戦いの後に
「気をつけてお行きなさい。」 ベルン王国の女王ギネヴィアは理由を訊ねずそれだけ言うと、一人のシスターの手をとって微笑んだ。 「出来れば便りを下さい。でも無理はしないで。・・・・・・エレン、あなたに聖女エリミーヌ様のご加護がありますように。」 旅に出ようと思ったのはいつ頃のことだったか。戦が終わり、王宮に戻り、ベルンの女王となったギネヴィアにずっと仕えて支えとなると強く決意したはずであったのに。 反乱、略奪・・・・・戦は何年も前に終わったというのに各地から寄せられる報告は悲惨なものが少なくなかった。武器や魔法で人を殺める必要はなくなったはずだのに、多くの命が失われていく。・・・・働き手を戦でなくしたよるべない老人や孤児達が町に溢れ、差し伸べられる手があれば生きていかれる命が疫病で消えていく・・・・・・ 癒しの杖を握り締め、物思いに耽るエレンを見て、ギネヴィアはエレンの心に生じた迷いを知っていたのかもしれない。 家族は反対した。女王付きのシスターという、多くの人々が羨む身分を捨て、その代わりに何を得ようというのだ、と父は言った。兄弟達は、いくら理想を高く持っても、世の中は思い通りに行かないものだ、と言って止めた。母は、女王様のお気持を考えないのですか、と叱った。 形ばかりの別れの言葉と共に送り出されたのはもう一年近く前。・・・・・・しかし一夜の宿を借りた教会で荷を開けると、家族全員からの心の籠もった手紙が入っていた。母は、何かの時に役立てるようにと、替えの下着に宝石をいくつか縫い付けておいてくれていた。小さな暗い部屋で、エレンは泣いた。・・・・・その日以来、随分辛いこともあったが、彼女は泣いたことはない。 今、彼女はリキア地方の田舎町に滞在していた。 ・・・・・・リキア・・・・・・・ かつてベルン王国が蹂躙した土地・・・・・戦火が去っても、人々の受けた傷は癒えてはいない。エレンがベルンの出身であると知ると、村人達は表情を険しくしたが、病を得た子供や、戦で腕や足に大きな怪我を負い、今もそれが癒えていない男たちを、薬草を調合し、時には貴重な癒しの杖の力を使って必死に看病する彼女の姿を見るうちにその表情を優しいものに変えた。 どの村でも、彼女にずっと居て欲しいと申し出があったが、エレンはひとところに留まることはなかった。・・・・・・・ 三日ほど前から滞在している小さな村の教会の前で、エレンは集まってきた子供たちに聖女エリミーヌの話を聞かせていた。 エレンは空を見上げ、子供たちを見回すと、もうお家に帰る時間だわ。また明日ね。と言った。太陽が西に傾き、子供たちの影法師を長々と伸ばしている。子供たちはエレンに挨拶をすると、各々の家に向かって駆け出していった。 静かな夕暮れだった。 戦が終わった、と感じるのは、こんなひと時だ。・・・・・・かつてのあの戦いでは、子供たちまでが剣や魔道書を片手に戦ったのだ・・・・・・・もう二度とそんなことがあってはならない・・・・ と、そんな静かなひと時が疾走してきた馬車の音で乱された。御者をしていた老人が左肩を右手で押さえて叫ぶ。 「誰か！この村に腕の立つお人が泊まってはいないか!?」 わらわらと村人たちが家々から飛び出してくる。そして老人が怪我をしているとみるや、エレンはすぐに手当てを始めた。 「どうした！」 「何が起こった！」 「・・・・・・・・・西の外れの小さな孤児院を夜盗どもが襲ってるんだ！10人は居た！噂に聞いた盗賊団かもしれない。わしに気づくと手斧を投げてきて、この有り様だ・・・・・ここに傭兵の旦那か誰か居ないか！」 村人は黙ったままだった。・・・・・孤児院を助ける気持がないわけではない・・・・・しかし、農民である彼らには10人もの夜盗と戦うすべがない。 エレンは目を見開いた。 孤児院が襲われている・・・・・・エルトリア軍にいるときに出会った、孤児院出身の子供たちの言葉が蘇る。 …院長先生が死んだ・・・・ベルンの兵士が…軍隊が通るのに邪魔だからって孤児院の畑…馬で踏み荒らしたんだ、・・・・・・院長先生は、馬の前に両手を広げて飛び出したんだ・・・・・もう根っこしか残ってないような何もない畑だったけどオレ達にとっては最後の貴重な食べ物だったから・・・・・ エレンは小さく息を吸うと、凛とした声で言った。 