“父親”に書いているような感じだ。」 これはしたり、というような複雑な表情をし、ヨハンは立ち上がってラクチェの後ろから改めて手紙を覗き込む。 「そ、そういわれてみれば、そのようにも感じられるような……いや、私は父とはまともな親子関係を築いていなかったから世の父親というのがどういったものかはわからないのだが。」 「……むう……なんだか嫌ね。」 「……いやいや、私はそれほど年はとっていない。ラナ殿に頼りにして貰っているのは喜ばしいが、ラナ殿の父としても年齢が相当足りない。精神的にも父親と言われるほど老成しては居ないと思う。……それでもやはり君が嫌だと思うほど私は老けて感じられるだろうか。」 ラクチェが激しく首を振る。 「そうじゃなくて！ラナの父上はミデェール父さんただ一人だわ！ミデェール父さんみたいな素敵な人とヨハンを冗談でも一緒くたにしたくはない！」 あー、ラクチェ、私は君にどのように思われてしまっているのだろうか、という呟きは黙殺された。 「……まだ諦めていないのだ、私達は。…………ミデェール父さんが死んだところは誰も見ていない。子供達を守って扉のところで弓をひきつづけていた教会の前、父さんが立っていた所には、血の跡はは無かったと聞いてる。……だから、ラナのお父さんは……あたしの父親、レックス父さんやセリスの父君のシグルド様と違って……」 ラクチェの言わんとしているところが判って、ヨハンは大きな手でくしゃくしゃっと妻の髪をかき混ぜて、そうだね、それでは、ミデェールさんが戻ってくるまでの間の代理ということにしよう、と笑った。そして、二人へのお祝いの品を考えなくてはね、と両肩に手を置いた。 「国からの祝賀の品となると、指定された通り一遍のものしか贈れない。が、招かれたときに別口で直に手渡すものをね。」 そうね、と頷くラクチェに、ヨハンは嬉しそうに、それでは私は二人の永遠の愛を称える詩を作り、歌い上げよう、と言い、当然の如くにラクチェの肘鉄がヨハンの鳩尾に叩き込まれた。 「却下。それをほんとうに実行するというなら、私はイザークに帰らせて貰う。」 「いや、冗談だ。歌を捧げるほどには、私は二人の馴れ初めをよく知っているわけではないし、君を崇拝し褒め称える歌ならば呼吸をする如くにこの口から紡ぎだせるのだが、他の事柄については、中々に詩作というものは難しいものだからね。」 私の歌は作らなくてもよいのだが、と呻くように呟いてから、ラクチェは、うん、と頷いた。 「私は自分の手で作ることにするわ……」 大丈夫かね、と気遣うような眼差しのヨハンにラクチェはくすくすと笑う。 「心配しないで。手芸をする気はないわ。私は、釦付けや修繕以外の裁縫が苦手だという自覚はあるし、刺繍の類はエーディン母さんが素晴らしいのを一揃い作って下さるわ。針仕事はダメでも手先は器用なほうだから。小刀を使った木彫り細工はミデェール父さんに習ってティルナノーグの家族の中ではでは一番巧かっと自負している。小さな頃はラナにいろいろ作ってあげていたものだ。それより、ヨハンはどうする？あなたは特に個人的な贈り物はしなくても……」 私のように共に育ったわけではないのだし、とラクチェが言ったが、ヨハンは、いや、やはり私も何か考えてみることにするよ、と答えた。 ヨハンは、ラナがほんの子供の頃に一度会っている。巣から落ちてしまった小鳥の雛を見つけた彼女が助けようと頑張っているところに通りかかったのが、国内巡視の名目でイザーク国内を巡っていたヨハンであった。転びそうになっていた小さなラナを抱きとめ、雛を巣に戻し、肩の上に腰掛けさせて親鳥に受け入れられるまでを一緒に見守ったのだった。あのときのラナはまだ10歳にもなっていなかったのだが、ヨハンがセリス軍に臣下として下ったときに、ラナはヨハンを“小鳥のおじさま”としてよく覚えていた。 そして、ヨハンは小柄なシスターに、確かに救われていたのだ。 彼は解放軍の一員になるときに、腹違いの弟であったヨハルヴァを手にかけている。