わたしの代わりに…


　「このバカ野郎がッ！」

　人を殴る鈍い音がした。

　喧嘩!?あの声は同じ部隊の人のはず。私にできることなら仲裁しなくちゃ。

　前線から戻ってきたドロシーは怒鳴り声のした方、傷病兵を集めた天幕へと駆け出した。そこで彼女が見た光景は不可思議なものだった。野次馬達が取り巻く中央で左腕に包帯を巻いた兵士がこぶしを振り上げわなわなと震えている。その目からは涙が滝のように流れているが拭おうともしない。そして彼の視線の先には濃い青い髪のサウル神父の姿があった。神父は殴られた頬に手を遣り、怒るでも泣くでもなく男を見つめ返している。また兵士が神父を殴った。サウルはじっとしている。
　…と、兵士が拳を下ろし、だっと駆け出していった。ドロシーはサウルと兵士を見比べていたが、兵士を追った。先程の戦いで彼とは近い位置で弓をひいていたのだ。腕を負傷して戦線を離脱したところまでは知っているが、そのあと何があったのか…。

　兵士は宿営地の外れ、人気のない場所へいくと、頭を抱え、倒れるようにしゃがみこんでおいおいと泣きはじめた。

　「俺が…俺がいけないんだ。俺が怪我なんざしていなかったら……許してくれ…許してくれよ…」

　声をあげ、恥かしげもなく泣く男を前にし、ドロシーは声がかけられなかった。逆に、彼を追って来た事がとてつもなく悪いことであった気がして、黙ったまま走ってその場を去った。



　もといた天幕のところに戻ると、野次馬達は引き上げていた。首をつっこみ中を見ると、怪我人達の傍らで濡らした手拭を頬にあて、サウルがぽつんと一人座っていた。ドロシーを見ると立ち上がり天幕の外に出る。

　「一体どうしたんです。神父様、あの人に殴られるようなことをしたんですか？…話して下さい！」

　頬に触れるとサウルは『痛い。』と少しだけ顔を歪ませた。

　「したというかなんというか。判断を誤ったのは確かです。…私を殴った人と、もう一人の怪我人が一緒に運び込まれてきましてね。どうやら二人は同郷の者だったらしいのです。傷口を見ようとする私に、担架に乗せられてきた若者が笑顔を見せて言ったのです。『僕は大丈夫です。相棒を先に見てやって下さい。』と。もう一人の方は左腕から血をだらだらと流していましたから私は彼の言うように腕の止血を先にしたのです。手当てが終わり、担架の上の若者を見ると…もう彼は死んでいました。見ると弓でわき腹に深手を負っていました。…酷い…酷い傷でしたよ。」

　サウルの視線の先を見ると、その若者の骸がドロシーにも見えた。彼は目を閉じ微笑しており、まだ生きているようにも見えた。

　「…それで殴られました。『神父ならばどちらを先に手当てすべきかわかっただろうに。』と。」

　ドロシーは棒立ちになった。号泣していた男の悲しみがわかった。無抵抗で殴られていたサウルの心もわかった。そして何より…友を先に、と微笑んで言った若者の気持を思って切なくなった。もしかしたら、あの若者は自分が致命傷を負っていると知っていたのではないだろうか。それゆえ、助からないからないだろう自分より友の治療を優先させようとしたのかもしれない。いや、自分と友の傷の深さが同じようだと思い、自分より友を救って欲しいと願ったのかもしれない。…いずれにしても、あの若者はサウルが友の治療を始めたことを見届けてから笑顔で死んでいったのだ。痛かっただろうに。苦しかっただろうに。…死を前にして怖かっただろうに。

　ふと気づくととドロシーは涙をこぼしており、サウルに手拭を差し出されていた。ありがとうございます、と涙を拭いてからドロシーは少し不思議そうにサウルを見上げた。

　「神父様は…泣かないんですね。」

　サウルは『そうですね。そう言われてみれば。』と首を傾げつつ、そのことに今気づいたように言った。今に限らずドロシーはサウルが泣いたところを見たことがない。いや、激怒した顔や大笑いしている顔も見たことがない。微笑んだり眉を下げたり顔を顰めたりはするが、この不良神父は自分の感情を大きくあらわすことがない。

　泣かない理由を知りたそうにしているドロシーの視線に出会い、サウルは微笑しつつ言った。

　「女性には涙が似合います。女性の流す涙というのは宝石のように美しいものですから。でも男の涙は時と場合にもよりますが、あまり見栄えのよいものではありませんからね。」

