恋心・友心

　恋心・友心　

　「フュリーさんがどのようなことを気に病んでいらっしゃるかはわかりません。ですが、あまり思いつめないで下さい。」

　シレジアの天馬騎士、フュリーの顔色が優れないことに気づき、ユングウィの弓騎士ミデェールは彼女を鍛練場外れの長椅子に座らせ、自分も隣に座って気遣ったが、フュリーは、お気遣いいただいて申し訳ありません。でも、これは私の問題ですから、と憂い顔で寂しげに笑った。シアルフィの騎士、ノイッシュは少し離れたところからちらちらとその様子を窺っていた。フュリー、ミデェールそしてノイッシュといえば『真面目すぎるほど真面目な騎士達』としてシグルド軍でも有名で、彼らは機会があればよく話もしたし、他国者同士としては破格に仲のよい存在であった。

　「よう、どした？ははーん」

　アレクは相棒の視線の先にフュリーを認め、呆れた顔をした。

　「な～にこんなとこに居るんだよ。フュリーちゃん慰めんなら、ミデェールんとこいけばいいじゃないか。」

　「何度言ったらわかる。大人の女性に『ちゃん』をつけるのは失礼だぞ。いや、気にはなっているのだが、フュリー殿は理由を話そうとしてくれないのだ。どうやら人間関係のことのようだが正直なところ、俺は女性からうまく悩みを聞きだすことは…」

　「うんうん、ド下手だよな、お前は。いつもの調子で単刀直入ストレートに訊いちゃあ、乙女心はグサグサ傷つくな。まあ、自分の短所と限界をよくわかってるってのはいいことだ。」

　褒めているつもりかもしれんが、俺にはけなされているようにしか聞こえん、とノイッシュにむっとされ、アレクは笑い…視界の隅に、小柄で賑やかな踊り子娘の姿をみつけて、じゃ、相棒、またな、と軽く手をあげて別れた。そのまま口笛を吹きながらシルヴィアの前まで歩いていき、自然な口調で声をかけた。

　「シルヴィアちゃ～ん。今日も可愛いね。」

　「あ、アレク？うん、ありがと！」

　彼女もまたフュリーを気遣って様子を窺っていたのは明白なのだが、アレクは敢えて知らぬ振りをした。

　「あれっ？なんか今ちょっと目、逸らした？……あのさ、フュリーちゃんのことなんだけどさ。元気なくって心配なんだよね～。ちょっと話聞いてくれない？」

　シグルド軍一の伊達男の口調は軽かったが、シルヴィアは神妙な顔で頷いた。

　「へー、んじゃ、シルヴィアちゃんもフュリーちゃんが気になってたんだ。シルヴィアちゃん、可愛いだけじゃなくて優しいんだね。」

　シレジア領内セイレーン城の片隅に設けられた酒保のような場所で、少女にお茶と甘いものを奢って四方山話をしながらアレクはシルヴィアの巻き毛を慣れた手つきですっと撫でた。シルヴィアは、あたし、優しくなんてないよ、ただ、フュリーってば危なっかしくて心配だから…と口を尖らせ……尚も何度も髪を撫でながら自分を見つめているアレクに向かって決意したように口を開いた。

　「ねえ、相談に乗って！」

　アレクはう～ん、と一つ唸ってみせてから、そーゆーのって俺じゃなくってレヴィン王子の方がいいんじゃない？と少し意地悪く目を細めると、レヴィンじゃ絶対ダメなんだってば！と大声で叫んでからすっと声を潜めた。

　「いい、この話はここだけなんだからね！あたしはフュリーがどうして元気がないのか多分知ってる。でも変な風に伝わったら、フュリーが誤解されちゃうから広めて欲しくないの。ね、アレク、あなたは見かけほど口軽くないよね。もしも口を滑らせたらあたしアレクとは二度と口きかないんだから！」

　まくし立てられ、ブラギ神に対して『誰にも話しません』と三度誓いをたてさせられてから、アレクは話を聞き、途中ではあっと頓狂な声をあげた。

　「それって、三角関係って奴か？レヴィン王子を巡っての女の戦い!?怖ッ！」

　シルヴィアは、菓子が乗せられていた木の皿でパコンとアレクの頭を殴り、頬を膨らませた。

　「あーもう！そういうことをいわれると、アレクのこと嫌いになっちゃうんだからっ！」

　「うわっ！嫌いになっちゃ嫌だっ！怒るなよ！さっきの話のどこが三角関係じゃあないっていうんだよ！」

　シルヴィアの話はこうだった。シルヴィアはなんのかんの言いながらフュリーと四方山話をするのが楽しくて、昨日も天馬の世話をしているフュリーのところにお喋りに行ったのだが、なんでそうなったのか今となってはわからないが、恋の話になった。で、赤くなったりもじもじしたりといろいろまだるっこしいフュリーについ『ねえ、もしかしてレヴィンのこと好きなの』と気軽に大層な言葉をぶつけてしまったのだという。フュリーは動揺し、赤くなり、咳き込み、そんなことはない、ただ、王子はシレジアにとって大切な人で、などというものだから少しからかってみたい気持ちに駆られて、だったらあたしとレヴィンが付き合ってもいいわねと言ったら、今度は少し青ざめて別に構わない、なんていうものだから、ますます罪のない意地悪をしてみたくなって、『だったらあたしがレヴィンを貰っちゃうわ』と言い放ったら、フュリーは慌てたように、でも、シレジア王妃になる人は、現女王であるラーナ様のような気品がなくては、と言ったので、凄く怒ったふりをして『あたしじゃダメだって言うの？いいわよ、負けないんだから！』と挑戦状を叩きつけるような真似をしてしまったのだという。