成長して父親からそれぞれ領地を任される頃には考え方の違いから袂を分ってしまっていたが、幼い頃は共に良く遊んだ仲の良い兄弟だった。己が殺してしまった命だが死を悼む気持ちは強かった。が、解放軍と最後まで敵対した弟の墓を建てるわけにもいかず、使い古された斧を墓標代わりにして一人祈った。そこに通りかかったのがラナだった。ラナにはヨハンは“何かを大げさに演じる”ことなどない、素のままの一人の人間として接した。それがこの優しい小さなシスターへの礼儀だと感じていたからである。 実の父親であるダナンをセリスが討つのに協力したときにも、隣にはラナがいた。嗚咽を堪え、頭を垂れて祈るヨハンの横で、ラナは掌を合わせ、静かに真摯に祈ってくれた。 命を失う覚悟で、圧倒的な威力を持つ聖斧スワンチカを奮う長兄ブリアンに挑み、重傷を負ったときには戦場に復帰するまで優しく看護をしてくれた。 ヨハンは時折思う。自分の半身はラクチェ以外に考えられないが、成人してから安らぎを与えてくれたのは、この小さなシスターであったと。その自分にとって大切な少女が、ヨハンも心から信頼するセリスに嫁ぐのだ。最大限の祝福をし、喜んで貰える贈り物を選びたいと思う。 だが…… ラナが嬉しいとと思うものは一体なんだろうか。目を閉じてラナの姿を思い浮かべるが、残念ながらどんなきらびやかな髪飾りもふわふわしたたんぽぽ色の金髪の可愛らしいシスターに似合うとは思えなかった。彼女は自分を飾りたてることを善しとしなかったし、金やダイヤモンドの輝きは彼女の良さを殺してしまうような気がした。彼女を視界に入れたときに一番輝くべきは、落ち着いた静かな瞳であり、あのたんぽぽ色の髪であるとヨハンにはわかっていた。 それから暫くの間、ヨハンは贈り物選びに苦慮しているようであった。しかも、この男、人を使わず自分で動いているらしい。らしい、というのは、ラクチェにさえも何をどうしているかを告げようとしなかったからだ。ラナへの贈り物なのだし、私はばらしたりしないから教えて貰ってもいいでしょう、と、少し拗ねた風を装って言ってみもしたのだが、ヨハンは君にも驚いてほしいからね、と笑うばかりだった。行き先は分っている。まだラクチェが嫁ぐ前、ヨハンがラクチェに会うために手に入れた“転移の指輪”を使用して、城から目的地、目的地から城へと転移しているところまでは何とか聞き出した。転移先を変更するには力のある魔道士の呪いが必要であるが、それを行った気配はなかったから、転移先は変わっていない。即ち、イザーク、ということになる。ここドズルには存在しないがイザークに存在するものとはなんだろうか。ティルナノーグまで行って幼い頃の思い出の品を探しているのかとも考えたがそれはない、という。 出先から帰ってくると、体が頑健であるヨハンがぐったりとしていることから、馬を操っているか、自分の足で走っているか、とにかく長い距離を移動しているのに違いないのだが一体何をしているのだろう。 ある日ヨハンは上機嫌で帰ってきて、探しているものの半分は見つかった、と言った。そして、ラクチェの小間使いのうちの一人、ミハルを呼ぶと何事かを頼みミハルはドズルの城下町にお使いに出て行った。戻ってきたミハルを捕まえて尋ねたが、普段はラクチェ言いつけに決して逆らうことの無いミハルが、『ヨハン様との約束ですので、ご説明するわけにはいきません』と取り付く島もない状態だったので、ラクチェも聞き出すのを諦めざるを得なかった。 その三日後に、ヨハンはもう半分の探しものも見つかったよ、と愛する伴侶に告げ、それきり転移の指輪は使われなくなった。更にミハルが“お使い”をヨハンの思うとおりに済ませてきたようで、それで贈り物の準備は全て整った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 新生グランベル王国の青年王の婚儀は、国民に熱狂的に歓迎され、多くの招待者を招いて賑々しく行われた。歴代の王の婚儀の中では、新郎も新婦も、簡素ともいえる装いであったが、それはセリスにもラナにもよく似合っていた。