あなたならどうしますか |
敵との激烈な戦闘にやっとのことで勝利を収めたのが三日前。まだ戦が終結したわけではないが、エトルリア軍はとある町で久しぶりの休息を味わっていた。 総大将のロイを始めとした身分の高い人々は領主館にその身を寄せていたが、一介の弓兵であるドロシー達は、街外れに野営地を設営していた。 炊き出しの人々を手伝って夕食の後片付けに精を出してから宿舎としている天幕のそばに戻ってきた彼女は、彼女の保護者であるサウル神父に会って腕組みをした。何だか様子がおかしい。弾むような足取りといい、満面に浮かべた笑みといい、妙に浮かれている。これは・・・・・ 「神父様。どちらにいらっしゃるのですか？」 「ああ、ドロシー。ちょっと布教に。」 嬉々としてそのまま行き過ぎようとする神父の赤い肩衣をむんずと掴んで後ろにひっぱる。 「布教・・・・って、もう夜ですよ。誰に布教なさるんですか。」 「ああ、心配はありません。ギネヴィア姫お付きのシスター、エレンさんのところですよ。」 ドロシーはエレンと深い付き合いはないが、傷病兵を熱心に看護している彼女の姿は何度も目にしていた。彼女に介抱されたことのある兵士から“彼女こそ、聖女エリミーヌ様の再来だ！”と聞きもした。・・・・・・そういう真面目で優しいシスターであるからこそ、人を疑うということを知らず、つい先だってもサウルの『神の言葉を一晩中あなたと語り明かしたい』という言葉に『うれしいですわ。是非に。』とまっことサウルの人となりを知る者なら驚きの返答を返したという実績がある。もっともあのときは『私一人がサウル様のお話をうかがうなんて勿体無いですわ。ロイ様やギネヴィア姫やマリナス様もお呼びしてよろしいでしょうか。』と、微笑みと共にもちかけられ、結局サウルは逃げたのだったが。 「・・・・あの。今度はエレンさんだけなんですか？」 「・・・・ええっと・・・・そうかもしれませんね。」 「そうかもしれません、じゃありません！そうなんですね！・・・・あたしも一緒に行きます！」 「え？どうしてです。相手は純情可憐な信仰厚きシスターですよ。護衛のあなたが来る必要は・・・・・」 ドロシーはぽき、と指の関節をならした。 「純情可憐な方だからいけないんです！」 「・・・・・・どうしてもついてくるんですか。・・・・・・別にいいじゃありませんか。」 「・・・・・だめですー。」 かくしてスチャラカ神父はトホホと肩を落としながら、真っ直ぐに背を伸ばした従者の少女と共にシスターと約束した場所へと歩いていくのであった。 約束した場所にエレンはいた。傷病兵の救護所の裏手、物資の箱が山積みになっている。エレンは神父のほかにドロシーの姿を認めても別に驚きもせず、上品に会釈した。 「神父様のお付きの方ですね。確か・・・・ドロシーさん。」 「え？」 ドロシーは目を見開いた。身分も低く、はっとするような美貌をもっているわけでもない自分の名を何故。 「傷の手当てをしているときに貴女の名前を何度か聞きました。いろいろな場所で手伝ってくれる働きものの方だって。救護所を手伝ってくれたこともありましたね。あの時はありがとうございました。」 ドロシーはかーっと頬を熱くした。確かに手伝いはよくやっている方かもしれないが、人に言われるほど大それたことをしているつもりはない。それにあのギネヴィア姫に仕えている美しいエレンに覚えて貰っているとは！目を白黒させる弓使いにエレンは微笑んだ。 一方、エレンの連れにはサウルはかなり驚いていた。子供が,１，２，３・・・・３人。神父の視線の先を見たエレンは済まなさそうに言った。 「神父さまにお話をうかがうのよ、と話したら、一緒にお話をききたいと申し出て・・・・ご迷惑だったでしょうか。」 サウルは顔の前で手を横にひらひらと振った。 「いえいえ！迷惑なことなど微塵も！私は一向に構いません！」 （・・・・・はあ、あれは相当無理して言ってるわ。） 口調で神父のことがわかるドロシーは苦笑した。エレンの横で緑の服を着た魔道士の少年が丁寧にお辞儀をする。あれは確かルゥという名の子だ。ああ見えて理魔法の使い手としては大人顔負けで戦闘でも頼られている。・・・・・ドロシーも戦場で助けられたり助けたりしたことがある。そして、彼もまたドロシーと同じく暇ができれば誰かしかの手伝いをしており、いろいろな場所で一緒になった。ルゥは緊張していた顔をドロシーを見て緩ませた。 その横で面倒臭そうに頭を下げたのがルゥの親友のチャド。彼はルゥと同じ孤児院の出身で・・・・・大きな声では言えないがもっと小さな子供達に腹いっぱいに食べさせるために泥棒をやっていたらしい。その腕を買われ、敵の砦に突撃をかけるときには鍵あけ要員となっている。いつも不機嫌な顔をしているが、それは照れ隠しで、ルゥ以上に優しい子だということをドロシーは知っている。 