「私が行きます。」 村人達は信じられない、という目で、この可憐なシスターを見た。 エレンはもう一度言った。 「私が行きます。・・・・・・・私には戦う力があります・・・・・その場所を教えて下さい。」 嘗てエルトリア軍に属していた時に習った馬術が役に立った。エレンは全速で馬を走らせる。しかし、孤児院の明かりが見えるところまで来た時には、もう辺りは夜に近くなっていた。・・・・・・小さな小屋、そのまわりに広がる小さな畑・・・・・小屋の入り口に、手斧や短刀を構えた男たちが結集していた。夜盗の一人が手斧を投げるのが見えた。若い男の悲鳴。「せんせい！」という何人もの子供たちの泣き叫ぶ声。 エレンは左手にしっかりと光の攻撃魔法の書、“ライトニング”を抱きしめるように持ち、叫んだ。 「おやめなさい！」 夜盗は振り向いた。夜、このような場所に、女の声がするなど予期せぬことであったから。 「なんだぁ？・・・・・・・尼さんかよ。俺たちを慰めに来てくれたのかい？」 下卑た笑い声がエレンの耳に入る。 「孤児院を襲うなど、人として正しいことではありません。ここから立ち去って下さい。」 「尼さんよ。・・・・・今日日、真面目に働いたって、食いつないでいくのがやっとだ。あんたの信じている神様とやらは、飯も金も用意しちゃくれない。オレ達はな、あんたの甘っちょろい言葉を聞く耳などもたねえんだよ。」 「・・・・・・・やめて下さらないのなら、私にも覚悟があります。」 心の震えが声に出ませんように、とエレンは願う。 「ほう？覚悟？だと？」 魔道書を開き、右手を乗せる。光の柱が上に向かって伸び、エレンの茶の髪を風が沸き起こったかのように靡かせる。 「兄貴・・・・・」 夜盗の中から心細げな声が上がった。 「びびるな。はったりだ。尼さんには人は殺せねえ。」 エレンは目をカッと開いた。 「聖なる光のいかずちよ！わが手より離れ悪しきものを浄化したまえ!」 光の束は夜盗の頭目の片足の先を直撃した。何本かの指を瞬時に失い絶叫する男。二人が頭目を抱えあげ、エレンを驚愕して見つめる。 「本当に魔法を使いやがった・・・・・・」 「・・・・・・・覚悟があると申し上げた筈です。・・・・・・・さあ、お行きなさい。私もこれ以上、人を傷つけるのは本意ではありません。」 再び魔道書から光が発せられた。夜盗たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。 エレンは安堵でそこにへたり込んだが、子供のすすり泣く声に気づき、魔道書を癒しの杖に持ち替えて小屋の戸へと走った。 そこには一人の男が倒れていた。頭と足から酷く出血し、顔を、地面を、夕闇の中で赤黒く染めている。脈は弱々しくしか打っていない。エレンは血だまりの中にしゃがむと、僧衣の裾を裂いて男の傷口にしっかりと充て、癒しの杖を掲げて必死に祈った。 「せんせい・・・・・」 「せんせい・・・・・・・しんじゃやだ・・・・・・・」 子供たちが取り囲んでしゃくりあげる。 もしここに、あの戦いで一緒だった誰かが居てくれたら・・・・・・エキドナのような傭兵、ドロシーのような弓使い・・・・・・あの孤児院出身の子供たちであっても居てくれたら、きっとこんなことにはならなかった。闇魔法の使い手の少年レイ、短剣を見事に使いこなしたチャド、そして理魔法を極めた優しいルゥ少年・・・・・ 「しっかりして下さい。血は止めました。・・・・・・あなたが、あなたがいなくなっていまったら、子供たちはどうなるのです。・・・・・・気持をしっかり持ってください。私があなたを助けます。」 男は小さく頷いたようだった。 エレンはその場でずっと祈り続けていた。やがて、男の脈は力強くうち始め、命の危機は脱したことがわかった。エレンは額に浮き出た汗を拭い、子供たちに微笑んだ。 「もう大丈夫。・・・・・・・ゆっくり休んだら、せんせいはきっと良くなるわ。」 わあ、っという歓声が上がる。 「誰かお手伝いして。