　いつもどおりの茶化したような返事にドロシーははあ、と息をついた。

　「それよりも、ドロシー、あなたにお願いがあるのですが。…あの若者の遺品を私を殴った人に届けてあげて下さい。一時的に休戦しただけでいつまた戦端が開くかもしれません。ごたごたして大切な品を渡し損ねてはいけませんからね。…私が持っていくともう一発殴られるかもしれませんし。」

　ドロシーは頷いた。



　サウルが包んだのだろうか。遺品は白い布に綺麗にくるまれていた。彼女は泣いている男の所にそれを持って行った。泣いていた男は包みを胸に抱きしめると、この、自分よりずっと年若い少女に、いかに死んだ青年が誠実でよい友人であったかをとつとつと語るのだった。彼は最後に言った。『あの神父さんに謝っておいてくれ。俺はあの人のお陰で助かったのだから。殴ってしまって悪かったって…』

　ドロシーは、男の言葉をサウルに伝えた。サウルは静かに聞き、ドロシーに『お使い有難うございました。』とおどけた様に深々と一礼した。


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　サウルが言ったように戦端は程なく開かれた。持久戦になることを回避すべく、ロイたちはこの駐屯地に待機していた兵も前線に出撃させ、短時間で戦を終わらせる策を取った。精鋭たちはあらかた前線に投入されている。
　残っているのは傷病兵と、前線から送られてくる怪我人を治療するため待機しているサウルたち聖職者を中心とした衛生部隊。そして万一のために残されている小部隊だけだ。ドロシーはサウルの従者という立場もあり、この小部隊に配属されていた。

　戦闘の激しさを物語るかのように、怪我人がひっきりなしに搬送されてくる。そして、ロイの意向により、そこには味方だけではなく投降した敵の負傷者も混ざっている。手当てをする人々はひっきりなしに動き、怪我人を運び入れ、必死で血止めをする。時折折り天幕の外にいる人々に指示を出すために飛び出してくるサウルの白い僧服は、時がたつたびにどんどん赤いもので染まっていく。…ここもまた戦場であった。命を救うための戦場…


　駐屯地のぐるりに配置されていた監視兵の一人がそのときに声をあげた。…いや、その声は途中で途切れた。彼の喉には長距離を攻撃範囲とするシューターの矢がささっていたのだ。

　「！」

　シューターは櫓のようなものだ。狙いは大雑把で発射できる矢の数も多くて10本程度だが脅威であることに変わりはない。空を警戒するドロシーの目に、遠方から飛来する次の矢が見えた。

　（神様、お願いです！私に力を下さい！）

　気合いを込めて放った彼女の矢はシューターからの大きな矢を下から弾き、狙いを外させることに成功した。
　前線に出る力がまだ無い、未熟な若い魔法使いたちも、自分達の精一杯で風魔法を操って矢に立ち向かう。

　（！あれは!?）

　目の良いドロシーの視界の端にここに来るはずのないものが映った。戦闘が起こっている場所とは逆の側から何かがやってくる。…騎兵だ！しかも先頭に居るのは弓騎兵達。敵は駐屯地から少し離れたところに待機すると矢の雨をこちらに向かって降らせ始めた。

　「矢が来ます！みんな！何かの陰に隠れて下さい！」

　叫ぶドロシーに兵たちが石積みや木の陰に隠れる。矢は容赦なく降り注ぎ、布を張っただけの傷病兵の天幕を突き破って中に突き刺さる。中で治癒の杖を振るっていたサウルは急いで薬草の入っていた木箱を積み上げさせ、飛んできた矢が刺さった怪我人の傍らに屈みこむ。

　「気を確かに。今治療…」

　杖を掲げようとしたサウルは、彼が死んでいるのを知り言葉を途中で切った。

　死んだのは先程ようやく命をこの世に繋ぎ止めさせた兵士だった。皆で命が助かったことを喜んだまだあどけない顔をした少年兵だった。

　箱を積み上げている間にも矢は降り注ぎ、天幕の中で悲鳴があちこちから起こる。


　「いったい何が起こっているのです!?」

　サウルが天幕から頭を出すと、ここを守る兵士たちが盾を構えて矢を避けつつ迎撃体制を整えているところであった。

　「神父様！引っ込んでいて下さい！神父様が怪我をしたら、大怪我を直せる人がここにはいなくなってしまいます！癒しの杖を使えるのはここでは神父様だけなんですから！」

　矢筒に矢を補給しながらドロシーが怒鳴った。

　「来るのは弓兵ですか。弓騎兵ですか？」

　「弓騎兵です！…そして他の兵も来てます！弓の攻撃が止んだら槍騎兵も斧騎兵も剣士も山ほどやってきますよ！だから！だから神父様は怪我している人を守って頑張って下さい！」