そして三人目は木箱に腰掛けたままわかるかわからない位に頭を動かしただけだった。 「レイ！神父様に失礼だよ！」 ルゥの双子の弟、レイは兄に言われてしぶしぶ頭を下げた。闇魔法の使い手である彼は兄と両極の存在に見られがちであったが、チャドと共にルゥにここまでひっぱられてくるあたり、そんなにひねくれものでもないのかもしれない。 ドロシーは３人の子供たちを見て、顔を曇らせた。 （本当ならこんな場所にいちゃいけないのに・・・・） そして、３人の顔に等しく刻まれている不安に気づいてはっとした。この少年たちは救いを真剣に求めているのだ。人を殺すこと・・・・・・戦ならば仕方ないとわかっていることでも、納得はできない。ドロシー自身ですら今も自分が殺していった敵兵のことをよく夢に見るのだ。優しい・・・・・レイを含めて優しい子供達にとってはそれは体の中に冷たくたまっていく黒い澱のようなものであろう。横のサウルを見ると、彼は聖典の一ページを開け、子供たちとエレンに座るようにいうと、エリミーヌ教の聖書を朗々と読み始めた。 「・・・・・山道をひとりのやもめが歩いていました。彼には一人の娘がありましたが、重い熱病に罹り、その日も家から離れた山で薬草を探していたのですが、得られませんでした。すると、道に一人の僕が血だらけで倒れており、やもめを見つけるとたおれたまま手をのばしてきました。『すみません。私は薬屋の僕です。主人の言いつけで熱病に苦しむ街まで薬草を届ける途中でしたが、先を急ぐあまり、崖から足を踏み外してしまいました。どうか私に代わって私の懐にある薬草をここから半日走ったところにある北の街まで届けて下さい。』やもめは驚いて僕を抱き起こしましたが、気を失ってもう一言も喋りませんでした。」 サウルはそこで言葉をきった。 「さて・・・・・・あなたなら何をしますか？」 子供たちは問いかけられるとは思っていなかったらしく、質問されてからそれぞれ考え始めた。レイだけはふふんと鼻で笑っていたが、彼をじっと見つめたドロシーは、このひねくれものが内心は真剣に考えているのをその目の輝きで知った。 皆が黙り込んでいた。その沈黙を破って、再びおっとりとしたサウルの声が響く。 「ルゥ。どうしますか？」 ルゥは両手で半ズボンの裾をぎゅっと握りしめていた。優しい彼にはどちらか一方を選ぶことなどできないらしい。そんな親友の様子を見て、チャドは訊かれていないのに大きな声で言った。 「俺なら薬草を北の街までひとっぱしり届けに行く。・・・・・だってそれが倒れていた奴の望みだったんだろ？信頼して頼んでくれたんだ！俺はそうするのが正しいと思う。」 レイが横向きに木箱に腰掛けたまま笑った。 「もっとよく考えてみろよ。・・・・・・・北の街まで走っても薬が間に合うかどうかわからない。助かるか助からないかわからない奴らのことより、確実に助かる自分の娘に薬を持っていくほうがいい。・・・・・・たまたま通りかかっただけなんだ。自分の気持に嘘をつくなんてただの偽善だ。」 二人の言葉をはらはらしてきいているルゥにはそれ以上訪ねず、サウルはエレンに聞いた。 「エレン。あなたならまずどうしますか。」 シスターは困ったように笑い、言った。 「難しいことをお聴きになりますのね。・・・・でも、まず最初に、ということならば、私はその倒れた人の傷の手当てをしますわ。」 子供たちははっと息を吐いたようだった。最も助けを必要としている瀕死のけが人のことを彼らは忘れていたのだった。それに気づかされたレイは、しかし意地悪そうにサウルに言った。 「で？神父様はどうするんです？一体どうしたらエリミーヌの教えに従うことになるんですか？」 サウルは目だけで上を向き、ついで目だけで下を向き、にっこり笑った。 「ええと、ひとまずはエレンさんの言うとおりけが人を癒し、・・・・・それからおもいっきり神様を呪いますね。ああ、なんだって、こういう面倒なことを私の前で起こしてくれるかなあ・・・・と。どうしてよりによって私を試みにあわせるのでしょうか。・・・と。杖を地面に叩きつけるかもしれません。」 少年たちもエレンも度肝を抜かれ、ドロシーは目を手で覆った。 （ああ、またやってくれてます・・・・・・） 「おい！神父様が神様を呪ってどうするんだよッ！」 チャドの怒鳴り声にサウルは涼しい顔で言った。 「エリミーヌ様は寛容な方ですから私のような小さな者の悪態くらいお気になさらないのですよ。・・・・・・そうですね。それから薬草の束からちょっと自分の娘用に失敬してから・・・・北の街へのお使いはパーシバル将軍に無理をいって頼んでみますか。あの方の駿馬なら人が半日走っていく場所なら往復で一時もかからないでしょう。