先生をベッドに運んであげたいの。」 年嵩（といっても10才くらいだったが）の子供たちの手を借りて、エレンは男を粗末なベッドに苦労して横たえた。男は痩せていたが、それでも女の身にはずっしりと重かった。 エレンは自分の荷から蝋燭を出し、火打ちがねで火をつけた。そして、怪我人の顔を見て、あっと叫んだ。 ・・・・・・・・そこに見た顔は、随分大人になってはいたけれど、紛れも無くエルトリア軍にいた、ルゥ少年のものであった。 何故？ エレンは手拭を水で濡らし、苦しそうに目を閉じているルゥの血で汚れた顔を拭いてやりながら自問した。 大人の魔道士達より、そして幼少の頃より体系的に魔道を教えられたオスティアの姫よりずっと理魔法に長けていたルゥ。自分の大切なものを守るために戦う、と言って、休む間も惜しんで魔法の練習に励んだ結果手に入れた力だと、エレンはよく知っていた。小さな体で前線に立ち、遠距離から敵の竜騎士や騎馬部隊を攻撃し、体勢が崩れかけた味方を何度救ってくれたことだろう。 その彼が何故夜盗如きを撃退できなかったのか。魔力の発動体である魔道書を子供たちの為に売り払ってしまったとでもいうのだろうか。 違う・・・・・・・・ 粗末な本棚には、エレンも見慣れていた「理」の基礎的な魔道書が整然と並べられていた。 炎魔法、雷魔法、風魔法・・・・・・ しばらくしてルゥは薄く目を開けた。 「・・・・・・・・エレン・・・・・さん・・・・・？そんな・・・・・・人は死ぬ前に一辺にいろいろなことを思い出すというけれど・・・・・・これは夢・・・・・・・なんだろうか・・・・・」 「夢ではありません。そして、あなたは死んだりしません。・・・・・・・・・・」 自分に向かって延ばされたルゥの片手をエレンはしっかりと握った。 「あなたは孤児院の先生となったのですね。・・・・・・・あの子達の為に、早く元気にならなくてはいけません。・・・・・・・・・・」 エレンは自分の瞳が潤んでくるのを感じた。 「ルゥ、どうして・・・・・どうして戦わなかったのですか。・・・・・・・・あなただったらあのような人数の夜盗、物の数ではなかったはずではありませんか！・・・・・・・どうして・・・・・」 ルゥは寂しそうな顔をした。 「・・・・・・・・僕は魔法を戦う道具には使わないと誓ったんです・・・・・・」 エレンは小さく声を上げた・・・・・・ 彼女がルゥの戦う姿を最後に見たのは、最終決戦の時であった。その魔力を買われ、「理」の最高魔法の魔道書を託され、雲霞の如く襲い掛かってくる敵にその魔法を開放させたとき・・・・・・・・・ 強大な魔法は一瞬にして、何百という人を、馬を、携えた武器さえも蒸発させた。 友軍が雄たけびを上げて敵の総大将に向かっていくとき、彼自身がそれを作った目の前に広がった地獄絵図を前にして、ルゥはへたり込み泣いていた。 そう・・・・・・・あの時にルゥは魔法を人に向けて放つことを拒否するようになったのだろう。・・・・・チャドから聞いたことがある。ルゥたちの孤児院の院長先生は、素晴らしい神聖魔法の使い手であったと。・・・・・・・その、強大な魔法力を持った人物はさっきのルゥと同じように、孤児院を守るために魔法を使うことはなかった。魔法を放てばベルン軍の兵士を退けることは可能だったのかもしれないのに、ただ両手を広げ、馬の蹄にかかって殺される道を選んだのだと・・・・ ルゥの手をぐっと握り締める。 「あなたは馬鹿です。・・・・・・・・この前の戦いのとき、あなたはまだ小さかったのに、私を魔法で守ってくれました。私が生きてここに居るのも、あなたが魔法を使ってくれたお陰です。・・・・・あなたは孤児院の先生なのですよ。・・・・・・・私を守ってくれたように、子供たちを守らなくてはいけないではありませんか。」 エレンの手を握り返してきたのは、わかった、という印だろうか。安心したのかすうっと眠りに着いたルゥの腕を毛布の中にしまう。人の気配がする・・・・・エレンが振り向くと子供たちが部屋の入り口に立っていた。もう眠っていなければいけない時間の小さな子供たちもいる。 「もう寝ましょう。みんながいい子にしてないと、ルゥ先生も心配するわ。