式典に参加したヨハンもラクチェも、始終俯いて視線を落としているラナを心配していたが、セリスがしっかりと彼女の手を握り、その長身を屈めて新妻の耳に微笑みながら何事か耳打ちしてラナに笑顔が戻ったことに安心した。 各国からの贈り物は、明確な格差が出ないよう、セリス側から指定されていた。殆どが農産物である。この式典はその贈り物によって切り盛りされ、残った穀物類はバーハラ城の倉庫に、飢饉の際などの備蓄用に貯えられた。これにはシアルフィのオイフェの進言があったことをヨハンは知っている。 正式な宴では、ヨハンとラクチェのときもそうであったが、セリスに謁見する形で短い会話をすることしかできなかった。無論その場でも祝いの言葉を述べたが、それだけでは足りないのもまた事実だ。“竜の血を継承する王族の集会”で、やっとあの戦乱の時代を共に戦って生き抜いた人々が一ところに集まり、気の置けない話ができるようになったのは深夜になってからのことだった。 今回はラナやセリスの大切な友人達が全て集まれたわけではない。グランベル国内でもスカサハやデルムッドやティニーは来ていないし、ラナの従妹であり親友でもあるパティや、シレジアのフィー、レンスターのナンナ、年長の者ではブリギッドやフィンも国賓としては招待できなかったのだ。招かれた者達がその部屋に通されたとき、セリスとラナは一番奥まった場所に立っていた。セリスの隣にはオイフェがおり、ラナの傍には母親であるエーディンと兄であるレスターが立っている。大広間での祝宴のときに比べラナは余程頬の血色もよく、生き生きとして見えた。ラクチェが入ってくると、ラナはぱあっと顔を輝かせ、セリスにそっと肩を押されて走ってきた。 「ラナ！」 ラクチェも走りより、二人の幼馴染は固く抱き合った。 「おめでとう、ラナ！本当におめでとう。宴では緊張して疲れたでしょう。良く頑張ったわ。」 「ラクチェ、ありがとう。皆さんに気遣っていただいてなんとか乗り切れたわ。」 「ううん、立派だった！私ときなどは、こんながこといつまで続くのだって毒づいて、危うく宴から逃げ出すところだった。ね、ヨハ……」 ラクチェは夫を振り返って愕然とした。居並ぶ男達の中でも一際大きな体のヨハンがポロポロと両眼から涙をこぼしている。 「どうしたのだ、ヨハン。」 「いや、私は……どうしてしまったのだろう……」 たんぽぽ色の頭を傾け、心配そうに自分を見つめているラナを見、思い出が駆け巡る。小鳥の雛を心配する片手で抱き上げられるほど小さかったラナ。自分の父親をセリスに討たせ、弟を、兄を、屠った自分の傍で祈ってくれた小さなシスター。彼が気障な奇行子、ドズルの昼行灯という馬鹿げた渾名で呼ばれるような頓狂な行動をし、笑顔の裏で心の中であげている悲鳴を静かに受け止めてくれた少女が白いドレスに身を包んで、心から愛する青年の下に嫁いだ……喜ばしいことではないか。なのに、なぜ自分は滂沱の涙をこぼしているのだ。 「……いや…………よくわからない…………もしかして、娘を嫁に出す父親の心情というのに近いものがあるのかも……しれない。」 ぶはっという噴出す音がし、ヨハン、何やってんだ、とファバルの大声がして、皆が大笑いする中、ラナだけは真顔でハンカチを取り出してヨハンの目から涙を拭った。 「…………ヨハン様。私のことを娘のように感じて下さったのなら、私は幸せ者です。」 そして、伸び上がってヨハンの頬に軽くキスしたので、ヨハンは狼狽した。 「あ、いや、実際のところ私がラナ殿の親というのは……」 ラナはゆったりと微笑んでいる。ヨハンは頭を掻いた。そして、解放軍で出合ったときと同じ事を言った。 「……あのね、私はまだ三十前だ。そんなにおじ様ではない。いや、君からすればじゅうぶんにおじさんだな。」 そうしてラナをはっしと抱擁したので、花婿の前でそれはやりすぎだろう、とラクチェが引き剥がしにかかった。その様子にセリスは笑い、ヨハン殿、宜しいのですよ。