そしてエレンさんにけが人のことを頼んで自分は娘の所にまっしぐら、ですかね。」 (パーシバル様にお使いを頼む???） 「・・・・・・あのー。神父様・・・・・・・それがエリミーヌ様の教えに一番叶ったことなんですか？」 サウルはぎりぎりと弓を引き絞るドロシーに余裕で微笑んで見せた。 「そうですね。今の私にとってはそうだと思います。・・・・・・自分一人で解決することが答えではありませんよ。・・・・・・・・それにね、チャド君やレイ君の判断も立派な答えなのですよ。・・・・・・答えるまでに随分と時間がかかりましたよね。それは皆が即座に一方の命を捨てることを考えなかった証です。・・・・・・悩んで悩んで悩みぬいて・・・・・・その結果出した答えが人によって違っていても、それは神様の御心に叶ったことになるのですよ。」 角笛が鋭く一つ鳴らされた。これ以降は「夜」の時間帯になる。警備兵のみが巡視に立ち、他の者たちは寝る時間だ。 「ああ、もうこんな時間ですか。それでは今日のところはこれで・・・・」 そしてサウルは付け加えることを忘れなかった。 「エレンさん。今日もあなたの前で語れて楽しくありましたが、今度は是非二人きりで一晩神の愛について語り明かしましょう。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 次の朝、サウルが起きだして天幕から出ると、レイが杖を片手に立っていた。 「おはようございます。レイ君。どうしましたか？」 「・・・・・・杖の使い方を教えて欲しい。・・・・・・あんた、僧侶としての腕は確からしいからな。」 「・・・・・はあ・・・・残念ですが男の弟子はとらないことにしているんですよ。・・・・・・エレンさんに習いなさい。エレンさんなら杖の使い方以外で、あなたにとって大切なことを教えてくれるはずですよ。・・・・・・あなたのお兄さんと一緒に習ったらどうです。・・・・・ふむ。エレンさんとルゥ君の醸し出す雰囲気はあなたに合いませんかねえ。」 レイは黙っていた。 サウルはニヤリと口の端だけで笑った。 「弟子は取りませんが盗むのならばＯＫですよ。傷病兵のテントにいらっしゃい。私の華麗なる杖さばきをお見せしましょう。」 「・・・・・・わかった。」 ぼそりと呟くとレイは消えた。 ドロシーが隣のテントから出てきておはようございます、と神父に声をかける。 「ああ、おはようございます。・・・・・相変わらず朝から元気ですねえ・・・・・」 「元気がとりえですから！！あの・・・・・・昨日の夜のことですけれど・・・・・」 「ん？なんでしょう・・・？」 「・・・・・・私・・・・・・・神父様が神父様らしいことをしているのって久しぶりに見た気がします!!」 こけるサウルにドロシーは少し笑ったがすぐ真顔になった。 「神父様は私には質問なさいませんでしたけれど・・・・あれから少し考えて不安になったんです。良かれと思って行動したことでも、最後で後悔するかもしれませんよね。・・・・・私、自分なら薬草を持って街まで走っていたと思います。・・・・・でも、帰ってきて自分の娘が死んでいたら？いえ、生きていて、『お父さん、薬は』って言われても手遅れで何もできなかったら。私、きっと自分を恨みます。何もできない自分を恨みます。」 |
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| サウルは静かに言った。 「そんなときにもできることはあるんですよ。」 「それは何ですか？」 サウルは微笑む。 「手を握って、怖くないよ、といってあげるのです。最後までしっかりと握ってあげるのですよ。・・・・・・あなたならそれができることをわたしはよく知っているつもりです。」 ドロシーは背の高い神父を見上げる。やはりこの人は素敵な人だ。自分が尊敬する唯一無二の・・・・・そのサウルがついっと横を見たかと思うと光の速さで一人の女性の横に並んで熱心に語りかける。 「おや！イグレーヌさん！朝の光に一段とあなたの金の髪が美しく光ってみえます。どうです！今夜あたりじっくりとエリミーヌの教えについて・・・・」 彼の被保護者であり護衛である少女の苦労は当分続きそうである。 ああ・・・・ＦＥシリーズ初めて書いてしまいました。 ＦＥは書きにくいです。ＤＱと違って相手はモンスターでなく生身の人間ですから。 しかし、こりゃあどういう話なんですかね・・・・・ こんなへっぽこな話を読んで、かもめさんがイラストを送って下さいました！有難うございます!! <(_ _)><(_ _)><(_ _)><(_ _)><(_ _)><(_ _)><(_ _)><(_ _)><(_ _)><(_ _)><(_ _)><(_ _)><(_ _)> （↑いくら感謝しても足りませんです！） |