　サウルは天幕に戻り、新たに生じた怪我人を手当てしつつ、天幕の外に居る兵士の顔ぶれを思い返した。…皆、ほとんど新兵に近い。あの中ではドロシーが一番腕利きであるに違いない。…この駐屯地が壊滅させられても、主力は無事に戻ってきてエルトリア軍全体としてはそれほどの痛手を受けはしないだろう。

　（しかし…）

　と、表が急に騒がしくなった。弓の攻撃が止み、騎兵達が馬を走らせてくる、その地響きの音だ。

　彼は天幕の隅に置いてあった荷から何かを取り出すと、天幕の外に走り出た。

　立て続けに弓をひくドロシーは、その見慣れた僧服姿に怒鳴り声を浴びせた。

　「何をしようって言うんですッ！」

　しかしサウルは止まらなかった。ドロシーたちよりずっと前に立ち、突っ込んでくる騎兵たちを見据える。

　「…傷病兵ばかりの駐屯地を襲うとは…」

　抑揚無くサウルは淡々と言った。続いて叫ぶ。

　「この外道が！」


　その一言にだけ何か大きな感情の爆発をドロシーは感じたものの、展開される光景のあまりの異常さに彼女は目を疑った。

　サウルは魔力の発動体である魔道書を左腕に抱き、右手で次々と印を結びつつ光魔法を敵に向かって放っていた。

　光の攻撃魔法を見るのは初めてではない。ずっと以前にサウルが攻撃魔法も使えるということを知った時、どんなものなのか見たいですと言ったら、サウルは笑いながら『あまり練習していませんからうまくいかないかもしれませんよ』と前置きしたあとに木に凭れかかってあぐらを組んだ姿勢で魔法を唱えてみせた。魔法はサウルの手のひらから宙に向かって放たれ、キラキラと周囲を光らせた。ドロシーは、綺麗なものですねぇ、と手を打って喜んだことを覚えている。サウルは『そうですねえ…こうしている分には綺麗でいいですねえ』と頭を掻いた。

　しかし、今の魔法はそんなものではない。馬を、騎手を弾き、奇跡の光は当たった場所で破裂するように働いて肉を切断し血煙をあげる。大剣を振りかぶってやってくる剣士にも動じず、サウルはただただ規則正しく背筋を伸ばして印を結ぶ。杖を使った治癒の技の見事さからサウルの魔力が非常に大きいことは判っていたが、この攻撃魔法の力は攻撃魔法を得意とするリリーナ姫やルゥ少年に遜色ない…いや、それ以上かもしれない。サウルが一度手のひらを突き出せば、敵の死体が５つは転がった。美しく光る聖なる魔法は次々と命を奪う死神の鎌となった。

　そのとき、敵の陣形が乱れた。前線で戦っていた味方の主力部隊が勝利し、こちらに戻ってきたのだ。女好きのスチャラカ神父と呼ばれるサウルが一人でこの駐屯地を守りきったのだ。サウルは尚も魔法を放っている。

　「駄目…」

　ドロシーはふらふらと二三歩歩きかけた。

　「こんなの駄目！」

　ドロシーは自分の精神状態がよくわからなかった。ただ、サウルにこれ以上魔法を使わないで欲しかった。

　「嫌です…嫌だよぉ！嫌だあ！」

　少女は自分の保護者に向かって大声を上げながら走った。

　「ドロシー？」

　従者の少女に気づいたサウルはこちらを向いた。その顔はきょとんとしたいつもと変わらぬ優しい顔だった。

　そのとき、一本の矢がこちらに向かって飛んだ。主力部隊とサウルの魔法に挟まれた形の弓騎兵が魔法攻撃が途切れたのを見て弓を引いたのだ。

　ドロシーはサウルに飛びついた。そしてさっきまでサウルの心臓が会った場所、ドロシーの背に深々と矢が刺さったのだった。


　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　髪を何度も撫でてくれる大きな手の感触がした。遠くで声が聞こえた。寺院での祈りの時ですらどこか茶化したような言い方をする男が、ここではひたすら真面目に祈っていた。

　（神よ、この子はもっと沢山の美しい物を見なくてはなりません。もっと沢山の良い物に出合わなくてはなりません。そしてもっともっと幸せにならなくてはならないのです。どうか私の代わりに…）