あ、私はエレン。ルゥ先生のお友達よ。」 何人かの子供たちはぱあっと顔を明るくした。 「エレンさん？」 「私知ってる。ルゥ先生とチャドお兄ちゃんから聞いたことあります！」 エレンは両手で二人の子供の手を取ると、子供たちの部屋に向かって一緒に歩いていった。 一番鳥が鳴き、エレンは目をあけた。・・・・・・ルゥは血色もよくなり、穏やかな表情で眠っている。もうこれで大丈夫、とエレンは微笑んだ。と、背後から声がした。 「え、エレンさん!?」 そこには短刀を手にしたチャドが立っていた。 「チャド！」 チャドは叱られた小さな子供のように短刀をしまって頭を下げた。 「すまない！帰ってきたら、畑は荒らされてるし、こりゃ、なにかあったなと思って用心して入ってきたところで・・・・・ルゥ!?」 親友の下に駆け寄り、エレンを見る。 「昨晩、夜盗に襲われたのです。・・・・・・命には別状ありません。」 ふうっという安堵の息の音がし、チャドはエレンの横に座った。 「・・・・・・・・俺さえここに居れば・・・・・キャスの奴がこの間ここに宝玉を置いていってくれたんで、それを売りに街まで出てたんです。・・・・・・ルゥ・・・・・・戦わなかったんですね。」 エレンが頷くとチャドはベッドの横を拳で殴りつけた。 「俺が横に居れば、お前の手を血で汚させるようなことはしない！でもな、お前や子供たちが死んじまったらどーすんだよ！まだまだオレ達が剣や魔法を使わないといけない世界なんだぜ？・・・・・・そこのところを判れよ！この馬鹿野郎が！」 「・・・・・・・ごめん・・・・・・・」 ルゥの小さな声がした。 「気づいたのか！・・・・・・・本当に馬鹿野郎だよ！お前は！」 親友に抱きつくチャドの横でエレンは二人を見守っていた。 その日から、エレンはルゥの看病をするだけでなく、孤児院の仕事を手伝い始めた。やらねばならない仕事は山ほどあったのだ。畑の手入れ、飼っているヤギやニワトリの世話、洗濯、食事作り・・・・・チャドとルゥが懸命に愛情込めて子供たちを育てているのはよくわかったが、男二人では小さなことに気が配れない。エレンは最初の日に、20人居る子供たちのうち10人以上の子供の服の裾を縫い、靴下に開いた14個以上の穴をかがった。女の子達の髪を梳いておさげ髪を編み、余り布をリボンにしてとめてやった。チャドの作った不思議な味のするスープをなんとか美味しく味付けしなおした。 やっと傷が癒えたルゥの歩く練習を手伝う頃には、子供たちはすっかりエレンに打ち解けていた。いや、チャドやルゥから、今まで一度も笑わなかった子が、エレンの前では笑うようになった、魔法のようだと聞かされた。 ささやかな夕食のあと、食器を片付けたのち、チャドが咳払いすると、子供たちは声を揃えていう。 「エレンお姉ちゃん。今日もお話してください！」 エレンが頷くと、子供たちはエレンが座った椅子のまわりに輪を作って床に座る。その中にはチャドやルゥも混ざっている。 そんな日が10日ほど続き、ルゥは以前と同じように動けるようになった。孤児院の生活リズムもエレンが来る前と同じように戻り、ルゥの作ったスープはチャドの奇怪な味付けよりもずっと美味しいものだった。 ここでの私の仕事は終わった。 エレンは洗濯物を干し終わり髪を風に靡かせながら青い空を見た。 また旅に出よう。・・・・・・・私の持つ力・・・・・それは微力ではあるけれど、それでもそれを待っている人がいる。チャドやルゥには昨日話した。二人は黙っていた。黙っていて、しばらくしてから、気をつけて行って下さいと言ってくれた。 歩き出そうとして、彼女はスカートを掴まれているのに気づいた。 小さくて泣き虫のやっと３歳になったばかりの女の子・・・・エレンが来て初めて笑ったとチャドから聞いた子が、ぎゅっと拳を握り、エレンを見上げている。その傍には数人の小さな子供たち。 「行っちゃうの・・・・・？」 チャドたちから聞いたのだろう。 エレンは頷いた。 と、子供たちは泣き出した。 「行っちゃやだ！行っちゃやだよ！」 「行かないで！ここに居て！いい子にするから！」 スカートを掴んでいる子が言った。 