ラナからあなたが解放軍でどのようなはたらきをしたかはよく聞いています。改めて私達を祝福して下さい。とセリスからヨハンを抱擁した。グランベル王とドズル城主の抱擁が終わると、ああ、そうだ、とヨハンは上着のポケットから小さな小さなびろうどばりの箱を取り出した。 「これを。私からのささやかな贈り物です。」 セリスに促されてラナが箱を受け取り蓋をあけると、銀の鎖がついた真珠のペンダントが現れた。真珠に付けられた金具には可愛らしい花の意匠が成されていたが、他に宝石が散らされているわけでもなく真珠も目を見張るほど大きなものではなかった。ラクチェが、ヨハン、あなた、毎日のようにこの真珠を探しに行っていたのか、と合点がいったように囁いた。 ドズル領は海を持たず、真珠は高価なものだ。一方、イザークは真珠を持った貝が良く育つ海岸線を持ち真珠取りを専門とする漁民も多い。だが、どうしてヨハンは自分自身で出かけたのだろうか。家臣に命じただけで目の前の真珠よりよほど立派な大粒の真珠が調達できるはずだのに。その答にはセリスが一番先にたどり着いた。 「ラナ。その真珠は、君の髪がお日様の光を受けたときと同じ色に輝いているね。……とても暖かな美しい色だよ」 そうか。そうだったのか。ヨハンはどうしても、この色の真珠を贈りたかったのだ。そのため、他人に任せることなく時間が取れるごとに貴重な転移の指輪を使ってイザークへ出向き、何日もかかって真珠採りを生業とする家々を巡ってやっと納得ができる色を手に入れた。きっとそうなのだろう。ヨハンはゆったりと微笑むと、セリスに向かって、ラナ殿の首につけてやってはくれまいか、と頼み、セリスははい、と返事をし、ラナの細い首にその小さな真珠のペンダントをつけてやった。 その横で、ヨハンはもう一つ箱を取り出すと、ラクチェに向かって蓋を開けた。そこには先程と全く同じ型のペンダントが入っていた。その色に気付いたのはラナだった。 「ラクチェの真珠は、ラクチェの瞳の輝きなのですね。……綺麗な紫色の光を帯びています。」 ヨハンはすっとラクチェの喉にペンダントを巻いた。そして言う。 「セリス殿、ラナ殿、この佳き日にお招きいただいたこと、私はずっと忘れることはないでしょう。今まで以上にセリス殿と幸せに暮らすのですよ。ただし、嫁いだからと言っても、今までの絆が切れるわけではありません。……そう思いを込めて私はこの二つの真珠を探したのです。……セリス殿、」 「はい。」 「私の最愛の妻、ラクチェの大切な友であり『妹』であるラナ殿のこと、宜しくお願い致します。」 「ええ、私の力の全てを持って守り、幸せにすることを誓います。ヨハン殿、」 「はい。」 「私の半身、ラナの大切な友であり『姉上』であり……私の『妹』であるラクチェのこと、どうか宜しくお願い致します。」 「はい。私の命がある限り、全身全霊をもって、お誓いいたします。セリス殿。」 男二人はしっかりと握手し、女二人は改めて抱擁し……そこで終われば感動的であったのだが、ヨハンがラクチェを褒め称える歌を朗々と気持ちよさそうに歌い始めてしまったので、感動の涙は一気に笑いを含んだものになった。が、その笑いの中でセリスに寄り添いラクチェと揃いのペンダントを付け、母と兄と仲間達に見守られたラナは紛れも無く世界一幸せな花嫁であった。 |
| 開設12周年記念、もろもろ様よりのリク、6月のお題「真珠」を受けての短編です。「ヨハンとラナとセリスで」とお受けしたのですが、書いているうちセリスの影が薄くなり、ラクチェがだいぶ出張ってしまう形になりましたことをお詫びいたします(もろもろさん、やっちまいました!!<(_ _)>。 オフィシャルでは違うようですが、このサイトでは子世代の中でヨハンはかなり年上(セリスとオイフェの中間)の設定となっており、ラナにとってはずっと「おじさま」であり、ヨハンもラナにだけはその立ち位置で接している関係です。 この文の中では他の仲間達に出番がありませんが、この後、皆でセリス達を祝福することでししょう(^_^) |