　私の代わりに、って一体どういうことだろう。ああ、神父様、いつもこんな風に真面目にお祈りしてくれればいいのに、とっても声が遠くから聞こえるな、なんだかとっても眠い…






　目を覚ましたとき、少しだけ背中が痛んだ。寝台にうつ伏せに寝かされている。

　「…怪我…したんだ・・・私。」

　と、誰かがドロシーの頭を抱きしめてきた。

　「ドロシー！気づいたのですね！私、心配しましたのよ！ああ、本当に良かった！」

　「クラリーネ！前線から無事に帰ってきたんだね！よかった！」

　両腕を突いて上体を起こしたドロシーをクラリーネは優しく支え、つん、と見事な金髪の頭を反らせると言った。

　「私に限って怪我なんてしませんことよ！隣にはお兄様もいらっしゃいましたし！もう、ドロシーってば、人の心配なんてしないで自分を心配をしなくてはいけませんことよ！あなたって人は！」

　そしてほお擦りするように再び抱きしめてきた。ドロシーはこの美しい貴族の親友を自分も抱きしめ、二人は顔を見合わせて笑った。

　「本当に危なかったのですわ！あなたに刺さった矢には毒が塗ってあって…レストの杖を使ってもなかなか目を覚まさなかったのですわよ…いいこと、いくら護衛といってもあんな軟派神父のために死んではいけませんわ！」

　ドロシーは微笑む。そして問うた。

　「神父さまは？」

　「ああ、あの半端神父なら、あなたに生死の縁をさ迷わせたことを悔いつつずっと看病していたのですけれど…疲労でもう駄目そうでしたので、隣のテントで寝て貰いましたわ。…無謀ですわよ。魔道書に込めた魔力をすべて引き出した上に徹夜で看病しようとするなんて…」

　クラリーネは天幕の隅に投げ出されているボロボロになった魔道書をちらりと見やった。

　「…神父様に会わないと…心配かけちゃってるし…ちょっと痛いけどもう大丈夫だから。元気になれたの、クラリーネのお陰だよ。」

　クラリーネは肩を貸した。

　「不真面目神父は今は静かに寝かせておいたほうが宜しいですわよ。でも、皆、心配していますから、大丈夫そうなら顔を見せた方が…」

　え？皆って、誰？と間の抜けた返事をするドロシーを入り口へと導き、クラリーネは垂れ下がっていた幕を勢い良く上へ跳ね除けた。

　「！！」

　そこには、ドロシーの見知った顔がずらりと並んでいた。弓兵仲間のウォルト、シン、スー、シスターのエレン、ルゥ、チャド、レイ、クラリーネの兄のクレイン、そして黒い鎧に身を固めた騎士軍将パーシバルまでもがこちらを見ていた。ドロシーを見て安堵の息をつく。ルゥが走ってきて何粒かのキイチゴを差し出した。

　「ドロシーさん、治って良かったです！これ、あんまり、沢山は見つけられなかったんですけど、僕達で採ってきました。食べて下さい！」

　そのあとからどんどん代わる代わる人々がやってきてドロシーに声をかけてきた。クラリーネは得意そうに兄に向かって言った。

　「ほぅら、ドロシーは強い人ですもの。それに私の看病で助からないわけがないですわよ。」

　妹によく似た金髪のスナイパーはくすっと笑った。

　「さっきまでどうしようどうしようとおろおろしていたのはどこの誰だい？それに、看病したのはお前だとしても、毒を抜いたのはあの青い髪の神父様だよ。…でも、クラリーネ、お前は本当によく頑張ったよ。親友が助かって本当に良かったね。」

　そう言われた途端にクラリーネは兄にすがって泣きじゃくった。

　「本当に…本当に良かったですわ…私、何度もドロシーが死んでしまうのではないかってそればかり考えて…良かった…本当に…





　皆に祝福されてからドロシーは一度寝台へ戻り、短い睡眠をとってから再び目を覚ました。天幕から外に出ると、少し離れた場所でサウルが杖を片手に、大きく伸びをしているのが目に入った。

　「神父様！」

　青い髪の神父は目を細めた。

　「ああ、ドロシー、もう顔色も戻ったようですね。あなたはそうでなくっちゃ、いつも元気。それが一番ですよ。」

　屈強な兵士達の中ではただでさえ華奢に見えるサウルが一回り縮んだようにやつれて見えた。目の下には隈があり、頬もこけている。魔力を一時に放出させたときによくある姿だ。