「ママ！行っちゃ嫌！ママ！ママ！もうどこにも行かないで！」 ズキン エレンの心臓が音を立てた。 この孤児院に足りないもの。優しい二人の青年がこの子供たちに与えられないもの。・・・・・・・・・それを自分は持っているのだ。・・・・・・・薬草の知識でも、神聖魔法の力でもないものを、・・・・・・もしかしたらこの子達が一番欲しているものを自分は持っているのだ。 （エリミーヌ様・・・・・・・私は・・・・・・・） 随分長い時間の経過ののち、エレンはしゃがんでスカートを掴んでいた子供を抱きしめた。 「行かないわ。・・・・・・もう少しここに居ます。だから泣かないで。」 女の子は今度は安心して泣き出した。 それから何年たっただろうか。・・・・・ここには嘗ての戦友が何人も訪れた。 ひねくれもののルゥの双子の兄弟のレイはやってきたかと思うとすぐに去っていってしまうことが何度も続いていたが、彼が帰ったあとには必ず子供たちへのお土産がさり気なく残されていた。・・・・夜盗の本拠地を壊滅してくれたのもどうやら彼らしい。 ルゥ達の兄貴分だった、魔道士のヒュウは袋一杯のトウモロコシの種を持って来て、 『ばあちゃんのまじないがかかってる種だから、凄い種だってことは保障済みだぜ！』 と嬉しそうに押し付けていった。 闇魔法を極めたヒュウの祖母ニイメ・・・・・・その呪いがかかった凄い種・・・・ということでおっかなびっくり蒔いてみたのだが、怖ろしいことは何も起こらず、金色のふさふさとした毛が生えた大きな実をつける丈夫な丈夫な本当に素晴らしいトウモロコシだった。 自称「チャドの親分」である盗賊少女キャスが 『やっぱり、親分っていうのは子分の傍にいて指導しなけりゃいけないって思うのよね！』 と嫌がるチャドのところにやってきて押しかけ女房となったのはいつのことだったか。 『噂を聞いて来てみました〜』 と、スチャラカ神父と優しい弓使いが立ち寄ったのはいつのことだったか。 神父は子供たちに祝福を与え・・・・・・・そして本当はいけないことなのだろうけれど、携帯している光魔法の魔道書を手渡して『ちょっと重たいのでここに置いていきますから処分して下さいね・・・・場所ふさぎになるようなら売っちゃって下さい。』と笑って言った。・・・・・・・彼の横でドロシーも笑っていた。 夜中にチャドがルゥをエレンの部屋に蹴り込んだのはいつのことだったか。 ・・・・・・あのときはなんのことか判らず、黙り込むルゥに、「ルゥ、悩み事があるなら相談にのりますよ。」と場違いなことを言ってしまったっけ・・・・・彼からはっきりした言葉を聞いたのは、あれから随分たってからだった。 ・・・・・・ギネヴィア女王の側近である竜騎士のミレディとツァイスの姉弟が女王からの手紙を携えてやってきたのは少し前のこと。驚愕しつつも出迎えたエレンの姿を見たツァイスはかなり戸惑った顔をし、ミレディは優しく微笑んでいたっけ。 人を殺す場、戦場・・・・・・それは認めることの出来ない場であり、そこで犯してしまった殺人もまた、戦であったからといってその罪が消えるわけではない。・・・・・・しかし、嘗ての殺人者達・・・・優しい人々はここに来てチャドに、ルゥに、エレンに、子供たちに、多くの暖かいものを渡してくれる。 夏の夕暮れ、畑の前に立ち、ヒュウからの贈り物である収穫間近のトウモロコシを眺めていると、緑の髪の小さな女の子がエレンの手をひいた。 「おかあさん。夕焼けが綺麗。」 その子を抱き上げたエレンは僧衣ではなく、農民の服を着ていた。 エレンは聖女エリミーヌに語りかける。 （エリミーヌ様。私は今、幸せです。・・・・・・・・あなたに一生お仕えすると誓いながら、この暖かな場所に留まってしまった私をお許し下さい。 ・・・・・・戦乱の時代を超えて時は優しく流れていく・・・・・ |
| エレンさんのその後、捏造話です。孤児院出身３人組とそれを取り巻く人々が好きで、 「あのあと皆はどうなったのだろう」 と考えていたらこんな話になってしまいました。 人に何かを与えることによって、相手から何かを与えて貰う関係・・・・そんなことを感じてくだされば幸いです。 |