　「反省してるのよ～！フュリーで遊んじゃうなんてやるんじゃなかった。あの人真面目すぎるのよ。絶対にあの一言『王妃になるには気品がなくてはダメ』ってあたしにいったことを気にしているんだわ…別にいいのに、怒ってなんかいないのに！あたしに気品がないのはあたしが一番よくわかってるし、そもそも王妃様なんて窮屈で御免だわ。でもさ、あたしが折角レヴィンとの仲をとりもってあげようって思ってけしかけたのにあそこまで落ち込まれると、どう話しかければいいのかわかんなーい！」

　「そうか、そりゃあフュリーちゃんは真面目すぎる…って、シルヴィアちゃん、レヴィン王子と恋仲じゃなかったの～!?」

　アレクに驚かれてシルヴィアは机に突っ伏した。

　「あーん、アレクも判ってくれてない～。そりゃあさ、あたしもいいな、って思ってたわよ。かなり恋してたと思うわよ？でも、レヴィンは今はもう恋人じゃなくてすっごく仲のいい友達だもん。……なんか～自分でも不思議なんだけど、こう、胸がもやもやっとして、その人のことをいっつも考えているっていうのが恋なんだとしたら、あたし、今はレヴィンじゃなくってフュリーに恋しているのかなあなんて考えちゃうわ。だってあの人、危なっかしくてほうっておけないんだもの。あたしよりずっとお姉さんで、ものが判っていて、でも面倒みてあげなくちゃって思っちゃう。……アレは世話をやいてあげなくちゃ一生独り身で過ごすようになっちゃうわ。あたし、そういうお姉さん、けっこう見てきてるのよね！」

　くすくすっと魅力的にアレクは笑い、シルヴィアの細い肩をふわりと抱いた。

　「前々から思ってたけどなんかシルヴィアとは気が合いそうだよ、ねえ、シルヴィアちゃん、俺に恋してみない？」

　「それってあたしを奥さんにしたいってこと？」

　「ううん、違う。俺の『恋人』っていうのは、楽しく付き合える友達で、たまたまそれが女の子だったってそういうこと、かな。友達を奥さんにしたくないってのが俺の主義。」

　シルヴィアは大きな緑の瞳でじいっとアレクを見、にこにこっとした。

　「アレクのこと、遊び人って言う人いるけど、遊び人でも悪い人じゃないよね？多分、あたしの思う『恋人』もアレクのとあんましかわりないわ。レヴィンは楽しく付き合える友達で、フュリーは大切な友達で、だからくっつけてあげたいんだ。あたし、自分が男だったらきっとフュリーと結婚したい。そう思うくらいにフュリーのことは大切。大切だからおちょくっちゃう。それが悪い癖なのよ。ふふ、今日あたしアレクに恋しちゃったかも。……踊り子風情のあたしの話をこんな風に親身になって訊いてくれるなんてあたし、今、すっごくアレクと仲良くなりたいって思ってるもの！」

　うんうん、嬉しいよ、とアレクはシルヴィアの髪にキスし、俺のキスは幸運と成功のキスさ。よく効くんだから、フュリーちゃんとこいって今俺にいったこと、ええっとレヴィン王子とくっつけたいってこと以外全てを話しちゃいなよ、と肩を抱いてそのまま抱き上げるとすいっと立たせた。

　「話せず終わって後悔しないようにね。」

　そうよね、うん、そうだわ。ありがと、アレク、とシルヴィアは駆け出した。

　あとになって相棒に聞いたところ(ノイッシュはまだ突っ立ってその場に残っておりフュリーの様子を心配していたらしい)、シルヴィアは一直線にフュリーのところに走ってきて、驚くミデェールやフュリーに構わず、御免なさい、私がわるかったの、とフュリーに飛びついてしっかり抱擁したのだという。そして、何がどうなっているかわからないが、随分と長い何事かを囁かれてフュリーは元気になったのだという。

　「あの踊り子、はすっぱに見えて、実際のところは中々良い娘なのかもしれんな。フュリー殿が親交を持つほどなのだからな。」

　何事にもお堅い相棒に、アレクはニヤリと笑う。

　「シルヴィアちゃんはいい子さ。なんたって、俺の恋人だからな～」

　戦時に新しく恋人を作るとはなんだ。全くお前はシアルフィに居る頃から俺の忠告など無視してばかりで…とぼやきはじめた相棒の背をアレクはどーんと叩いて咽させた。

　「俺にとっての恋人は、女の子の友達だよ。……人間、友が居ないと生きていかれないのさ。わかっているだろう、親友。」

　それはおかしい、恋人というのは結婚を前提として付き合うものであって、と鹿爪らしく持論を展開し始めた相棒を無視して、アレクは今度シルヴィアがフュリーと仲直りしたと報告に来たら何といってやろうか、とうきうきし、それと同時に、この不安定な世界の中であの愛くるしい踊り子に相応しい『運命の人』が見付かるのを願って止まなかった。

14周年短編その2　　「アレクとシルヴィア」ということでリクエストを頂いて書いたものですが、シルヴィアとフュリーのゲーム内会話を絡まさせていただきました。世事に長け、蓮っ葉に見られるけれど、実のところは情に厚くてまっすぐで、しかし、そんな自分を素直に出せないシルヴィア。それに対して、何事にも器用で、どこまで地を出してどこまで隠すかも自由自在なアレクには、男と女の関係というより、兄目線で彼女を見守って頂きたい。
このサイトではシルヴィアは神父様のところに嫁ぐのですが、その際には彼はキラキラした笑顔で心からオメデトウを言ってくれると信じています。