　「神父様…神父様こそ随分お疲れのようです。」

　サウルは杖の先に嵌った宝玉で肩をトントンと叩く。

　「ええ、怪我人が異様に沢山いましてね。それもむくつけき男ばかり。…麗しい女性がいたのなら、これほど疲れなかったのですがねえ。」

　のほほんのほほんと言うサウルを見ていてドロシーの目に涙が浮かんだ。ひっきりなしに光魔法を唱え、敵を屠っていたあの時の姿を思い出し、いたたまれなくなってサウルに抱きついて泣きじゃくった。

　「おやおや、どうしたんです。…誰か親しい人が亡くなったのですか。」

　ドロシーはしゃくりあげながら言った。

　「どうして…どうして神父様は泣かないんですか。悲しいはずなのに。うんと泣きたいはずなのに。どうして、どうしていつもと同じで居られるんですか！」

　サウルはそっと少女の背を撫でながら言った。

　「…ドロシー、あなたにはわからないと思いますし、わかるようにならない方がいいと思うのですが、泣けない人間と言うのは居るのですよ。…それに……私はあなたが代わりに泣いてくれていますから…泣かないでもいいんですよ。…でも、ドロシー、あなたには泣き顔より笑顔でいて欲しいんです。涙はあなたに似合わないです。私の代わりに泣くより、私の代わりに笑って下さい。」

　ドロシーは涙で塗れた顔のまま、首だけを上に上げた。

　「神父様・・・この間は『女性には涙が似合う』とおっしゃいましたよ？」

　サウルはありゃ、という顔をし、上を見、下を見、視線をあちこちさ迷わせてから言った。

　「あなたは女性である前にドロシーであるから、という理由ではどうでしょうか？」

　「・・・・・・・なんだか激しく誤魔化されている気がします。」

　「いや、いや、そんなことは。それよりドロシー、私だっていつかは泣きますよ。…日々励んでいる布教に大成功した暁には人々を信仰の道に導けたことに対して歓喜の涙を数多の女性信者に囲まれて滝の如くに流してみせますから期待していてください。」

　「・・・・・・そういうのは別に見たくないです。…それ以前に成功しないと思います。」

　おやおや、手厳しいですね、とサウルは言い、ぐりぐりとドロシーの茶の猫っ毛を掻き回した。

　「それより、夕食に行ってきたらどうですか。クラリーネさんが呼びに来るころですよ。」

　サウルが指差すと、はたしてクラリーネがこちらに向かって大きく手をふっていた。その横にはシンやスー、ウォルトも居る。

　「は、はい。それじゃいってきます！神父様もちゃんとご飯に来て下さいよ！それ以上痩せちゃったら、私が神父さまのご飯を横取りしているように見えちゃいます！」

　はいはい、と従者の少女を見送り、サウルはもう一度ぐん、とのびをした。そして杖を持った手を伸ばしたまま、夕焼けに染まった空を仰いだ。…茜色雲はゆっくりゆっくり風に運ばれて移動していく。一片の雲がきれぎれの欠片になって消えていくのを見守ってから口を開く。

　「まだいったい、私があなたにしてあげられることは果たして残っているのでしょうか。」

　酷く真面目にそう一言呟くと、神父は目を地上に戻し、友人達となにやら楽しげに話しているドロシーの姿に目を細めながら傷病兵の天幕に戻っていった。


　
サウルと光魔法の話。他のサイト様でもいくつかのお話を拝見しましたが、うちのスチャラカサウルの場合はこんな感じです。人を殺すことに対する悲しみや自分への嫌悪、信仰への疑問などはすべて心の中に押し込め、うわべはこんな風にケロケロしています。（それが彼なりの自己防衛だと思います）
ドロシーが素直な優しい感情をぶつけてくれることによって、彼はかなり救われていると思うのですが、逆にサウルがドロシーに代わってできること、それは一体なんなのでしょうか。（それを見つけることは酷く難しそうです…）
　ゲーム本編ではスーやウォルト、孤児院組とドロシーの会話はないのですが、弓兵とはシン→スー→ウォルトで繋がり、子供達とはサウル→エレン→チャド、ルゥ→レイで繋がり、もちろんクラリーネ→クレイン、（もしかしたらパーシバル→セシリア、ダグラスという繋がりもあるかもしれない…）というわけで、我が家のドロシーは多くの人たちと懇意です。対するサウルは一人。女性には声をかけまくりますけれども、どう考えても自分から「一人でいること」を選択していそうです。
（　…辺境の無医村に派遣されたりすれば人生の転機になると思うのですが…）

戻ります